本番前のリハーサルが終わり、私とルビーは舞台の上にいた。まだ開場まで時間がある。客席や舞台袖ではスタッフが最後の調整をしていた。
「いよいよだね、おねえちゃん」
「そうね」
ルビーの声。彼女の目は爛々と輝いて、今日のライブが本当に楽しみなのが伝わってくる。その気持ちは私も同じだ。今日のステージは特別な場所なのだから。
「まさか武道館でライブする日が来るなんてね」
私が呟くと、ルビーは不思議そうな顔をする。
「どうして? わたしはいつか絶対できるって思ってたよ? だっておねえちゃんと一緒にアイドルやってるんだから」
「私を信頼しすぎ。ルビーがMVでバズったりバラエティで活躍したからでしょ。あれがなかったらもっと時間がかかったでしょうね」
「おねえちゃんだってクイズ番組でバズったじゃん」
「クイズ番組は武道館公演が決まった後よ」
「そうだっけ? あ、そっか。あの頃おねえちゃん変なことで悩んでたよね」
「変なことって……。でもまあ、変なことか」
ルビーの前世を知って、彼女の推しであり母であったアイを救えなかった罪悪感で、私はルビーに向き合えなかった。今でもまだアイを救えなかった自責の念はある。それでもルビーに『おねえちゃんは悪くない』と言われて心が安らいだ。今は、アイドルに。一緒にドーム公演をする夢を叶えることに集中できている。
「そろそろ楽屋に戻りましょ。準備しないと」
「うん!」
楽屋へ戻る前にフラワースタンドを見に行くことにした。ファンの人たちや関係者からの贈り物。色とりどりの花束を見ると私達もいろいろな人に支えられてると実感する。
「こっちのかわいー。あ、こっちはわたしたちのイラスト付きだ。うまいなー。こっちの地味なのは、五反田……カントクさん?」
「本当。後でお礼言わないと」
ルビーと一緒に見て回っていると一つ異様なフラスタがあった。思わず苦い顔になる。
「すご、真っ白のバラだけのフラスタだ。贈り主は……なんて読むんだろ。テルさん? おねえちゃんの知ってる人?」
「……どこかで見たことある気がする名前。どこだったかな。会ったことはないはず。にしても悪趣味な花束ね」
「そう? キレイだと思うけど」
アイの事件の時、犯人は白いバラの花束をもっていた。事件現場を見なかったルビーはそのことを知らないから、私と反応が違うのも当然か。
白いバラを見るとどうしても思い出してしまう。事件の時、アイの血で赤く染まったバラを。ただ、そんなことは花束の贈り主は知らないはず。私達に似合いそうだからと贈ってくれただけだろう。そう、ただの偶然。
開演前に嫌な気分になった。贈ってくれたのに悪いけど神木とかいう奴とは金輪際関わりを持たないと心に誓う。
楽屋に戻るとMEMがいた。
「リハーサルおつかれ。……アクたん、ちょっと怖い顔してるね。大丈夫?」
「ちょっと変な物見ただけ。気にしないで。それで会場はどう?」
「大丈夫だよ。細かい音響の調整も会場までには終わりそう」
今日は彼女もスタッフの一人だ。ライブの演出を一緒に考えてくれたり、準備を手伝ってくれたり。私達もだけど、ミヤコさんがそれ以上に忙しいからありがたかった。
「ミヤコさんは?」
「物販の様子見に行ってる。すごい行列で、もう売り切れてるグッズもあるって。その対応してる」
大変そう、と思ってたらミヤコさんが楽屋に帰って来た。重い溜息を吐きながら楽屋のイスに座る。
「ミヤコさん、お疲れ」
「ファンの熱量ってすごいわ。ライブ終わったら通販の準備しなくちゃ……」
ライブが始まってもないのに疲れ切った顔だ。最近はライブの準備はもちろん私達の仕事が増えてきたおかげでミヤコさんの負担も増している。
「おねえちゃん」
「ん?」
ルビーが声を潜めて話しかけてきた。
「やっぱりあの計画進めようよ。ミヤコさん限界っぽい」
「そうね。ライブ終わったら話してみましょう」
計画とは壱護さんに苺プロに戻ってもらうことだ。ルビーによると壱護さんはそれとなくミヤコさんの様子を聞いてくるとのことだし、一押しすればどうにかなると思う。問題はミヤコさんが賛成するかだけど、私達のサポートが出来る人材は彼以外思いつかない。何とか了承してもらえないかな。
「ミヤコさんは休んでてください。二人はそろそろ着替えるよ」
「はーい」
そんな計画も今日が無事に終わってからだ。今はライブに集中しよう。
☆
もうすぐ開演時間。客席は満員で、私達も人気になったなと他人事みたいに思う。
武道館。アイドルのみならずアーティストにとって憧れの舞台だ。アイが生きていた時、B小町が武道館ライブをすると聞いてルビーと一緒に興奮していた。アイは私たちの反応を見て『へえ。そんなにすごいところなんだ』なんて言っていたな。いまいちわかってなさそうだったのが彼女らしかった。アイのステージは生では見られなかったけど、ライブのDVDはルビーと一緒に何度も見返した。
今日、そのアイが立ったステージに私達も立つ。
「おねえちゃん、そろそろ時間だよ! どうしよう!」
舞台袖で開演を待つ私の隣にはもちろんルビーがいる。さっきからずっと意味もなく体を動かしたり私に話しかけたり。緊張しているのが良く分かる。初ライブの時の私もこうだったのだろうか。
「珍しいわね。今までライブで緊張することなかったじゃない」
「でもでも、やっとここまで来たって思ったらなんか緊張しちゃって。何でおねえちゃんは平気そうなの?」
「ルビーが緊張してるから私がしっかりしなきゃと思ってね。それに」
「それに?」
「武道館だって私達には通過点。ドームに行くんでしょ? こんなところで緊張してられないわ」
「……そうだね。わたしたちはもっと大きなところでライブするんだ」
会場に最初の曲のイントロが流れ、客席からの歓声が聞こえる。ライブの始まりだ。
「いくよ、ルビー」
「うん、おねえちゃん」
ルビーの手を引いて舞台袖から飛び出すと、会場を埋めるサイリウムの海が私達を待っていた。ファンの歓声に応えながら、海の中心で私達は歌う。
一曲目が終わる。あれほど緊張していたルビーもライブが始まればいつも通りだ。
「みなさん、今日は武道館ライブです。B小町twinsはここまで来れました!」
私の声に歓声があがり、サイリウムが降られる。会場が赤と青、二つの色に染められる。
『いやーまだちょっと実感ないっていうか、不思議な気分。みんなー見てるー? 推しのアイドルが武道館立ってるよー?』
「見てるに決まってるでしょ。ここにいるのみんな私達のファンよ?」
『最初のライブ思い出すね。JIFのとき。あの時いた人はほとんどわたしたちのことを知らなかった』
「そうそう。サイリウムもまばらでね。でも今日はサイリウムに埋め尽くされてる。ここまでこれたのね……」
『ちょっとちょっとおねえちゃん! 始まったばっかりなのにもう終わりそうな雰囲気だしてるよ!』
「ごめんなさい。ちょっと感慨深くて。そう! 今日のライブは始まったばかり!」
『みんな、目いっぱい楽しんでね! それでは次の曲!』
ステージ上のルビーは圧倒的だ。歌って踊って、その姿の全てが人を惹きつける。負けないように、置いて行かれないように私も必死で食らいつく。
一人の仕事を始めて、ルビーは闇も深い芸能界を渡っていく強かさを身に着けつつある。歌やダンスも闇を感じさせる表現が上手くなってきて、明るいだけではない彼女の新たな魅力を引き出している。
成長したのは私もだ。あかねとの特訓でトラウマも乗り越え、ルビーに許されていると知って、ようやく自然な感情が出せるようになった。演技やクイズ番組での仕事も増えてきて、ルビーの姉だけでない面も見てもらえている。
『次は、ここまで応援してくれたみんなに感謝のサプライズ。世界初公開の新曲だよ!』
私達がそれぞれの分野で活躍しているということは、二人一緒にいる時間も無くなってくる。それでもまだルビーの隣に立っていたい。元気になって、アイドルになった嬉しさを爆発させているルビーを少しでも長く隣で見ていたいから。アイドルに向いてない私なんかを応援してくれるファンのみんなに、少しでも恩返しがしたいから。
「今日はありがとう。でも、B小町twinsの物語はまだまだ続きます。全力で駆け抜ける私達を、どうかこれからも見守っていてください。それでは、ラスト!」
ライブ定番の曲あり、サプライズの新曲ありの熱狂の武道館公演は幕を閉じた。
☆
帰りは最近苺プロに入った吉住さんの運転。彼は元々ルビーの出ているバラエティ番組のADをしていた人で、限界寸前だったところをルビーが拾ってきた。
「遅くまでありがとうございます」
「気にしないでください。これくらい元の職場に比べたら遥かに楽ですから」
医者だった前世の私の仕事も過酷だったけど、伝わってくるADの仕事の過酷さはそれ以上ではないかと思う。しかも薄給と聞く。大手ほどは出せない苺プロの給料で吉住さんは泣いて喜んでいた。
乗り込むや否やルビーが眠り、助手席では珍しくミヤコさんも眠っている。スタッフは増えたとはいえ、社長であるミヤコさんしか出来ない仕事も多い。個別の仕事と武道館公演が重なって忙しくなったせいで後回しにしていたけど、やっぱり早く壱護さんを呼び戻さないと。
事務所へ向かう道中で今日のライブの反応をチェック。評判は上々。初披露した新曲はライブ終了に合わせてPV公開と配信が開始され、順調に再生数が伸びている。ほっと一息ついてスマホをしまった。
武道館ライブは成功した。ここからドームまであとどれくらいだろうか。その時まであの子の隣に立てますように私は祈った。