楽屋で今日の収録の流れをチェックしているとノックの音が聞こえた。
「はーい。入っていいですよー」
返事をすると、おはようございますと元気のいい声と共にドアが開かれる。
「B小町twinsの星野ルビーです。片寄ゆらさん、今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします、ルビーちゃん」
星野ルビーちゃんが挨拶に来た。
今日は土曜日の夕方に放送される料理番組『ゆらのゆらゆらバランスキッチン』の収録日だ。メインパーソナリティーは私、片寄ゆら。毎回ゲストを呼んでトークをしつつ、栄養的にバランスの取れた料理を作るという番組だ。今日のゲストは武道館公演を控えるB小町twinsのルビーちゃん。
「いつもおね……姉がお世話になってます。今日は私だけなんですけど」
ルビーちゃんの今日のゲスト出演は、彼女がレギュラーで出ている番組の番宣も兼ねたものだ。その番組にアクアちゃんは出ていない。
「お仕事だからしょうがないよ。でもね、ルビーちゃんに会って見たかったんだ。アクアちゃんがけっこう話題にしてるんだよ」
「え? わたしのことどう言ってるんですか?」
「『あの子は天性のアイドル。凄い子だから私も負けられない』っていつも言ってるよ」
「うーん、おねえちゃんもすごいと思うんだけど……」
ルビーちゃんの姉、アクアちゃんとは彼女がアイドルデビューをする前に共演して以来親交が続いている。中学生だったアクアちゃんは苦手なことがあったせいか自分に自信が無さそうだったけど、アイドルデビューしてから苦手なことも克服して、歌にダンスに舞台に活躍している。そんな彼女はルビーちゃんに負けてないと思うけど、自分に自信の無いところはまだあるみたい。
ルビーちゃんと話して本番までの時間を待った。
☆
「ゆらのゆらゆらバランスキッチン! 今日のゲストは最近勢いのあるアイドルのこの人!」
「B小町twins妹の方、星野ルビーです。よろしくおねがいします!」
収録が始まった。
「今日の料理は『野菜もとれる豚の生姜焼き定食』です。まずは豚と一緒に炒めるたまねぎ・ピーマン・にんじんを切っていきます。ルビーちゃん、頼める?」
「はい!」
玉ねぎを受け取ったルビーちゃんは慣れた手つきでたまねぎの頭を切り落として皮をはいでいく。バランスの取れた料理を目指しているので生姜焼きも野菜たっぷりだ。
「ルビーちゃんは普段は料理してるの?」
「はい。うちは母と姉の三人家族で、母も忙しいから料理は家族交代で作ってます」
「お母さんは事務所の社長で、お姉さんとは一緒にアイドルをやってるんだよね」
B小町はデビューから数年で武道館公演を実現させた。所属する事務所の社長である母親のバックアップと、最強のルックスを持つ彼女たち姉妹を苦労知らずなんて評する声を聞いたことがあるけど、そんなわけはない。アイさんの事件が起きて、苺プロの社長だった父親は失踪。残されたのはエースのいなくなったグループと、経営のことは何も知らない母親だけ。そんな中で幼いころから仕事をして事務所を盛り上げ、家族で助け合ってきたっていうのはアクアちゃんとの会話で聞いている。むしろハードモードな人生だろう。
ただ、彼女たち姉妹はそんな苦労をまったく表に出さない。彼女たちはファンに夢を見せるアイドルだからだ。私より10近く年下なのにしっかりとプロ意識を持っている。尊敬できる後輩だ。
ルビーちゃんはにんじんの短冊切りに取り掛かっている。会話をしながらでも調理のスピードは変わらない。
「母はずっとわたしたちのアイドル活動を応援してくれて、姉は普段の時もアイドルやってる時もずっとわたしの隣にいてくれます。自慢の家族です」
「ルビーちゃん、家族のこといつもと同じように呼んでいいよ? すっごく言いにくそう」
「わかっちゃいますか。いつもお母さんとおねえちゃんって呼んでます」
えへ、と笑うルビーちゃん。彼女は圧倒的な妹力を持っている。話は弾むし、笑顔は愛嬌抜群。おまけに料理の手際も良い。こんな妹が欲しかったってなってくる。
「今日使う豚肉は、鹿児島県産黒豚です」
「わ、ロースだ。おいしそう」
ルビーちゃんは私からお肉を受け取ると筋切りをしている。ゲストさんによってはほとんど私が調理することもあるけど、今日は楽だな。もう全部任せてもいいかも。
もちろんそんなわけにもいかない。ルビーちゃんがメインを作る間に生姜焼きの調味料を合わせたり、お味噌汁用の出汁をとったり。
「料理は誰かから教わったの?」
「おねえちゃんからいろいろ教わりました。お母さんが忙しいから一緒に作ってあげようって」
「お母さん思いだね。……あれ? 確か双子姉妹だったよね。何だかお姉さんが年上みたい」
「よく言われます。おねえちゃんって小さいころから同い年とは思えないくらい大人びてて、無愛想で口数少ないけどすっごく優しくて、もう甘えるしかないよねって感じです」
「そんなお姉ちゃんとのアイドル活動は順調そうだね。武道館公演も決まったし」
「実は、ちょっと前までケンカ、みたいなことしてたんです」
「えっ、そうなんだ。仲良し姉妹で有名だから意外だな」
「わたしたちは双子なのにあんまり似てるところがないんで、お仕事の得意分野も違うんです。それでこの先どういう方向に進もうかで行き違いがあって。あ、でも今は仲直りというか解決したんで大丈夫です。武道館も期待してください!」
料理が完成した。メインの生姜焼きにお米とお味噌汁。ザ・日本の定食だ。
「「いただきます」」
ルビーちゃんはメインの豚肉をパクリ。彼女の顔がほころぶ。かわいい。ルビーちゃんを見て私と番組スタッフの顔もほころぶ。
最後にルビーちゃんが特番の宣伝。終始朗らかな雰囲気で収録が終わった。
「おつかれさまでした」
「お疲れ様。今日は良かったよ。とてもやりやすかった」
「そうですか? ありがとうございます」
スタッフさんとの会話が終わった後でルビーちゃんが挨拶に来た。彼女は共演者はもちろん、ディレクターさんやスタッフさんへの挨拶は欠かしていない。そういう姿勢はスタッフさんの好感度も高く、とても可愛がられている。
「ルビーちゃん料理上手なんだね。びっくりしちゃった」
「けっこう意外って言われるんですよ。ダークマター作ってそう、とか。こう見えておねえちゃんより上手いんですよ」
ルビーちゃんは不満そうに口を尖らせる。そんな姿もいちいちかわいい。
「いつも二人はどんな料理作ってるの?」
「わたしは今日みたいな定食が多いんですけど、おねえちゃんは洗い物が楽だからって丼物とかワンプレートのばっかり」
「そっちも意外だな。お料理とか凝ってそうなのに」
しばらく話していると、ルビーちゃんがあっと声を上げた。
「そうだ。おねえちゃんから渡して来てって頼まれたものがあったんだ。ちょっと待っててください」
「え? なになに?」
ルビーちゃんはスタジオを飛び出すと、少しして戻って来た。何か封筒を持っている。
「はい。B小町twins武道館公演のチケットです」
「うええ!? いいの!?」
実はチケット抽選に応募していたけど落選していた。アクアちゃんに『現地行けなくてごめんね』と言った覚えがある。それを聞いてわざわざ用意してくれたんだろう。何だか取ってくれってお願いしたみたいで申し訳ないな。けれども、どうしても行きたかったライブだ。ありがたくチケットを頂戴する。
「おねえちゃんに渡しといてって言われてたの忘れてた。思い出せて良かった。スケジュールとか大丈夫ですか?」
「大丈夫! その日はオフにしてあったから」
前々からライブの日は空けてたけど肝心のチケットが取れなくて、その日は憂さ晴らしにミキさんと登山に行く予定だったんだよね。ミキさんには悪いけど別の日に変えてもらおう。推しのライブに変えられるものなんてない。
「やっぱりおねえちゃん推しなんですか?」
「昔からグッズも買ったり、この前写真集出すって言ってたよね。予約もして……あ、もちろんルビーちゃんも応援してるよ?」
「いいんです。おねえちゃんのこと、これからも応援してください。あ、でも」
ルビーちゃんはいたずらっ子みたいににやりと笑った。
「ライブを見たら、わたしのことも絶対推したくなりますよ」
自信に溢れた表情。なるほど。アクアちゃんが言うように、ルビーちゃんは天性のアイドルだ。