本当の:アクア
「あれ?」
「あれだよ」
「あれね」
武道館ライブが終わって数日後。私とルビーとミヤコさんは都内にある釣り堀に来ていた。壱護さんを苺プロに連れ戻すためだ。
ライブの後でミヤコさんに連れ戻す計画を伝えると、ミヤコさんは思いの外乗り気だった。というか今にも殴り込みにいきそうだったので慌てて止めた。思うところはあっても連れ戻すのに反対はしていないあたり、ミヤコさんも助けが欲しい状況なのだろう。
「ほんと何やってたのかしらあの男。私達の事ほったらかして、何も言わずに消えて、今は呑気に釣りなんかして。後ろから一発ぶん殴ってやろうかしら……」
「どうどう。まずはおねえちゃんが行って、わたしはミヤコさんをなだめておくから」
「わかった」
怒気を隠さないミヤコさんをルビーに任せて、壱護さんに近づく。
「久しぶりに姿見せたと思ったら、今日は姉の方か」
壱護さんは釣り竿を見たまま話しかけてきた。
「壱護さん、お願いがあります。苺プロに戻ってくれませんか?」
「敬語はやめろ、気持ち悪ぃ。……俺は戻らねえよ。そんなことミヤコが許すと思うか?」
「ミヤコさんから許可はもらっている。事務所も規模が大きくなってミヤコさんも限界なの」
「……そうか。やっぱり俺の所為なんだろうな」
ミヤコさんに悪いことをしてきた自覚はあるらしい。
「壱護さん。今まで何してたの?」
「妹から聞かなかったか? アイを殺した奴を探してたんだよ。復讐するためにな」
「意味がわからない。もう犯人は自殺したじゃない」
ルビーからは、壱護さんはまだアイの事件について追っていると聞いていた。犯人はもう死んでるし、何をしているのだろう。
壱護さんが振り返って私を見る。記憶の中の彼よりもずっと老けた姿だった。
「お前、自分の父親が誰か知ってるか?」
「何、突然? あなたでしょう? 戸籍上は」
「違う。血縁上のだ」
「上原清十郎って人でしょ?」
「そうか。お前の認識はその程度か」
「さっきから何を言っているの?」
困惑する私に、壱護さんは問う。
「アイを殺したやつはただの大学生だ。何のスキルもコネもない。そんなやつがどうやってアイの住所を知ることが出来たんだ?」
「手引きした奴がいるって?」
「そうだ。そいつはお前らの父親だと俺は踏んでる」
「そんなわけないでしょ。上原って人はあの事件の前に死んでる」
「本当に父親は上原なのか?」
「え? いや、だって……」
紹介された探偵の調査では、私達の父親はアイが劇団ララライのワークショップの時に知り合った男の可能性が高いとあった。その時アイを指導していたのは上原清十郎だけではなかった。
神木輝。上原夫妻と一緒にアイを指導していた人として報告書に名前が挙がっていた。どちらが父親かを確かめるため姫川大輝のDNAを確認し、彼と私がきょうだいだったと判明したのでカミキヒカルは父親ではないと私は判断した。彼はアイと同年代。姫川大輝の父親だとすると彼は10代前半で子供を作ったことになる。そんなはずはないと思ったからだ。
「年齢的にありえない。どうして神木が私達の父親だと思うの?」
「カミキヒカルって調べてみろ。顔見たらわかる」
壱護さんの言葉に従い、スマホで調べる。カミキヒカルの写真が出てきた。これは
「私?」
画面の中で笑う顔。ぱっと見では好青年のように見える。年齢や男女の違いはあれど、彼は私によく似ていた。上原清十郎と比べれば誰だってこいつが私の親だと言うだろう。
「よく似てるだろ」
「じゃあ姫川さんもこいつの……? まさかそんなことが……」
「調べてるんだが中々尻尾を出さねえんだよ。どうしたもんか……」
苦い顔をする壱護さん。その顔が私の後ろの方を見て驚愕の表情に変わった。
「ミ、ミヤコ! お前もいたのか!?」
「壱護。帰るわよ。嫌と言っても連れて行くから」
辛抱出来ずにミヤコさんが出てきたらしい。有無を言わさず壱護さんの首根っこを捉えて釣り堀の出口へ歩き始める。
「ごめんおねえちゃん。止められなかった。……おねえちゃん?」
ルビーの声に我に返る。
「あ、ごめん。何?」
「顔、真っ青だよ? 大丈夫?」
父親はもう死んでいる。スキャンダルの心配はいらないと思っていたのに、特大の爆弾があった。父親はまだ生きていて、しかもアイの事件の黒幕かもしれないなんて。
「……おねえちゃん。考え事するなら一旦帰ろ?」
ギャアギャアとカラスが喚く声が聞こえる。不安な気持ちを抱えたままルビーと一緒に帰った。
★
「へえ。こいつがわたしたちの父親?」
家に帰ってルビーにカミキの写真を見せると一瞥した後すぐ目を離した。
「確かに顔はいいけどさ、こいつ父親みたいなこと何もしてないじゃん。ママとミヤコさんとおねえちゃんがどれだけ苦労してきたかわかってんの? ママとヤるだけヤって放っておいて、死んだ後もわたしたちに会おうともしない。最低じゃん」
アイとカミキの間に何があったのかはわからない。ただ理由はどうあれ彼が私達の前に姿を見せなかったのは事実だ。前世がさりなちゃんという親に見捨てられたような子だったルビーにとって、子供を放置する親は嫌悪の対象。カミキの顔など見たくないのだろう。
「壱護さんが言うには、そいつがあの事件の犯人をマンションまで手引きした奴かもしれないって」
「はあ!? 何それ!?」
ルビーの怒りがヒートアップする。
「ママに捨てられたかこいつが捨てたかわかんないけど、それでママを恨んで殺しに来たってのならまだわかるけどさ、自分が来ないで他人を捕まえて殺しに行かせたの? 意味わかんない。臆病者で卑怯者とか生きる価値ないよこいつ」
目が暗く澱んでいる。しばらくカミキへの怒りを呟いていたルビーだけど、あっと何かに気づいたような声を上げた。
「ねえ、おねえちゃん。芹那せんせって、ママと同じやつに殺されたって言ってたよね」
「そうね」
私が以前、自分が雨宮芹那だったと話した時、芹那は誰に殺されたのかと聞いてきた。アイを殺した男と同じだと答えると今にも墓荒らしに向かいそうだったので止めるのが大変だった。
「宮崎でせんせを見つけたあとにあかねちゃんから聞いたんだよ。わたしたちが産まれたころに、若い男の二人組が病院の周りをうろついていたって」
「え?」
「地元の人からそんな話を聞いたって。一人があのストーカーなら、もう一人はこのカミキってのじゃない?」
前世の最期の時を思い出す。あの時、私は不審な男を追って山に入っていった。あそこは一本道。迂回して私を突き落とすのは土地勘のない者には難しい。あの男とは別の人間がいて、男を追っていた私の隙を見て突き落としたなら合点がいく。
「こいつ、ママだけじゃなくてせんせも殺してるんだ……。あのストーカーと一緒に……」
ルビーの瞳の澱みが濃くなる。とはいえ彼女の推理は壱護さんの推理を前提としたものだ。
「ルビー。彼がアイの事件の黒幕だってことも、雨宮芹那を殺した犯人だってことも、ただの仮説。確証はないのよ」
「そうだけどさ。わたしたちを放置してたってことは変わりないじゃん。やっぱ最悪な人間だよこいつ」
「放置、か。そういえば、どうして彼は私達に近づいてこないの?」
私達はアイドルデビューする前から芸能界で活動してきた。今より目立っていないとはいえジュニアモデルではそこそこ売れっ子だったし、珍しい双子のモデルだと地上波で紹介されたこともある。カミキヒカルは芸能事務所の社長だ。私達のことを知らないはずがない。
「今更顔を合わせ辛いだけなんじゃない? まあどの面下げてって感じだし」
「そんな理由ならいいのだけど」
ルビーは心の底からどうでもよさそうだ。ただ私はどうにも不安だった。本当にカミキがアイを殺害した黒幕なのだとしたら、アイに対して異常な執着心を持っているはず。なのに彼女の娘である私達、特にアイに似たルビーにも何も行動を起こしていない。カミキが何をしたいかがわからない。とりあえず情報を集めないと。前に紹介してもらった探偵に連絡して調査してもらうか。彼は劇団ララライにいたから、あかねに協力してもらうか。
ここまで順調だった私達のアイドル生活。その先に暗雲が立ち込めているような気がした。