アイより高く軽やかに   作:にいづま

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山登り

「最悪」

 

 ごちゃごちゃした装備を身に着けて好きでもない登山をしている。しかも前日の雨で足元が悪く、歩くだけでも神経を使う。それなのに急いで登らないといけないのは、先に進んでいるある人物を追いかけねばならないからだ。何でこんなことしなければならないのか。頭の中はあの男への不平不満で埋め尽くされている。

 そもそもはあの男が変な計画をするからだ。アイの担当医だった人の遺体が発見されたというニュースを聞いて、山で始末することを思いついたらしい。ターゲットの予定が変更になって、延期になった時私は喜んだ。決行予定日が推しの武道館ライブと被っていて、リアルで見られないと一人嘆いていたからだ。そのまま中止になればよかったのに。

 

 推しである彼女たちの武道館ライブは夢のような時間だった。姉の方は今までのライブでは少し引いたような振舞いが多かったのだが、今回は舞台をリードする場面も多かった。妹は少し前まで何が何でも目立ってやろうといった雰囲気だったのだが、落ち着いて姉に合わせていた。

 どちらかの影になるのではなく、並び立つ二人。息の合った姉妹のコンビネーションはほとんど完成されていて、まさしく彼女たちの集大成のライブと言えた。

 

 彼女たちの武道館ライブは悪夢のような時間だった。そこにはあの時のifがあった。アイに並び立って輝く私達がいるというif。姉は私が選ばなかった道を選んだ。 

 アイは特別だった。完璧で究極のアイドル。社長も彼女を依怙贔屓していたし、私達が並び立つ余地は無かった。それでも、少し間違いがあればそんな未来もあったのだろうか。私も歌やダンス以外の場所で輝くことを選べたのだろうか。あの時、私はどうすればよかったのだろうか。姉妹が並び立つステージを見ると、どうしてもそんなことを考えてしまう。

 

 推しの成長を見ることの出来た歓喜と、あの頃の後悔とで情緒が滅茶苦茶になった私はしばらく呆然と日々を過ごした。ようやく立ち直ったころに今回の登山だ。全く気が乗らない。登山をやるための準備を含めて何日も土日を潰した。未だ学生の推しの活動は土日が中心だ。推しの活躍が見られないのは痛い。

 

 今回のターゲットは片寄ゆら。若手ではトップの女優ではあるがアイとは似ても似つかない。気になることと言えばつい最近、彼女がとあるドラマの主演をすると発表された。それは昔アイが主演したドラマのリメイク版。つまり彼女がアイの演じた役を演じることになる。アイと関係があると言えるのはそれくらいか。そんなことであの男から目をつけられるのだ。可哀そうに。

 本来の計画ではあの男が片寄と一緒に登山をして彼女を危険な場所へ誘導し、転落させるというものだった。今日はあの男が別の予定で不在。ターゲットの抹消は私の役目になった。でも、この様子では無理だろう。

 片寄と私は面識がないから彼女を誘導することはできない。それに彼女は雨でぬかるんだ道をゆっくり慎重に登っている。後をつけるには楽で良いが時間がかかり過ぎている。これでは彼女を始末する予定のポイントへは辿り着かない。

 

 私の先を進む片寄だったが、ある地点で足が止まった。地図と腕時計を見比べて溜息をついている。この先は難易度が高いルートだ。これ以上進むか迷っているのだろう。

 進むよう促すべきか。彼女がここで登山を辞めたとしても、声を掛けたがダメだったと言えばあの男への言い訳くらいにはなる。片寄に近づいて、気が付いた。彼女の背負っているリュックについているキーホルダー。

 

「星野アクア?」

 

 片寄が星野アクアと交流があるのは知っていたが、唐突に見つけた推しのグッズに思わず声が出てしまった。片寄が私に気づく。

 

「あなた、これを見て星野アクアのグッズだとわかるんですか? もしかして彼女のファン?」

「え、ええ、まあ……」

 

 片寄の着けていたキーホルダーは初期のグッズで、今販売されているものとデザインが違う。B小町twisのグッズだとぱっと見ではわかりにくいものだ。それがわかる人は、つまり古参のファンということ。

 自分の同類を見つけた片寄はにっこりと笑った。流石若手トップ女優。見るものを惹きつける笑顔だ。アイほどではないが。

 

「いいですよね、アクアちゃん。この前の武道館ライブも……あ、見ました?」

「もちろんです。JIFのステージの時から追っていましたけど、そこから数年で武道館。すごいですよね。ステージも本当に良くて」

「ですよね。あの二人はいつも息が合っていますけど、武道館は特にぴったりで」

「わかります。二人とも殻を破ったみたいでした。今まではアクアちゃんがちょっと引いてることも多かったけど」

「そう。むしろアクアちゃんがルビーちゃんをリードしているようなシーンもあって」

 

 片寄の目は爛々と輝いている。推しの話がしたくて仕方のないようだ。実を言うと私も楽しい。あの男の前ではこんな話できないから。

 しばらく話していると、片寄は腕時計を見た。

 

「あ、もうこんな時間。これ以上は登るのは無理ですね」

「そうですか? まだ行けそうですけど」

「登山に無理は禁物です。今日は道が滑りやすくなっていますから特に。ゆっくり登って来たからこれ以上登ると明るいうちに下りられないですよ。そうだ。一緒に下りませんか? もっとB小町の話をしたいですし」

「……ええ、そうですね」

 

 私と片寄は推しの話をしながらゆっくりと下山した。

 

「今日はありがとうございました」

「いえ、私こそありがとうございました。まさか有名な女優の方と推しのことでお話できるなんて」

「あ、やっぱり私のこと気づいていたんですね。B小町のことをたくさんお話出来て楽しかったです」

 

 ふもとの駅で片寄と別れた。彼女が去ったのを見届けてあの男に電話を掛ける。

 

「もしもし?――無理ですよ。彼女はポイントまで上がりませんでした。――はあ? もう登山何てこりごりですよ。何度滑りそうになったか。別に消すなら山じゃなくても。そもそもあの人、全然アイに似てないじゃないですか。それにあなたなら殺しなんてリスクのある事しなくても。――無理ですって。あの医者みたいに上手いこと山に隠せればバレないかもしれませんけど、二人でならともかく、女一人じゃ隠すなんて出来ません。――それでは」

 

 電話を切る。重い溜息が口から洩れた。片寄はアイとはまるで違う。彼女は有名人とは思えないほど気さくな人だった。まるで友人のような気安さ。言っては悪いが顔が良いだけの普通の人に思えた。アイは特別な人だったのに。

 

「違うわね……」

 

 アイはいつも飄々としていて、何を考えているかなんてわからなかった。それでも彼女がステージに立ち続けるために必死で努力をして、必死に嘘を吐き通していたことを私は知っていた。弱音を吐いていることだってあった。彼女はアイドルの才能があっただけの普通の女の子だった。

 私はそんな彼女の普通を見ないふりをした。アイは完璧なアイドルだと自分の理想を押し付けた。そう思わないと嫉妬で狂いそうだったから。

 彼女を特別にしていたのは私だ。彼女の普通を認めなかったのは私だ。彼女の友達になることを諦めたのは私だ。

 アイは特別な子なんかじゃなかった。あの日、彼女が死んでようやくわかったことなのに。私はアイが普通の子だと認められず、彼女を特別な存在にし続けるためにあの男に手を貸している。

 

 あの男は姉妹を狙っている。私はまた推しの死を見ることになるのだろうか。今度は自分の手で推しの命を奪うことになるのだろうか。

 せめて彼女たちがドームに立つ姿を見たい。アイが出来なかったことを成し遂げた二人を見たら、私の後悔も晴れる気がする。そんな身勝手なことを思った。

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