アイより高く軽やかに   作:にいづま

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歩道橋:あかね

 今日の収録は野外での撮影。昨日の事で少し気持ちが沈んでいるけど、収録はしっかりやらないと。

 

「黒川さん、ちょっといいかな。この後のシーンなんだけど」

「はい、なんですか?」

 

 共演者である片寄ゆらさんから声を掛けられる。彼女を見ると昨日、アクアちゃんと通話をしたときのことを思い出す。

 武道館ライブの後で、アクアちゃんからカミキヒカルについて調べてほしいと連絡があった。どうしてそんなことを頼んできたのかは彼の写真を見てすぐにわかった。

 金田一さんやララライの古参メンバーに話を聞いたり、残っていた映像、彼が今までに受けたインタビュー記事などを呼んで、彼がどういう人かがわかった。カミキは心が壊れた非常に危険な人物で、才能あるタレントの未来を奪い続けている。昨日の夜に、カミキの人物像と彼が起こしたと思われる事件の数々をアクアちゃんに報告したら、予想外の事態だったらしく言葉を失っていた。

 

『アイに執着していただけだと思ってたのに』

『それだけ彼にとってアイの存在は大きかったんだと思う。そして、アイを失ったことで空いた穴を他のモノで埋めようとしている。』

『自分で殺しておいて何よそれ。……私達も彼のターゲットになってると思っていい?』

『確実に。他には今人気の女優さんや、あとかなちゃん。私も入っているかも』

『ルビーの夢を叶える最大の障壁が実の父親なんて。あの子が何したって言うのよ』

 

 カミキが次に誰を狙っているかはまではわからなかった。アクアちゃん達ももちろんだけど、私の周囲にも気を付けないと。

 

「黒川さん? 大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です」

 

 考え事をしていた。慌てて片寄さんに言葉を返す。

 収録するドラマはサスペンス。私は特殊な能力を持つ女子高生で、片寄さん演じる警官と協力して事件を解決していくというもの。今日の撮影はドラマのクライマックス。逃げる犯人を二人で追い詰める場面だ。ロケの場所は歩道橋。歩道橋を見るといやな記憶が甦ってしまう。

 

「ちょっと顔色が悪いけど、どうしたの?」

「あ、えと。今日の撮影がちょっと不安で」

「そっか。でも黒川さんってドラマにも結構出てるよね。私が高校生だったころはドラマ出演なんて夢みたいな話だったのに。あなたみたいな子でも不安になるんだ」

「舞台が主なので、映像のお仕事は最近出始めたばかりなんです」

 

 片寄さんは最近多くのドラマや映画で主演を演じている。演技力というよりは彼女のキャラクター性が評価されている人で、それを本人はちょっと不満に思っているみたい。実際に彼女を見ると、周囲から求められている『片寄ゆら』を演じているけれど作品によって微妙に雰囲気を変えているのがわかる。自分を消さずに役を演じる。私とは違う演技。かなちゃんと近いのかな。

 

「黒川さんって演技の時はずいぶん雰囲気違うよね。撮影しているときは本当に役そのままっていうか。それなのにカットが入るといつも通りに戻るし。切り替えの早さもすごい。なるほど、舞台出身だからなのね」

「ありがとうございます」

「あなたの他にも有馬さんとか、ア……星野アクアさんとか。最近は若い子が頑張ってるから、私ももっと頑張らないと」

 

 片寄さんはそんなことを言うけど、彼女は先日起きた有名監督のスキャンダルで主演予定のドラマが無くなり、スキャンダルには関係なかったのにネットで噂されて少し炎上したばかり。それなのに今の現場では明るく振舞っている。メンタルが強い人だ。炎上に嫌な思い出がある私も見習わなくちゃ。

 話していたら本番の時間になった。監督の合図で犯人役が走り始め、片寄さん、続いて私が追いかける。台本では歩道橋を上がり切り、橋の真ん中の当たりで片寄さんが犯人に追いつき、腕を掴んで手錠をかけるという流れだ。

 私の先を走っていた片寄さんが階段を上り切る直前で犯人に追い着き揉み合っている。あれ? 台本では登り切った後だったはず。そう思っていると、片寄さんがバランスを崩した。

 

「いけない!」

 

 台本との違いに疑問を持って足が止まってしまった。間に合わない。片寄さんは階段を転がり落ち、踊り場でようやく止まった。

 

「片寄さん、大丈夫ですか!」

 

 駆け寄って声を掛けても反応がない。彼女の頭から血が広がっていく。異変に気付いたスタッフが駆け寄ってくる。

 

「動かさないで! 頭を打っています。早く救急車を!」

 

 現場は騒然としている。上を見上げると、犯人役の女優は自分のした事に青ざめていているように見えた。

 

 

 事故から数日後。私はアクアちゃんと待ち合わせをしているカフェにいた。個室もあるカフェでお仕事の話し合いとかでよく利用している。

 病院へ運ばれた片寄さんは一命をとりとめたけど、まだ意識不明の状態が続いている。私が足を止めずに追いかけていれば片寄さんを助けられたかもしれない。考えているとアクアちゃんが来た。

 

「待たせちゃったわ。ごめんなさい」

「ううん。私も来てからそんなに経ってないよ」

 

 アクアちゃんが向かいのイスに座る。彼女はじっと私の顔を見つめてきた。

 

「元気は、無さそうね。まああんなことがあればね」

「うん。やっぱり目の前で人が倒れてるのってショックで。それに、もう少し早く走っていれば助けられたかもって考えちゃう。ごめんね。アクアちゃんと片寄さんって仲が良いって聞いてた。助けられなくて、ごめん」

 

 肩を落とす私にアクアちゃんが優しく声を掛ける。

 

「謝らないで。そんな風に自分を責めちゃダメ。撮影のスタッフさんから、あかねの指示は的確で頼もしく見えたって聞いたよ。あかねは精一杯出来ることをやったじゃない」

 

 そう言ってから、アクアちゃんは溜息を吐いた。

 

「私もアイの件で同じような言葉をルビーにかけられてたわね。あかねの気持ちはわかるわ。どんな言葉を掛けられても、もしもあの時ってどうしても思ってしまう。私が言えた言葉じゃないけど、自分を許してあげて」

「ありがとう。ちょっと気分が落ち着いた。それで、調査の結果は?」

「これが探偵からの報告書よ」

 

 アクアちゃんには犯人の女優の調査を頼んでいた。

 

「あの撮影の直前、カミキヒカルが彼女と接触している。その前からカミキとは交流があったみたい」

「この事件はカミキが裏にいると見て間違いないだろうね」

「ゆらさんが意識不明ってだけでもショックだったのに、それを自分の父親が引き起こしたなんてね……。でもちょっとおかしいわね。ゆらさんがターゲットだとしたら、どうしてこんな犯人がすぐわかるような手段を選んだのか」

 

 歩道橋での犯人確保のシーンはクライマックスで何度もリハで流れを確認したところ。あの女優がどう供述しようと、たまたま起こってしまった事故とするのは無理がある。

 

「ゆらさんを消すだけなら撮影現場で事件を起こすなんてリスクが高いことしなくても良いと思うんだけど」

「ターゲットが彼女だけじゃないとしたら?」

「どういう……。まさか、犯人の女優もカミキのターゲットだって言うの?」

「片寄さんと一緒に犯人も芸能界から消せる。あの女優も最近伸びてきた人だし、カミキのターゲットになるには十分な人だよ」

「一石二鳥ってことか。あの女優はゆらさんをライバル視していたみたいだし、そこをカミキに付け込まれたのかな」

「きっとね。それでも今回は杜撰すぎる。もっと別の手段を考えていた? それとも犯人の暴走? だれか別の人の手引きがあった?」

「何にせよ、今回の件で考えなきゃいけない」

 

 アクアちゃんが頭を抱える。

 

「カミキの話がアイと私達で終わるならともかく、被害者がこんなにも多いなんて」

「今回もそうだけど、カミキは自分の手を汚さずに人を操って事件を起こしてる。誰が危害を加えてくるかわからない。私達も気を付けないと」

「あかね。どうやったらカミキヒカルを止められる?」

「カミキと実行犯の関係を立証しないと罪に問えない。それに彼は芸能事務所の社長でいろんな人と繋がりがある。どういう人を使ってくるかわからない。止めるのはとても難しいと思う」

「でも、あかねやかなやルビーが、私に関わりのある人があの男の被害にあうのは見過ごせない。みんな芸能界を生き残るために必死で頑張ってる。それをこんなやつに踏みにじられるなんて許せない」

 

 私が思ったよりも片寄さんの事件はアクアちゃんの心にダメージを与えているみたいだ。焦りの表情を見せるアクアちゃんを宥める。

 

「落ち着いて。アクアちゃんの行動次第でルビーちゃんはもちろんミヤコさん達にも影響が出る。ルビーちゃんの夢を壊したくはないよね?」

「でもこれ以上カミキを野放しに出来ない」

「考えよう。アクアちゃんとルビーちゃんの夢を守って、カミキを止める方法を」

「……わかった、ごめん。あかね。考えるのを協力してくれる?」

「もちろん。私に出来ることなら何でもやるよ」

 

 それから時間が許すまで、アクアちゃんと今後について話し合った。

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