「おはようございます」
「おはよ。なんか調子悪そうね」
「ちょっと寝不足気味なのよ」
「あー。お疲れ様」
事務所に入るとかながソファに座っていた。次の撮影の台本を読んでいる。
「カミキとはあれから何もない?」
「ないわ。仕事先でカミキのこと聞いてるんだけど、あいつの事務所に所属してる人でさえ姿を見てないって。この先あの事務所にいて大丈夫かってだいぶ不安そうにしてた」
「……ねえ、かな」
「なによ」
事務所と言われて思い出した。カミキとかなが話したと聞いてから、ずっと気になっていたことがあった。
「この先、カミキのスキャンダルがどこまで広がるかわからない。場合によっては苺プロが吹き飛ぶ可能性だってある。私達の問題にかなを巻き込みたくない。今からでも移籍を……」
言いかけたらかなが私の頬を引っ張って来た。
「な、なにするの」
「バカなこと言ってんじゃないわよ。アクアは『今ガチ』に出てくれて、一人でもがいてた私を苺プロに拾ってくれた。そんな人が苦しんでるのに自分だけどっかに行くなんてありえないでしょ」
かながいつになく素直だ。
「何があったって私は苺プロにいるわ。だからそんなしょぼくれた顔やめなさい。アクアはアイドルなんだから」
「……ありがとう」
それじゃ行ってくるとかなが仕事に行った。
「元気づけてくれたのかな」
カミキのこと。計画のこと。もちろん仕事の準備もあるしで睡眠時間が削られている。心配事が多くて寝つきも悪い。かなから見えた私の顔がひどいものだったのだろうか。アイドルデビューからここまでどうにかやって来たけど、そろそろ心身の限界が近いのかもしれない。
ミヤコさんが呼びに来るまで少しでも休もう。さっきまでかながいたソファに座って目を閉じた。
☆
『いいわ。……やってみなさい』
『はい! がんばります!」
今日の仕事はドラマの収録。恋に仕事に斜め上に奮闘する新入社員が主役のネットドラマで、私は主役の子に振り回される先輩社員の役だ。新入社員を演じる女優は私より6歳上。冗談みたいなキャスティングだと思うけど私の演技は視聴者からは好評のようだ。
「アクアちゃん、すごいね。かっこいいけどちょっとくたびれたOLみたいなのが良く出来てる。まだ高校生なのに。私もアクアちゃんみたいな役やってみたいんだけどね」
「ありがとうございます」
主演の女優に声を掛けられる。『東ブレ』の舞台に出てから演技の仕事ももらえるようになった。今回の役は前世の経験があるので演じやすい。
「私、童顔だから年上どころか同年代さえ機会無くてさ。何か年上を演じる秘訣とかあるの?」
「そうですね。私の場合は事務所の年上の人を良く見るようにしています。事務員さんとか社長とか」
流石に『前世の経験で』とは言えない。
「あと、奔放な子を見守るのはいつもやってますから」
「あ、ルビーちゃんのことだね。私もバラエティ番組で一緒だったことあるけど、ほんとに楽しそうな笑顔してたね。こっちまで元気もらえた。よく周りを見てて、目立ってない人に話振ったりしてて場を回すのも上手そうだった。あれもアクアちゃんの教育の賜物?」
「私はほとんど何もやってませんよ」
ルビーの立ち振舞いは壱護さんの教えと、あとは天性のものだろう。
主演の彼女の言う通り、ルビーは一時期闇墜ちしそうになったけど、今では楽しそうにアイドル活動をしている。そして、ダンスや歌のレッスンはもちろん出演する番組の準備もしっかりやっていて、楽しい活動を続ける努力も欠かしていない。彼女の芸能生活が長く続いてくれればいいと思う。そのためには、やっぱりカミキをどうにかしないと。
今、カミキは炎上騒動で大人しくしているように見える。そんな状況で自棄を起こさないかと考えたけどあかねは否定した。
『他の炎上と同じように放っておけば収まるって考えてるよ。それに、焦ってかなちゃんに声を掛けたくらいだし、まだB小町に手出し出来る人がいない。今はいろいろ準備してる段階なんじゃないかな』
とりあえず安心、していいのだろうか。
あかねと考えた計画は、ルビーやかな・壱護さんに手伝ってもらって調査を進めている。調査対象はカミキが起こした最初の事件である宮崎の女医殺害。つまりは前世の私が殺された事件だ。あれは突発的な犯行。カミキの起こした事件の中では一番証拠が残っているだろうと推測した。本気を出したあかねがカミキ達の足取りを推理し、探偵に調査をしてもらって裏付けをとっている。ルビーがもっていたアレが、もしかしたら使えるかもしれない。ただ、彼らが現場に周辺にいたと証明できても、私を殺害したことの立証は難しい。他にも何か手段は無いか考えないと。
☆
「1、2、3、4。おねえちゃん、ちょっと遅れてる!」
「わかってる!」
ドラマの収録の後は事務所でダンス練習。定期的に音楽番組に出たりしているから日常の練習は欠かせない。
今日は久しぶりにルビーと一緒。やっぱりダンスはルビーの方が上手い。前世で動けなかった分、現世では体を動かすことのできる嬉しさを目いっぱい表現している。対して私はどちらかと言うと歌う方が得意だ。前世はストレスの多い仕事だったから、たまにヒトカラでB小町の歌を歌ってストレス発散していたし、休憩時間にはずっとB小町の曲を聞いていたこと思い出す。
しばらく練習を続けていると、ミヤコさんと壱護さんがレッスンルームに入って来た。
「あれ? どうしたの二人とも」
「何かあったの?」
ミヤコさんは嬉しそうで、壱護さんは複雑な表情だ。
「次のライブの場所が決まった。……東京ドームだ」
「ずっと申請してたんだけど、ようやく許可が下りたの」
私とルビーは目を丸くした。
「え、ホント!?」
「ええ。本当よ」
「と言ってもドームは準備に時間がかかる。本番はずっと後だけどな」
ルビーはすごいすごいとはしゃいでいる。ミヤコさんも嬉しそう。ずっと三人で『目標はドーム』って言い続けてきたから喜びも一入だ。壱護さんは難しい顔。アイのことを思い出しているのか。それともカミキがどう動いてくるか気になっているのか。
私はというと、嬉しさよりも安堵の気持ちが強い。ようやくドームまで来ることができた。アイの葬儀の日にルビーと誓った夢がようやく果たされてほっとした。
「ドーム! おねえちゃん、ドームだって! わたしたちもついにドームに立てるんだ。キャパって5万人くらいだっけ? 今までのライブの5倍くらいあるじゃん。ヤバすぎ! ドームの上は、アリーナ? 国立? いっそ海外?」
「もう。まだドームが決まったってだけよ。なのにもうその上なんて」
カミキのことはルビーも知っている。なのに気にせずドームの次を言い出すルビーは大物だと思う。
「だってわたしはドームの後もまだまだアイドルやっていたい! おねえちゃんは、どう? この先もアイドル続けたい?」
ルビーが私を見つめる。武道館ライブの前に私が『ドームまではアイドルを頑張る』と言ったことを憶えているのだろう。
今は目の前のことに掛かり切りだけど、余裕があるときに漠然と考えていることがあった。もしドームライブが出来て、それが終わった後のこと。
とりあえず大学に行って、経営の勉強をするのもいいと思った。今までお世話になったミヤコさんのサポートをして恩返しがしたい。映像の勉強をするのもいいかもしれない。五反田監督から一通りのことは教わったけど、専門的なところで学び直してみるのも面白そう。あとは、演技に専念するものいいかもと思った。まだまだ私のレベルは低いけど、あかねやかな、姫川さんたちとまた共演してみたい。前世の夢を追って外科医になることも考えた。でも、私は小さいころから芸能界で活動している。その中で出来た繋がりを無くしてしまうのは惜しいと思った。
アイドルを続けることも頭の片隅にはあった。だけど、私はアイが出来なかったドームライブをすることが目標で、それだけを目指してきた。ルビーと違ってドームライブをゴールとして見ていて、その先でアイドルとして何をするかなんて考えたことが無かった。何より、アイの死から今まで、ルビーの夢を、アイの願いを叶えるためだけに動いてきた。トラウマを乗り越えるために無茶をしたし、カミキの件もあって、私はもう疲れてしまっていた。これ以上アイドル活動をやるのは気持ちがついていかない。
ルビーは私を見つめている。私がどんな答えを出しても受け入れる、そんな目をしていた。この子はとっくに一人でアイドルをやり続ける覚悟を決めていた。
「ごめんなさい、ルビー。私はドームの次まで考えられない。ごめんなさい。本当にごめん」
私の答えを聞いたルビーは、仕方ないという風に、柔らかく笑った。
「何で謝るの。わたしは一人でも大丈夫だから、おねえちゃんは自分のやりたいことやってって言ったじゃん。わたしたちの最初で最後のドームライブ。一緒にがんばろ?」
ルビーは背伸びして、ぽんぽんと私の頭を撫でた。どっちが姉なんだかわからない。私は小さいころからずっとルビーの面倒を見てきた。けれど、そんな私が知らない間にも彼女はずっと成長してきた。もう私の手を離してあげなければいけない時だ。
その後ミヤコさんと壱護さんとも話し合って、B小町twinsのドームライブと、私の卒業が決まった。