アイより高く軽やかに   作:にいづま

42 / 48
夢の舞台
卒業発表


 B小町twinsの次回配信がSNS公式から告知されたとき、私を含めた彼女達のファンは一斉にざわついた。告知の文章に『大切なお知らせ』の文字があったからだ。

 ファンの反応は様々だが、良いお知らせではないと取るファンが多かった。双子とはいえ容姿も性格も違う二人。初期は多かった二人での仕事も、今では配信サイトでの定期配信を除けば音楽番組くらいだ。コンビを組んでいる意味が無いのではとファンの間で議論されていた。そして今回の告知。自然とどちらかの、もっと言えば星野アクアの卒業をファンは予想した。普段の二人のアイドルに対する思いの違いから、どちらかが卒業するなら姉の方というのがファンの意見だった。

 

「まあ、当たっているでしょうね。でも何で今の時期に」

 

 仕事と家事を済ませて配信を待っている私は呟く。姉の方の卒業発表だと私も思うが、それにしても唐突な発表だ。

 

 配信開始の時間になった。いつもの挨拶をする二人は深刻な顔。姉がカメラに向かって口を開いた。

 

『今日はB小町twinsのこれからについてお話します。私、星野アクアは次のライブを持ちましてB小町twinsを卒業します』

 

 予想通りの発表。ファンのコメントも『残念』とか『もっと見たかった』というようなものに混じって『やっぱりか』という言葉も見える。

 目で追えないほどの速度で流れていたコメントが少し落ち着いたのを見計らって姉が話を続ける。

 

『私達姉妹は幼いころからアイドルに憧れていて、周りの環境に恵まれてアイドルになれて、ファンの皆様に支えられてここまで来ました。ですがアイドルは想像したよりもずっと忙しくて、少しずつ心がついていかなくなる時が多くなってきました。また活動を続けていく中で、アイドルではなく演技や映像にもっと打ち込みたい、母を支えるために経営の勉強をしたいといった、違ったことがやりたいという気持ちも芽生えてきました。そんな私と違って、ルビーはいつも元気一杯で、アイドルへの憧れを持ち続けています。中途半端な気持ちを抱えたままルビーの隣に立ち続けていいのかと、ずっと考えていました。そして、次のライブをやることが決まって、私はB小町twinsを離れることを決めました』

 

 姉は言葉を選びながら、自分の思いを話す。

 

『次のライブが終わったら、少し心を休ませて自分がやりたいことの準備をする時間にしようと思っています。芸能界にはずっと関わっていきたいとは思っていますが、アイドルとしての活動はここまでにしたいと思います。デビューしてから今まで、夢のような時間を過ごしてきました。それも応援してくださったファンの皆様のおかげです。本当にありがとうございました』

 

 最後の言葉の後、B小町の二人は深々と礼をした。5秒ほど止まって、ゆっくり頭を上げる。次の声は妹からだった。

 

『はい。というわけでおねえちゃんが卒業します。B小町twinsは『twins』じゃなくなっちゃうねー』

『ルビーを一人にしちゃうのは申し訳ないけど……ルビー?』

 

 姉の話が終わって不貞腐れたような顔の妹。その妹の顔が徐々に歪む。瞳からぽろぽろと涙が零れている。

 

『やっぱりおねえちゃんがいなくなるのさみしいよ……』

『ルビー!? あーもう、泣き止んでよ。私が卒業するって言った時、笑顔で『これからは任せて』って言ってたじゃない』

『でもさ、こうして発表したらさ。本当に卒業するんだなって思って……うえええん』

『よしよし。ルビーが会話不能になっちゃったから私が進めるわ。とりあえず、ルビーが復活するまでコメントに答えていきます』

 

 配信画面にコメントが溢れる。姉は妹の頭を胸元で抱きしめながらコメントに答えていく。

 

『卒業を意識したのは、宮崎で撮ったPVがバズった時くらいから。だんだんと二人一緒の仕事が無くなってきて、一人になる時間が増えて、これからどうしようかってずっと考えてました』

『卒業の後はお休みを頂きますが、芸能界の引退はとりあえずは考えていません。B小町は卒業するけど、苺プロ所属のタレントのままです』

『アイドルを卒業した後は、まずは受験勉強をします。大学で専門的な分野を勉強しようと思ってます』

『ルビーはこのままアイドル活動を続けます。卒業する身で勝手なお願いですけど、これからもルビーの応援をよろしくお願いします』

 

 時折妹の背中をポンポンと叩きながら質問に答える姉。妹も落ち着いてきたようだった。

 

『具体的な卒業の日はいつか? という質問ですが、そろそろその話をしなきゃね。ほら、ルビー。告知するわよ』

『……はーい』

 

 妹が姉から離れて涙をぬぐう。頭を振って、ぱっと笑顔になって画面を向く。

 

『泣くのはおしまい。おねえちゃんは未来のために卒業するんだから、笑って送り出さないとね。おねえちゃんが卒業するってことで、相応しいステージを用意しました。ということで次のライブの告知です。おねえちゃんの卒業ライブの場所は! ここ!』

 

 画面が切り替わる。そこには『B小町twinsドームライブ』の文字があった。視聴者のコメントが湧きたつ。私はふーっと息を吐く。ようやく、この時が来た。

 

『ドームですよドーム! デビューからずっと目標にしてきた舞台に、わたしたちは立ちます!』

『具体的なチケットの販売方法や、ネット配信などは後日発表します。私の最後の舞台、どうか皆さん楽しんでください』

 

 配信が終わった。なるほど。この時期の卒業発表なのはドームライブが決まったからか、と思っていたら電話がかかって来た。ドームライブを心待ちにしていたのは私だけではない。

 

「もしもし。――ええ、わかってます。この時のために動いてきたんですから。それで、あなたは動けるんです? ――わかりました。あの小娘みたいな駒を増やさないでくださいね? では」

 

 余計な事をするなと牽制を入れて通話を切る。炎上騒動で大変な時にも関わらず彼は少し高揚した声だった。元気そうでなによりだ。まあ、炎上騒動は私が引き起こしたのだけど。

 

 ドームライブを目指すあの姉妹を妨害させないようにする。そのためにまずはとある女に接触した。彼への情念と片寄への対抗心を煽って彼を葬り去るように仕向けたのだけど、匙加減を間違えたのか彼女の殺意は片寄に向かってしまった。

 方針を転換して彼を動けなくすることにした。私が彼を手伝ったときに知った情報。それを週刊誌に提供する。提供した情報は彼と昔の女の写真くらいなのだが、そこは煽りのプロたち。週刊誌の記事であっという間にあいつは炎上した。私の想定以上に。記者たちは私の情報など無くても次々にあいつの過去を掘り起こしている。これでは彼とアイの関係まで記者の手が及ぶかもしれない。アイがスキャンダルの餌食になるのは見たくない。

 

 私には人を自分の意のままに操ることは出来なかった。あの男は本当にそういうところが上手だ。

 

 結果はどうあれ、彼を動けなくすることは成功した。とりあえずはあの男を安心させるために姉妹を手に掛ける準備をしているフリでもしておこう。ありがたいことに今の彼には記者という監視がついている。ドームライブの妨害をされることはないはずだ。推しの最後のライブ。彼女には最高のパフォーマンスをしてほしい。

 

 推しの卒業は残念だけど、引退はしないらしい。アイドルではない彼女はどんな活躍をするだろうか。彼女くらい華があればかつての残り者のB小町みたいに芸能界からフェードアウトはしないだろう。卒業ライブも今から楽しみだ。セトリは今までの姉妹の歴史をなぞるような形になるだろうか。最後だからとサプライズの楽曲もあるかもしれない。ライブの演出はドームということもあって今まで以上に豪華なものが見られると良い。

 そこまで考えてつい笑ってしまった。かつて自分がいたグループのドームライブを目前で潰した女が何を望んでいるのだろう。今度のドームライブは無事に見ることが出来るといいけど。

 

「あの男が行動を起こすとしたらドームの直前。その時までに何とかしないと」

 

 私はスマホを取り出した。もう少しあの男の真似を頑張ってみよう。 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。