アイより高く軽やかに   作:にいづま

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家族:あかね

 劇団ララライの資料室。ここには劇団で過去に行った公演や練習の映像を保管している。ここ最近の私はこの部屋を住処としていると言ってもいいくらい頻繁に利用している。

 目的は以前この劇団にいたカミキヒカル、彼の調査のため。だったのだけど。

 

「この辺はもう見た。まだ見てないのはこのあたりから」

 

 カミキヒカルの資料を探そうと思って最初にこの部屋に入った時は、DVDやVHS、昔の台本にパンフレットなんかがバラバラに積まれていて、資料探しの前に部屋の整理をする羽目になった。年代ごと、公演ごとに並べ直した今ではだいぶ資料を探しやすくなっている。劇団の人は私に感謝してほしい。

 整理が終わった棚からまだ見てなさそうな映像を見つけて再生する。20年ほど前の練習の映像。画面に映る金田一さんや古株の人がまだ若い。姫川さんの両親である清十郎さんや愛梨さんもまだ健在だ。メモを取りながら映像を見る。

 カミキヒカルは主役ではないがメインのキャラクターを演じていた。役者としての彼を一言表せば天才ということになるだろう。舞台に立つだけで彼はカミキヒカルから別の人物になる。何よりも目だ。嘘を真実と思わせる目。この時の彼は今の私よりも年齢は下。それでこの目を使いこなしているのはいっそ異常ともいっていい才能だ。

 映像が終わった。ふと手元を見ると気づかないうちに膨大なメモを取っていた。最初は彼の性格を調べるために映像を見ていたけど、今では演技の研究のために見るようになっていた。彼の演技は参考になるものが多くて毎回夢中になって見てしまう。そして毎回思う。この才能を真っ当に活かして欲しかった、なんて。

 気になったところをもう一度見ようとリモコンを操作しているところで、部屋のドアが開く音がした。

 

「よう黒川」

「姫川さん? おはようございます」

 

 入って来たのは思っても見ないだった。

 

「意外そうな顔してるな」

「姫川さんがこの部屋に入るところを見たことがないので」

「黒川が入り浸っていると聞いて、どんなことをしてるのか気になってな」

 

 何の用だろうか。訝し気な私を尻目に、姫川さんは映像が流れているモニターを見た。

 

「なるほど。こいつが星野の親父か。ってことは俺の親父でもあるのか」

 

 思わず姫川さんの顔を見る。彼の目は画面のカミキヒカルの動きを追っていた。

 

「その様子じゃ、黒川も知ってるのか」

「私はアクアちゃんから聞いてました。姫川さんも知ってたんですか? 自分の父親がカミキヒカルだって」

「『東ブレ』の舞台が終わった後くらいの時期に星野から言われた。自分たちは父親が同じだってな。その時から違和感があった。星野は顔もいいし、とんでもなく真面目なやつだ。そんなやつと俺がもっていた上原清十郎のイメージとがどうしても重ならなかった」

 

 姫川さんは相変わらず画面に目を向けたまま話した。

 

「こいつなら顔も似ているし、性格も真面目そうに見える。真面目過ぎて拗らせてそうなのが似てるな。あいつの父親と言われれば納得できる。……まったく、最悪だ」

「最悪、ですか?」

「父親はひどい浮気男で、母親はそんな親父に振り回された可哀そうな人だって思ってた。なのに本当はもっとヤバかった。母親は不倫相手と子供作ってて、その不倫相手は芸能ニュースで連日取り上げられるくらいの大犯罪者だ。最悪以外に何があるんだ」

 

 カミキの子供はアクアちゃん達だけじゃない。芸能界での注目度から言うと、スキャンダルになったときに話題が大きいのは姫川さんの方だろう。

 

「星野は俺の事について何か言ってたか?」

「姫川さんと自分の関係は絶対に秘密にしておかなきゃいけないって言っていました。迷惑かけちゃいけないって」

「……何だよそれ」

 

 姫川さんは寂しそうな顔をした。

 

「星野から俺と血が繋がっているって言ってきたのに、全然頼ってこない」

「アクアちゃん、人に頼るの下手ですから。それに、この秘密が明るみに出たら姫川さんも大変なことになります。慎重になっているんだと思います」

「だからってな。こいつは俺の父親でもあるんだ。蚊帳の外は嫌だ」

 

 ようやく画面から目を離して私を見てきた。

 

「今まで尻尾すら出さなかった奴が炎上してる。星野とお前とでなんか動いてるんだろ? 俺にも手伝うことはないか?」

 

 姫川さんは真剣な目をしている。彼もカミキに関係している人物。むしろアクアちゃんに協力しているだけの私やかなちゃんよりも当事者だと言えるだろう。

 

「私やアクアちゃんがカミキの件でいろいろ動いてることは事実です」

「そうか。なら……」

「ですけど、今カミキが炎上してる件については、私達は何もしてないですよ?」

「何? じゃあ誰が?」

「それはわかりません。ですが、想像はつきます」

 

 カミキはこれまで疑われることなく多くの人を始末してきた。その全てを彼一人が行ったとは思えない。確実に彼の協力者がいたはずだ。そして今、彼が起こしたであろう事件が暴かれている。考えられるのは彼の協力者が情報を流した可能性。つまりは誰かが彼を裏切ったということ。

 

「裏切者か。じゃあお前たちは何をやっているんだ?」

「私達の計画は保険です。カミキがアイとの関係を暴露した時にアクアちゃん達を守るため。カミキがまた誰かを傷つけた時にそれを止めるため」

「あいつを告発とかはしないのか」

「彼が事件を起こしたという決定的な証拠はありません。それに、この炎上がどこまで波及するかわからないのに油を注ぐのは危険です」

「じゃあ、今は何もできないのか」

 

 姫川さんは残念そうだ。周りのことに無関心な彼にしては意外に思える。

 

「どうしてそこまでアクアちゃん達のことを気にするんですか?」

「意外か?」

「はい。正直に言えば」

「まあそうだろうな。……俺は両親が死んでから家族ってものが無かった。だからなのか、何となくもやもやした気分で過ごしてた。そんなときに星野から『私はあなたの妹です』って言われて、俺は一人じゃないってわかって、ちょっと気分が晴れた気がした。だから、どういうものかはわからないが、ちょっとは家族みたいなこと。兄らしいことをしたくなったってだけだ」

 

 照れくさそうに言った。芝居の時以外で彼のこんな表情を見たことがなかったから新鮮に思えた。

 

「それよりも。黒川こそ星野のためにいろいろやっているだろ。ただの友人相手にどうしてだ?」

 

 照れくささを誤魔化すようにかぶせてきた。

 

「私は……姫川さんなら言っていいかな。『今ガチ』の時にアクアちゃんに救われたんです」

「あー、えっと? そういえば黒川が炎上してたな。あの時何かあったのか?」

「それはですね……」

 

 『今ガチ』の裏であったことを話す。『MEMから頼まれたから』とは言っていたけど、今まで会ったことさえなかった私を助けてくれた。それだけじゃない。私が炎上から立ち直るための道筋まで示してくれた。そんなアクアちゃんのことを。

 

「救うって文字通りの意味かよ。見ず知らずのやつ相手によくやるな。本当に俺の妹か?」

「私が今ここにいるのもアクアちゃんがいたから。だから私はアクアちゃんには何でもしてあげたいんです」

「黒川がクソデカ感情持ってる理由がわかった。そりゃこれだけ重くもなるか」

 

 それから少し話して、姫川さんは仕事の時間だと部屋を出て行った。忙しい人なのにこんな部屋まで来るなんて。家族と呼べる人達のことだからなのか、姫川さんは私が思ってた以上にアクアちゃん達を気にしている。どうにか彼のところまで炎上が及ばないように願う。

 

 画面の中のカミキは迫真の演技をしている。カミキは今後はどうしていくのだろう。今は炎上の真っ最中だけど、彼が事件に関わった証拠が出てこない限りはただの噂話。炎上もいつかは収まる。世間が興味を無くした頃を見計らって、再び自分の快楽を満たすための事件を起こしていくのだろう。でも、彼には裏切者も現れた。炎上を起こした裏切者は次にどんな手を打ってくるだろう。

 

「家族、か」

 

 『今ガチ』で炎上した時は、お母さんやお父さんにものすごく心配されたことを思い出す。カミキの被害にあった人にも家族はいる。被害にあった彼女達を何よりも大切に思っていた人もいただろう。そんな大切な人の未来が事故や自殺で突然閉ざされたことに対して、残された家族はどんな思いを持っているか。そんな中で芸能ニュースで大きく騒がれる『犯人』が現れた。大切な人が本当は殺されたと知った人はその『犯人』に対してどういう行動に出るか。その思いを煽動し、『犯人』の下へと手引きする人がいるとすれば。

 

 私は目を瞑る。アクアちゃんたちの夢が叶うまで、どうか大きな事件が起きないようにと祈った。

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