アイより高く軽やかに   作:にいづま

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こんなタイトルですけど最終回ではないです。もう少し続きます。
具体的にはあと2・3話くらい。


アイより高く:アクア

「おねえちゃん、起きて」

 

 朝。ルビーの声で目を覚ます。

 

「おはようルビー。眠れた?」

「おはよ。うーん、あんまり眠れなくて早く起きちゃった。でも、ライブには問題ないと思う」

 

 ベッドから起き上がる。頭がすっきりしている。不安なことがいろいろあったはずなのによく眠れた。ルビーが一緒に寝てくれたからだろうか。ここまでゆっくり眠れたのはいつ以来かな。

 一緒に寝ていたルビーはもう着替えをすましていた。彼女より遅く起きるのは……仕事の時間がずれていたから結構あったな。

 

 起き上がってリビングに行くと、いつもはこの家に居ない人がリモコンを片手にテレビを見ていた。

 

「おう、起きたか」

 

 声の主は壱護さん。万が一に備えて前日から私達の家に泊まってもらっていた。休日のお父さんみたいな姿だ。ルビーがからかう。

 

「へいへい、バイト君。久しぶりの愛する奥さんの手料理はどうだった?」

「うるせークソガキ。……また食えるとは思ってなかったんだがな」

 

 懐かしそうに言う壱護さん。もう二人は朝食を食べたみたいだ。

 

「アクア、あなたも食べちゃいなさい」

 

 キッチンからミヤコさんの声。

 

「おはよう。ごめん、寝坊しちゃった?」

「まだ時間はあるわ。私達が早く起き過ぎただけよ」

 

 時計を見ると確かにまだ余裕があった。準備がいろいろあるのか。それともアイのことがあるから警戒しているのか。

 テレビのニュースを見ながら朝食を食べる。重要法案の審議が開始されたり、海で身元不明の男性の遺体が見つかっていたり、話題のルーキーの自主トレの様子だったり。その中にB小町のドームライブの話題もあった。長めの尺を取られていて私の引退についても触れられている。ファンへのインタビューでは私の引退を惜しむ声。私は彼、彼女達にとっていいアイドルになれていたのかな。

 

 朝食を食べ終えて家を出る準備をする。その合間にカミキの動向を確認。見張ってもらっている探偵さんから連絡が来ていた。カミキは家から出てはいないらしい。彼の家への出入りも宅配業者くらい。何してるかわからないのが不穏だ。

 

「そろそろ時間だ。出るぞ」

「うん……」

「不安なのはわかるが、アイドルが何て顔してるんだ。さっき確かめたが家の周りに不審者はいない。アイのようなことは起こらない。だからそんな辛気臭い顔するな」

「わかった。ありがとう壱護さん」

 

 壱護さんの叱咤。彼が失踪してから聞くことがなかったから、何だか懐かしい気分になる。

 家を出る。ドアを開けたのは壱護さん。扉の先には誰もいなかった。

 

 

 会場に入る。昨日のうちにほとんどの設営とリハーサルは終わっていて、今は最終調整。スタッフさんは忙しなく動き回っている。

 

「MEM、今日もありがとう」

 

 武道館の時と同じく、今回もMEMに手伝ってもらっている。

 

「いやいや。私としてはただの配信者がこんな大規模なライブに関わらせてもらっていいのかな? って感覚だよ。本当にいい経験をさせてもらってる」

「そう?」

「今は配信者やってるけど、一生ものの仕事にするのは私には難しいかなって。そうするとやっぱり次のことを考えるわけ。それで、アクたんたちの活躍を見たり私もアイドルみたいなことやらせてもらって思ったんだ。アイドルのプロデューサーになるのもいいかなって」

「プロデューサーか。MEMは配信者としてのセルフプロデュースが上手だし面倒見いいから、向いているんじゃない?」

「ホント? B小町影のプロデューサーのアクたんにそう言われたら大丈夫って思えるよ」

「影のって。私はそんなことやってないわよ」

 

 アイドルを始めたころは私の計画に沿って動いていたけど、だんだんとルビーが活動のアイデアを出して私とミヤコさんがどう実現するか考えると言うものに変わっていった。だからプロデューサーと言えるのはどちらかと言えばルビーの方になるかもしれない。それも活動が個別になってきたあたりから変わっていったけど。

 私のアイドル活動はただルビーの夢を叶えるため。ただそのためだけだった。でも私にもファンが出来て、その人たちからの応援の声を聞いて私の意識も変わっていった。こんな私を応援してくれる人のためにもっと頑張らないとって。

 今日は私についてきてくれたファンの人達に、何を残してあげられるだろうか。

 

 

「お疲れ。見回り終わったわよ」

「お疲れ、アクアちゃん。ルビーちゃん」

 

 楽屋で準備をしているとあかねとかなが入って来た。

 

「二人ともありがとう。どう? 変わったところはない?」

「一通り見て回ったけど、特に変なところはないわ。やっぱりドームって広いわね。歩き回るだけでもうクタクタよ」

「スタッフさんも怪しい素振りを見せる人はいなかったよ」

 

 何か手伝えることは無いかと申し出てくれたので、二人には会場の見回りをお願いしていた。カミキの駒がスタッフに紛れていたり、会場に何か事故に繋がる細工をしている危険性があったからだ。二人の異常がないという言葉にほっとする。けれど、あかねの様子がどこかおかしい。顔色が悪そうだ。 

 

「あかねは大丈夫? ごめんなさい。忙しいのに私達のために動いてくれて」

「あ、ううん、大丈夫。それよりアクアちゃんこそ。最後のライブだし、緊張してない?」

「緊張は特にないかな。ルビーは?」

「わたしも大丈夫!」

 

 あかねの様子は気になるけど、今は自分達の事。今日の主役は私達だ。

 

「今日は私の全てを出し尽くすつもり。二人とも楽しんでいってね」

「うん。もう心配することはないから、頑張ってね」

「あいつのことは気にしないで、ライブに集中しなさい」

 

 二人は励ましの言葉を残して、関係者席へと歩いて行った。

 

 

 いよいよ開演だ。入場の仕方はいろいろ考えたけど、初めてのライブと同じように袖からステージへ歩いていくことにした。

 入場口にしているベンチ裏で私達は時間になるのを待つ。隣のルビーは真剣な顔をしている。

 

「時々考えてた。ママのドームライブは、どんな風になってたかな」

「そうね……」

 

 私も何度も考えていたことだ。きっとどんなアイドルのライブよりも素晴らしいものになっていただろう。でも、私達には想像することしか出来ない。

 

「アイドルをやっていたら、辛いことも、嫌な気分になることも、忙しすぎて目が回るときもあった。きっと同じ思いをママもしてきたはずだよね」

「そうでしょうね」

「それでもママはわたしたちの子育てをしながら、ずっと笑顔でやり切ってた。スゴすぎだよね。ママには敵わないなって思うことが何度もあった」

「私も思ってた。アイの真似なんてどうやっても私には無理だった。アイは本当に完璧なアイドルだった」

「なんか『ドームライブが出来たら先代のB小町を超える』って言ってる人もいたけどさ。ママはほとんど一人でドームまでたどり着いた。わたしたちはおねえちゃんと力を合わせてやっと。まだまだわたしはママみたいなすごいアイドルじゃない。ママを超えられたって言えない」

 

 アイドルの仕事は想像以上に過酷だった。体力的にはもちろん精神的にもきつい仕事。私達は姉妹で助け合っていけたけど、アイ一人が目立っていた先代B小町の雰囲気は最悪だったと聞いたことがある。壱護さんもサポートしていただろうけど、気軽に弱音を吐いたり悩みを相談できる相手なんていなかったのではないか。

 そんな中でアイはアイドルとして完璧であり続けた。隠し子がいるという秘密を守り続けること含めて。仕事で疲れていた時だって私達にはいつも笑いかけてくれた。忙しい中でも私達と触れ合う時間を作って、ミヤコさんの補助もありながら懸命に私達を育ててくれた。アイはアイドルとしても母としても凄い人だったんだと自分がアイドルになって改めて思った。

 

「おねえちゃんは、次に何をやっていくか決めた?」

 

 唐突なルビーの問いかけ。私は首を振る。

 

「どうしたの急に。……そうね。まずは大学に受かって、そうしたらまた五反田監督にお世話になろうかなって。演技も映像も、また一から勉強してみたい」

「そっか。決めたんだね」

「ルビーは? 次に何がやりたい?」

「わたしはね、ドームライブ!」

「ドームライブ?」

 

 今から私達はそのドームでライブをするのだけど。怪訝な顔をする私にルビー凛々しい顔で自分の決意を語る。

 

「おねえちゃんが引退したらB小町のファンは減っちゃうじゃん? またすぐにドームライブなんて出来ない」

 

 ルビーと別れて活動してきた結果なのか、私とルビーではファンの質が違っている。多くのファンは私達二人の推しだが、ルビーだけのファン、私だけのファンももちろんいる。

 私の引退で、私だけのファンはB小町から離れるし、二人を推してるという人の中でも離れる人も出てくるかもしれない。B小町twinsのファンは確実に減ってしまう。

 

「だからわたしの最初の目標は、単独のドームライブ。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、絶対やってみせる。そうしたらやっと、ママを超えられたって胸を張って言えると思う」

「アイを超えることが、ルビーの次の目標なのね」

「うん」

「ルビーなら、きっとできる」

 

 ルビーの目は未来を見ていた。アイが生きていた頃、アイを真似てダンスを踊るルビーを見て思ったことがある。この子はアイよりもすごいアイドルになるんじゃないかって。きっとこの子なら、アイを超えるという夢を実現してくれる。

 

「じゃあ今日は始まりのライブね。それぞれの道を踏み出す、その一歩目」

「そう! おねえちゃんは今日で引退だけど、それで終わりじゃないよね」

 

 スタッフさんの、時間ですの声。

 

「いくよ、ルビー!」

「うん!」

 

 私はルビーの右手を、ルビーは私の左手を。それぞれの手をしっかりと握って、ステージに向かって足を踏み出した。

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