ドームライブ開演の時間になった。入場口から二人の姿が見えて場内は沸き立つ。
二人はお互いの手を握って、ゆっくりとステージまで歩いている。表情はにこやかで、とても今日が最後なんて思えない。
「もう堂々としたものだね」
「二人がデビューしてから何年経ったって思ってるの」
後方腕組み古参ファンみたいな私の言葉に友人がツッコむ。いや、彼女達の初ライブから見てたから私は古参だし。
JIFの彼女達を思い出す。初めてのライブとしては良く出来てた方だと思うけど、まだまだ荒かったしぎこちなかった。それでもステージの『華』だけは別格だった。楽しそうに歌い踊る彼女達を見て、こうなりたいと思った。思ってしまった。
当時の私は大手のアイドルグループに所属していた。活動して何年も経ち、仕事に慣れ切った私にとって彼女達の華やかさは毒だった。彼女達のようにはなれないと気付いたとき、私はアイドルを辞める決断をした。
それから数年。アイドルを辞めて芸能界を去った後も彼女達を応援してきた。大人っぽいクールな姉・星野アクアと、元気いっぱいのカワイイ妹・星野ルビー。双子なのにほとんど似ていない二人だけど、とても仲が良くて双子ならではの息の合ったコンビネーションを見せてくれる。そして何より、二人とも別系統ながらビジュアルが抜群に良い。じわじわとファンを増やしていき、アクアちゃんは『東ブレ』の舞台で、ルビーちゃんはバラエティ番組の司会で大きく跳ねた。でもそれがきっかけなのか二人の仕事が分かれて行って、それで今日だ。
推しの卒業。最初に配信で聞いたときには、『残念だなあ。でも芸能界を引退するってわけじゃないみたいだし、これからも頑張ってね』くらいの気持ちだったけど、二人のライブの円盤を見返していたらどんどん悲しみが込み上げてきた。二人のパフォーマンスはそんじょそこらのアイドルじゃ太刀打ちできないくらい完成されていて、そんなライブがもう見れないのだと思うと涙が出てきた。そして今日の卒業ライブのチケットを何が何でもつかみ取る決意をした。
二人はステージに上がると繋いでいた手を離して左右に分かれ、『サインはB』を歌い始める。 先代のB小町から受け継いだ曲で、JIFライブの最初の曲。つまりは、二人がアイドルとして初めて披露した曲だ。ライブでもおなじみの曲。ダンスはさらに洗練されたものになっている。
『B小町twins。姉のアクアと』
『B小町twins。妹のルビーです。みんなー! ついにドームだよー!』
最初の曲『サインはB』が終わってMCに入った。
『あっちも客席、こっちも客席、見えるところ全部にみんながいる。すごーい! 一番上の階の人、見えてるー!?』
『青と赤の光でいっぱい。デビューした時からドームライブが目標って言ってきたけど、本当に出来るとは思いませんでした。みなさんのおかげです。ありがとう! みんな!』
二人の言葉に会場が湧く。ああ、二人は夢だったドームに本当に辿り着いたんだ。二人を追いかけてきたファンとしても感慨深い。
『そして、今日は私、星野アクア最後のステージになります。今日は私の全てを出し尽くします。目に焼き付けてください!』
アクアちゃんの言葉で二曲目が始まった。『二つ星』。これはB小町twins最初のオリジナル曲で、アクアちゃんが作詞作曲をしたもの。あまりライブで歌われない曲だ。
『『二つ星』でした。ライブで歌うのは久しぶりね』
『デビュー前におねえちゃんが作ってくれた曲だね。元気でカワイイ曲。まさにアイドルソングって感じ』
『この曲作った時は古今東西のアイドルソングと当時流行ってた曲を毎日聞きまくってたわね』
『そうだったそうだった。あの時は毎日ヘッドフォンしてた。どのくらい聞いたの?』
『まあ、100曲は軽く超えるくらい?』
『そんなに。だからイントロクイズも強いんだね』
合間合間のMCは二人の思い出話が多い。演出も『東ブレ』の舞台のような演劇だったり、レギュラー出演しているバラエティのコーナーを模したものだったり。B小町twinsの歴史を辿っているようだ。
「やばい、泣きそう」
「私も」
これまでの二人の道のりを思い出していると、だんだんとこれで最後なんだと実感してきた。友人と一緒に泣きそうになる。でも涙は流せない。ルビーちゃんとアクアちゃん。ステージでの二人一緒の姿を目に焼き付けないと。
ライブも後半に差し掛かっている。武道館で歌った『トゥインクル☆ミラクル』が終わると、ルビーちゃんはステージを降りてアクアちゃんだけが残った。
『私だけの時間を作ってもらいました。ファンのみなさんへ、アイドルとして最後のメッセージを読ませていただきます』
アクアちゃんが手紙を取り出す。その紙を広げる音が聞こえるくらいドームは静まり返っていた。
『私がアイドルになると決めたのは、4歳の時。東京に大雪が降る一週間前の事でした』
ん? と首をかしげる。二人がアイドルを目指したのはホントに小さいころからというのは知っていたけど、何だか変な言い方だ。
『その日から私は、ルビーをドームのステージに立たせる。それだけを目標に生きてきました。アイドルになるには何が必要かを考えて、考えうる限りのことを全部やって、とにかく必死でした。潰れるんじゃないかと思う日ばかりだったけど、どうにか今日までアイドルをやって来れました。潰れそうな私を支えてくれたのは、ルビーであり、母をはじめとした事務所のスタッフであり、そして、ファンの皆さんの応援でした。そうやって活動していくうちに、ふと気づいたんです。私は目標だけを見ていて、私に付いてきてくれる人のことを見ていなかったんじゃないかって』
アクアちゃんが顔を上げて客席を見る。少し怯えたような表情。
『私は皆さんの期待に応えられていましたか? 皆さんが見たい私を見ることはできましたか?』
その言葉に私達アクアちゃんのファンは大歓声で答える。アクアちゃんは頑張ってた。ルビーちゃんの影に隠れてたこともあったけど、ファンの期待に応えようと、ダンスに演技にバラエティに、新しいことをやってアクアちゃんは私達を楽しませようとしてくれてた。クールなだけじゃない、ちょっと臆病で、ちょっと抜けたところもあって、それでもかっこいいアクアちゃんが私達は大好きだったんだ。
『みんな、ありがとう。アイドルを卒業してちょっとの間お休みしますけど、芸能界に戻ってきたら、また私のことを応援してくれると嬉しいです』
ファンは口々に「応援するよ!」とか「早く戻って来てね!」と声を掛けている。もちろん私も叫ぶ。ファンの反応を窺うような顔をしていたアクアちゃんが、安心したようにふっと笑った。その笑顔は彼女が今まで見せてくれたどんな笑顔よりも綺麗に見えた。あ、駄目だ。泣く。
『そして、私が卒業してもルビーはアイドルであり続けます。引き続き、ルビーの応援をお願いします。次の曲はそんな妹への応援の歌です。聞いてください。『スイングバイ』』
アクアちゃんのソロ曲。初披露の曲だ。自分の側を離れてどこまでも遠くへ向かう、ルビーちゃんへの応援歌だった。私の視界は涙で滲んでいて、ステージのアクアちゃんが見れない。
『おねえちゃん、おつかれさま!』
歌が終わって、ルビーちゃんが舞台へ戻って来た。
『おかえりルビー。さて、名残り惜しいですが次が最後の…』
『おねえちゃん、ストップ』
『え?』
進行に待ったをかけて、ルビーちゃんが手紙を取り出した。
『おねえちゃんへの贈る言葉を用意してきたんだ。読んでいくね』
『ちょっと、そんなの聞いてない……』
アクアちゃんの声を無視してルビーちゃんが手紙を読み始める。
『私がアイドルになりたいと思ったのは、産まれてすぐ。じゃないか。産まれてくる前からでした。そんな私の夢は小さい子が憧れだけで言っている、ただの夢物語でした。それを形にしてくれたのがおねえちゃんでした。おねえちゃんはあの日に誓ったドームライブに向けて、どうしたら注目されるかいっぱい考えて、苦手だったことにも挑戦して、頑張らせ過ぎてしまいました。おねえちゃん、ずっと無理させてきてごめんなさい』
ぺこりとルビーちゃんが頭を下げる。アクアちゃんは首を振っている。そんなことは無いというように。
『今日、おねえちゃんはアイドルを卒業するね。わたしはおねえちゃんに守られてばかりだった。アイドルになってからはもちろん、あの日だって。わたしのことは心配いらない。おねえちゃんが今まで一緒にいてくれた。私が進む道を作ってくれたから、これからも大丈夫。わたしのことは気にしないで、これから目いっぱい幸せになってください。みんなも、おねえちゃんが幸せになって欲しいって思うよね?』
大歓声。そんなの当たり前の話だ。アクアちゃんは戸惑いながらも客席に向かってお辞儀をした。歓声が落ち着いてくると、また知らない曲のイントロが流れてくる。
『今から歌うのは、これからのおねえちゃんへの応援歌です。『扉の向こう』』
ルビーちゃんの新曲。彼女の曲にしては珍しいしっとりした曲だ。今までありがとう、これからは扉の向こうに何が待っているとしても一人で歩けるよ。そんなルビーちゃんの思いが詰まっている。
ルビーちゃんはすごい子だと思う。私がアイドルの仕事に慣れ切ったのと同じくらいの間活動しているけど、まだアイドルに憧れをもっている。でもそれは、アクアちゃんが彼女の憧れを必死に守って来た結果なんだろうな。月並みな感想なんだけど、お互いを思い合う姉妹の絆にまた涙が出る。
『わたしからおねえちゃんへのメッセージは終わりです。わたしと一緒にアイドルをやってくれて、ドームまで連れてきてくれて、本当にありがとう。これからもわたしたちは……おねえちゃん!?』
曲が終わってアクアちゃんの方を見ると、彼女はステージの上で顔を覆って俯いていた。ルビーちゃんが慌ててアクアちゃんの下に駆け寄っていく。顔を上げたアクアちゃんの目からぽろぽろ涙が零れていた。
『反則よこれは……。ルビー、私の方こそありがとう。ドームまで連れてきてもらったのは私の方。私はこの光景を一生忘れない。ありがとう。今まで本当にありがとう』
『おねえちゃんが舞台以外で泣いてるとこ初めて見たよ。よしよし』
客席からも励ましの声。ルビーちゃんに慰められて、ようやくアクアちゃんは落ち着いた。
『ごめんなさい、取り乱しました。えっと、次が今日の最後の曲になります。今日は本当に、夢のような時間でした』
『わたしたちの夢が叶ったのは、ファンのみんなのおかげです。でも、わたしたちの物語はこれで終わりじゃありません』
『道は分かれますが、私達の歩みは続いていきます。これからも星野ルビーと、星野アクアの応援をどうかよろしくお願いします。それでは最後の曲、『ROUTE B』!』
これも新曲だ。アクアちゃんの卒業を発表してからいろんなメディアに出てた二人。忙しそうな中でこんなに曲を準備していたなんて。歌の中で二人は、道は別れるけれどそれぞれの道で輝くことを誓っている。卒業のことを歌った曲だけど、とても明るい曲だ。
ステージ上の二人はとびきりの笑顔。この卒業ライブは終わりじゃなくて始めの一歩。そんな二人の思いが表情から伝わってくる。
羨ましいなと思った。私が大手グループを卒業した時はひどくあっさりしたものだった。アイドルの次の仕事への希望なんて持てなかった。アクアちゃんはこんな大きな舞台で卒業を多くの人に惜しまれている。そして、次のステージをみんなから楽しみにされている。
最後の曲が終わる。二人はひとしきり客席に向かって手を振った後、入って来た時と同じように手を繋いでステージを降りていく。
たくさんの「ありがとう」とか「おつかれさま」とか、少しだけある「辞めないで」なんて言葉に囲まれて、ゆっくりと二人は出口まで歩いていく。到着すると二人は手をほどき、振り返って、お辞儀。ああ、もうこれで、アクアちゃんはアイドルじゃなくなるんだな。
やがて二人は顔を上げる。二人の表情は晴れやかで、でも少し目元が潤んでいるように見えた。アクアちゃんがマイクを握って、私達に向かって叫ぶ。
『みんな、愛してるよー!』
こうして、B小町twinsのドームライブは幕を閉じた。