保護者の憂鬱:ミヤコ
――もうちょっと顔の角度変えれる? そう。じゃあ撮りまーす。……はいもう一枚――
都内の撮影スタジオにカメラマンの声が響く。ティーンズ向けのファッション雑誌用の写真撮影の被写体は私の娘二人。
ため息をつく。この二人には芸能関係に関わってほしくなかった。
アイの事件を経て、私たちも苺プロも大きく変わらざるを得なかった。
社長であった夫の壱護は失踪し、アイを失ったB小町も事件の2年後に解散。アイの子供たちを引き取った私はどうしようかと途方に暮れていた。
そんなときにアクアが提案してきたのは、二人をモデルとして売り込むことだった。
「双子の姉妹は珍しいし、結構人気が出ると思う」
そして続けた。
「ミヤコさん。私とルビーはアイドルになろうと思ってる」
「何言ってるの。アイがあんなことになったのに、バカ言わないで」
「私もルビーも本気。それに、ルビーは本当にアイに似てる。きっと私たちが何もしなくてもどこかの事務所が目をつける。その前に苺プロの所属にしたほうがミヤコさんだって安心できるでしょ?」
悩んだが、結局はアクアの言うとおりにした。二人はジュニアモデルとして人気になり、私が始めたネットタレントのマネジメント業も成功して、どうにか苺プロは続いている。
「ミヤコさーん! 終わったよ」
ルビーが駆け寄ってきて、遅れてアクアが歩いてくる。撮影が終わると大体こんな風景だ。
「お疲れ様。じゃあ帰りましょうか」
二人を社用車に乗せて事務所へ帰る。疲れていたのかルビーは出発してすぐに寝始めた。隣でアクアはスマホを見ている。
「今日は監督のところに行くの?」
アクアに問いかける。彼女は五反田監督の弟子として手伝いをしている。
「いや。今日は監督がロケでいないから」
「じゃあこのまま帰るわね」
「うん」
アクアはスマホを見たまま顔を上げずに答えた。ルームミラーからは彼女の表情は見えない。
アイの事件から、一番変わったのはアクアだ。笑顔が減り、暗い顔をすることが多くなった。モデルの仕事の傍らで、自分たちがアイドルになる準備を進めている。仕事で知名度をあげ、ルビーにはボイスレッスンを重点的にやらせて、彼女自身はアイドルとして知名度を獲得していくための企画をあれこれ考えている。この前はアイドルソングを自作していた。アイのファンではあったが自分がやる分には興味はなさそうだったのに、今ではアイドルになるために生きているような感じだ。
事務所に着いた。ルビーはまだ寝ている。アクアがルビーの肩をゆすった。
「着いたよ。ルビー、起きて」
「んあ……。あ、寝ちゃってた」
「ほらカバンもって。降りれる?」
「んー。大丈夫……」
ルビーに対しては昔のまま。よく世話を焼くお姉ちゃんだ。
「先に帰ってて。私はまだ仕事があるから」
「わかった。ミヤコさん、お疲れ様」
「おつかれさまー」
二人と別れ事務所に戻る。パソコンを立ち上げメールをチェックしていく。前に二人を使った雑誌の編集部からメールが来ていた。掲載する写真のサンプルが添付されている。写真を開くとアイの娘二人が完璧な笑顔を見せていた。
暗い顔の多いアクアが、それでも仕事では完璧な笑顔を見せるのはアイの血だろうか。アイが生きていたころ魅せる笑顔の秘訣を聞いたことがある。
『結構研究してるんだよね。口角のあげ方とか、目の細め方とか』
その笑顔をアクアもまた研究したのだろう。写真の中のアクアの笑顔は、アイの笑顔とよく似ていた。
アクアとルビーが人気になればなるほど心配事が増えていく。いつかアイのときみたいなストーカーが現れやしないかと気が気ではない。けれど二人は抜群のルックスと双子姉妹という希少さからか、かなりの人気が出ている。彼女たちの中にあるアイの血は、人気アイドルへの道をきれいに舗装しているようだ。
そろそろ仕事に戻らなくては。私はメールに返信するためにキーボードを打つ。せめて少しでも彼女たちに行く道をよいものにするために。