再会:アクア
面接を終えた私は廊下でルビーを待っていた。陽東高校は都内でも珍しい芸能科がある高校で、私とルビーはそこの入試を受けに来ていた。
あの日からずっとアイドルになるための準備をしてきた。ミヤコさんとの話し合いの末、この高校に受かったらアイドルデビューすることになっている。
「おねえちゃん、終わったよ」
「ん。じゃあ帰ろうか」
試験室から出てきたルビーが私を見つけて寄ってくる。これで試験は終わり。二人で並んで廊下を歩く。
「どうだった?」
「多分平気。そっちは?」
「大丈夫。ちょっと名前で驚かれたけど芸能科に入るならそれも個性でしょ」
帽子を掛けた女子生徒とすれ違った。在校生だ。芸能科があるだけあって、ここの制服はかわいらしい。
「本名、アクアマリンだもんね。みんなめんどくさがってアクアって呼ぶけど」
「……アクアマリン。アクア?」
ルビーではない声が聞こえて振りかえる。さっきすれ違った女子生徒が私を見つめていた。目が合う。
「星野アクア!」
私を認めるなり名前を叫んで突撃してきた。背は低いが整った顔立ちの子。見覚えがある。
「あなたは確か……」
「あれじゃない? 重曹を舐める天才子役」
「十秒で泣ける天才子役!」
ルビーのあんまりな言い間違いにきっちり突っ込む。懐かしい気分になった。確か初めて映画に出てきた時の……。そうだ。有馬かなだ。
「有馬さん、久しぶり。ここの芸能科だったの」
「そうよ。ねえ、ここに入るの? あれから全然見なかったから役者やめちゃったのかと思ってた。まだ続けてたんだ」
ルビーと顔を見合わせる。嬉しそうな有馬さんには悪いけど、私たちにはやることがある。
「芸能科には入る予定だけど、役者はあんまり出来ないよ」
ルビーが有馬さんにスマホを見せる。画面には私たち二人が決めポーズをしている写真が写っている。
「わたしとおねえちゃんで美少女双子アイドル『B小町twins』を結成するんだ。先輩も応援よろしくね」
有馬さんはスマホの写真と私たちの顔を交互に5回ほど見て、叫んだ。
「何でよ!」
「おー来たか早熟。……って有馬かなじゃん。見ない間に大きくなったな」
「見ない間……。いや、仕事はしてますよ。子役時代に比べたらアレですけど」
ルビーと別れた後も有馬さんはなかなか離してくれなかった。しょうがないから帰りに寄っていく予定だった監督のところへ連れて行った。そういえば有馬さんとの出会いはこの監督の映画だった。
「監督のところに出入りしてるなんて、やっぱり役者やってるんじゃない」
「演技も一通り仕込まれたけど、監督の助手まがいなこととか映像編集の手伝いとかが主よ。裏方スタッフの手伝いやって好感度あげたり、業界の人に顔を売ったり。そういうのって大事だから。あなたならわかるでしょ?」
「ぐ……」
苦い記憶があるのか有馬さんは顔をしかめ、けれどすぐに安心したような笑顔を見せた。
「でも嬉しい。アクアはまだこの業界にいたんだ」
私の仕事だった映像編集の手伝いも終わり、監督の家で夕飯をごちそうになった。有馬さんも一緒だ。
「でもショックだわ。監督が行かず後家だなんて」
「相変わらず大人に対する敬意がないガキだな」
ちなみに夕飯を作ったのは監督の母親だ。結婚したいとぼやく割には花嫁修業もしていない。
「ねえねえ。アクアはどんなことしてきたの? 演技の仕事は?」
「モデルが主。演技はほとんどやってないわ」
「映像とかないの?」
「あるにはあるけど」
「見せないでよ。酷いのばかりよ」
監督の言葉を遮る。子役としていろいろやったけれど、自分には才能がないことがよく分かった。1年前に監督に言われて刑事ドラマの端役をやったのが最後だ。あの撮影はよい出会いもあったけど、私の演技というならあまりよいものではなかった。
「ふーん。……今ね、私がヒロインやってる作品あるんだけど、まだ役者決まってない役があるんだ。偉い人に掛け合ってみようか?」
「なんて作品?」
「『今日は甘口で』っていう少女漫画が原作のドラマ」
「『今日あま』? 名作じゃない。ドラマやってたのね」
「興味ある?」
「あるけど。もうすぐデビューだから忙しいの」
「出番は1話だけだしすぐ終わるわよ。掛け合ったら案外するっと決まっちゃうかもよ。なにせPの鏑木さんには可愛がられているから私!」
「鏑木? 鏑木勝也って人?」
「そうだけど?」
鏑木という名前はよく聞いていた。会ったことはないがモデル事務所やアイドル事務所との繋がりが強い人だ。アイドルデビュー直前に顔を売るならうってつけの人物だろう。
「やるわ。鏑木プロデューサーに連絡しといて」
「えっ……。やってくれるんだ。アクアの演技楽しみ」
久しぶりの演技だ。鏑木プロデューサーに貸しを作る程度には仕事をしなくては。
「ただ、多少問題のある現場だから覚悟はしてね?」
「問題?」
有馬さんの言葉に私は不安を覚えた。覚悟って何?