人工少女QB   作:生パスタ

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01_無毛地帯

「ふうん、なるほどね。確かに君の話は、一つの仮説としては成り立つね」

 

 

 鹿目まどかという一人の少女の願いによって、宇宙の法則が書き換えられ〈魔女〉がいなくなった世界。

 高層ビルの屋上から、夜の街を見下ろす暁美ほむらとインキュベーターの姿があった。

 ほむらは、〈前の世界〉で、まどかに対して執拗に魔法少女の契約を迫るキュゥべえを敵視していたので、殆ど会話らしい会話をしたことがなかった。ましてやそれが身の上話ともなるとなおさらのことである。だから今、彼女が〈前の世界〉における魔法少女や魔女の存在、そしてまどかによる宇宙改変についてキュゥべえに話をしたことは本当に珍しいことなのだった。

 

「仮説じゃなくて、本当のことよ」

 

 街の灯りを眺めながらほむらは答えた。

 

「とても興味深い話だ、魔法少女が魔女とやらになる際に発生するエネルギーがどれほどのものかは分からないけどね。ただ、君達魔法少女は希望を求めて願いを叶えるから、それと対をなす絶望の歪みは途方もなく大きなものになることは想像がつく」

 

 ほむらは、今ではない別の時間の少女達に思いを馳せる。何度も何度も同じ時間を繰り返す中で、仲間として共闘したこともあった。敵として反目したこともあった。そして、最期には皆絶望して魔女になっていった。

 ほむらは、彼女達の思いが単なるエネルギーと評されて眉をひそめた。

 

「ほむら、もう少し詳しく聞いていいかい?」

 

 キュゥべえは、ほむらの表情の変化には全く注意を払わなかった。

 

「まどかがどこにいるのかなんて分からないわよ、私だけが彼女のことを憶えているといってもこの世界で会った事はないわ。それに、前の世界のあなたが言っていたのだけど、まどかは概念となって誰からも認識されない存在になったそうよ」

 

 まどかの願いを、すべての魔法少女を魔女の呪いから救ったその願いを、ほむらは今もなお、受け入れることができていない。彼女にとって、まどかが幸せになることこそが、ほかの何よりも重要なことだった。その、まどかの存在の消失は、彼女の生きる目的が消失することに等しいともいえた。

 

「僕が聞きたいことは〈まどか〉の所在じゃないよ。ただ、それについては君の話を聞き終わった直後から調査を開始しているけれどね。そうじゃなくて僕が聞きたいのは――」

 

「なんですって!」

 

 キュゥべえの言葉を遮ってほむらが叫んだ。

 もし、インキュベーターがまどかを見つけ出すようなことになれば、どのようなことになるのか、ほむらには想像もつかない。彼女は、無警戒にまどかについて話したことを悔やんだ。

 

「今すぐ調査を中止しなさい」

 

 ほむらは、鋭く言い放った。

 

「君は僕達に〈まどか〉を探すことをやめて欲しいんだね。それなら都合がいい、協力してもらいたいことがあるんだ。もし、僕達の計画を手伝ってくれるのなら〈まどか〉の探索の中止を約束するよ」

 

 ほむらは、キュゥべえの目を覗き込む。感情の読み取れない赤い瞳がそこにあるだけだった。

 彼女は、戸惑い気味に尋ねた。

 

「……協力ってなによ? いえ、その前に中止ではなくて撤回すると約束しなさい。あなた達のことだからあとで計画を再開しないとも限らないわ」

 

「やれやれ、僕達は君にあまり信用されてないみたいだね。分かったよ、〈まどか〉の調査については、今後一切行わないと約束する」

 

 インキュベーターは、嘘をつかない。これは、何度も同じ時を繰り返して彼らと接触してきたほむらにとって確証が持てることだった。インキュベーターは、この点に関してだけは信用があるともいえた。

 

 納得したらしい様子のほむらを見て、キュゥべえは話を続けた。

 

「君の話を聞いて、新たに始まった計画はふたつあるんだ。その内の一つは、ついさっき君が永久に凍結させてしまったけどね、そして、もうひとつの方の計画では君達人類の協力が必要となる」

 

「それで、どういう計画なのかしら?」

 

 訝しげに尋ねるほむらに対して、キュゥべえの答えは簡潔なものだった。

 

「暁美ほむら、僕に感情を教えて欲しいんだ」

 

 

 

 魔獣を倒して魔法少女としての仕事を終えたほむらは、入浴を済ませてマンションの自室でソファーに体を沈めてくつろいでいた。時刻はもう間もなく日付が変わろうかという頃合である。彼女はソーダ味の棒アイスを食べながら、魔獣の出現によって中断されたキュゥべえとの会話を思い出していた。

 

“……僕に感情を教えて欲しいんだ”

 

 キュゥべえはそう言った。その直後に魔獣が現れてそれっきりとなってしまったのだが。

 インキュベーターには感情が無い。少なくとも人間が感情として理解しているものを彼らは持ち合わせていない。そんな彼らが、感情を理解したくなるような何かが〈前の世界〉の話の中にあったのだろうか。

 

『ほむら』

 

 突然、ほむらの意識に声が割り込んできた。キュゥべえからの念話だ。

 

『話の続きでもしに来たのかしら?』

 

『そうだよ、だから入ってもいいかい?』

 

 インキュベーターならば、このような断りをいれずに突然部屋の中に現れることも可能だが、人間が自身の私生活を侵されることに忌避感を抱くことを彼らは学んでいた。

 

『こんなに夜遅くに一人暮らしの女性の部屋を訪ねてきて、あなたには常識というものがないのかしら。……まあいいわ、入りなさい』

 

 明日は休日、学校は休みだ。多少の夜更かしはかまわないだろう、とほむらは判断した。

 

『それじゃあベランダのガラス戸を開けてくれないかな、そこから入らせてもらうよ』

 

 わざわざ開けなくても入れるくせに、と思いつつ、ほむらは、子猫が通れるほどの隙間を空けてキュゥべえを招き入れた。

 

「お邪魔するよ」

 

 そう言ってするりと部屋に入ったキュゥべえは、先程までほむらが座っていたソファーの前にあるテーブルまで駆けて行き、その上に飛び乗った。

 

 ほむらは、再びソファーに腰を下ろして言った。

 

「感情を教えてくれだなんて言ってたけど、どういう了見なの?」

 

「そうだね、君が僕の話を遮って〈まどか〉の探索を中止しろと要求してくるから話が前後してしまったけど、そもそものはじめから説明しよう」

 

「待ちなさい、本当に包み隠さずすべてを説明すると約束しなさい。もしかしたら、あなた達に都合のいい部分だけを聞かされるかもしれないわ」

 

「やれやれ、また約束かい」

 

 全くの無表情だが、さも呆れたと言わんばかりにキュゥべえは言った。

 

「あなた達は嘘はつかないけれど、かと言って自分達の不利になるような事実について積極的に話すわけではないわ」

 

 インキュベーターは、〈前の世界〉において素質のある少女達に、契約を躊躇させるような事実をあえて伝えなかった。そのことを、ほむらは決して忘れてはいなかった。

 

「概ねその認識で間違いはないね、それは君の言う〈前の世界〉の記憶に基づく判断なのかな。とにかく約束するよ、隠し事は一切なしだ」

 

「そう、じゃあさっさと話しなさい」

 

 アイスを食べきったほむらは、残った木の棒をかじりながら言った。

 

「そうだね」

 

 一拍おいて、キュゥべえは話し始めた。

 

「まず、君が話してくれた〈前の世界〉での出来事についてだけど、それらはすべて本当に起きた事だとしよう。ある程度信憑性の高い話だからね。そう判断した理由は、ソウルジェム消滅にあるんだ。浄化しきれなくなったソウルジェムが消滅するメカニズムについて、僕達がいくら研究しても分からなかった理由は、この宇宙の法則に縛られていない何者かの仕業だとするなら納得がいく。そして、それとは別の理由でもうひとつ。ほむら、君の存在だ。僕達には君と契約した覚えはない、にもかかわらず君は魔法少女としてそこに存在している。君はいったい何処から来たのか、答えは簡単さ〈前の世界〉だ」

 

「仮説だとか言ってたくせに、急に信用するのね」

 

「仮説だよ、あくまで〈前の世界〉はあったという前提で話を進めようということさ……。続けていいかい。〈まどか〉が宇宙のルールを書き換えたという話を聞いて、僕達はまず、そんなことはありえないと結論付けた。それほどの願いを叶える量の因果を、一人の人間が背負うことはできないからね。だけど、そこで君の存在を思い出した。君は時間操作の魔法を使う、さらに、君とは契約した記憶はない、となればどういうことなのかは想像がつく。僕が君に聞こうとして遮られたのはこのことさ、君は〈まどか〉を理由にして何度も時間を遡行したんじゃないかな?」

 

「……その通りよ、でも詳しい事情を言う気はないわ」

 

 ほむらの心に様々な記憶が去来した。

 始めは、共に〈ワルプルギスの夜〉を倒すためだった。あのとき、あの約束をしてからは、まどかを魔法少女にしないために、まどかを守るために、ただそれだけために、同じ時間を繰り返した。

 

「やっぱりそうなんだね。ほむら、僕達は君の話を聞くまで、感情のエネルギーというものを過小評価していたんだ。君達魔法少女には無限の可能性がある、叶えられない願いはないね。だから僕達は作り出すことにしたのさ――魔法少女を」

 

 

 

「魔法少女を……作る?」

 

 奇妙な緊張を感じながら、ほむらは、しばらくの間黙考していたが、結局オウム返しに聞き返すだけで精一杯だった。

 

「そうさ、僕達が作り出した〈人型人工知性体〉に宇宙のエネルギー問題を解決する願いを叶えてもらおうという計画なんだ。君に協力して欲しい事というのは、その〈人型人工知性体〉に感情を教えることを手伝ってもらいということさ」

 

 普段と変わらない、淡々とした様子のキュゥべえに、ほむらはますます混乱した。

 

「ちょっと待ってなさい」

 

 そうキュゥべえに言い残し、ほむらはキッチンへ向かう。かじり過ぎて先端が引裂かれたアイスの棒をゴミ箱に捨てると、ガラスコップに氷と冷蔵庫から取り出した麦茶を入れてリビングへ戻った。そして、ソファーに座って麦茶を一口飲んで、一息ついてからキュゥべえに尋ねた。

 

「まったく訳が分からないのだけど、まず〈人型人工知性体〉ってなによ?」

 

「人間の肉体構造を細胞レベルから作り出すのさ。血液も骨も臓器も、もちろん脳もね。君達魔法少女がまさにその技術の産物じゃないか、要は、魔法少女がソウルジェムで操作している自身の姿を模した人形と一緒だよ。モデルとしては13歳の女性の平均とするつもりだ。統計的に見てこの年頃の女の子が一番感情エネルギーが大きいからね。そして、〈人型人工知性体〉には、僕達の記憶情報を転写する予定なんだ。自身が叶えるべき願いを、予め理解しておいてもらわないとまずいことになるからね」

 

「たとえ、その人造人間が感情を持つ事ができて、魔法少女としての素質があったとしても、宇宙の法則を変える事なんてことはできないと思うのだけど」

 

 まどかがそれを為し得たのは、ほむらの時間遡行があったからである。ほむらは、インキュベーターが作るつもりでいる〈人型人工知性体〉とやらが持つ因果が、それほどの量になるとは思えなかった。

 

「宇宙の法則を変えるのに十分な量の因果は既に収束しているよ、ほむら、君のおかげでね。君が僕に〈前の世界〉の話をして、それを受けて僕達が〈人型人工知性体〉を作ろうと決意した瞬間に因果関係は成立したのさ。つまり、僕達が作ろうとしている〈人型人工知性体〉は、〈前の世界〉の記憶を持つ暁美ほむらが居て、初めて生まれる存在だという事だ。君は、何度も時間を繰り返した。そして、〈まどか〉という神ともいうべき概念存在が生まれて、それによって宇宙の法則が改変されて、今ここに居る。君が見てきた世界のすべてが原因となって〈人型人工知性体〉という結果が生まれるんだ」

 

 自分が原因となり、重い因果を背負ってこの世に生を受ける存在。ほむらは、それを何と受け取ってよいのか、見当がつかなかった。自分がまどかの因果の元凶となっていたと知った時は、絶望のあまり崩れ落ちてしまいそうになった。しかし、今感じているのは軽い驚きと戸惑いのみだった。

 ほむらは、黙ってキュゥべえに先を促した。

 

「計画の概要はこんなものさ、問題はこれほどの願いとなると、途方もない絶望がこの宇宙にもたらされるということだね。これについては確かにリスクは大きい。ただし、願いを叶えた〈人型人工知性体〉自身が、それに対抗できる存在となるはずだよ。あと、これは希望的観測だけど宇宙消滅の危機となった場合は〈まどか〉の干渉があるはずだ。君の話からすると、〈まどか〉はどうやら希望と絶望のエネルギーには干渉可能だと考えられるからね。……どうだい、ほむら。この計画に協力してくれるかい? 君は〈人型人工知性体〉の話し相手になってくれるだけでいいんだ」

 

 キュゥべえは、ほむらに答えを求めた。けっして瞬きする事のない丸い目が、ほむらをじっと見つめていた。

 

「いいわ、協力しましょう」

 

 会話するだけで感情が芽生えるのだろうか。それに、人間的な感情を持つ存在ならば、宇宙の延命などという馬鹿げた願いのために我が身を犠牲にする訳がない。インキュベーターは、やはり感情というものをまったく理解していないようだ。だが、ほむらは、この計画は失敗すると確信していたにもかかわらず、彼らへの協力を了承した。

 

 この計画の最終段階において、まどかが干渉してくる可能性があるとキュゥべえは言った。その言葉に、ほむらは縛り付けられた。

 彼女は最近、自身の変調を感じていた。ソウルジェムが穢れるペースが徐々に早まっている。その原因を、彼女は自覚していた。まどかにもう一度会いたい。会って話をしたい。まどかへの思いは日に日に募っていくが、けっして会うことはできない。

 穢れが彼女を蝕んでいた。

 

 まどかに会えるかもしれない。馬鹿な事だとは分かっていても、その僅かな可能性に縋らずにはいられなかった。

 

「それはありがたいね。それじゃあ、ほむら、早速だけど〈人型人工知性体〉との会話をお願いしようかな。人目につくと拙いから直接この部屋に転送させるよ」

 

 制止の声を発する間もなかった。一瞬、世界から音が消え、ほむらは全身に強い圧迫を感じる。

 

「こんばんわ」

 

 先程まで存在しなかったはずの、何者かの声がした。

 声の主は、リビングの入口に立っている。身長はほむらとほぼ同じ、衣服と呼べるものは身に着けておらず、代わりに首から下は、爪先まですべて銀色の光沢がある膜で包まれていた。

 へそのくぼみまで分かるほど、ぴったりと膜は肌に貼り付いていたので、細身で均整の取れた体の線がはっきりと見て取れる。ほむらは、ゆるやかだが確かに曲線を描く胸元を見て、目の前の人物が女性であると判断した。

 

 少女の顔立ちからは、一目で性別が分からなかった。目鼻立ちは非常に整っていたが、頭髪や眉毛など、毛がまったく生えていなかったからである。

 

「こんばんわ」

 

 ほむらは、挨拶を返した。

 空気は乾燥して、部屋中に消毒薬のような匂いが漂っていた。

 ほむらの理解は、事態に追いついていなかった。人造人間が完成するのは数ヶ月先か、もしかしたら数年先かもしれないと思っていたのだが、協力を了承して数秒後に御対面とは予想外だった。地球外生命体が立てた計画は、やはり人類には理解し難い面を持っているようだ。

 

「ほむら、どうすれば感情を理解できるんだい?」

 

 少女は問いかけた。

 ほむらは、少女に感情を教える前に、言うべきことを思い出した。

 

 

 

「とりあえず髪を生やしなさい、ハゲは駄目よ。許される事ではないわ」

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