「ティロ・フィナーレ!!」
凄まじい衝撃で大気が震え、魔獣も瘴気も何もかもが跡形もなく吹き飛んだ。
そして、後に残ったのは優雅にティータイムを楽しむ少女が一人のみ。巴マミの姿がそこにあった。
「いやー、やっぱマミさんの必殺技はカッコイイなあ!」
魔獣の生き残りを警戒しながら、美樹さやかがマミに駆け寄った。
巴マミは、魔獣との戦いにおいては経験豊富なベテランの魔法少女であり、敵の残存数を見誤る事など、浮かれた気分で油断でもしていない限りありえない。しかも、彼女は大技を放つ場合、可能な限りとどめの一撃として使用するため、生き残りなどいる訳もなく、さやかが気を張っても取越し苦労となるのだった。
「ふふ、ありがとう」
後輩からの賞賛を受けたマミは、満足そうに笑みを浮かべながらティーセットをリボンに戻して解除した。
「確かにスゲーよな、音が。まだ耳がキーンってしやがる」
ビルの屋上から飛び降りて、マミとさやかのそばに着地したもう一人の少女が、にやにや笑いを浮かべながら茶化すような口調で言った。
大きな砲撃音がして魔獣の気配が消えたため、戦いが終わった事を知り、音の出処へと駆け付けた佐倉杏子だった。
そこへ、また別の少女の声が掛けられた。
「そのやたらと大きな銃の音もアレだけど声も凄いわ。マミ、あなた技名の発声を魔法で拡大しているでしょう」
不気味に明滅する黒き翼をはためかせ、暁美ほむらがゆっくりと降下してくる。
これで、見滝原市を根城としている4人の魔法少女が勢揃いとなった。
「はぁっ!?」
杏子が素っ頓狂な声を上げた。
「遠くにいても、戦闘中でうるさくても聞こえるのはそういうことなのか……。あ、もしかしてやたら耳元で反響して聞こえるのも魔法の効果なのかよ」
杏子は、からかうのも忘れて、信じられないといった様子でまじまじとマミを見つめた。
さやかに至っては、呆れを通り越して尊敬の眼差しさえ見せている。自分には絶対に真似出来そうもない、といった顔である。
巴マミは、見映えや佇まいをより良いものとするための努力を惜しまない人物であり、その成果は拡声のほかに、先程見せた紅茶練成というオリジナル魔法にも現れていた。
傍から見るとまったくの無意味とも思える代物である。
珍妙な生き物を見るかのような目を向けられて、さすがに気恥ずかしかったらしく、マミは頬を赤らめた。
「べ、べつにいいじゃない……」
誰にも理解してもらえなかったことに少しショックを受けたようだ。彼女は、悲しげな声でそう言った。
「まあ、いいのではないかしら。実際のところ誰かに迷惑を掛けているわけでもないし、それにあなたの声が聞こえれば、皆の士気が高まると思うわ」
士気がどうこうなど、今の今まで考えた事もない。ほむらは、思い付きをそのまま口にしただけの適当なフォローを入れた。
「迷惑ならさぁ、あたしに掛かってるんだよね。さっきの爆音でまだ耳が……」
「あんたはちょっと黙ってなさい」
杏子は、耳を押さえながら被害を訴えようとしたが、彼女の背後からさやかがその口を手で塞いだので、唸り声を上げることしかできなくなった。
「マミ、こんな所でおしゃべりをしている場合ではないわ、瘴気も晴れてきたし、そろそろ引き上げましょう」
「そうね、皆、グリーフシードは私の部屋で分ける事にしましょう」
マミは、気を取り直してそう言うと、ひょいひょいとリボンを伸縮させて、キューブ状の結晶を回収する。
マミがグリーフシードをすべて集め終えると、彼女達は変身を解除して彼女のマンションへ向かって歩き始めた。
4人で共闘した場合のグリーフシードの分け方については、一応の取り決めがあった。といっても厳密なルールではなく、基本的に山分けとするが、ソウルジェム消失の危険があるほど穢れている人がいたら、その人に優先的に回そう、といった程度のものである。マミがそうしましょうと言うので、皆それに従っているのだった。
このやり方に、杏子は否定的だった。彼女によると、自らの命が懸かっているのだから、自分で倒した分は自分のものとするべきであり、そんな他人任せの甘い考えだと戦いに真剣さがなくなって、いつか怪我じゃすまないことになるというのだ。
だが、幸いにも今までに彼女が危惧しているような危険な事態に陥った事はなかった。魔獣は、魔女と比べれば大した脅威ではないし、もっと単純に、この4人の魔法少女が全員平均以上の力を持っているため、そう簡単にやられはしないという理由もある。
夕暮れの街を4人で他愛も無い話をしながら歩いていると、やがて目的地であるマミの部屋へ到着した。
「どうぞ、あがってください」
妙に畏まった口調のマミだったが、内心では来客が嬉しいのか、笑顔でニコニコであった。
「おじゃましまーす!」
さやかが元気良く挨拶して、部屋の中へ入って行く。勝手知ったるマミの部屋、足取りに迷いはない。続いて、杏子とほむらもボソボソとぞんざいに挨拶しながらリビングへと向かった。
「やあ、おかえり」
綺麗に片付けられた部屋の中には先客が居た。キュートな小動物が、小さなクッションの上で丸まっていた。
「あら、キュゥべえ来てたの、ちょっと待っててね。すぐにグリーフシードを渡すから」
「それじゃあ、待たせてもらおうかな」
マミは、キュゥべえが勝手に部屋の中に入っていた事に何の疑問も持たないらしい。不自然な状況にもかかわらず、会話はごく自然に交わされていた。
それはまるで、仕事が早く片付いて先に帰宅していた夫に、買い物から帰ってきた妻が、すぐに晩御飯の用意をするから待っててね。というワンシーンのようであった。
マミはキッチンへ向かい、しばらくの後、戻ってきて言った。
「今、紅茶を入れるためにお湯を沸かしているの。その間に、グリーフシードを分けておきましょう」
「紅茶なら、マミはついさっきも飲んでたじゃねぇかよ。いったい何杯飲むつもりなんだ?」
杏子は、先程の戦いの中で、マミが魔法の紅茶を飲んでいた事を憶えていた。そして、マミをからかうためだけに、あえてその疑問を口にする。
「べ、べつに何杯飲んでもいいでしょう……好きなんだから」
「ふぅん、まぁいいけどさ」
この件に関しては、これ以上深入りするつもりはないらしい。杏子が納得してくれたので、グリーフシードを分配する運びとなった。
少女達は、ハイセンスなマミの趣味が伺える奇抜な三角形のテーブルを囲んで座り、グリーフシードを等分する。そして、ほむらを除く全員がソウルジェムを浄化して、穢れを吸ったグリーフシードをキュゥべえに渡したのだった。
ここ最近、ほむらが皆の前でソウルジェムを浄化していないことに疑問感じていたマミが、訝しげな目を彼女に向けていた。
ほむらは、その視線に気付いていないふりをした。
「うーん……。あたしは毎回皆よりも倒した数が少ないのにさ、同じだけ貰うっていうのは、何か悪いなーって思っちゃったりして」
申し訳なさそうにさやかは言った。彼女は、これまでにも何度か、同じ意味の言葉を口にしたことがあった。この中では自分が一番非力だと思っているらしい。
そして、それはまさしく事実なのだった。
「あなたは、あれで問題ないわ」
突き放すような口調でほむらは言った。
下手に、お前は弱いからもっと頑張れとでも言おうものなら、頑張りすぎて早死にする事は目に見えて明らかである。ほむらは、彼女自身どういう理由で問題ないかなど思いつきもしないのだが、とにかく大丈夫だと言い切った。
「そうだなぁ、さやかは剣を振り回すことと投げること以外で、何かできる事はあるのか?」
杏子はさやかに尋ねた。
「あんた、あたしのこと馬鹿にしてるでしょ。それ以外では、ええっと……」
さやかは、腕組みをして考え込み始める。
そこへ、お湯が沸いたので、キッチンへ紅茶を入れに行っていたマミが戻ってきて、机にティーカップを置きながら言った。
「あのね、美樹さんは技の数が少ないと思うの。だから皆で彼女の技を考えてあげるっていうのはどうかしら」
マミは、イキイキとした様子で提案した。
結局、その案は採用される事となり、ある者は真剣に、ある者は適当に、またある者は茶々を入れながら、和気あいあいと話し合いは行われたのだった。
『ほむら、ちょっといいかい』
マミが、刀身に炎を纏わせるのはどうかという考えを述べていたとき、突然、ほむらの頭の中へ直接言葉が投げかけられる。
クッションの上にいたはずのキュゥべえが、彼女のそばまで来ていた。
『何か用なの?』
『ああ、この件については、まず君に確認しようと思ってね。マミ達にも〈人型人工知性体〉との会話をお願いしようと思うんだ』