『アレの存在は、黙っていたほうがいいと思っていたのだけど、そうではなかったのね』
あの人造人間が作られた目的や計画の発端について説明しようとすると、魔法少女という存在そのものに立ち入ることとなる。それは、キュゥべえにとって望む事ではない、とほむらは思い込んでいたのだが。
『もちろんさ、むしろ積極的に不特定多数の人間と接触させるべきだよ。どうして秘密にしようだなんて思っていたんだい?』
キュゥべえは、不思議そうに尋ねた。
多分、この宇宙生物に気を使っていた自分が愚かだったのだろうと、ほむらは納得するほかなかった。
ほむらが、件の少女との最初の出会いを果たしてから、今日で4日目であった。それは、ほむらが、人とのコミュニケーションをあまり得意ではないと自覚するには十分な時間でもあった。
普通の人間に対しても若干の気後れを感じるというのに、人間かどうかも疑わしい存在とどのようにすれば会話が盛り上がるのか見当もつかず、彼女は途方にくれていたのだった。
ほむらは、学校での出来事やマミ達の事など、頑張って話題を作り、少女に話しかけるように努力した。しかし、当の少女は、ほむらが話した内容については理解しているが、そこに面白みなどを見出す事ができないらしく、話の中身を本当にそのまま受け取るだけで終わるため、そんなことがあったんだね、で会話は次々に終了していった。
ほむらが感じた事は一切相手に伝わらなかった。
こうして、二人の間には度々、沈黙が横たわることとなり、会話している時間よりも黙っている時間のほうが圧倒的に長いという現在の状況に落ち着いたのだった。
これについては、キュゥべえも当てが外れたらしい。ほむらは昨日のキュゥべえとの会話を思い出した。
「人間の感情というものは、人同士がコミュニケーションを取る際に、特に発生するはずなんだけどね。会話の量が少ないんじゃないかな」
「もしかしたら、計画は最初から破綻していて、彼女は絶対に感情を得る事が出来ないのかもしれないわ」
「〈人型人工知性体〉には、人間社会のルールが正しく入力されているんだ。足りないのは感情だけさ。会話を続ければそのうち感情を学習すると思うよ」
「そのうちって、一体いつのことなの?」
「君が生きているうちには計画が成功して欲しいね。〈人型人工知性体〉と強い因果関係にあるのは君だけだから、君が消滅すると〈人型人工知性体〉の因果量がかなり減ってしまうんだ。ほむら、君にはぜひ長生きをしてもらいたいね」
そんな事をキュゥべえは言っていた。〈前の世界〉では、早く絶望して魔女になってよ、というスタンスを崩す事のなかった宇宙人が、魔法少女であるほむらに長生きしろというのだ。
『キュゥべえ、彼女達には私から説明するわ。あなたに任せると、いきなりこの部屋へあの子を転移させそうだもの』
『そうかい、じゃあ任せたよ』
キュゥべえは、あっさりとほむらに主導権を渡した。
「あなた達、ちょっといいかしら」
ほむらは、そう言ってから、この件をどこからどう説明してよいのか、まったく考えがまとまっていない事に気がついた。
「あら、暁美さんも何か思いついたのね。良かったわね美樹さん。これで7つ目の新技があなたに授けられる事になるわ」
「あはは……。う、嬉しいなあ。ほむら、なるべくあたしでもできそうな簡単なやつをお願いっ!」
さやかの新技会議は、まだ続いていた。マミによると、さやかはすでに6つの技を新たに習得したことになる。
「ごめんなさい、あなたの技は思いつかなかったわ。全然別の話なのだけど……」
こうして、改まって説明しようとすると、自分がなんとも奇妙な状況に置かれているのだと思わずにはいられなかった。
宇宙人が作り出した少女の姿をした人造人間を魔法少女にするために感情を教えている。その宇宙人の目的は、人造人間が魔法少女になるときの願いで宇宙のエネルギー問題を解決する事である。そして、その人造人間が宇宙規模の願いを叶える事が可能な理由は、宇宙の法則が改変される前の世界の記憶をほむらが持っており、それをもとに生み出された存在であるからなのだ。
このような話を信じられる人はいるのだろうか。常識的に考えるならばまず無理だが、この場に普通の人間はいない。
いるのは、魔法少女だけだ。
「少し前から、キュゥべえが魔法少女に関する新しい計画を始めたの。最初は私だけが協力するつもりだったのだけど、どうにも上手くいかなくてあなた達にも手伝ってもらおうという話よ」
「へぇ、どんな計画だい?」
杏子が、お茶請けの手作りクッキーをかじりながら尋ねる。マミとさやかもほむらに目を向けていた。
「キュゥべえは女性型の人造人間を作り出したの。その人造人間を魔法少女にして宇宙のエネルギーを何とかする願いを叶えてもらおうという計画よ。私達が手伝うのは、人造人間に感情を芽生えさせる事なの。……そうよね、キュゥべえ」
「ほむらの言うとおりだよ。君達にも協力してほしいんだ」
マミ達3人は、きょとんとしていた。
ほむらは、彼女達が何らかの反応を見せるまで辛抱強く待ち続けた。
「……その、人造人間というのはどういうものなの?」
しばしの沈黙の後、マミが尋ねた。
「13歳の少女をモデルにしてキュゥべえが一から全部作ったそうよ。あの子は今、私の部屋でお留守番をしているわ。本を読めば感情を理解できるかもしれないと言っていたから多分、読書中でしょうね」
その言葉はマミ達をさらに悩ませた。人造人間は、今この瞬間にもほむらの部屋にいて、しかも読書なんてことをしているという。自分とは関係のない、どこか遠い世界の非常に疑わしい話が、急に現実味のある話に思えてくるのだった。
「うわ、すごく本当っぽいわこれ。大体、ほむらとキュゥべえがグルになって、あたし達をからかおうとしているなんてこと、まずありえないでしょ。この二人だよ?」
「あたしはまだ何とも言えないね。協力するかどうか決めるにしても、一度その人造人間とかいう奴に会ってからだ」
「そうね、暁美さん、その人に会わせて貰えないかしら。でないとお手伝いできるかどうか分からないわ」
マミ達は、おそらくまだ半信半疑なのだろう。だが、実際に彼女に会えば信じざるを得ないはずだ。
「いいわ、今日はもうこんな時間だから、明日の放課後にまたこの部屋に集まりましょう。そのときにあの子を連れてくるわ」
「えっ、暁美さん、あの――」
「私はもう帰らせてもらうわ。マミ、また明日会いましょう」
ほむらは、そう言って立ち上がると、足早に部屋を出て行った。
「……わたしの部屋じゃないといけなかったのかしら。その人は暁美さんのところにいるのでしょう?」
問いかけを無視される形となったマミが呟いた。釈然としていない彼女に対して、杏子はマミの部屋でなければいけない理由を知っていた。
「そんなの、マミの作った菓子を食いたいからに決まってんじゃん」