「さっさと歩きなさい、約束の時間に遅れそうなのよ」
ほむらは、隣でしきりに周囲を見回す少女に声を掛けた。
その少女は、白色無地のノースリーブのワンピース姿で、肩まであらわになった腕は透き通るような白い肌をしている。シルバーグレイの髪は、耳が隠れる程度の長さで切り揃えられており、前髪は細い眉のすぐ上で綺麗に一直線となっていた。
ほむらの隣を歩く少女は、〈人型人工知性体〉というインキュベーターによって作り出された存在である。ほむらは、これから3人の魔法少女に彼女を会わせるため、マミのマンションへ向かっているところなのだった。
「そうだね、もう少し歩くペースを上げるとしよう」
少女は、そう言いながらも、まだ物珍しげに街並みをキョロキョロしている。そんな少女の様子に、ほむらは小さなため息をつくと、棘のある口調で尋ねた。
「あなた、キュゥべえの記憶を持っているのだから、この街の景色は見慣れたもののはずでしょう。何がそんなに珍しいの?」
「確かにその通りだ。でも、同じ景色のはずなのに、なぜか今は違って見えるんだ」
「……あなたのその違和感は、感情によるものではないの?」
「そうなのかな。僕にはよく分からないよ」
張り付いたような無表情で少女は言うと、それっきり黙りこんでしまったため、ほむらも余計な口出しをすることはなく、二人は沈黙のまま歩き続けたのだった。
マミの部屋の前に着いたほむら達が呼鈴を鳴らすと、すぐに扉が開いてマミが出迎えた。
「いらっしゃい、暁美さん。……あ、その子があの……?」
マミは、ほむらの傍らに立つ少女に気が付いて、おそるおそるといった風に尋ねた。
「こんにちわ、マミ」
少女は、ぺこりとお辞儀をした。
「こ、こんにちわ」
マミもつられてぺこりとお辞儀をした。
彼女は、目の前の少女にどう接してよいのか分からないようだ。挨拶のほかにも、何か話しかけようとあれこれ考えをめぐらせている様が見て取れた。
ドアノブを握り締めたまま固まっているマミに、ほむらは痺れを切らして言った。
「初顔合わせも無事に終わったようだから、そろそろ中に入らせてもらえないかしら?」
「あ、ごめんなさい。さあどうぞ上がって」
はっとして我に返ったマミに案内されてほむらたちがリビングへ行くと、杏子とさやかが彼女達を待っていた。あと、ついでにキュゥべえも。
杏子とさやかは、ほむらたちと一緒に入ってきた見慣れない少女を見て、感嘆の声をあげる。
「人造人間なんて言うからさぁ、もっとごついのを想像してたのに、すげーかわいいじゃん」
「おー、ほんっとうに綺麗な子だね!」
「こんにちわ、杏子、さやか。キュゥべえもこんにちわ」
少女は、彼女を見て騒いでいる二人に対して静かにお辞儀をした。あと、ついでにキュゥべえにも。
「こんにちわ」
キュゥべえが挨拶を返すと、杏子とさやかも慌てた様子でこんにちわと返した。
こうして、部屋の中には、4人の魔法少女、一人の人造人間及び一人の宇宙人が揃うこととなり、人ならざる者達のお茶会が始まったのだった。
ほむらは、腰を下すとまず紅茶を飲み始めたのだが、マミ達がそわそわとほむらと少女を交互に見ている事に気がついて、とりあえず少女を紹介する事にした。
「彼女が昨日言っていた人造人間よ」
ほむらは、これだけを伝えると、目の前にある芸術作品と呼べそうなほど意匠の凝らされたケーキを口に入れた。
「はじめまして、僕は〈人型人工知性体〉。よろしく」
マミ達は、機械的な自己紹介を行う少女に、呆けたように見とれていた。
そして、場に沈黙が降りる。今から何をするべきなのか、質疑応答でも始めればよいのか、誰も何のプランも持っていなかった。
「あー……、あのさ。あんたすごく美人さんだけど、それってキュゥべえの趣味なの?」
静寂に耐えかねたさやかが、ホントバカなことを聞いた。
「僕の容姿は、人類の美的感性に照らし合わせて、綺麗だと感じるように成型されているんだ。見た目が美しければ、他者の対応が好意的なものとなるからね」
身も蓋もない答えが返ってきた。
ほむらは、キュゥべえの外見がかわいい小動物である理由も、女の子の警戒心を和らげるためだったことを思い出す。
キュゥべえが人間を見ても、美しいとか醜いなどと感じることはないはずだ。しかし、彼らは、人の目から見て、かわいいあるいは美しいと感じるものがどのような形状をしているかを、知っているのだ。
「ごめんなさい、ちょっといいかしら」
マミはそう言いながら、少女の手を持つと、指を一本一本調べたり手のひらに自分の指を押し付けて反応を見たりしていた。彼女は、しばらくの間色々と試していたが、やがて少女の手を離すと言った。
「まったく人間と見分けがつかないわね。本当に人造人間なのかしら?」
マミは、まだ疑っているようだ。少女の外見に非人間的要素が見当たらない以上当然のことだが、彼女には、何か信じたくない理由でもあるのだろうか。
「僕は、人の肉体構造を完全に再現して作られているから、例え解剖されて全身を隈なく調査されたとしても、この体は人間だという結果しか得られないよ」
「そ、それは、人間と何か違うのかしら……」
そう呟いたマミの声は、あまりにも小さくて少女には聞き取れなかったようだ。今度は逆に少女が疑問を口にした。
「それにしても、君達はあまり僕に対して嫌悪感を持たないんだね。人間は、人を模した人でない者を不気味に思うものなんだろう?」
杏子が、おかしい事など何もないにもかかわらず、声をあげて笑った。
「そんなの、あんたよりあたし達魔法少女のほうがよっぽどバケモノだからさ。あんたは、作り物の体かもしれないけど、魂は確かにその体に宿ってる。それに比べてあたし達はコレだ」
杏子は、手のひらにソウルジェムを乗せると、指先でつんつんと突いた。
「まぁ、バケモノはバケモノ同士、仲良くしようってことさ」
杏子は笑っていたが、ほむらは彼女が強がっているだけだと分かっていた。
これは、マミとさやかとっては向き合いたくない、思い出したくない事実。杏子にとっては必死に受け入れようとしている事実だ。そして、ほむらにとっては、とうの昔に慣れてしまって何も感じなくなったことだ。
ほむらは、この体のことをむしろ便利だとすら思っていた。怪我をしても綺麗に元通りにできるのはもちろんのこと、傷んだ髪やお肌の荒れも魔力を注げば簡単にダメージケアが可能なのだ。杏子は分からないが、なにやら沈痛な面持ちで俯いているマミやさやかは、おそらく魔力トリートメントをやった事があるはずだ。
ほむらは、ニキビがすぐ直せるから便利ではないかと言ってやろうかと思ったが、深刻な表情の彼女達を見て思いとどまった。結局、こんなことは時間が経てばそのうち何とも思わなくなる程度の話なのだ。放っておけば時が解決してくれるだろう。
マミ達の様子がおかしくなったことに微塵も気付かない少女は、杏子の言った“仲良く”という言葉に反応を示した。
「仲良くしてくれるのはありがたいね。僕が感情を理解するためには、なるべく多くの人間と良い関係を築いたほうが良さそうだし」
「なぁ、それなんだけどさ、感情が無いと魔法少女になれないのか? そんなの初めて聞く話だぞ」
「はぁ、あんた何言ってんの? 契約するときにキュゥべえが言ってたじゃん。あたしたちの感情エネルギーだっけ? それを回収させてくれってさ。感情が無かったら魔法少女になるためのエネルギーが足りないんじゃないの?」
「……美樹さん、私も感情エネルギーについては初耳だわ。てっきり魔獣を倒してグリーフシードを回収する事がキュゥべえの目的だと思っていたのだけど」
呆れたように言うさやかに対して、マミは不安そうに尋ねた。
杏子が契約したのはかなり前の事で、彼女自身大雑把なところがあるから忘れてしまっていてもおかしくはない。マミは、契約時には死に掛けていたらしいので知らないというのも頷けることだ。
少数派となったさやかは、急に自信をなくしたのか、キュゥべえに同意を求めた。
「ええっと、キュゥべえ、あんた確かそんなようなこと言ってたよね?」
「そうだね、僕達が素質のある少女に魔法少女の契約を持ちかけるのは、感情エネルギーを回収するためなんだ。ソウルジェムを通じて君達の感情をエネルギーに変換して僕達の中枢へ送るシステムと、ソウルジェムから絶望のエネルギーを吸い取ったグリーフシードを回収するという二つのシステムで感情エネルギーを集めているのさ」
ふぅんと興味なさげな相槌を打つ杏子に対して、マミはキュゥべえのことを縋るような目で見つめていた。彼女は、両親に先立たれてからずっとキュゥべえと共に過ごしてきたため、本気であの生き物を信頼しているのだ。アレが何も話してくれなかったことにショックを受けているらしい。
「で、あんたには感情が無いからそれを教えて欲しいっつーわけか。確かにさっきからずっと無表情だし、しゃべってても動くのは口だけだもんなぁ。感情はなさそうだ」
杏子は少女に向き直ると、その能面のような顔に向かって言った。何を言われても、周りがどのような状況でも少女は顔色を一切変えることはない。
「そもそも、感情が無いというのがどういう状態なのか想像もつかないのだけど?」
ここで、ほむらは前々から抱いていた疑問を口にする。感情のない存在の思考というものは一体どのようなものなのだろうか。
「僕達からすれば、感情があるというのがどのような状態なのか想像もつかないんだけどね」
ほむらの問いかけに答えたのは、キュゥべえだった。
「そもそもの前提として、僕達は人類のような“個”を持たないんだ。今、君達と話している僕は、中枢から分岐した多くの端末機のひとつに過ぎない。僕達は一つの共通意識によって活動しているのさ。つまり、僕達の種族の人数は一人だけだということになる。それに対して、君達人類は自分ではない他人という存在がいる。だから、感情という曖昧なものを頼りに意識を共有する必要があったということさ。僕達は最初から一人だから、他者に向けるべき、他者と共有するべき感情というものは必要なかったんだ」
キュゥべえの返答は、ほむらの聞きたかった事とは少しずれていた。感情を持たない理由を聞いたわけではない。感情が無かったらどんな気持ちになるなのかを知りたいのだ。しかし、彼女は気が付いた。もしかしたら、感情が無かったら気持ちも無くしてしまって、どうなるか知る事など絶対に出来ないのではないかと。
ほむらは、感情がある今の自分が、感情がない自分というものを想像することは不可能だと結論して、この件について考えるのをやめた。
「ああ、そういえば、あなたがずいぶんとその子との会話を薦めていたのは、そういう理由があったからなのね」
ほむらは、妙に引っかかっていた事を思い出した。
キュゥべえが、少女の感情を芽生えさせる手段として、ほむらとの会話にこだわっていたのは、“個”を獲得した〈人型人工知性体〉が他者としてほむらを認識して、感情が生まれるきっかけになると考えていたからだろう。
「はぁ……。なんだか、私の知らない事ばかりで頭がどうかなりそう。あの……、彼女に感情が生まれたら、魔法少女になるのよね? その願いの事なんだけど、宇宙のエネルギーがどうとか昨日暁美さんが言っていたあのことなの? それも聞いた事のない話なのだけど、教えてもらえないかしら」
マミは疲れきった表情をしていたが、これは彼女の興味をそそるような話題でもあるらしい。彼女はキュゥべえに真剣な眼差し向けていた。
「もちろんいいよ。僕達が感情エネルギーを収集するのは、宇宙のエネルギー枯渇対策のためなんだ。宇宙全体にある僕達が利用可能なエネルギーは減っていく一方なのさ。例えば、君達人類が利用しているエネルギー資源は主に、この惑星――地球に埋蔵されている石油や天然ガスなどの化石燃料と恒星――太陽から放射される光と熱によるものだけど、地球にせよ太陽にせよいずれは寿命が尽きて、エネルギー源として利用できなくなる。エネルギー源としての寿命が尽きるというのは、エネルギーがすべて最終的に熱エネルギーへと変換され、その熱エネルギーも温度の高い方から低い方へと不可逆的に流れ続けて均一に分布してしまうことなんだ。こうなってしまっては、もはやエネルギーとして利用する事は不可能だ。宇宙全体のあらゆるエネルギーはすべて、熱へと変換されて薄まっていく、これが熱力学第二法則、エントロピー増大則だ。ただし、エントロピーの増大を、唯一覆す事ができるエネルギーがある。それが君達魔法少女の感情エネルギーなんだ。感情エネルギーはエントロピー増大則を無視するだけじゃない、途方もなく巨大なエネルギーなんだ。僕達は、遠い将来すべての星がブラックホールに飲み込まれてしまった宇宙でも生命活動を維持できるように、ブラックホールからのホーキング放射を利用した高効率のエネルギー変換も行っているけど、感情エネルギーとはまったく比べ物にならないほどちっぽけなものでしかない。だから、僕達は最優先事項として感情エネルギーを収集することで、いつか訪れる宇宙のエネルギーが枯渇したときの蓄えとしているんだ。でも、〈人型人工知性体〉が願いをかなえることで問題は一気に解決さ。彼女に叶えてもらう願いは“宇宙を膨張も収縮もしない状態を保つように、一定の質量を供給し続ける”だ。この願いによって、宇宙の熱的死と低温死を避ける事が出来るんだ。質量保存の法則を無視して、宇宙に新たな質量が増え続ければ、新しい惑星や恒星も生まれ続けることが可能だ。これで、宇宙全体のエントロピーが増え続けて絶対零度となってしまう熱的死は回避できる。さらに、宇宙を加速膨張させている反発重力に釣り合うだけの質量の供給によって、宇宙の膨張は止まり、膨張によって宇宙のエネルギーが薄まり続けて絶対零度となってしまう低温死も防ぐ事が可能なんだ。どうだい、一石二鳥の素晴らしい願い事だと思わないかい?」
「……は?」