「え……っと、要するに、今から約10の100乗年後の宇宙では、すべての星がブラックホールに吸い込まれてて、しかも、そのブラックホール自体も寿命で蒸発してて、本当に何もない世界になっちゃうから、そのときのためにキュゥべえは私達の感情エネルギーを蓄えていたけど、その……彼女が魔法少女の契約時に叶える願いで、天体が全部なくなってしまう未来を回避できるから、彼女が契約できるように、私達に感情を教えるお手伝いをして欲しい。……キュゥべえ、これでいいかしら?」
「そうだね、大きく間違ってはいないよ」
キュゥべえがペラペラと早口でくっちゃべっていた意味不明な説明について、魔法少女達はなんとか理解しようと数多くの質問を投げかけた。そうこうして、ようやく答えがまとまったので、マミがキュゥべえに是非を確認したところ、偉そうな物言いで及第点を与えられたのだった。
話題の中心人物であるはずの〈人型人工知性体〉の少女は、周囲が話し合いをしている間、黙々とマミのお手製ケーキを口に運び続けて、我関せずを貫いていた。ほむらは、隣で満足そうに紅茶を口にしている少女を見ながら、この子は本当にキュゥべえが言っていたような、荒唐無稽な願いを叶えるつもりなのだろうかと疑いを持たずにはいられなかった。
「あー……。10の100乗年って指数って奴だよね? ちょーっとだけ忘れちゃっててさ。結局何年になるんだっけ?」
さやかが引きつった笑みを浮かべながら疑問を口にした。
「そうね……。1のあとに0が100個つくから、10,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000, 000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000年よ」
さやかの疑問にほむらが答えた。
ほむらは、答えを口にしながらも、自分がちゃんと意味のある事を言っているのか不安を感じていた。彼女は、これほど大きな数字になると、大きいと実感する事すら困難になるのだと知った。
「何ソレ? そんな先のことなんてほっとけばいいじゃん」
杏子が、インキュベーターによる全宇宙規模の一大プロジェクトを、言葉ひとつでお気軽に完全否定する。これにはほむらも同感であり、そんなことを今から考えることがそんなに重要だとはとても思えなかった。大体、10の100乗年後の未来では、宇宙のエネルギー問題とは無関係に人類という種族は絶滅してしまっているのではないだろうか。インキュベーターは、人類とは無関係の問題を解決するために人類を利用しているのではないのか。
ほむらは、地球外生命体が考えている事は、やはり理解できないと改めて思った。
「何もしなければ確実な破滅が訪れるというのにかい? 訳が分からないよ。……ひょっとしたら、80年程度しか生きる事のできない君達人類にとって、自身の生存期間をはるかに越えた先の話は、大きな脅威とは見なされないのかな。だとしたら納得がいく。僕達は人類と違って半永久的に生存し続けることができるんだ。だから、僕達にとって死とは宇宙の終焉に他ならない。宇宙の終焉は同時に僕達の終焉となってしまうから、なんとしてもこれを回避しなければならないのさ。誰だって死ぬのは嫌だろう?」
キュゥべえにも一応、生存本能と呼べるものがあるらしい。生きている以上は、死にたくないと思うのは当然の事なのだろう。ほむらは、死ぬのは嫌だろうというキュゥべえの言葉で、なぜか、まどかの姿が思い起こされた。
「……キュゥべえ、さっきから聞いているとあなたって実は宇宙人なのよね。やっぱり遠い星から宇宙船に乗って地球まで遥々やって来たのかしら?」
キュゥべえのことを、妖精のようなファンタジー的存在だと思っていたらしいマミが尋ねた。
もし、インキュベーターが宇宙船でやって来ているとしたら、地球のどこかに着陸した船が隠してあるのだろうか。
ほむらは、宇宙船に乗り込んだ白い小動物達が、様々なスイッチや計器を操作しながら“目標! 太陽系第三惑星地球!!”などと言っている光景を思い浮かべたが、キュゥべえの姿は対地球人用の仮のものだと思い出した。
「僕達の種族が生まれた星は、太陽系から5億光年の距離にある人類が車輪銀河と呼んでいる銀河に属していたんだ。今はもう崩壊して無くなってしまったから、別の場所に引っ越したんだけどね。あと、この星へは宇宙空間を移動する船に乗ってきたわけじゃないよ。〈転移ゲート〉で地球に情報転送して来たんだ」
「へぇ……、便利なものがあるのね」
マミが感心したように呟いた。
いくらインキュベーターに寿命はないといっても、何十億年もかけて船旅を楽しむ余裕はないということか。ほむらは、〈転移ゲート〉がどんなものかはよく分からないが、あの超有名漫画に登場する〈どこでもドア〉のようなものだろうと想像した。
「んー……なるほど! あんたは、人類の存在を知って調査しに来た宇宙人なんだね。あれ? ってことはあたし達魔法少女は、宇宙人の実験台にされているようなもんじゃないのこれ。うぇ、急に怖くなってきた」
さやかが、自分の体が宇宙人に改造されていたのだと知って顔をしかめる。正体が明らかになるにつれて、キュゥべえという存在はよりいっそう不気味さを増していくのだった。
「僕達は人類の存在を知っていたわけじゃないよ。この星が〈ゲート惑星〉、つまり〈転移ゲート〉が設置されている星だから、ゲートを使って知的生命体の調査に来る事ができた。そうして、君達人類を発見したんだ」
「はぁ? じゃあ、誰がその〈転移ゲート〉を地球に置いたんだよ?」
杏子は、先程からまったくまとまる気配のない話に、うんざりした様子で言った。
ほむらも、彼女とまったく同じ意見だった。その、〈転移ゲート〉とやらは〈どこでもドア〉と違って、移動先にもゲートがなければ使用する事ができないらしい。では、それを設置したのはどこの誰なのか。
「〈転移ゲート〉を幾多の星に設置した存在については、現在も調査中で未だに不明なんだ。ただ、まだ発見されていない〈転移ゲート〉はたくさんあるからね。それらを調査していけば、その内設置者へたどり着く事ができるはずさ」
地球に〈転移ゲート〉なるものがあるなんて聞いた事もなかったし、インキュベーターという生き物の正体もよく分からない。ほむらは、話の全体像が段々と分からなくなってきていた。
「キュゥべえ、あなた達の種族が生まれてから、私達人類を発見するまでの事を簡潔に話なさい」
「なあ……、それ長くなりそうだからやめないか」
「却下よ」
「うわっ……、マジかよ」
ほむらは、杏子の提案をバッサリと否定した。ちゃんと聞いておかないと、この胸のもやもやが晴れる事はないのだから。
「そうだね……。僕達の生まれた星は、陸地というものがなくて惑星の表面はすべて水で覆われていたんだ」
「あなたって、水棲生物だったの?」
「いや、そういうわけじゃない。僕達は、確かに水中で誕生したけど、個体というものを持たなかった。僕達は星を覆っている全ての水そのものだったんだ。もちろん、純粋な水というわけではないよ。濃密な有機質が多量に溶け込んでいるスープのようなもので、それが人類で言うところの体であり、脳でもあったのさ。でも、僕達には当初、自我と呼べるものはまったくなかった。何せ、自分以外のものは何もなかったからね。飢える事もないし、外敵もいない、何の目的もなく、ただそこに漂うだけで、意識というものはなかったんだ。だから、あのまま何も起こらなければ、僕達は今でもチャプチャプと飛沫をあげているだけの存在だっただろう」
ほむらは、星の表面いっぱいにぎっちり詰め込まれたキュゥべえ達を想像した。
そして、後悔した。
「ふぅん……。で、何が起きたの?」
さやかが話の先を促した。
「巨大な隕石が落下してきたんだ。その衝突によって、僕達の半分以上が宇宙空間まで巻き上げられるか、蒸発して消滅してしまったのさ。海は荒れ狂って、再び穏やかに落ち着くまでには長い時間を必要とした。ちょうどその時期に、僕達は元の状態に回復しつつある自身の中にある物を発見してね。それが、自分しか存在しない世界で見つけた初めての未知なる物――〈転移ゲート〉だったんだ。おそらく、隕石落下の衝撃により惑星内部で大規模な変動が起きて、表面まで出てきたんだろうね。それからというもの、僕達は、とにかくその物質を調べ続けた。転移ゲートは内径約42m、外径約45m、高さ約3mのリング状の構造物で、その構成物質は光も熱も衝撃も100%吸収する素材でできていた。調査を続けるうちに、僕達は自我や思考といったものも獲得したけど、結局〈転移ゲート〉を起動させるまでにはとてつもない時間がかかってしまった。ゲートの起動に成功した僕達は、早速未知なる世界へと旅立とうとしたんだけど、膨大な情報の中から発見した数少ない転移先をどこに設定しても、行先は、超高温、超高圧の苛烈な環境で、とてもじゃないけど無防備に進んでいけるような場所じゃなかった。この事実は、非常に僕達を悩ませてね。この頃になると、僕達は過去の巨大隕石の衝突によって、この星の寿命がもうわずかとなっている事を知っていたんだ。だからもうとにかく急いで問題の解決に全力を注いだ。そして、外界の影響を完全にシャットアウトできる〈干渉遮断フィールド〉が完成した事によって、ようやく僕達は母星を脱出して、新天地へ移ることができたというわけさ」
キュゥべえも、わりかし波乱万丈の人生を歩んできているようだ。
もし、キュゥべえに感情があったとしたら、誰かを頼る事もできずに、たった一人で孤独に星を脱出する手段を探し続けることはできたのだろうか。
「新しい土地へ移った僕達は、〈転移ゲート〉が設置されている惑星を幾つも調査した。そして、それらの星に共通するある事柄を発見したんだ。〈転移ゲート〉を置いて回った何者かは、ゲートをひとつの例外もなく知的生命体が存在するか、存在していたか、もしくは将来存在することになる惑星の中心核に設置している。そんなわけで、僕達が君達人類を発見できたのは、偶然のような必然なのさ。現在、〈ゲート惑星〉は約1億5千万個発見されている。それらがすべて、網の目のように繋がって相互通行可能な巨大ネットワークを構築しているんだ。そして、僕達はそのネットワークを支配する立場にいる。調査によって、〈転移ゲート〉はこの宇宙のすべての情報をそっくりそのままコピーしていることが分かってね。僕達は、〈転移ゲート〉内部の情報世界へ引っ越すことにした。これによって、すべてのゲート利用者の動向は僕達に筒抜けとなり、敵対できなくなったんだ。原始の海で生まれた僕達は、色々あって最終的に電子の海へと辿り着くことになったということさ」
最後のは、何か上手い言い回しのつもりだったのだろうか。
「キュゥべえ……、あなたすごく苦労してきたのね。そんな凄い過去を背負っているなんて思いもしなかったわ。……でも、本当に不思議な話ね。その、〈転移ゲート〉を設置したのは一体誰なのかしら?」
なにやら謎の感動を受けたマミが、キュゥべえに対して尊敬の眼差しを向けている。彼らには感情が無いのだから、苦労を苦労と感じる事などないのはずなのだが。
かく言うほむらも、〈転移ゲート〉については奇妙な違和感を感じていた。
正体不明の何者かが〈転移ゲート〉を地球に設置しなければ、インキュベーターが人類を発見する事もなく、魔法少女も生まれなかった。そもそも、インキュベーターの母星に〈転移ゲート〉がなかったら、彼らは隕石の衝突によって滅び行く星と運命を共にしていた事になる。
何もかもが全て偶然なのだろうか。正体不明のゲート設置者は、ただの気まぐれでこんな大変な事をやってのけたのか。いくら考えても答えは出そうになかった。
皆、ゲート設置者の正体に頭を悩ませていたが、杏子にとって、その答えは単純で明確なものだった。
「なぁ、別にそいつが誰だろうがどうでもいいだろ」