人工少女QB   作:生パスタ

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06_無知全能

 ほむらは思った。確かにどうでもいいと。

 

 マミ達に〈人型人工知性体〉の少女を紹介して、計画に協力する意思があるかどうかを確認する。それこそが本題だったはずだ。余計な好奇心を発揮してしまったのが原因で、インキュベーターの知られざる生態を長々と聞かされる羽目になってしまったではないか。

 ほむらは深く反省した。

 

「……そうね。あなた達、そろそろ計画に協力するかどうか決めてもらえないかしら?」

 

「君達の協力があれば、彼女は感情を得る事ができるはずさ」

 

「あたしは全然いいよ」

 

「私もいいわ。ふふ……、お友達になりましょうね」

 

「んーと……」

 

 ほむらとキュゥべえの協力要請を、二つ返事で引き受けたさやかとマミに対して、杏子は返答を決めかねているようだった。

 

「あのさぁ、もう一回あんたが叶えようとしている願いを聞いていいか?」

 

 杏子は、〈人型人工知性体〉の少女に向かって質問を投げかけた。

 

「“宇宙を膨張も収縮もしない状態を保つように、一定の質量を供給し続ける”だよ」

 

 少女は、丸暗記した数学の公式を読み上げるように答えた。

 ほむらは、改めて聞いてもとんでもなく馬鹿馬鹿しい願い事だと思った。杏子は、願いは自分のためだけに使うべきだという考えの持ち主だったはずだから、この、ある意味で究極の自己犠牲とも言える願いが気に入らないのだろうか。

 

「それってさ、宇宙を変えてしまうような願いだよな? おかしいだろ、何であんただけそんなスゲー願いを叶える事ができるのさ?」

 

「それは――」

 

「それは、彼女が宇宙を救う事だけを目的に作り出されたからよ。魔法少女としての才能というのは、そういう重い運命を背負っているほど、とてつもない願いを叶える事ができるの」

 

『そういうことにするわよ』

 

『何でだい?』

 

『いいから黙って言うとおりにしなさい』

 

 ほむらは、少女の言葉を遮って杏子の問いに答えた。そして、念話でも釘を刺しておいてのだが、その際には、魔法少女ではない少女に念話を伝えるため、キュゥべえを中継する必要があった。

 ほむらは、今はまだ、マミ達に〈前の世界〉に関わる自身の過去を明かすつもりはなかった。もっとも、これからも言うつもりなど更々ないのだが。

 

「光と闇の宿命《さだめ》を背負いし者……なのね」

 

 マミが、〈考える人〉のようなポーズをしながら厳かに呟く。何処から出てきたのか分からない“光と闇”というフレーズが語呂を悪くしていて、彼女にいつものキレがなかった。

 

「え? 何だって?」

 

 〈人型人工知性体〉の少女が、心底不思議そうな顔をしながら、しげしげとマミを見つめる。

 さやかはこの一種独特な状況に、プルプルと小刻みに震えながら懸命に耐えていた。

 そして、杏子は何も聞こえなかったかのように話を続けた。

 

「へぇ、その重い運命ってやつを持ってたらさぁ、結局どの程度の願いなら叶える事ができるんだい? なんだかさ、いまいちピンとこねぇんだよ。その、膨張とか収縮とかいう願い。あたしは、もっとほかに、それよりもいい願いがあると思うんだけどなぁ」

 

「杏子、彼女ほどの素質の持ち主なら、基本的に叶えられない願いはないよ。でも、〈人型人工知性体〉は宇宙のエネルギー問題を解決するために作り出されたんだ。どんな願いでも叶えることができたとしても、彼女が叶えるべき願いは最初から決まっているのさ」

 

 キュゥべえの台詞に、杏子はニヤリと笑った。

 

「“叶えられない願いはない”今、そう言ったな? じゃあさ、“何でもできるようにしてくれ”ってのはどうだ?」

 

 面倒臭いことを言い始めたな、というのがほむらの正直な感想だった。まるで、ランプの魔人に願い事の数を増やせと要求するかのような、いや、それ以上に欲の皮が突っ張った願いではないか。

 

「いくらなんでも、滅茶苦茶すぎるでしょ。それ」

 

 さやかは、馬鹿を見るような目で杏子を見た。ほむらも馬鹿に目を向けた。

 

「ふふっ。佐倉さんが言っている“何でもできるようにする”というのはつまり“全能者にして欲しい”ということね」

 

 マミが、杏子の与太話に乗ってきた。これで、話がますますややこしい方向へ進む事になってしまった。

 

「そんな――。いや、まさか……。杏子、その全能なる者の定義を聞かせてくれないかな?」

 

 キュゥべえにしては、珍しく歯切れが悪い物の言い方だ。まさかとは思うが、全能者などというしょうもない話を真に受けてしまったのだろうか。

 

「定義だって? 何でもできる。以上、これだけさ」

 

 杏子の返答は恐ろしく適当だった。何も考えていなかったけど、聞かれたからとりあえず何か言っておこうという短絡的な考えによるものだろう。

 

「何でもできる……。でも、それはやっぱりおかしいよ。もし、本当に彼女が未来で全能者になっているのなら、その時点で彼女は、全宇宙も過去も現在も未来も、何もかもすべてを意のままに操る事ができるということになってしまうじゃないか」

 

「何でもできるんだから、当然そうなるよな」

 

「だったら、今この瞬間も相変わらず宇宙は膨張しているし、エントロピーも増大する一方なのはどうしてだい? 全能なる存在なら、いついかなる瞬間にも干渉できるはずだよ。それなのに、〈人型人工知性体〉の第一の目的である宇宙のエネルギー問題が、未だに解決されていないのは筋が通らないね」

 

 当惑した様子で否定的な意見を述べるキュゥべえに、マミが嬉々として言った。

 

「あらあら、珍しいこともあるものね、キュゥべえが思い違いをしているなんて。あなたが今言った事は全能者からすれば何の意味もないことなのよ。全能者は全能故に宇宙そのものだって創造可能だわ。あなたは、さっき宇宙の膨張を防ぎたいと言っていたけど、その一瞬前に、実は宇宙の法則が改変されていて、その改変前の宇宙では逆に宇宙が縮小していて、宇宙の縮小を防ぎたいと言っていたのかもしれないし、もしかしたら、宇宙は5分前に創造されていて、私達には偽りの過去の記憶が植えつけられているだけかもしれないのよ。私達にそれを認識できる術はないわ」

 

 アクセル全開のマミ節に押されたのか、キュゥべえは黙り込んでしまった。

 そして、名状しがたい空気が場を支配する。

 

「は? いやいや……え?」

 

 呆然とした様子のさやかが、助けを求めるような目をほむらに向けたが、彼女は弱々しく首を横に振ることしかできなかった。

 

「そういえば、あなたが未来で全能者となる運命なら、今この場にいるあなたもすでに全能者である可能性もあるのかしら。もし、そうならこの部屋に神がいることになるわね。フフ……」

 

 マミが、妖艶な笑みを浮かべながら、絡みつくような視線を少女へ向けると、全員の目が少女に集まった。突然、注目を浴びることになった〈人型人工知性体〉の少女は、きょとんとしている。よく見ると、彼女の口元には、先程ケーキを食べていた際の名残である生クリームが僅かにくっついていた。

 ほむらは、もし彼女が全能なら、ケーキくらいもっと綺麗に食べる事ができるはずだと思った。

 

「ねぇ、あんた神様なの?」

 

 色々と堪えかねたらしいさやかが、ストレートに尋ねた。

 

「違うよ」

 

「ほら、やっぱり違うじゃん!」

 

 当たり前だ。

 今のやり取りに何か意味があったとは思えないが、神がそう簡単にその辺にいる訳がない。

 

 神は、そう、ただ一人だけだ。

 

「あなた達、いつまでこんな無駄話を続けるつもりなの? 杏子、もういい加減に気は済んだでしょう。で、協力するの? しないの?」

 

 杏子のことだ、キュゥべえに訳の分からない話を延々と聞かされてウンザリしたから、意趣返ししようとこんな話を持ち出したに違いない。それならば、もう目的を果たせたはずだ。

 

「協力してやるよ」

 

 案の定あっさりと返事が返ってきた。ほむらは、どうにかこうにか本来の目的が達成されてほっと胸を撫で下ろした。

 

「キュゥべえ、全員の同意を得られたわ。……キュゥべえ? あなた、まだ全能者とかいう戯言について考えているの? それは、結論が出せる話ではないわよ。あなたが、全能者が不在である根拠を提示し続けても、マミと杏子は“全能者は何でもできる”という理由だけで存在を肯定し続ける事ができる。切りがないわ」

 

「そうだね……。でも、参ったな、彼女が全能者になれない理由がないんだ。〈人型人工知性体〉は宇宙の法則を改変する事ができるから、彼女が自身を全能者にするためには、全能なる存在を許容できる宇宙に作り換えればいいだけの話だからね。これは一体どういうことなんだろう……」

 

「知らないわ。全能者なんて常識的に考えて居る訳がない。これが答えよ」

 

 ほむらは、腑に落ちない様子のキュゥべえを一刀両断した。

 

「話はまとまったのかい? じゃあ、早速僕に感情を教えて欲しいな」

 

 この場において一人だけ常に冷静であった少女は、自身に課せられた使命を全うすることに忠実であった。ほむらは、こうして見ると、感情が無いというのも悪くないのかもしれないと思った。

 

「えぇ……と。マミさん、どうしよう?」

 

 さやかが、マミに判断を委ねた。やはり、ここは年長者であるマミにリーダーシップを発揮してもらうべきだろう。なんだかんだで、彼女はここぞというときには頼りになる存在なのだから。

 そんな彼女の答えは、すでに決まっていたらしい。マミは満面の笑みで言った。

 

 

 

「まずは、彼女に名前を付けてあげましょう」

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