やはり俺の逆行は間違っているのか? 作:ペンギンって可愛いですよね
雪ノ下家の案内ツアーが終わったあと、
陽乃が軽い調子で言った。
「じゃあ晩ごはんも食べていこっか♪」
「いやいやいや!!
さすがにそれは無理だろ!!
家に連絡しなきゃだし――」
八幡が慌ててポケットに手を伸ばし、
「お、親に――」
と言いかけたその瞬間。
雪ノ下母が、
まるでその言葉を予期していたかのように、
柔らかく、けれど圧倒的なタイミングで口を開いた。
「――比企谷くんのお母さまには、すでに連絡してありますよ。」
「……は?」
静かに微笑む雪ノ下母。
背筋が凍った。
「陽乃が“お友達を連れてくる”と言ったので、
あらかじめご家庭へご挨拶をしておきました。
小町ちゃんのことも、きちんと了承をいただいています」
「いやいやいやいや!!
いつの間にそんな連絡を……!!?」
雪ノ下母はにこやかなまま。
「今日の朝のうちに、です。
“子ども同士のお付き合いは大切に”とおっしゃっていましたよ?」
(ちょっ……
俺の母さん……
また軽く了承しやがった……!!
なんで俺の意見を聞かずに勝手にOKするんだよッ!!!)
小町は無邪気に喜ぶ。
「お母さん許してくれたんだ……!
おにいちゃん、よかったね!」
(よくねぇよ小町!!
逃げ道が完全に塞がったんだよ!!)
陽乃は楽しそうに手を叩く。
「よかったぁ~!
じゃあ堂々と晩ごはんだね♪」
(堂々とじゃない!!
俺は帰りたいんだよ!!!!!)
雪乃は少しだけ困ったように八幡を見る。
「……比企谷くん。
ご迷惑でしたか?」
その静かなまなざしに、
八幡は一瞬だけ言葉を失う。
(ち、違う……
お前が悪いんじゃなくて……
陽乃とお前の母親の情報力が異常なんだよ……)
八幡は言い淀み、しどろもどろになる。
「いや……あの……
迷惑ってほどじゃ……」
雪乃
「では問題ありませんね」
(だぁぁぁぁぁ!!!
お前も陽乃側に回るのかよ!!!)
雪ノ下母は優雅に立ち上がる。
「さぁ、準備してきますね。
ゆっくりしていてください」
八幡は一人、精神を置き去りにされたまま立ち尽くした。
小町はにこにこ。
陽乃はにやにや。
雪乃は無表情だが、
その奥で何か考えている気配。
――そして八幡は悟った。
今日という日は、間違いなく“帰れない日”だと。
八幡(こ……これが……
陽乃と雪乃の母親……
この家の“本気”なのか……)
完全に包囲された八幡は、
静かに天井を見上げた。
逃げ道ゼロ。
勝ち目ゼロ。
晩ごはん確定。
雪ノ下家のリビング。
八幡は陽乃に連れていかれて、
どこか別の部屋へ移動していた。
陽乃の悪ノリが始まったのだろう。
雪乃の母は台所へ向かい、
食事の準備をしている。
残されたのは――
雪ノ下雪乃
比企谷小町
静かな空気が広がる。
小町はそわそわして座っていたが、
やがて勇気を振り絞って雪乃に声をかけた。
「……あの……雪乃さん……」
雪乃は読んでいた本から目を上げる。
「なにかしら、小町さん?」
「さっきは……その……
ごめんなさい。雪乃さん驚いてたから……」
雪乃は小さく首を振る。
「いいえ。驚いたのは事実だけれど……
怒ってはいません」
小町はほっと表情を緩ませた。
雪乃は少し小首を傾げ、小町をじっと見つめる。
「小町さんは……比企谷くんの妹なのね」
「はいっ」
「……仲が良いのね」
その言葉には、
ほんの少しだけ寂しさが混ざっていた。
小町は気づかず、素直に笑う。
「おにいちゃん、小町のこと大好きなんです!」
雪乃の手が、ページをめくる途中でぴたりと止まる。
「……そう」
小町は続ける。
「雪乃さん……
おにいちゃんのこと、好きですか?」
雪乃
「ッ――!?」
あまりに真正面の質問に、
雪乃はほんのわずかに肩を揺らした。
(小学生小町、恐るべし……
この直球、どんな大人でも避けられない……)
雪乃は動揺を悟られまいと、
静かに本を閉じる。
「……好き、というより……
興味があるだけです」
言いつつも、雪乃は思い返していた。
初めて見た時のこと。
八幡の目に宿っていた影。
他の子にはない、妙な落ち着き。
幼いくせに、どこか達観した雰囲気。
小町
「おにいちゃん、変なとこあるよね!」
雪乃
「……えぇ。確かに、変です」
その声には、怒りはなく、
むしろ“惹かれている色”がほんの少し混ざっていた。
雪乃は自分の胸に手を当てる。
「でも……
放っておけないところも、あります」
小町はぱぁっと顔を明るくする。
「それって……いいことだよね!」
雪乃
「……どうでしょう。
お姉さまの遊びに巻き込まれている可能性もあるし……
比企谷くん自身も、何か秘密を抱えていそうですし」
(雪乃……やっぱり気づいてるのか……
未来知識による違和感、バレ始めてるぞ八幡……)
小町は無邪気に笑う。
「雪乃さん、優しい人なんだね!」
雪乃はわずかに瞳を揺らす。
「優しい……?
私が……?」
「だって、さっきおにいちゃんのこと
“悪い人じゃない”って言ってくれたから!」
雪乃は言葉に詰まる。
自分が誰かを肯定するなんて、
あまりなかった。
いつも比較され、
正しさを求められ、
孤独を抱えていた自分。
なのに――
八幡を見たとき、
胸がざわついた。
雪乃
「……あなたのお兄さんは、
普通ではありません」
「うん!」
「だけれど……
嫌いにはなれません」
小町は嬉しそうに笑う。
「それって……とってもいいことだよ!」
雪乃は視線をそらし、頬を染める。
「……どう、でしょう……」
未来でも誰にも見せなかったような、
幼い雪乃の“年相応の戸惑い”がそこにあった。
小町は近づいて、雪乃の手を握った。
「ねぇ雪乃さん。
小町も、おにいちゃんも……
雪乃さんのこと、好きだよ!」
雪乃
「……ッ……!」
雪乃は驚き、そして――
ふっと優しく微笑んだ。
「……ありがとう、小町さん」
その微笑みは、
八幡も未来の雪ノ下雪乃も知らない、
幼い少女だけの柔らかさを持っていた。
そして、
この瞬間から――
雪乃の“比企谷八幡への興味”は
静かに、本格的に動き出す。