やはり俺の逆行は間違っているのか? 作:ペンギンって可愛いですよね
ショッピングモールという場所は、
子どもにとっては冒険であり、
大人にとっては騒音であり、
俺にとっては――未来を知る者として絶対に警戒すべき場所だった。
理由は単純。
陽乃がよく来るからだ。
母親に荷物番を頼まれ、
フードコート横のベンチに座って待っていた俺は、
そこでいちばん遭遇したくない人物と目が合ってしまった。
「――あれ? 八幡くん?」
瞬間、心臓がバクついた。
雪ノ下陽乃。
雪乃の姉であり、人当たりの良さを完璧に演じる“観察者”。
未来で俺はこの人に苦手意識しかなかった。
その陽乃が、私服で微笑んでいる。
「……雪ノ下さん?」
陽乃は小首を傾げる。
「どうしたの、八幡くん?一瞬変な顔しなかった?」
「い、いや。なんでもない」
陽乃はベンチ横の荷物を見て微笑んだ。
「家族と来てるんだ?」
「まあ、そんなところだ」
「じゃあ暇だよね?」
……嫌な予感。
陽乃は当然のように手を伸ばし、
「私と回らない?」
と笑った。
逃げ場ゼロ。
未来の俺は知っている。
この笑顔の下には“他人を観察して楽しむ目”が隠れていることを。
でも、小学生の俺の肉体にはそんな分析を拒否する術はない。
「……行く」
こうして、
俺は強制的に陽乃との“デート(仮)”に連行された。
⸻
◆ 陽乃の笑顔は、どこか作り物めいていた
雑貨屋、服屋、書店。
陽乃は、どこへ行っても自然体で話しやすい“優等生”の笑顔だった。
だが未来を知る俺には分かる。
その笑顔は全部、他人に合わせた仮面だ。
喜んでいるようで、
どこか“反応を観察しているだけ”の顔。
だから俺は、意図せず距離をとってしまう。
陽乃はふいにこちらを見て言った。
「ねぇ八幡くん。
もしかして私のこと……苦手?」
「……別に」
「ふふっ。嘘だよね?」
陽乃は軽く笑いながら、深いところまで見透かすように目を細める。
「みんなはね、
“陽乃ちゃん大好き~!”って言ってくれるんだよ?」
それは事実だ。
陽乃は大人も子どもも騙せる“完璧な好人物”を演じる。
「でも八幡くんは、私を見る目が違う」
陽乃は立ち止まり、真正面から見つめてきた。
「どうして避けるの?」
胸の奥がざわついた。
未来ではもっと笑顔が鋭かったが、
小学生の陽乃でも、この問いには背筋が冷える。
「隼人くんが私を避けるのは分かるの。
あの子は“みんなの中心”だから、
私みたいなのが苦手でも普通だよ」
そう言って、陽乃は小さく笑う。
「でも八幡くん、
君は隼人くんとは違うよね?」
俺は返事に詰まった。
未来を知っているからこそ避けている。
陽乃の“本当の顔”を見たことがあるから。
だがそんなこと言えるわけがない。
陽乃は一歩近づいて、俺を覗き込んだ。
「ねぇ。
どうして私を避けるの?」
回答を避けようとした――
その瞬間、
自分でも止められない言葉が口から滑り落ちた。
⸻
◆ 言ってはいけない“仮面”を言ってしまった
「……お前の、仮面が苦手なんだよ」
空気が止まった。
陽乃の笑顔がピタッと凍りつく。
雑踏の音だけが奇妙に遠く聞こえる。
陽乃はゆっくり瞬きをし、
氷のように静かな声で繰り返した。
「……仮面?」
しまった。
陽乃の“本質”に触れる言葉を言ってしまった。
陽乃の中で“普通の子供”という枠から外れた瞬間だ。
陽乃は一歩近づき、俺の顔を覗き込む。
「どうしてそんなこと言えるの?
ねぇ八幡くん」
瞳には笑いも怒りもない。
あるのは、
分析対象を見る研究者の目だけ。
「みんな、私を“好き”って言うのに。
君だけは違う」
「…………」
「まるで……
私の本当の顔を見たことがあるみたい に、私を見るんだね?」
未来でお前の本当の顔を何度も見たからだよ!!!
とは言えない。
俺はしぼり出すように言った。
「……ただ、読めないだけだよ。
怖いとかじゃなくて……苦手なんだ」
陽乃は目を細めた。
その一瞬だけ、
“素の感情”が覗いた気がした。
驚きか、
興味か、
あるいは――喜びか。
だがすぐに陽乃はいつもの柔らかい笑顔に戻る。
「そっか。
八幡くんは正直なんだね」
その声には、
明らかに“興味”が増していた。
「ねぇ八幡くん。
もっと君のこと、知りたくなっちゃった」
研究者の声。
恋愛ではなく、純粋な分析欲。
この日から陽乃は――
八幡という異物を観察し続けることを決めた。
そしてそれは、
雪乃、葉山、クラス全体の未来を大きく変える分岐点となる。