向き合うことができない   作:夢現

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ふと書きたくなったんです


序 向き合わない

右手には富士山。真っ青な、雲一つない青空に残雪の富士が映える。なんとなく新幹線でこの区間になると毎回写真を撮って家族に流さないといけない気がする。今日、この景色を見て、脳裏によぎるのは「ふじの山」。

 

誰しもが聞いたことがある童謡…………………だと思ってたんだけど……今どきの小さい子は知らないらしい。この前、小さいお子さんを連れたご家族に演奏してみたら、きょとんとした顔をされてしまった。やはり、アンパンマンはすべてを解決するのか………

 

東京から静岡まで、のぞみ号で1時間弱、京都までまだ半分も過ぎていない。帰省の時はあんなにも短く感じた2時間がここまで長く感じるのはなぜだろうか。未練があるのか、恐れているのか、どちらかと問われればきっとその両方だろう。

 

白シャツに黒パンツという無難オブ無難な格好の橋本介は一人、新幹線でセンチな気分に浸っている。自分のわがままで京都の実家の訳分かんない府立高校に行かせてもらえることになった以上、不満もなければ文句もない。ただ少し、漠然とした不安が募っているだけだ。

 

新天地で友達はできるのか、友達はできるのか、友達はできるのか…………

 

………………………………………………介はコミュ障だった。

 

 

ポケットからイヤホンを取り出し優しく耳に装着し、買ったばかりのウォークマンを操作して最近聞いているプレイリストを流す。座席の背もたれに完全に体重を預け、瞼を閉じる。友人や先輩からはおっさん臭いといわれるプレイリスト………エレファントカシマシ・RCサクセション・THE BLUE HEARTS etc………だが、最近流行りのアイドルの曲にはどうしても興味がわかなかった。逆張りといわれたら返す言葉もないが、好みなのだから仕方がない。あと、路上で演奏するとき年上の方々の反応がいいのも少し気分がいい。こんなにもアーティスト達を教えてくださった先生には感謝してもしきれない。

 

ぼんやりとリズムに乗りながら、アッという間に過ぎていく車窓の景色を眺めていると、東京での15年間が自然と思い出される。きっと手放しに楽しいといえる日々ではなかった。

 

僕が思っているより僕はずっと子供で、周りがずっと大人だった。ただそれだけだ。

 

終わり良ければすべてよし、そんなふうに人はいう。けれど、そんなことはすべてが終わってからじゃないとわからないだろうに。せめても中学生にかける言葉ではないような気がするのは僕だけだろうか。

 

でも、確かに今年度はとても充実していた。ただ僕の好きなように音楽に向き合えた、そんな気がする。道具としての音楽でなく、ただ純粋に楽しめたそんな気が。だから、中学の間だけを見れば終わり良ければすべてよしなのかもしれない。

 

 

 

京都駅に着いた。幸運にも天気は晴れ、背中の大切な楽器が濡れずに済むということにほっと溜息をつく。3月の春休み期間ということも相まってか、新幹線のホームには人がたくさん。こういう時は、自分の楽器の大きさがちょっと嫌になる。まあそこも好きだけど。

 

人の波に乗りながら、新幹線から奈良線に乗り換える。新宿や池袋みたいな頭がおかしくなるような乗り換えではないがそれなりに歩くし、面倒くさい。ドア横の客席に座って深呼吸をする。地方の在来線特有のなんとなく歴史を感じる空気が介は好きだった。

 

揺れる電車。宇治駅まで8駅約20分。車窓から移るのは代わり映えのしない景色。ごみごみとした東京から離れてきたことを強く実感する。どこか寂しいようなほっとするようなそんな気持ちだ。

 

みるみるうちに駅は過ぎ去っていき、宇治川を渡る。帰省の時は何とも思わなかったが、意外にきれいな川のように見える。爺さんが毎朝川沿いを散歩する理由がわかる気がした。楽器を吹くのもまたきっと悪くないように思える。

 

僅かながらに胸の高まりを感じながら、愛機をもって宇治駅に降りる。

 

宇治といえば何か。それはもちろん平等院鳳凰堂である。

 

春休みということもあり、そこそこ多くの人がホームに立っている。階段を上り、改札を出る。多くの観光客と違い北口に向かう。ありがたいことに祖父母の家は北口よりであった。

 

祖父母の家まではそう遠くない、10分歩くかどうかだ。田舎の徒歩10分はほぼ家みたいなもんだから悪くないというか、通学で宇治駅を使うことを考えると本当にいい立地。

 

人とすれ違うこともほとんどなく住宅街を歩き進めるとあっという間に祖父母の家につく。いつ見ても東京で買ったらいくらするんだろっていうような敷地面積だ。前もって作った鍵で、門を開けて敷地に入ると、古びた物置小屋が立て壊され、見るからに真新しいちんまりとした建物に代わっている。

 

僕が3年間住むからって、僕専用の離れを建てたらしい、防音室付きで…………

 

本当に何なのだろうね。

80近いのに夫婦そろってまだ働いているし、感謝しようがない。

……………中学の時死ぬほど欲しかった防音室、きっとそのことを知っていたから買ってくれたんだろうけど……今必要かと言われればきっとそうではない。本当にままならないものだ、凄くうれしいけど。

 

現実逃避しながら、離れに入る。事前に送って置いた荷物がきれいに整理され、なんかいい匂いまでする。防音室は小さいながらも十分すぎる大きさであった。

 

そんな理想的な環境で橋本介の京都生活はスタートを切った。

 

 

 

翌日の早朝。介は祖父にたたき起こされ、寝ぼけ眼で祖父とともに宇治川沿いを歩く。無口な祖父だが、ちゃんと昨晩、「僕も散歩いこっかな」とこぼしたことを覚えていたらしい。

 

駅を越え、鳳凰堂の方に向かっても日中と違って人通りが全くない。昼間のにぎやかさとは対極の静けさのなか、僕と祖父のちいさな足音と川音だけが聞こえる。僕たちの間にほとんど会話はない、これが一般的な祖父と孫の関係性かどうかは諸説あるかもしれないが、せめても僕はこの静けさが心地よかった。

 

僕は祖父と似ている。両親からはよくそう言われる。小さいころから僕は祖父によくなついていた、幼稚園の頃は将棋を教えてもらい、小学校の時は楽器を教えてもらった。僕の愛機も祖父に買ってもらったものだ、メーカーも同じ、楽器の種類も同じ。無口ながらも僕のことをよく見てくれて、大切にしてくれた。

 

「…………高校でも、吹奏楽やるのか?」

突然の問いかけに隣を歩いていた祖父の顔を見てから、すぐに目線をそらし川をみる。

足は止めずに少し躊躇しながら

「………まだ決めてないよ。吹部にこだわる必要もない気がしてる、演奏するだけなら。……去年ちょっと話したけど、路上ライブっていうのかな……法律的にはアウトだけど…去年の中ごろからやってたんだよね。王子駅前のトンネル?遊歩道?なんていうかわかんないけど、そこでさ。だから、こっちでもやろうかなって。」

「……そうか、警察のお世話になっちゃいかんぞ?」

「ふふっ、なるわけないじゃん?」

 

祖父は苦笑いを浮かべていた。

 

それからほとんど意味のある会話はなかった。ただ、川沿いをゆったりと歩き、時間はゆっくりと過ぎていった。ただ少し予想外だったのは、1時間以上もあるきっぱだったということだ。きっと気を利かせて、家の周りを見せてくれたのだと思うが、疲れた。

 

 

 

それから数日はあっという間に過ぎていった。

朝起きてから、飯食って練習して、飯食って練習して、飯食って練習して、風呂入って寝る。たったこれだけで一日が終わる。

 

ほとんどルーティンワークのようなものだ。

午前中はクラシックの練習。スケール、半音階、ハーフタンギングやスラップなど特殊奏法の練習を終えたら、ラクールやベルビギエなどの定番の練習曲を丁寧に吹いていく。吹くたび吹くたびに見えてくる問題点を解決するために、頭を巡らせる。フォームを変えたり、運指を変えたり、口元や喉の動かし方を変えてみたりそんなことをしていたらあっという間に昼になる。

手早く昼食を済ませ、今自分の中で流行っている曲と練習したい曲をぼんやりと聞く。スピーカー付きのウォークマンを片手に庭に出て、椅子に背中を預け空を見上げる。東京よりもずっと広い空のもとこうしているだけであっという間に時間は過ぎ去る。

休憩を終え、ジャズの練習。最近始めたばかりで、まだ慣れない。演奏以前に、マウスピースやリードの調整が。練習していて、思った以上にクラシックと違く感じて、ジャズ奏者の人への尊敬の念が絶えない。

点数を高めることより、できないことを始める方がずっと時間が過ぎるのも早い。あっという間に夜になる。

夕食を食べて風呂に入ったら、好きな曲を吹く。夜に演奏できるだなんて、防音室があるからできることだ。楽譜は市販のピアノ用楽譜だったりを時間をかけて移調したものだ。正確かどうか不安がのこるが、これはそれっぽくなってればいいし、楽しければそれでいい。路上で演奏するときもそう。合ってるか間違ってるかじゃなくて耳に入って不快じゃなければ、少しでも楽しんでくれればそれでいい。

楽しい練習が終われば、あとは寝るだけ。

 

そんな理想的な1週間を僕は過ごした。

 

 

 

いつも通り朝に目を覚まし、パジャマ姿で朝食をとりに母屋に向かう。今日は祖父母二人とも早出のため、一人で朝食だ。よたよたと洗面所で顔を洗い口をゆすいだ後、キッチンに入り、みそ汁に火を入れぼーっとする。冷蔵庫に張られたカレンダーは4月のものに変わっていた。入学式はすぐそこまで迫ってきていた。

 

朝食をさっと済ませ、離れに戻り、クローゼットから迷いなく黒色のパンツに白いシャツを取り出し、フレームの大きい眼鏡をつける。財布とスマホをポケットに入れ、腕時計をつける。これにて介の無難セットアップが完了した。ちなみに、服から腕時計に至るまで介が自分で買ったものは一つもない。

 

スニーカー(これも親が買った)を履き、祖父との散歩以来、久しぶりに介は外に出る。天気は晴れ、雲一つない、とまではいかないが絶好の外出日和であった。宇治駅まで歩いていると、鶯の鳴き声が耳を楽しませ、冬が去ったことを感じさせる。川沿いには桜が咲いており、入学式の前後はきっと満開かそれに近い物になるのだろうと、少し期待が膨らむ。

 

府立北宇治高等学校は、六地蔵駅から歩いていける範囲内にある。受験の時に一度行ったことはあるが、一応の確認のために今日は北宇治高校まで行ってみることにした。

 

なぜ進学先を北宇治高校にしたのか、それは僕にもさっぱりわからない。学力的にはもっと上のところに行く選択肢もあった、吹奏楽をするなら北宇治高校である必要は一切ない。文化祭に行ったこともなければ、説明会にも行ってない。いまだに理由は分からないけど……なんか通学路が心地いい気がする。

 

4月1日、春休みも終わりが近いとはいえ、通学路の上り坂には制服を着た高校生たちの姿は見えない。それでも、新学期が始まって制服に身を包んだ高校生たちがこの通学路を通っている想像をするとどこかワクワクしてしまう。

 

東京で生まれ育った人なら誰しもわかるのではないだろうか、地方の高校生へのあこがれというものを。自転車に二人乗りしながら坂道を降りるであったり、年に一度の夏祭りを楽しんだり。東京より時間の経過が穏やかな気がするそんな田舎への憧憬を。やれ新宿だの、渋谷だの、そういった娯楽でなく、ただ単に学生生活を楽しめるような気がして、介の胸は高鳴る。

 

校門に咲く桜の花びらさえもどこかいつもより綺麗に感じて、受験の時は古びた校舎だなぁとしか思わなかった建物もどこか日に照らされ輝いて見える。

 

練習の時間が短くなるのは残念だし、路上ライブなんてする暇あるのか不安だけれど、楽しい暮らしが送れるような気がして、介には未来が輝いているように見えた。

 

 




つづけ
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