向き合うことができない 作:夢現
原作キャラクターの描写は難しい
バレー部見学の翌日の放課後、教室で畑と別れ、滝野と二人で音楽室に向かう。滝野曰く、僕たちのクラスの担任が吹部の顧問らしい、なので帰りのホームルームは一番早くに終わった。予定の集合時間までにはあと15分程度あったが、教室前方で固まっている吹部入部と思われる女子たちに混ざる勇気は、生憎と僕にも滝野にもなかった。
「………新入生何人くらいいるんだろう?」
「30人くらいじゃないか?………男子は5人もいればいい方だろな。」
「え、そんなに?少なくとも3対7とかじゃないの?」
「だといいんだけどな。」
もちろん、僕らは一番乗りに音楽室につく。音楽室内では、先輩方が椅子や机をセッティングしたり、談笑しているのが見えた。もう少し時間がかかりそうだなと、二人で顔を見合わせ荷物を床に下ろしたタイミングで、ガラガラっと音楽室の扉が開き、優しそうな雰囲気の先輩が出てきて声をかけてくる。
「吹部の1年?悪いんだけど、机とか運ぶの手伝ってくれたりする?」
二人で、先輩の後ろについていき音楽室に入ると、先輩の目線が一瞬自分たちに集まるのを感じる。どこか値踏みするような嫌な視線だ。そう思ったのもつかの間、声をかけてきた先輩が振り返って、
「荷物は持っとくか、適当に部屋の端っこに置いといて~。机とかの運び方は動かしてる人に聞いといてな。運び終わったら、気になってる楽器の先輩とこにでも話聞きに行っていいよ。よろしく~」
とだけ言って、軽く手を振りながら教壇上の別の先輩のもとに行ってしまった。勢いに少しあっけにとられていると、滝野に軽くつつかれ、我に返る。
滝野はトランペット担当っぽい先輩がたむろってる付近の机を運びに、僕はサックス担当っぽい先輩がたむろってる付近の机を運びにそれぞれ分かれた。
「そこの一年生~希望の楽器なに~?」
テーブル移動もほぼ終わり、窓際でしゃべっていた先輩の興味が自分に移ったようだった。
「自分はサックスです。バリトンの。」
「へぇ~、珍しくない?サックスならアルトが人気だけど。」
「祖父がバリサクやってて、それで。」
「もしかして、自分のサックス持ってるの?」
「はい。」
「……じゃあ、採用で!君、真面目君でしょ。うちのパート今んとこ男手いないし。助かるわ。」
嫌な間があった。何とも言えないような嫌な間が。
「ありがとうございます。」
「まぁいいや、あとでパート選びの時間になったらすぐ来なね。」
部屋の準備が終わり、教室の端の方で少し楽しげな滝野としゃべっていると、次第に音楽室に1年生がどんどん集まっていく。そのほとんどが女子だが、1、2人男子の姿も見える。グループで来ている子もいれば、一人で来ている子もいる。けれどその全員に共通して、どこか緊張した様子が見受けられる。きょろきょろあたりを見回したり、ひそひそしゃべったり。1年を取り囲むような先輩方の配置も、きっと緊張を助長している。
僕らに音楽室に入るよう促した先輩が壇上に上がり、手を鳴らす。
「は~い、一年生は注目~。部長の永川です。クラ担当なんで、クラとかバスクラになった子とはたくさん顔を合わせると思うのでよろしく。」
変わらず優しげな人だが、部長らしさはあまりない気がする。
「今日は担当楽器決めをします。今からパートリーダーが楽器紹介するから、全部終わったら希望する楽器のとこに集まってね~。じゃあ、トランペットから?」
「部長~、なんかほかに言うことないの~?」
周囲の先輩からヤジが飛び、一部の先輩はくすっと笑っている。
「これ以上喋ると1年生疲れちゃうでしょ~、そんな変なこと言ってると楽器紹介、フルートからやらせるよ~?」
部長は笑って、それに応じ。ヤジを飛ばした先輩はわざとらしく慌てて、手をあげ降参と手ぶりをとった。
トランペット、トロンボーン、ホルン、フルートというように楽器紹介は続いていった。さして興味のそそられるようなことは何もなく、手持無沙汰で部屋中を眺めていると、ふと音楽室中の賞状が目に留まった。全国大会銅賞との記載が見える。
もちろん、ここ数年のことではないが、それでも全国大会に出場したという実績は重い。中学1年の頃から、コンクールの全国大会の音源CDは買うようにしているが、僕が聞いた3年間の演奏、そのすべての音色は美しく響き、音に迫力がありつつも品を感じるような素晴らしいものであった。きっと往年の北宇治高校の音色も素敵なものであったのだろうと、想像が膨らむ。
「これで紹介し終わったかな?それじゃあ希望する楽器のとこに行ってね~。」
気が付いたら説明は終わっていたらしい。先ほどと同様滝野はトランペットパートに、僕はサックスパートに向かう。サックスもトランペットも人の集まりはかなりいい。滝野は果たして希望通りにトランペットを吹けるのか、経験者だしきっと大丈夫だとは思うが気になってしまう。
サックスの先輩のところに行くと10人弱が集まっていた。中には自前のマウスピースを持っている人も見受けられる。マイ楽器を持っているということなのか、早く練習したいという気持ちの表れなのかわからないが、やる気がある人がいることはとても好ましいことのように思う。
窓際に寄りかかっていた先輩のうち一人が、軽く伸びをしてから僕たちの前にやってくる。
「サックス希望はこれで全員?ざっくり10人かぁ、今年も多いねぇ。」
サックス希望全員を見渡しながら、
「マイ楽器の人は優先ね~、窓際来て~。他の人は順番に吹いてもらって、決めるからよろしく。」
マイ楽器を持っている1年は僕以外にいなかったようだった。窓際でぼーっとしていると、さっき声をかけてきた先輩が紙を片手に近寄ってくる。
「よかったじゃん、マイ楽器一人しかいなくて。名前は?」
「ありがとうございます。橋本介です。」
「橋本君ね、じゃあここにクラスと名前書いちゃって。」
ボールペンと紙を手渡され、クラスを書いていると先輩がのぞき込んでくる。
「あれ、リカちゃんのクラスじゃん。いいな~。」
生憎、りかちゃんというあだ名に覚えは一切ない。クラスメイトの名前もほとんど覚えていないので何とも言えないが。
「…りかちゃん?」
「あ~まだあだ名で呼ばれてないの?梨香子先生のことだよ、顧問で君の担任の。」
とはいっても、いまいちピンと来てない。曖昧にうなずくと、笑いながら
「担任してる子に覚えられてないリカちゃんかわいそ~。まぁいいや、これからよろしくね~。」
話すことに飽きたのか、先輩はサックス希望の1年を仕切っている先輩のもとに歩いて行ってしまった。
それから数分でサックスパート全員が決まった。2,3人あぶれてしまったらしく、1年生は僕を含めて6人となった。女3人寄れば姦しいというが、5人も集まったらどうなるのだろう、と思考を明後日の方向に飛ばしていると、存外すぐに部長が壇上に立った。
手を鳴らして、視線を壇上に誘導し、
「パート決まったね~?基本的にこれからはパート毎で集まるからね。サンフェスだとかコンクールの直前は全員で集まってやることもあるけど。ということで解散!自分の楽器を選びたい人はパートの先輩の引率で楽器室に行って決めてね~。」
凄いヌルっと解散してしまったので、ほとんどの一年は戸惑っているように見える。帰ろうかなと、ちらっと後方のドアを見るとサックスパートの1年生が先輩に何やら頼みに行っているように見えた。一瞬面倒くさそうな顔をしていたが、こちらを見て手招きしたのですぐに集まる。
「早速自分の楽器を決めたい人がいたんで、楽器室に行きます。引率は2年生に任せるからね、今日は自分の楽器が決まったら解散で。誰がいいかな…………晴香~!!!!」
先輩の呼びかけで、気の弱そうなおさげの女子がやってくる。
「楽器室の引率してくれない?全員決まったら解散でいいからさ。」
「えっ、私ですか? ……わかりました。えっと、サックスパートの1年生は、ついてきてください。」
満足したように先輩はうなずいて、
「じゃあ、任せたよ。あ、橋本くんもついて行って。運搬とかで君も出入りはするから。」
「わかりました。今日はありがとうございました。」
軽くお辞儀をしておく。名前すら知らないが、サックスパートを仕切っているように見えたので、頭は下げ得だろう。ほとんど反応はなかったが。
楽器室は、思ったより広かった。中学の頃の楽器室はもう少し狭かったので少し驚きだ。女子5人はおさげの先輩と楽し気にケースを開き楽器を選んでいるが、僕はやることがない。机に座って、彼女らの話を聞きながらぼーっとすることしかできない。やることないからといって帰るほど空気読めないわけじゃないし、会話に参加する勇気があるわけではない。
「あれ? 楽器、選ばなくていいの?」
まさか、こっちに話を振られるとは思わず、びっくりして一瞬間が開いてしまう。
「あ、いや、僕は自分のサックスが家にあるので。」
「あ、そうなんだ。アルト?」
「いや、バリトンです。」
少し、驚いたような嬉しそうなそんな表情に見える。
「バリトンなの?そっか。じゃあ、困ったことがあったら、いつでも相談してね。二年のバリサクは私だけだから。」
「よろしくお願いします、先輩。」
「あ、でも私もまだまだだから、あんまり期待はしないでね。」
僕の吹部生活はこうしてスタートを切った。東京とも、中学とも、少しだけ違う空気の中で。
当方留年危機、更新暫くないかも