私は一息付く。
もし、組織から追放されてしまったとき、身を隠そうと考えていた秘密のラボ。その中に、私はいた。
中はこぢんまりとしていて、最低限“手術”を行えるスペースが整えられているくらいの、簡素なスペースだ。
手術台の上には、とある男の抜け殻が置かれている。
頭には包帯が巻かれていて、手足は腐り始めている。
「……これはもう、使い物にならないね」
男の名は、幹部マインドライフ。
洗脳装置を作成した張本人であり、脳魔法に長けている幹部。
………私のことだ。
3年前、私は組織を追放された。
クロマック様……いや、クロマックは、臆病な存在だ。
組織を結成し、幹部を用意し、共に歩もうと、そう決めたはずなのに、心の奥底では、幹部のことを誰も信用していない。
だからこそ、洗脳装置などという物騒な物を作成できる私を自身の手元に置くことを恐れ、追放したのだから。
……とは言っても、まさかオクトロアの方から提案されるとは思わなかったが。
魔法少女の体を乗っ取って、もう一度幹部の座につかないかと。
まあ、その提案をしてきた理由は、物凄くくだらない理由だったけども。
「私以外に仕事が出来る者がいないから、とはね」
その時は、彼も彼で苦労しているものなのだな、と思ったものだ。
………………にしても、どうしてこうなったのか。
初めは、利用するつもりだった。
光千夜、又の名をブラックルーイ。
アレは始め、オクトロアが私のスペアボディとして用意した存在、ただそれだけだった。
………私も、彼女の体を乗っ取る、ただ、それだけのことしか考えていなかった。
その時の私は、ただの幹部マインドライフだった。
………けど、どうしてかな。
いつしか、彼女のことを…。
光千夜の存在を失うことが、怖くなった。
私に懐いている彼女が、いなくなることが。………私に残っている”私“が、完全に消えてしまうかもしれないと、恐怖した。
………そして、彼女の幸せを、望んでしまった。
馬鹿だと思う。そんなことを願っても、私が生きるために、彼女の体は必要だというのに。
…………千夜ちゃんのことを見ていると、夜風のことを思い出して。
思い返してみれば、あの子には悪いことをしたな、なんて振り返る日々が増えていて。
……今度は、夜風のようにはしない。ちゃんと、この子のことを見てあげよう、なんて、そんな風にさえ考えていて。
「……気付けば、乗っ取ることなんて全く考えてなかったな」
それは、私の中にある”私“がそうさせたのか。私自身が、光千夜という存在に絆されていたのか。
………………それでも、私は、最低だ。
光千夜のことをあれだけ大切に思っていても、尚自分が死ぬことを嫌って、スペアボディのことを諦めていなかったのだから。
いや、それよりも浅ましいかもしれない。
私は、自分が生きて、それでいて更に、彼女の側にいれることを望んでしまっていたのだから。
………だから私は、ピュアを利用して光聖歌を拉致しようとしていたんだから。
姉として光千夜の側にいれるなら、それでも良いと思って。
「……今思えば、失敗してよかった…。歌朝の娘を……酷い目に遭わせるところだった」
私がした行動は、光聖歌を妖精なしで魔法少女に変身できるようにした、という結果だけをもたらした。ピュアに持たせたあの注射器は、私が研究し完成させた、“妖精なしで魔法少女へと変身することができる特効薬”だったから。
彼女の体にそれを注射し、体を乗っ取った後に魔法少女として覚醒しようと思っていたが……。まさか彼女の正体が魔法少女シャイニングシンガーだったとは。
「………けど、しくじったな。それのせいで、私の死期は早まった」
光聖歌の体を手に入れ、ピュアを始末する。そのために私は、わざわざマインドライフの体へと戻って、ラフなしでも魔法を行使できるようにしていたのだから。
マインドライフの体に入り、また夏場夕音の体へ移動したことによって、どちらの体もかなり消耗してしまったし、限界を迎えることになってしまった。
夏場夕音の体に戻ってすぐにアジトに帰ったせいで、まだ馴染んでいない、覚束ない足取りで無駄に千夜ちゃんを心配させることにも繋がってしまったし、寿命だなんて適当な話をヒンナちゃんに話させることになってしまった。
………というか、ピュアもピュアだ。せっかく協力関係を結んでいたというのに、まさか千夜ちゃんのことを洗脳し出すなんて。
あの時は本気でキレた。それは、私のスペアボディとして運用しようと思っていたからなのか、彼女のことを大切に思っていたからなのか。あるいは両方か。
「今思えば、私自身に注射器を使うのが正解だったのかもしれないが」
しかし、注射器には限りがある。ラフの魂の一部をいただく必要があるため、そう易々と作れるものではないし、何より、無駄遣いをすれば千夜ちゃんに渡す分がなくなってしまう。
ただでさえ分身魔法によって要求される注射器の量が多くなっているというのに。
………けど、もういい。
私はもうすぐ死ぬ。
………できるだけ、千夜ちゃんが被害者に見えるように振る舞った。魔法少女達が、千夜ちゃんを助けたいと、そう思えるように。
……2人いるのが話をややこしくさせているが、まあ、なんとか上手くやってくれるだろう。
……それに、千夜ちゃん達が私の死を惜しまないように。彼女達にも、私が幹部マインドライフだと分かるように、情報を散りばめておいた。
ブラックルーイとしての記憶がある千夜ちゃんには、私の研究資料を。
光千夜として過ごしてきた記憶がある千夜ちゃんには、夜風からの情報を。
こうすることで、私が死んでも彼女達が悲しむことはない。
私の死を、引き摺らないでいてくれる。
嫌いだったはずのラフにも、協力してもらったし、ヒンナちゃんにも、協力してもらった。私が悪役に見えるよう、私が悪い奴で、自業自得で死んだんだって千夜ちゃん達が思えるように。
だから、大丈夫。私が死んでも、千夜ちゃん達は、きっと……。
「……探し人はここにいるみたいですよ」
「……ありがとう、エンシェント。助かった」
「いえいえ、まさか『件』にこんな使い方があるとは。思い当たりませんでしたから。ルーイは頭がいいんですね」
『お前が馬鹿なだけなんじゃないか?』
「『件』の未来予知を応用して、人の場所を特定するなんて、思いつきましたか?」
『………は? いや……そりゃ』
人の声がする。
妖精1匹と、少女が2人。片方は、よく聞き覚えのある声で……。
「……よくここがわかったね」
「………夕音叔母さん………いや、幹部マインドライフ……」
千夜ちゃんは、敵意の籠った目で私のことを見つめてきている。
………そうだ、それでいい。憎んで、嫌って。私が死んでも、毛ほども気にしないでくれていい。
それがきっと、君の幸福につながるから。
「……もう1人の私はどこ?」
「もう1人の私?」
『………あん? そういや、オレ達が初めて見た奴は、ブラックルーイと名乗ってたよな? てことはもしや……』
………あー、そっか。
もしかして、私が千夜ちゃんの体を乗っ取ろうとしているって情報を得たから、片割れが狙われてるんじゃないかと予想して、助けに来たって感じかな。
……なら、その通りに振る舞おう。彼女にとって、私は他者の体を奪う悪人なのだから。
「……ここにはいないよ。……あーあ、まさか千夜ちゃんにバラされるなんてね。……せっかく乗っ取る算段がついていたっていうのに、台無しだよ。もう1人の千夜ちゃんも、ここに君が来なければ、今頃私の手中にあったはずなのに」
「………やっぱり、そういうことだったんだ。……けど、よかった。……悪いけど、貴方には死んでもらうから。……私達は私達で賭けを……勝負をしてるんだよ。それを邪魔されるのは困るからさ」
「手伝った方が良い感じですか?」
「……うん、そうしてくれると助かるかも」
2対1、か。
千夜ちゃんの隣にいるのは、エンシェントカラミティ、だったかな。
…………うん、これは、負けだね。
勝てないよ。ただでさえ私は、ジェネシステネーブルとしての戦闘経験が少ないっていうのにさ。
けど、これでいい。
ここで死んで、終わろう。
千夜ちゃんに殺されるのなら、本望だ。
光堕ちレースの勝者、幹部マインドライフ
千夜ちゃんズの負け!