「こんにちは、ルーイ」
ピュアの部屋を整理した翌日。俺の元には、キュヴァちゃんがやってきていた。
どうやら、俺とキュヴァちゃんで街の襲撃を行うという予定を、幹部様が組んでいたらしい。
もう1人の俺の存在を幹部様にバラすわけにもいかないし、今日はまあ、俺が襲撃に参加するべきなんだろうな。
そう思い、俺はキュヴァちゃんと共に行く。
【うそつき】
……あの言葉の意味。何故、キュヴァちゃんはあの時、俺にだけ見える形で、あの言葉を言ったのか。
………思えば俺は、キュヴァちゃんのことを何も知らない。ゲーム好きということと、よく仕事をサボるってことくらいしか。
ジェネちゃんが言ってた、クロマックの差金という情報は、本当、何だろうか。
仮にそうだとしても、サボりすぎなような気もするし。
……キュヴァちゃんは一体、今、何を考えてるんだろう。
「着いたよ」
結局、俺はキュヴァちゃんと一言も交わすことなく、今回襲撃する予定の場所へと辿り着いていた。その場所には、まだ人もいて、怪人は解き放たれていない。
「キュヴァちゃん、えーと、怪人は?」
「キュヴァ様、でしょ。モルモットが幹部を呼び捨てにしていいわけがない。そうでしょ?」
キュヴァちゃんは責める口調で、俺にそう言う。以前までは、そんな態度とってこなかったのに。
……何で、いきなりそんな冷たく……。
「……わかった。キュヴァ様、怪人はどこに?」
「そんなものいらないでしょ。経費の無駄。魔法少女の相手は、私達だけでいい」
キッパリと、会話の流れを断ち切るような勢いで、キュヴァちゃんは言い切る。まるで、俺との間に壁でも作っているかのように。
その態度に傷付きつつも、とりあえず気持ちを切り替え、襲撃に備える。
…………怪人がいないなら、魔法少女を呼ぶためにも、俺かキュヴァちゃんが街を襲撃する必要がある。けど、俺はできるだけ一般人に姿を見られたくはない。
となれば、キュヴァちゃんに頼むのが自然な流れ、になるんだろうけど。
「ルーイ、襲撃して」
「え、いや、でも……」
「幹部の命令に逆らうの? モルモットの癖に。ルーイは今一度、ちゃんと自分の立場を弁えたほうがいいよ。ヒンナやジェネシスに甘えて、庇護されて、それでどうにかなると思ってたら大間違いだから。どう足掻いても、ルーイが組織の手から逃れることはできない。…………私は、そんなの許さない」
冷たく、憎悪でも滲ませたような、そんな口調で、キュヴァちゃんは俺に迫る。………どうにも、今のキュヴァちゃんは、俺のことを組織のモルモットとして扱い切りたいらしい。
「私はいつでも“上”に報告できる。ルーイの洗脳が解けてることも、分身のことも、私は全部知ってる。だから、振る舞いには気をつけてね」
どうして急に、と思う。キュヴァちゃんとはそれなりに仲良くやってきたつもりだし、喧嘩をした覚えだってない。嫌われるようなことだって、何も……。
【うそつき】
………あれがきっかけ?
まさか、そんな……たったあれだけで?
本当に?
…………だとすれば、何かよっぽど。キュヴァちゃんにとって気に入らないような事が、あの時にあったのだろうか。
分からない。けど……。
調べておいた方が良いのかもしれない。キュヴァちゃんのこと。
キュヴァちゃんが、何を思って、何を抱えて生きているのかを。
「……よいしょっと」
「ルーイ、何を…?」
要は魔法少女を呼んで、人をこの場所から逃がせればいいわけだ。だったら、妖魔を使えばいいだけの話。怪人ほどコストもかからないし、俺の顔が割れることもない。
俺がわざわざ街を襲撃しなくたって、どうにかなる。
「……これでどう?」
「っ………」
キュヴァちゃんはそっぽを向く。
俺が妖魔を使ったこと、あまりよく思っていないみたいだ。
以前まで一緒にゲームをする仲だったのに、どうしてこうなっちゃったんだろうな。何とか仲直り、できないものか。そう考えながら気まずい思いをしているうちに、やがて魔法少女がやってきて……。
「………行くよ」
「わかった」
俺はキュヴァちゃんと共に、魔法少女の前に現れる。妖魔が何体か処理されてしまったが、まあ、いつものことだ。
「……ブラックルーイ……」
「……隣にいるのは……」
この場にやってきたのは、魔法少女シャイニングシンガーと、魔法少女ホワイトポイズナー。契約妖精は1匹だけ。あれ? キュートとかいうのは来てないんだ。
「……ブラックルーイ、私達は、貴方と敵対するつもりはない! 私は、貴方を……」
ホワイトが、俺に向かって語りかけてくる。
が、隣にいるキュヴァちゃんは、その様子を良く思わなかったみたいで……。
「………ルーイ、あの白いの、ボコボコにしていいよ」
「へ…?」
「半殺しにしてね。できなかったら“上”に報告」
俺には別に、女の子をいじめて楽しむ趣味なんて微塵もない。痛い思いをさせてしまうのは可哀想だと思うし、辛い思いをさせてしまうのも、嫌だ。
………なのに、半殺しにしろ、なんて。
「………仕方ない。ルーイ、私の目を見て」
「へ?」
「『支配の魔』」
あ……。
私は、ブラックルーイに話しかける。
【私は、そちら側には行けない】
あの時のブラックルーイの表情。
あれは何か……。大切なものを守ろうとしているような、そんな表情だった。
とても洗脳されているとは思えない。どちらかといえば、組織に人質を取られていて、そのせいで組織から抜け出す事ができなくなっているかのような……。
そんな雰囲気を感じさせるものだった。
……もし、ブラックルーイの洗脳が、本当に解けているのだとしたら……。
チャンスはある。
ブラックルーイが、組織を抜け出せない事情があるのなら、それを聞き出す。
私達の方で、それを解決できないか、探るために。
そう思い、ブラックルーイに向かって声をかけていくのだが……。
どうにも、彼女からの反応がない。どころか、ブラックルーイは、私に向かって駆け出してきていて……。
「んな、何で……!」
ブラックルーイは、私に目掛けて刃物を振り回してきた。………幹部がいるから、演技をしている。……という風に見えなくもない、けど、ブラックルーイの目は、どこかおかしくて。
「魔法少女の“絶望”は、きっと組織に大きく貢献してくれるわ……」
虚な瞳で、そうブツブツと呟く。目の焦点が合ってない。前回と違う、本当に、意識がない、壊れたおもちゃみたいで……。
『様子がおかしいクル……これじゃまるで……』
ブラックルーイは、魔法を使わずに、ただひたすらに刃物を持って、私に向かって突撃してくる。
けど、その足取りは覚束ない、ふわふわとしたもので、私にとっては何ら脅威にはならない。けど……。逆にその様子が、ブラックルーイがおかしくなってしまったことを表しているかのようで。
「くっ………」
困惑している私の足元に、シャイニングが転がってくる。彼女は、一切の身動きを取ることなく、地面に蹲っていて…。
「どう、いう…」
「『クールポイズン』。体の動きを鈍くさせる。麻痺させる魔法。確か、君の魔法だったはずだよ。ホワイトポイズナー」
「お前は……」
他者の魔法をコピーする、組織の幹部……。そうか、私の魔法をコピーして、シャイニングに……。
「ブラックルーイがどうしてそうなったのか、知りたい?」
「……何を……」
「教えてあげるよ。助けるなんて無駄だってこと。組織から抜け出そうなんて、叶わないってこと。お前たちの掲げる理想は、ひどく下らなくて、夢物語で、妄言だってことを」
「……どうして、私達がブラックルーイを助けようとしていることを……?」
「……ビンゴ。………いや、何でもないよ。それに、そんなことどうでもいいでしょ? だって、貴方達にはもう、ブラックルーイを助けることはできないんだから」
私の額から、汗が垂れ流れる。ブラックルーイを、もう助けられない?
また、洗脳されてしまったから? だからもう助けられないと…?
……違う、そんなはずはない。だって、彼女はまだ……。
「ブラックルーイ! 光聖歌! この名前がわかる!? 貴方の、姉の名前……。貴方はまだ、完全に洗脳されては……!」
「無駄だよ。家族の名前を言って、それで記憶でも取り戻させようとしてるのかな? けど、無意味だよ。だって、ブラックルーイはもう、一度身内を殺しているんだから」
身内を、殺している…?
いや、シャイニングはここにいる。彼女の親も健在のはず……。身内を殺したなんて、そんなことあり得るはずが……。
「幹部ジェネシステネーブル。彼女の正体は、夏場夕音。光千夜の叔母だった。そして、幹部マインドライフに体を乗っ取られていた。………という話は、聞いたんだっけ?」
「それは……」
聞いた。彼女の存在が、ブラックルーイを……光千夜を組織に縛り付けているということも。彼女が、夏場夜風にしてきた、酷い仕打ちも、全て。
「けど、実際は違う。彼女は間違いなく夏場夕音だった。私は、知ってる。彼女は幹部マインドライフじゃない。そして、幹部マインドライフとして振る舞うことで、ブラックルーイを被害者であると印象付け、貴方達魔法少女に助けさせようとしていた」
「……そんな……はず……」
「思い返してみればいい。彼女が幹部マインドライフであると明かす理由は? 何故彼女が、わざわざブラックルーイの話を戦場に持ち出したのか。考えてみれば、答えは自ずと出てくる」
確かに………。思い返してみれば、幹部マインドライフ……いや、夏場夕音の言う言葉は、どこか演技染みていて。
あからさまに、ブラックルーイが被害者であると、そう印象付けるもののような気がしてきた。
「………けど、それが何に……」
「……組織の裏切りが、バレたんだよ。夏場夕音は、組織を裏切るつもりだって。だから、処刑されることになった。その時に、彼女に手を下したのが、ブラックルーイだった」
もし、夏場夕音が本当に、夏場夕音だったとして……。
今までの話が、全て本当なのだったとしたら……。
「まさか……無理矢理従わせて……」
「違うよ。無理矢理じゃない。だってもう、ブラックルーイに意思なんてないんだから」
「え………」
嫌な予感がする。
虚な目をしていた、ブラックルーイ。覚束ない足で私に攻撃をしようとしていた、彼女の姿。
そして、意思なんてもうないという言葉。考えたくない可能性が、頭に浮かぶ。
もう助けられない、その言葉が導き出す答えは……。
「ブラックルーイの脳は、もうとっくに限界が来て、廃人化してしまったんだから」
私にとって、最悪なものだった。
うそつきキュヴァちゃん