生まれた時から、私の運命は決定付けられていた。
悪の組織で生まれ、自由というものを知らずに、ずっと生きていた。
けど、何もかも縛り付けられていたわけじゃない。
私には、ゲームが与えられていたからだ。
今思えば、それは私の反逆を恐れたクロマックが、私を手懐けるために取った手段だったのだろう。
クロマックは、私に言った。
ゲームの主人公には、役割がある。例えば、攫われた姫を助け出すこと。例えば、世界を脅かす魔王を討伐すること。例えば、複数いるヒロインの中から1人を選んで、堕とすこと。
そして、私の役目は…。
「……
私の存在意義は、それだと。
お前の役割は、それなのだと。私はずっとそう教えられてきた。
幹部の反逆を阻止し、クロマックへ危害を加えようとする者の侵攻を未然に防ぐ。それが私に求められた役割だった。
………それだけなら、まだ良かった。ゲームは楽しかったし、クロマックに仕えることを、そこまで苦に感じていなかったから。
ただ、恐ろしかったのは。
……私の命も、自由も、何もかも組織に縛り付けられているということだった。
それはまるで、ゲームの中に出てきた、攫われたお姫様みたいな状況で。
徐々に私は、その異常性に気付いていくことになる。
次に異常を認識したのは、私の存在が、ただの使い捨ての駒に過ぎないと悟った時だった。私はクロマックの娘だとか、そういう自認すら抱いていた。けど、クロマックにとって、私は簡単に量産できる使い捨てのモルモットにしか過ぎず。
ゲームで例えるならば、私はただの残機のうちの1つでしかなかったのだ。
私が死ねば、私の中にある“魔核”を流用して、また新たな、別の“私”が作られる。
そこに、以前の私の記憶などない。私が見て、感じて、考えたことは全て消えて、私という存在は、なかったことになる。
……恐ろしかった。私の生命が失われるということが。2度とゲームができないということが。
皮肉なことに、クロマックによって生み出された生命は、ただの機械じゃなく、生存本能を備えていたらしい。
私はどうにか、自身の生命が失われないように立ち回ろうと決めた。
組織に貢献しよう。頑張ろう。
なんて、一丁前に張り切って。クロマックの身の回りの世話を買って出たり、業務の一部を担当してみたり。
それなりに、努力した。捨てられないために。私の命が、失われないように。
けど、無意味だった。
元より、私の寿命は、決まっていたらしい。“魔核”は、使いまわすこと前提で私の中に埋め込まれていて、そのためか、元々私が製造された時点で、私の寿命は短く設計されていた。
かかる費用も抑えることができるから、なんて合理的な理由までおまけ付きで。
私の命は、そうやって軽んじられていた。
それを知った時、私は心の底から絶望した。
頑張ってきたことも、何もかも、意味がなかったんだと察した。
どうせ短い生なんだ。じゃあ、今から努力して、何になる? 組織のために何かをしたところで、どうせ私は死ぬのに。
そんな思考が、私の中を覆い尽くして。
だったら、私はずっとゲームをしていたい。好きなことだけして、生きていたい。
そう思って、ただ、死ぬギリギリまで、好きなことだけをして生きようと。
………ゲームだけしていれば、それで幸せだからと、そう思っていたのに。
私の前に現れたルーイは、そんな私の人生方針を、あっさりと壊していった。
私と同じ、組織のモルモット。私のことを使い潰すつもりも、無関心でいるつもりも、毛頭ない。
【いや、別に良いけど。今度一緒にゲームする?】
【え、いいの? する!】
この時私は、初めて友達というものを手に入れた。
誰かと一緒にゲームをする。そんな喜びを。
私と同じような立場で、私と同じように、組織に使い潰される存在。
………ああ、よかった。私だけじゃなかったんだ。
私と同じ、そんな存在が、私以外にもいたんだ。
そう、安堵した。
けど、違った。ルーイは、私よりもずっと強くて。
【本当に、救ってくれるの?】
【うん。絶対に、キュヴァちゃんを光堕ちさせるよ】
ルーイは真っ直ぐに、私を救うと、そう約束してくれた。
嘘偽りなく、正真正銘の、本音で。
「……ふふ……」
組織の中で、私は使い潰されて、朽ちていくだけの存在だった。けど、ルーイは違う。私を使い潰すつもりなんてない。友達として、私のことを、心から想ってくれている。そこに嘘偽りなんてない。
ルーイは今も、私を助けるための準備を色々と進めてくれている。
私は私で、任された業務があるから一旦アジトに戻らなくちゃいけなくなったんだけど……。
「……ん………」
私は、アジトに戻りながら、ルーイがプレゼントしてくれたヘアピンを撫でる。プレゼントなんて、クロマックから貰ったゲーム以来だ。
普通に嬉しい。貰い物なんて、クロマックから貰ったゲーム以外貰えるとは思ってなかったから。
………感傷に浸りながら、私は、私のアジトへと辿り着く。
転移魔法を使わないと、結構な距離だなぁ、なんて呑気に考えながら、アジトの中に入る。すると……。
「やっと帰ってきましたか。待ちくたびれましたよ」
「業務連絡でもしに来たの?」
幹部オクトロア。触手をそのまま人型にしたような見た目をしていて、物腰丁寧な同僚の幹部だ。彼が、私のアジトの中に滞在していた。
………まあ、おそらく任せた業務の進捗具合の確認と、引き継ぎなんかをしに来たのだろう。
幹部が2名も欠けているせいで、私はサボろうにもサボれない。多分、それがストレスになって、私はルーイにあんな態度を取ってしまったのはあるのかもしれない。
「いいえ。今回は少し違う用でして。キュヴァさんに、紹介したい方がいるんですよ」
オクトロアがそう言った後、彼の後ろからひょこりと顔を出したのは、いかにも弱々しそうな見た目をした、癖っ毛の少女だった。
「……あ、はじめましてぇ……。私、メェナっていいますぅ。えーと、よ、よろしくお願いしますね…!」
「はじめまして。私はキュヴァ。一応幹部やってる。よろしくね」
メェナは、私に向けて手を差し出してくる。特にその手を跳ね除ける理由もないので、私は何の疑問も抱かずに、その手を握り返す。
ニコニコとした、どことなくぎこちなく感じる笑みを浮かべながら、メェナは私の手を握り締める。
「えーと……」
握り締めて、離さない。
「………離してくれない? 窮屈なんだけど」
「なんですか? 私の手は汚いって言うんですか? ……貴方も、そうやって私のことを差別するんですねぇ! どいつもこいつも……そうやって私のことを馬鹿にしてぇ! 私のどこがいけないっていうんですかぁ!?」
なにこいつ。
「……オクトロア、ねえ、こいつは……」
「そのまま手を離さないでおいて下さいね、メェナさん」
私がオクトロアに声を掛けようとした、その時だった。
私の首が、一本の触手によって、締め上げられる。
一瞬の出来事だった。
「な………に………」
私は慌てて、魔法を発動しようとする。が、何故か私の魔法は発動することがなくて……。
「『無能の魔』って言うんですよぉ? 私の手に触れている者は、私の手に触れている間、一切の魔法の行使ができなくなるんですよぉ。あーあ、魔法ばかりに頼ってるからそうなるんですよ。聞けば、どんな魔法でもコピーできるらしいじゃないですかぁ? でも、それってズルじゃないですかぁ、だって、自分はなにも生み出してないんですよぉ? 他人の魔法丸パクリしてるだけなんですよぉ? そりゃ当然そうなりますよねぇ。だって、貴方は何にも努力してないんですからぁ。他人の魔法パクってイキってぇ、そんなに楽しいんですかぁ? どーせ生きてて一度も努力したことないんですよねぇ? 私なんて、毎日必死に努力して、不当な評価を下してくる輩にも負けずにぃ、逆境にあいながらも頑張ってきたのにぃ! どーせ恵まれてきた貴方には分からないんでしょうねぇ! 私の気持ちなんてぇ!」
腹が立ってくるような猫撫で声で、メェナは私に言う。
………反論して論破してやりたいのに、私の首はオクトロアによって締め上げられているせいで、上手く声が発せない。
「んぐっ……」
「大体、何ですかぁ? そのヘアピン。キノコって、センスないですよねぇ。何ですか、もしかして、男のそれの暗喩ですかぁ? 卑しいですねぇ! というかぁ、所詮組織に生み出されたモルモットの癖に、一丁前におしゃれなんかするなっていう話ですよねぇ……。貴方にぴったりな言葉をあげましょうか? 豚に真珠、ですよぉ。あーでも、キノコってセンスないですもんねぇ。真珠ですらないですよねぇ。ましてや暗喩なのだとしたら、汚らしくってとても触れないですよねぇ! じゃあ、お似合いかもしれないですねぇ。豚に泥ですぅ」
「や……め……」
ルーイからもらったプレゼントを、そんな風に言うこいつに、私のイライラは蓄積されていく。はやくこいつをぶちのめしてやりたい。なのに、私は魔法を使うことができなくて……。
「メェナさん、あまり言い過ぎも良くないですよ。私的には、キノコもお洒落で良いと思いますがねぇ。私はしいたけが好きで良く食べますよ。まあ、感性の違いというやつです」
「お洒落ですかぁ? これがぁ? …………なーんか腹が立ってきますねぇ。んじゃあ、分かりましたぁ。豚に真珠、に訂正しますぅ。その代わり……」
メェナは、手で塞がれていないもう片方の手で、私の頭についているヘアピンを取り…。
「豚に真珠は、似合わないですよねぇ?」
「………かえ………し……」
「……メェナさん、あまり余計なことは……」
私の目の前で、ヘアピンを踏んづけて、破壊した。
「あははぁ! 見てくださいよオクトロア様ぁ! こいつの顔ぉ! しょーもないキノコのヘアピン壊されたくらいでぇ、こんなにショック受けちゃってますよぉ! 馬鹿らしいですねぇ! どーせ生きてて苦労したことないんでしょうねぇ。だからヘアピン壊された程度でショックを受けちゃうんですよぉ。あー腹が立ってきましたぁ。恵まれて生きてきてたんですねぇ、ストレス耐性ないんですねぇ、もっと辛い経験をしておけば、こんなことでショックを受けることもなかったんですよぉ?」
殺す。殺す殺す殺す。
こいつ、生かしておかない、絶対に殺す。
鍋にぶち込んで、煮込んで、豚の餌にしてやろうか!
「……馬鹿で扱いやすいのは良いですが、馬鹿すぎるのも困り者ですねぇ。やはり素直で従順なルーイさんくらいの方が丁度いい気がします」
「何か言いましたぁ?」
「何でもありませんよ。………さて、キュヴァさん、申し訳ありませんが、私にも目的がありますので。貴方の中にある“魔核”。それを頂きたいので、失礼します」
“魔核”。それが目的で、こいつらは……。
“魔核”がないと、私は生きていられない。私にとって、“魔核”とは心臓そのもの。
………このままだと、殺される。どうにか、しないと……!
「は……な……せ……」
……まずは、メェナを何とかしないと。こいつに手を繋がれてる限り、私は魔法が使えない。
私は、彼女の手を握り潰す勢いで、握り締められている手に力を入れる。
「いった……このぉ……反抗的なモルモットですねぇ! 大人しくして……!」
「ぺっ!」
「んなぁ!」
怒りで声を荒げるメェナに、唾を吐きかける。すると、メェナは動揺したのか、一瞬私の手から、自身の手を離していて……。
その一瞬の隙を、私は見逃さなかった。
「『
私は、魔法を使い、私の首を拘束していた触手を両断する。
………心なしか、魔力がごっそりと減っているような気がする。………オクトロアの魔法に、魔力を吸収するものでもあったのだろうか。
………とにかく、今は逃げるしかない。メェナの実力は未知数だし、何故か私の魔力は枯渇寸前だ。
ここで戦っても、普通に負けて、そのまま殺されるだろう。そう思って、私はメェナやオクトロアから全速力で逃げる。
まずは……ルーイのところに逃げ込んで……。
…………いや、ダメだ。ルーイのところに向かおうとすることくらい、オクトロアなら簡単に予想する。
それに、ヒンナの話によれば、オクトロアはルーイに……。
………じゃあ、オクトロアの裏切りを、クロマックに報告する?
………それもダメだ。ルーイ達が光堕ちとやらのために動いている現状、クロマックに報告すれば、そのこともバレてしまう危険性が高まる。そうなれば、私の命を狙うオクトロアよりも、組織への離反を考えているルーイ達の立場の方がより危うくなるだろう。
………なら、私はどうすれば……。
「…………魔法、少女……」
そうだ。
魔法少女なら。
魔法少女になら、助けてもらえるかもしれない。
元々、ルーイは魔法少女達の元に光堕ちするつもりだった。
……ルーイの光堕ち計画と、齟齬が出ない程度に。
魔法少女に助けを借りることができれば。
………そうと決まれば。
「………妖魔………。街を破壊するのは、心象が良くないかもしれないけど………。魔法少女達を呼ぶために、やるしかない」
オクトロア達にも居場所がバレるかもしれない。けど、魔法少女達だって現場にやってくるはずだ。
現状を打開する最適解は、おそらく、これしかない。
「………ルーイ。私、負けないから」
ルーイが私の光堕ちを計画してくれてる。
だったら私も、もう組織の闇になんて負けてられない。
私も、頑張らないと。
ちなみにヘアピン壊すメェナを見た幹部君はちょっと引いてます。