幹部様がアジトにやってきてから数日後。
師匠のアジトで、俺は数日を過ごしていた。
……キュヴァちゃんの光堕ち計画完了後は、幹部様からの許可を得たこともあって、無事、キュヴァちゃんは自由を手に入れ、『ワ・ルーイ』に縛られずに生きていくことができるようになった。
………とはいっても、戸籍はないままだし、キュヴァちゃんの身元を預けられるような場所はないしで、結局は師匠のアジトで匿うことになったわけだけど……。
まあ、何だかんだで日々を楽しんで暮らしてる……とは思う。だって、キュヴァちゃんは毎日……。
「おはようルーイ!! 今日のラッキーアイテムはカエルのぬいぐるみ。ということでカエルのぬいぐるみを持ってきたよ。……けど、正直ただのぬいぐるみだと面白みに欠けるよねってことでぇ……。カエルの剥製を持ってきましたぁ…!」
「…………剥製って、どこで手に入れたのよそんなの」
やけにテンション高いんだよなぁ。
師匠も、カエルの剥製持ってきたキュヴァちゃんに困惑してるし。
「闇市で手に入れた。裏ルートだから、内密にしなければならない……。コードネームミステリアス。私の言いたいこと、わかるな??」
「全くわかんないわ………」
そして、キュヴァちゃんは独特な世界観を持っている。
よくわからないけど、エージェントごっこ的なものをしているらしい。
まあ、元々ゲーム好きな子だし、そういう設定のゲームが好きとか、そういうことなのかもしれない。
「……って、そういえばキュヴァちゃん、今日はラフとゲームするって言ってなかったっけ? 出かけてたけど、大丈夫なの?」
「ラフ君寝てるし………。一緒にやろって言ったのに、眠いからもうちょい寝かせて〜って、約束は守って欲しいよね」
あらら。最近のラフ君そういうところあるからなぁ……。
昼夜逆転っていうの? 夜中ゲームして朝までぐうたらしてることが多いんだよね。それに千夜ちゃん巻き込んだりするから、心配でちょくちょく大丈夫かって聞くんだけど。
ぼくはエリート妖精だ! 体調の管理くらい自分でできるよ!
とのこと。
ほんとかなぁ……?
「…え? ラフ君ならずっと起きてたよ? 朝起きたら、キュヴァちゃんがいなかったから、一緒にゲームできなかったって言ってたけど……」
キュヴァちゃんと話しているところに、もう1人の俺こと千夜ちゃんがやってきて、言う。
ほほう、供述が食い違っておりますね……。
そこんところどうお考えで……?
「いや、確かに私は朝起こしたよ。けど、ねむねむ羽虫状態だったから、そっとしといてあげたってだけで……」
なんだそのはらぺこあおむしみたいな表現。
「ちなみに何時頃?」
「朝4時」
「はっや!!!!」
そりゃ眠いわ。キュヴァちゃん、それに関してはキュヴァちゃんが悪いと思うよ。そんな朝早くからゲームしろって言われても、ねえ……。
「でも、普段ならラフ君起きてる時間だし、早いってこともないと思うよ。実際、ラフ君って寝るの普段朝5時くらいらしいし」
「うわぁ、昼夜逆転の究極系って感じだなぁ。極めるとこうなるのか」
「6時寝じゃないから別に究極系じゃない。というか、ガチ勢は7時寝だから」
「昼夜逆転にガチ勢もクソもあるかいな……。というか、キュヴァちゃんって普通に22時寝の健康児じゃなかったっけ……?」
「そうだね、21時寝3時半起きか、22時寝4時起きがデフォルトだよ。だから昼夜逆転はしたことないけど、昼夜逆転ガチ勢と時間を合わせてゲームをすることはできる」
何で昼夜逆転してすらない子が、昼夜逆転が何たるかを語ってるんですかね……。
そもそも昼夜逆転ガチ勢ってなんだ……?
「ま、ゲームもほどほどにしておきなさいよ。今は戸籍がないから自由なのかもしれないけれど、戸籍を手に入れて、普通に生活していくことになったら、ゲーム三昧の生活なんてできないでしょうし」
「世界は狂ってる……。どうして人々はやりたくもないことをやらなければいけないのか……。ゲームだけして生きていく、それが許されてもいいんじゃないのか! 私はそう言いたい」
「まあ、何をして生きていくかは自由にしなさい。それじゃあ、私は仕事があるから」
師匠はそう言って、組織から任されている業務を遂行するために、団欒の場から去っていく。その光景を見て、キュヴァちゃんは……。
「それでいいのかコードネームミステリアス! 勤労の奴隷に成り下がり、本当にやりたいこともできず、ただ社会の奴隷として生きていくというのか…! 私は認めない! 労働によって縛られ、腐っていくなんて耐えられない! 労働のために精神をすり減らし、命を削ること。こんなの、かつての私と同じだ。……精神的な側面から考えて、自衛のために労働をするべきではないと私は思う!」
うん。
まあ、キュヴァちゃんはそういうところあるよね。『ワ・ルーイ』の一員としての仕事をサボっていたのも、元々そういう性格だからというのもあるのかもしれない。
「そんなこと言ったってやらなきゃいけないもんはやらないといけないのよ。じゃあね」
「くっ………一番大切なのは自分のメンタルだ。それを壊してまで仕事をするのは、あまり良くないと私は思う。休む時には休んだ方がいいし、羽目を外したい時にはそうした方がいいと思う」
「キュヴァちゃん、師匠もう行ったよ」
「な、何!? ルーイ、追いかけよう! ヒンナに仕事をさせてはいけない!」
「へ? ちょ、キュヴァちゃん……!」
キュヴァちゃんはそのまま、師匠の後を追いかけ、仕事の妨害を行おうとする。
いや、師匠が仕事してくれるから、『ワ・ルーイ』で俺やキュヴァちゃんに振られる仕事がなくなってるのに、それを邪魔しちゃ駄目でしょ。
俺はキュヴァちゃんを止めるために、キュヴァちゃんを追いかける。
「キュヴァちゃん、師匠と仲良くしたいのはわかるけどさー、仕事の邪魔しちゃ……」
「しっ! ルーイ、静かにして。ヒンナが何か話してる……」
「へ? 誰と……?」
アジトにいるのは、ラフ、2人の光千夜、キュヴァちゃん、そして、師匠だけのはずだ。
一体誰と……。
「……そう。そっちはそうなのね。………怠いからって、たまにはいいでしょ。あんたしか今連絡取れないんだから、そっちの様子くらい教えてくれたって」
よく見ると、師匠は誰かと電話をしているみたいだった。
口調的に、相手は幹部様……というわけではないんだろうな。
イグニスやイコル……というわけでもないのだろうか?
一体、誰と………。
「それで、夕音の方はどうなの? …………そう、そうなのね。………分かってる。全部終わらせたら、私もそっちへ行くから」
……本当に、何の話を……。
「…………ルーイ、電話の相手、誰だかわかる?」
「いや、全然。皆目見当もつかないけど……」
「……だろうね。多分だけど、電話の向こうには、誰もいない」
誰もいない? じゃあ、一体師匠は何を……。
「…………多分、ヒンナの言った“そっち”っていうのは、あの世のことだと思う」
「はえ!?」
あの世? ど、どういうこと? 閻魔様とかそういうのがいるところ?
そんなのあるの? 本当に…?
「……ヒンナは、ジェネシスが死んでからずっと希死念慮を持ち続けてた。……だから、自分の命を終わらせて、あの世へ行くつもりなんだと思う。通話相手も、多分かつて死んだ仲間とか、そういうのを想像してるんじゃないかな。ヒンナは、地獄と交信でもしている気分になってる、そんな感じだと思う」
……あ、そういうこと……。
あの世の存在を観測できているわけじゃなくて、死ぬつもりで……。
かつての仲間……死んでしまった友達、とかなのだろうか。それとも、組織の仲間?
ピュア……はないとして、トーレストとかだろうか?
なら、あの電話も、相手なんていなくて……。
「や、やばくない…? このままだと、師匠自殺しちゃうってことぉ!?」
「落ち着いてルーイ。ヒンナがその気なら、とっくにそうなってるはず……。けど、まだそうなってない。なら、いくらでもやりようはある」
「あ……」
そっか。
【全部終わらせたら、私もそっちへ行くから】
全部終わらせたら、だもんね。だとすれば、まだ師匠にはやるべきことがあって、それを済ませてないから死ねないと、そういうことなのだろうか。
「ヒンナがこの世で生きたいって、そう思えるように楽しい日々を送らせてあげれば、まだ何とかなるかも」
「………そうだね。それじゃあ、やけにテンション高かったのは…?」
「……? いや、別にいつも通りだけど???」
え? てっきり師匠を楽しませようとして張り切ってるから、テンション高くなってたのかなぁ……って思ってたんだけど。
……やっぱりあれかな。
前までは組織に縛られてたけど、もう自由の身で、明るい気持ちで過ごせるからっていうのはあるのかもしれない。
「……と、そうだキュヴァちゃん」
「……ん?」
「これ。光堕ち記念のプレゼント」
俺は、キュヴァちゃんのために用意していたプレゼントを渡す。
この前あげたヘアピン、壊されちゃったって話聞いてたからね。だから。
「………星の形をしたヘアピン………。いいの?」
「うん。キノコよりスター派、でしょ?」
「覚えててくれてたんだ……。うん、気に入った。ありがとうルーイ」
そう言って、キュヴァちゃんは自身の髪にヘアピンを身につける。
……うん、やっぱり、目が見えた方が表情がよく見えてかわいいね。
「ルーイ」
「ん?」
「ヒンナも光堕ちさせる。私達の手で」
「………光堕ちの意味って知ってる?」
「……なんか、尊いもの」
あ、多分理解してないなこれ。何となくで理解してるタイプだ。
結構懸命に説明したつもりだったんだけどなぁ。
まあ、いいか。
どのみち、師匠は最初から生かすつもりだったんだ。
魔法少女達の前で派手に光堕ちするのは俺だけだ。そこは譲れない。
けど、表に出ない、裏舞台でなら。
いくらでも、誰でも、光堕ちさせてやる。