私はスターチスと共にオクトロアに攻撃をしかける。『模倣の魔』があるため、いくら同時攻撃をしかけようと、オクトロアからすれば攻撃をいなすことなどなんてことのないことなんだろうとは考えていた。けれど、状況はもっと酷く……。
「ッ! 触手……厄介ね」
オクトロアは、『模倣の魔』による魔法の行使を行うどころか、自身の魔法すら行使することはなかった。それは、戦闘の意思がないということを示すものではない。
必要がないのだ。オクトロアには、魔法をわざわざ使ってまで私達の攻撃をいなす必要がない。
自身の持つ触手で十分だったのだ。オクトロアは、自身に備わっている何十本もの触手を自由自在に操り、私達の攻撃をいともたやすく無効化してみせたのだ。
しかし、だからといって折れるつもりはない。彼を倒さなければ、私は妹を………千夜を救うことができないのだから。
「それで全力ですか?もしそうなのだとすれば、貴方達にルーイさんを……千夜さんを救うことはできないでしょうね」
「言われなくても理解してるわ。でも、だからこそ今ここで私は、貴方を倒さなければならない」
「なるほど。そちらも今日決着を付けに行くつもりだったようで。奇遇ですねぇ。ちょうど私も、今日貴方達を終わらせようと考えていたところでしたので。申し訳ありませんが、全員死んでもらいますよ」
今までは、『ワ・ルーイ』にも魔法少女は必要であり、だからこそ、殺される心配はなかった。敗北しても、命まで取られることはないと、そう安心して戦えたはずだった。けれど、オクトロアは本気だ。今日ここで、本当に私達を終わらせようと考えている。
どうして私達の全滅を考え出したのか、それについてはまったくわからない。鬱陶しくなったのか、千夜のことを救われるのが、よっぽど嫌だったのか。
ただ、そんなことはどうでもいい。結局、オクトロアの真意を知ろうと知らまいと、私達のやることは変わらないのだから。
「千夜を、返してもらうわ!」
「返す? 何かの冗談ですかねぇ。最初に手放したのは貴方でしょう?」
「っ…!」
「正義を掲げて、自分に酔っているんですか? 貴方は千夜さんを助けたいわけじゃない。貴方が正義に酔うために利用しているだけ。そう考えることもできますねぇ」
「そんなことないわ。私は千夜を……助けたいのよ」
「ええ、ええ。そうでしょう。正義に酔うつもりなんて、全くないでしょう。だって貴方は、ずっと公開していたんですから。千夜さんを、妹を見捨てたことを。自身の命欲しさに、大切な妹を見殺しにしたことを。ずっとずっと悔いていたんですからねぇ。助けたい? 面白い冗談ですね。最初に見捨てたのは貴方でしょうに」
それはまるで、誘導尋問のようだった。初めから私の返答を理解した上で、私の精神を的確に抉るための会話へと誘導してきていたのだ。けど、真面目に取り合う必要はない。
私は千夜を救う。そのために、邪魔になるオクトロアを排除する。いまはただ、それで十分…!
「自身の罪と向き合うことを避けているようですねぇ」
「それで千夜が救えるなら、いくらでも向き合ってあげるわ」
「なら、向き合わせてあげましょうか。貴方の罪と。貴方が犯してしまった、大罪を」
オクトロアがそういった瞬間。
彼の顔が怪しく光り、私の視界は眩い光に包まれて。
「な……にが……」
次に私が目を覚ました時、視界に映ったのは……。
「どしたのお姉ちゃん。ぼーっとして」
「千夜…? それにここは…?」
私はきょろきょろと周囲を見回す。さっきまで私は……。
……。
あれ? 何をしていたのだっけ?
私は、今日朝起きて、それで、何を……。
「お姉ちゃん、寝ぼけてる? 夜更かしでもした~?」
夜更かし? そんなこと、私はしない。だって、今日は……。
「昨日は早めに寝たわ。だって、今日千夜と出かける予定だったんだもの」
千夜とショッピングモールに出かける約束をしていたのだから。
「ふーん? そうなんだ。つまんないね~。たまにはお姉ちゃんの悪い子なところも見てみたかったのに」
「冗談でしょ。千夜が尊敬しているのは、真面目な私なのだから。不真面目な私なんて見たら、きっと幻滅するわ」
「んー? どうかな~?」
千夜はふわふわとした声で、私の言葉に対する返答を誤魔化す。千夜が私のことを尊敬して、好いてくれていることも理解している。が、面と向かってそれを言うのは恥ずかしいのかもしれない。
「それで、今日は何を見に行くの?」
「んー。別に何でも。お姉ちゃんとぶらぶらお散歩してみるのも悪くないかなーって思ってたから。ほら、最近は私遊美と遊んでばっかで、お姉ちゃんとの時間とか全然取れてなかったし」
「そういえば、そうね」
私は千夜の手を取り、共に歩き出す。休日だからか、モールはたくさんの人で賑わっていて、家族連れやカップルなどの姿もちらほらと見られた。
「姉妹だけでショッピングモールにって人、私達以外にいないね~」
「世の中の姉妹が皆私達のように仲良しこよしってわけじゃないのよ。それに、友達や親と来る子の方が多いんじゃないかしら? 千夜だって、遊美と一緒に遊びに行くでしょ?」
私達は、一般的に見ても物凄く仲の良い姉妹の部類だろう。昔の千夜は私にべったりだったし、私は私で、千夜の面倒を見ることを苦痛と感じるどころか、日々の日常の楽しみとすら思っていたのだから。
「確かに? まあ、同級生の方が予定合わせやすいとかあるのかなぁ?」
「子供なら親がついてくるのが自然でしょうし、大人になると予定を合わせづらくなるから、それでかもしれないわね」
「あーそっか。大人になったら私とお姉ちゃんも疎遠になっちゃうのかな?」
千夜が少し寂しそうな声でそう話す。確かに、大人になれば私と千夜の交流は今よりは減ってしまうだろう。けれど…。
「別に、大人になったからって疎遠になるわけじゃないわ。身を固めるまで同棲してみるというのもありだと思うし、それに、私、千夜1人分養えるくらいには稼ぐつもりだから。千夜が望むなら、私の専属家政婦として住まわせてあげるという選択も考えてあるわ」
千夜の結婚相手は、私が吟味して、相応しい人を選ぶと決めている。その都合上、私の人生設計に、千夜と離れるという道は用意されていなかった。
もし、私がいない間に、千夜が悪い男につかまってしまったら?
もし、千夜が何か事件にでも巻き込まれてしまったら?
そう考えたら、千夜から離れるなんてことは考えたくもない。少なくとも、千夜にふさわしい男性を見つけ出し、結婚して身を固めてもらうまでは、私は千夜のことを見捨てるつもりはないのだから。
「まあ、別にそこまではしなくてもいいけどさー。ほら、お姉ちゃんはお姉ちゃんでやりたいこととかあるだろうし。やりたいことが違ったら、必ずしも同じ場所で住めるわけじゃないしね」
残念ながら、千夜はあまり私の提案に乗り気ではなかったようだけれど。
そんな風に、私と千夜は雑談を交わしながら、モール内を練り歩く。なんてことのない、ただの平和な姉妹の日常。
こんな日々が、ずっと続くと思っていた。けれど、そんな甘い展望は、すぐに打ち破られることになる。
「キャー!!!!!」
悲鳴が響く。平和だったはずのショッピングモール上は、その悲鳴を皮切りに、一瞬にして地獄へと変貌を遂げた。
異形の化け物が、一瞬にしてモール内の覇者となる。その場を支配し、先程まで平和に笑い合っていた人々は、今や恐怖に顔を引きつらせて一目散に逃げだしていた。
「なに……が……」
「お姉ちゃん……」
千夜が不安そうな表情を浮かべながら、私の手を掴む。
このままぼーっとしていては、あの化け物の次の標的になるのは私達だ。
このまま立ち尽くしているわけにはいかない。早く、逃げないと。そう思い、私は千夜の手を取りながら逃げ出す。が……。
「っ! 邪魔だ!! どげよ!!」
逃げているのは、私達だけじゃない。私達の他にも、たくさんの人が逃げ回っていた。そのうちの1人だったのだろう。私にぶつかってきた男性は、焦りからか私に怒号をぶちまけながら、私の体をぐっと強く押す。
私1人だけなら、それだけで転ぶことなんてなかっただろう。けど、私の傍らには千夜がいた。そのせいで、上手くバランスをとれなかった私は、手をつないだ千夜と共に地面へと転んでしまった。
すぐに立ち上がろうとするも、逃げ惑う人々達は私達に気に掛けることもなく、次々に私達に追突しては、私達のことを邪魔者でも見るかのような、嫌悪感にまみれた視線を向けてくる。
化け物の被害者という点で、私と彼らは何ら変わりない立場のはずなのに。
それでも私達に向けられる視線は、すべて悪意のこもったものだった。
邪魔だ、どけ。ガキが。
そんな言葉を投げかけられるのは、まだマシな部類で。
大半は私達に関心も寄せず、踏みつけ、蹴り飛ばし、中にはあえて化け物のいる方向に突き飛ばして、私達を身代わりにしようとするやつすらいた。
誰も、誰も助けてはくれない。
私も、千夜も。学校では人気者で、たくさんの人に囲まれ、頼り頼られてきた。なのに、この場には。
誰も私達のことを好いてなんかいない。誰も私達に頼らないし、助けない。
私達は、見捨てられたのだ。
「はぁ……はぁ……」
人の悪意を一度も受け取ってこなかった私は、それだけでパニックに陥ってしまった。混乱し、普段は回るはずの頭もろくに回転してくれない。頭の中が真っ白になって、何も考えられなくて。
「お姉ちゃん! 逃げよ!」
千夜にそういわれるまで、私の意識は停滞していたままだった。千夜の言葉で現実に帰ってきたときには、既に周りに人はいなくて。
取り残されたのは、私達だけだった。
きっと、私が放心している間に、周りの人々の避難が完了していたのだろう。そして千夜は、そんな私を見捨てられなくて…。
「そう…だ…。逃げ……ないと……」
私はよろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りで化け物から距離をとる。
が、当然化け物が唯一残った私達を見逃すはずもなく。
化け物の振るった魔法が、千夜の足に直撃する。
「ッ!」
千夜の体が、その場に倒れこむ。
「いてて……」
足を怪我していて、とても1人で逃げれるような状態ではない。
「おねえ、ちゃん…」
千夜が私のことを呼ぶ。いつも私は、千夜のことを助けてきた。千夜が困ったときは、手を差し伸べてきた。
けど、私は…。
「ひっ…!」
恐怖に、勝てなった。
目の前の怪物の、圧倒的な力に。
周囲の悪意にさらされ続けて、疲弊した私の心は、屈してしまった。
私は、その瞬間、化け物に敗北してしまったのだ。
千夜の私を見る目が映る。
千夜の足は、とても動かせる状態ではない。私が助けないと、千夜はこのまま、怪物の毒牙にかかることだろう。
それでも私は、自分の命が大事だった。
死にたくなかった。たとえ妹を囮にしてでも、生き延びたいと、思ってしまった。
だから私は、助けを求める千夜を。
無関心に見捨てた。
私は関係ない。私は悪くない。そう正当化して。
見ないふりをして。
倒れこむ妹の姿を背に、私は全速力で駆けだしたのだ。
「はっ…。いま……のは……」
「それが貴方の罪ですよ。ちゃんと向き合えましたか?」
きっと、今までの光景は、オクトロアの幻覚によるものだったのだろう。
私の罪。それは、自分の命欲しさに、千夜を見捨てたこと。それが、私の犯してしまった、決して消えない、大罪。
「そう、ね。私はあの時、千夜を見捨てたわ。きっともう、あの子は私の事、姉だなんて思ってないでしょうね」
「そうです。貴方に千夜さんを助ける資格なんてないんですよ。貴方は、千夜さんを見殺しにした。私が千夜さんを利用するという判断を下したからこそ、いま彼女は生きています。ですが、私が介入しなければ、千夜さんは今頃この世にいないはずだったんですよ」
つまり、皮肉にも千夜を洗脳し、組織の魔法少女として使いつぶしたオクトロアのおかげで、今も千夜は生きながらえているということになる。
本当に、皮肉な話だ。
「そうよ、私は……」
最低で、最悪で。
本当に、出来損ないの姉で。
きっと、私が見捨てたあの時、千夜は絶望していた。ずっと頼りにしてきた、憧れの姉が。自分のことを、無関心に、自身の保身のために、犠牲にしたのだから。
信頼してくれていたのに、尊敬してくれていたのに。
そんな千夜を、私は裏切った。
千夜の想いを、踏みにじった。
私は、モールにいたとき、たくさんの悪意をぶつけられていた。
けど、私も同じだった。
私もまた、千夜に同じように悪意をぶつけていた、愚かな民衆の1人でしかなかったのだから。
けど、それでも…。
「素直に諦めてください。貴方に、千夜さんを救う資格なんて、ないのですから。ああ、安心してください。私は千夜さんを道具としてではなく、一構成員として扱いますから。心配せずとも、元気にやっていけると思いますよ」
「資格が、なくても……」
「?」
「資格がなくても、構わないわ。私は、あの子を救う」
「正義に酔っていた、という指摘は、あながち間違いでもなかったのでしょうか?」
「違うわ。……私は、確かに姉失格よ。あの子のことを救う資格はない。でも………。あの子は、千夜には、救われる資格があるはずよ。あの子には、救われてはいけない理由なんて、ないのだから」
「……だから助けると? 資格のないあなたが、立場をわきまえずに、救ってやると?」
「そうよ。千夜にとっては、私はもう姉ではないのかもしれない。けれど、私にとっては、千夜はいつまでも大切な、たった1人の、妹なんだから」
「見捨てたくせに大切だなんて、どの口が言えるんですかねぇ」
「なんと言われようと結構よ。立場をわきまえていなくとも、傲慢だとしても。私はもう、千夜を救うと決めたのだから。貴方に何を言われようと、その意思を曲げるつもりはないわ」
私は、まっすぐとオクトロアを見据える。
「貴方を倒して、千夜を救うわ」
「折れませんでしたか。いえ、図太くなった、というべきでしょうか。まあ、どちらでも構いませんが……」
オクトロアは、忌々し気に私を見つめる。私が折れなかったことは、オクトロアの想定外の事態だった、ということだろうか。
底の見えない男だが、かといって、すべてを計画通りに進めることができるというわけでもないらしい。
オクトロアは、完璧な存在ではない。粗はある。隙もある。
なら、わずかな隙でも見つけ出す。どんなに小さいものでも、それが勝機につながるのなら。
私は見逃さない。目をそらさない。
もう二度と、伸ばされた手をはねのけたくはないから。
千夜ちゃん的にはお姉ちゃんにげてーって感じだったので、見捨てられたこと気にしてない、そもそも見捨てられたと思ってないです。