「キュヴァちゃん、護衛に入りますよ」
「げっ……」
私は目の前に現れた少女の姿を見て、少し抵抗を覚える。
魔法少女エンシェントカラミティ。千夜の友人であり、かつては私と敵対したこともある魔法少女だ。
いま彼女は、幹部イグニスに命を狙われている私のために、私の護衛をしてくれようとしていた。だからまあ、抵抗を覚えることが間違いであることは理解している。理解しているんだけど。
「やっぱり苦手ですか? 私のこと」
「まあ、うん。そうかも。元々敵だったし……」
「元々敵……。キュヴァちゃんってそういうこと気にするタイプでしたっけ?」
気にするかしないかでいえば、しないと思う。正直、私からすれば街の襲撃は嫌々やってただけで、正直魔法少女に対する敵対意識なんて微塵もなかったから。だからまあ、エンシェントを嫌うまっとうな理由なんてない。いや、嫌っているわけではないのだけど……。
「……。まあ、別にいいでしょう。とにかく、千夜ちゃんとも約束しましたし、私は貴方を守りますよ」
「ありがとう」
少々苦手な相手という意識はある。あるけれど、礼自体は素直に述べておく。
私が勝手に苦手意識を抱いているだけ。それだけなのだ。私だって仲良くできるならしたい。千夜の友達でもあるし、悪い子ではないのは確定しているから。
けど、どうしても。
どうしても彼女に恐怖を覚えてしまう私がいるのだ。
魔法少女エンシェントカラミティは、強い。
半端な怪人であれば、複数個体相手取っても難なく勝てるぐらいには。
幹部でも、ピュアレベルの幹部くらいなら圧勝できるだけの力を持っているだろう。幹部の中では下の部類であるとはいえ、1魔法少女が巨大な悪の組織の1幹部に勝てるだけの実力を備えているのだ。これを怖いと思わずにいられるか?という話である。
それに。
「護衛だけというのも釈然としませんね。まあ、万が一があっては困るので、護衛に徹しますけど」
彼女は底が見えない。腹の底で何を考えているのか、それをこちらに悟らせてくれないのだ。
今の私には、何の力もない。『公正の魔』がないから、相手が真実を言っているのか、それとも嘘に嘘を重ねているのか、その判別を行うことができない。
彼女が千夜を友人として見ていることは理解できる。それは私にも、なんとなく伝わってきた。それじゃあ、私は?
彼女は私のことを、どう思っているのだろうか?
私は、組織に生み出された、組織の道具だった。そんな私は、彼女の目にどう思っているのだろうか。
彼女の契約妖精、スマイルは、『ワ・ルーイ』に敵意をにじませていた。
絶対に許さないと、そんな意識を組織に向けていた。
私は、彼女たちに受け入れられているのだろうか?
千夜やルーイが私を受け入れてくれているから、今はそれに合わせてくれているだけなんじゃないだろうか?
そう思うと、彼女に踏み込む勇気が、私から失われてしまう。彼女と友達に、なんて淡い願望は、儚く消えていってしまう。
別に、仲良くするつもりはないのだ、そう自分に言い聞かせて、納得してしまう。
だから、私は……。
「そんなに怯えなくてもいいのに……」
「……え?」
ふと、エンシェントが。
少し悲しそうに、寂しそうに。
傷ついた様子で、そうつぶやく姿を、私は見た。
「今、なんて……」
「なんでもないですよ。ほら、ぼーっとしていると、どこから流れ弾が飛んでくるかわかりませんよ」
「う、うん」
先ほどまでの悲しさと寂しさをにじませた声は、既に彼女から聞こえてこなかった。
けど、先程の彼女の表情、あそこに、嘘はなかった。『公正の魔』はないけれど、私は何となく、不思議とそう確信していた。
『ふーん、なるほどなぁ』
そんな私達の様子を見て、スマイルが意味ありげに呟くが、私にはスマイルが何を考えているのか、それすらもわからない。
「キュヴァちゃ……さん、体調等は大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫、だけど……。うん……」
『……………………』
私達の間に、気まずい空気が流れる。お互いに、どう言葉を交わせばいいのかわからない、といったところだろうか。
でも、これでいい。今は戦場。のんきに世間話に花を咲かせている暇などないのだから。
だから私は、エンシェントとは………………。
『だぁぁっぁああああああ!! もどかしい!! 何互いに遠慮してんだよアホども!!』
「は?」
「え?
私達の様子に、どこか苛立ちを覚えていたのか、黙りこくっていたスマイルが、突如大声をあげて叫びだす。
私とエンシェントは、共にスマイルの方へと注目の視線を送っていた。
『お前ら本当は仲良くしたいんだろ? 何だか知らねぇけど互いに遠慮して………』
「別にそういうわけでは……」
『そういうわけだろ! オレの身にもなってみろ! 気まずいんだよこの空気感! 友達の友達とどう接したらいいかわかりませんって空気が漂ってんだよ!!』
「んなっ……」
「それは……」
『オレの推測があってるのか、そんなのわからねえけどさ。仲良くしたいんじゃないのか? 本当は、ちゃんと友達になりたいんじゃないのか? だったらよぉ。話しておくべきことの1つや2つ、あるんじゃねえの?』
そうだ。私は、エンシェントとも友達になりたかった。私の世界は狭い。私と接してくれる人は、普通に暮らしている人が接している人と比べれば、数は少ないのだろう。だからこそ、私は少ない繋がりであるエンシェントとも、ちゃんと交流を持ちたいと考えていたのだ。けれど。
どうしても、エンシェントにまだ得体の知れなさを覚えてしまっている自分がいる。
信頼を寄せていいのか、困惑してしまっている自分がいる。
背中を預けていいのか、彼女と仲良くできようものか。
そう、悩む自分が。
『悩む必要なんてねえんだよ。何かあるなら、なんでも話せばいいじゃないか。別に笑わねえよ。友達になりたいって、そう思う気持ちを馬鹿にするほど、オレは腐ってねえからな!』
それは……。
「……。友達、ですか……」
「え……」
「そうですね。私は、少し殻をかぶりすぎたのかもしれませんね」
「何の、話?」
「私。ずっと虚勢を張っているんですよ。頭が良いふりをして、常に余裕な態度を装って。そうして、強い自分というメッキを、自分自身に張り付けていました」
それは、今まで内面を見せてこなかったエンシェントの、心の声。
彼女の内にある、本当の彼女の声だった。
「私、本当は頭が悪いんです。クラスメイトの前では、テストの点数を偽って、優等生のフリなんてし続けていましたけど、実際は赤点ギリギリ、何なら赤点の教科もあるぐらい、勉強が苦手なんですよ」
意外だった。いつも余裕綽々な態度の彼女からは、想像もできない話だった。けれど。
嘘ではない、まぎれもない本音を話しているのだと、私はすぐに理解した。
「自分を偽って、他者と壁を作って。だからでしょうね、他人と深い仲に中々至れなかったのは」
それは、先ほど見た、寂しそうで、悲しそうな表情を見せた彼女と、何ら変わりのない表情だった。
そうか、そうだったんだ。彼女は、エンシェントは、怖くなんかない。彼女はずっと、偽りの仮面をかぶり続けていた。
本当に弱かったのは、彼女の方なんだ。
だから、仮面をつけた。だから、他人に感情を見せようとしなかった。
それがきっと、彼女という人間なのだろう。
「ねえ、キュヴァちゃん、私はもう、ダメでしょうか? 偽りの仮面をかぶり続けていた私に、もうチャンスはないのでしょうか?」
すがるように、エンシェントは弱弱しく私を見つめてくる。
ああ、そうか。きっと彼女も同じだったんだ。
私と同じように、私と友人の関係に至ることを望んでくれていたんだ。
だったら。私もそれに、応えないと。
私の助けを求める手を取ってくれた、ルーイのように。
「エンシェント。いや、妖愛、私と、友達になろう」
そうして私は、エンシェントカラミティ。
西織妖愛に、手を差し伸べた。