妖愛は私の手を取ってくれる。
様々な思惑が蠢き、混沌の戦場になっていく中。
私とエンシェントは、確かに友情を育んでいた。
気付けば、あんなに怖かった魔法少女エンシェントカラミティ……西織妖愛のことを、もう怖いなどとは思わなかった。
「……にしても、何が起きているのか分からないですね。一応、2名ほど知り合いはいるのですが……」
「魔法少女じゃないあの女の子、千夜の知り合いみたいだった。千夜が名前を呼んでたし…」
私にも、誰が何者で、何が起こっているのか、全く把握ができない。わかったのは、千夜が魔法少女に変身していない普通の少女と知り合いであるということ。その少女が連れてきた魔法少女フィルバーグレーネが何やらよくわからないことを言って、千夜のことを助けようとしているのか、なんなのか。……わからない。わからないけど。
「……バーニングインテンスは、私が呼びました。千夜ちゃんを助けるのに協力してもらいたかったので」
魔法少女バーニングインテンス。彼女のことは、私も知っている。私は、エンシェントカラミティも含めて、彼女と戦闘を行ったことが幾度かあるから。
フィルバーもそうだ。だから、バーニングやフィルバーのことは理解している。理解しているんだけど。
「じゃあ、あれは誰…?」
私は、1人の女性を指差す。気怠げで、袖もブカブカで、なんならスカートも丈があっておらず、地面にズルズルと引きずっているような、くたびれた印象を浮ける女性だった。
「さあ? 私は知らないですね。魔法少女、というわけでもないようですし」
『オレも知らないな。誰だあの女?』
私も妖愛も、スマイルも知らない。一応は悪の組織である『ワ・ルーイ』に所属していた私と、魔法少女である妖愛、妖精であるスマイルと、各々の事情を知っている存在がいるのに、だ。
「イグニスやイコルはある程度実力を把握していますし、それはバーニングやフィルバーに対しても言えます。魔法少女サマーハリケーンとやらは千夜ちゃんで対処できているようですし。警戒するべきはあの女性、でしょうね」
「確かに。戦況をひっくり返すとしたら、あの変な女しかいないと思う。なら、注視すべきは……あの……」
私と妖愛は同じ結論に至り、スカートの裾をズルズルと引きずっている女性の一挙手一投足に着目する。その女性の動きはのろのろとしたもので、よく言えばマイペース、悪く言えばノロマだと言える状態だった。
「……ルーシア……」
「ルーシア、あんたなんでここに………?」
気怠げな女性の名は、ルーシアというらしい。どうやら彼女のことは、イコルやヒンナが知っている様子だった。イコルとヒンナの知り合いではあるが、私はルーシアという女性を見たことがない。
……つまり、『ワ・ルーイ』に密かに所属していた存在、とかそういうわけでもなさそうだ。もしそうならば、私にだって情報がいくはず。だって私は、組織の幹部の裏切りを阻止するために造られたのだから。
もしルーシアという女性が『ワ・ルーイ』に所属していたのなら、当然クロマックはルーシアの存在を脅威に思い、私の『模倣の魔』で模倣させておくはず。私とルーシアの顔合わせが行われているはずなのだ。だというのに、それが行われていないということは。
彼女は、クロマックの息がかかっていない女性だということだ。
「なんでって、イコルが私に連絡したからだけど?」
「イコルが……? どういう……まさかあんたも……!」
ヒンナが青ざめた顔でルーシアという女性を見つめている。現状、イコルは敵、そのイコルが呼んだということは、彼女もまた、イコルの味方であり、私達の敵だということだろうか?
そう私は思ったのだが、彼女の様子を見るに、どうにもそういうことではないらしく……。
「……はぁ……怠い……私は別に、イコルに協力しに来たわけじゃない………」
「ルーシア……ここまで来たらもう引けない。僕は……」
「……しょうもない。面白くもない。別に私は面白さなんて求めていないけど、ただ只管に怠い。イコル、こんな茶番はもう終わらせよう。つまんないし、何も感傷に浸れないし、何より怠いから」
話が見えない。けれどルーシアは、イコルの目的を知っているということ?
じゃあ、一体…。イコルはどうして、こんなことに…。
「茶番、か。確かにそうかもしれないね。湿島にも反対されていたし。けど、僕は僕を抑えられなかった。僕は僕が悪であると自覚しているつもりで振る舞っていた。けど、わかったんだ。結局、それは僕なりの、僕自身の正当化に過ぎなかった。わかってるんだ。僕の身勝手だということくらい。だけど、僕は、それでも………」
「怠いね、そんな風に頭を悩ませるのなんて、怠くて仕方がない。イコル、貴方の茶番は、誰のためにもならない。退屈で、全員を怠くさせるくだらないものだよ。だって実際、こんなにややこしい事態になっちゃってるわけでしょ?」
よく分からない会話を、2人は繰り広げる。別に私達だけが理解できていないというわけではない。2人の話を聞いているヒンナもまた、2人の話に困惑の表情を浮かべていた。
「ちょ、ちょっと! 話が見えないんだけど? どういうこと……?」
「ヒンナも困惑しているし、結論から始めようか。イコルがどうしてこんな強行に走ったのか。まあ、結論から言えばひどく怠くて仕方がないものだよ」
「ルーシア、お前…!」
「結論、ヒンナのため。イコルはヒンナのために強行を起こした。以上」
ヒンナのため……?
ヒンナのために、どうして私を殺そうとやってきたの?
意味がわからない。私を殺せば、ヒンナのためになると?
私がイグニスに狙われている、そんな私を庇えば、イグニスを敵に回す。だから?
いや、それでも、わからない。どうしてイコルは…。
「話が見えてこないんだけど………」
ヒンナもまた、困惑している。当たり前だ。ヒンナのためだと言われても、イコルの行動に説明が付けられないから。
「……はぁ……。怠い。茶番みたいな計画だから、説明も面倒。けど、まあいいか。…………イコルは、ヒンナに死んでほしくなかったんだよ。自死なんて選択してほしくなかったし、生きていてほしいと願った。……だから、襲撃なんて茶番を起こしたんだよ。イグニスを誘ってね」
「………はぁ……? どういう、こと…?」
「ヒンナの自殺願望。それをどこからかイコルは聞いていたみたいで。まあ、大体予想はつくけど」
ルーシアという女性はそう言って、私の方をチラリと見る。
………確かに私は、ヒンナの自殺願望のことをイコルに相談した。誰にも言ってはいないけど、私もヒンナのことをなんとかしたいと思っていたから。
「……だからまあ、イコルはそれを阻止しようとしていたわけだよ」
「ちょっと待ってよ。それがどうしてキュヴァを襲うことに繋がるわけ? 大体、私は別に……」
「………ヒンナの死を阻止するためには、ヒンナがこの世に未練を抱く必要がある。イコルは、そう考えたわけ。それで、その結果。………イコルは決断したんだよ。ブラックルーイ、光千夜の命を脅かすことをね」
「は、はぁ……?」
なんとなく、理解はできた。
ヒンナは、ルーイ、光千夜のことを、大事に思っている。それをあまり表に出さないようにはしているが、事実、ルーイや千夜が酷い目に遭うことを許容はできないだろう。
イコルもまた、そのことを理解していたのだ。好きだから理解できたのか、ヒンナが分かりやすすぎたのか、それはわからないけれど。
けど、イコルはそのことを知った上で。
ルーイや千夜の命を脅かせば、ヒンナが焦ると感じたのだろう。
「大切にしている存在が、命の危機に晒された。そうなれば、ヒンナは安心してあの世に行けない。そうでしょ? だから、イコルはそれを演出したというわけ。とんだ茶番だね」
ヒンナの危機感を刺激し、ルーイや千夜を守らないとという意識を植え付ける。それがイコルの目的で……。
イグニスを利用したのは、より真実味を上げるためだろう。実際、イグニスは私のことを嫌っていたし、殺しに来たっておかしくはない状況だったから。
「イコル、あんた、そんなことで………」
「………僕は、ただ………」
気付けば、拘束されていたヒンナやラフ君は、解放されていた。
ヒンナや湿島からは、戦意が喪失されていた。
本当に、ヒンナの死を阻止すること。それが目的だったらしい。
となれば………。
「本当に、くだらない茶番だよ。……本当に、怠くて仕方がない」
そう言って、ルーシアは懐から一本のナイフを取り出す。
「もう、こんなくだらないことを考えないで。怠いし、面倒臭いし。………それに。私は3度目の死なんて、嫌だから」
そう言って、ルーシアは自身の首元にナイフを押し当て。
そのままその首を、体から分かつように。
切断した。