ルーシアと呼ばれていた女性は、その場にばたりと倒れこむ。彼女の首は、彼女自身が握っていたナイフによって完全に胴体から分かたれており……。
その生命活動は、完全に停止していた。
いわば、自殺。
彼女の行った行為は、そう形容するほかなかった。
「ど、どういうことですか……?」
『ああいう連中はな、大概どこか狂ってるんだよ。奴もそういう類の輩だった、ただそれだけの話なんじゃないか? オレは怖いしあんまり会したくないけどな。ああいう輩の思考ってやつは』
スマイルはなんてことのないように、ただそう済ませる。私にはどうにも、彼女がただ頭のネジがどこかへ飛んでしまったような、そんな存在ではないんじゃないかと。
そう感じてしまっていた。
「まあ、ともかく。あのルーシアという女性の言ったことが本当ならば、キュヴァちゃんの命が本当に脅かされる可能性はない、そう認識してもよいってことですよね?」
「どうかな」
確かに、イコル自身の目的は、ヒンナを生存させるために、脅すことだ。けど、イコルが協力を持ち掛けたイグニスは多分。
このどさくさに紛れて私を殺そうとしていたって、おかしくはない。だって、イグニスは私に強烈な敵意と殺意を向けてきていたのだから。
「イコル……」
「イコル様、ここらが潮時でしょう。ヒンナ様を想う気持ちは私も理解しております。ですが……」
「……。わかっている。わかっているんだ。僕のやり方は、いつも下手だということくらい。何かを切り捨てて、何かを犠牲にして。そういうやり方でしか、僕は何も守れないし、何も救えない。僕はただの悪党でしかない。そんなこと、わかってたつもりだったんだ……」
イコルは悔いるように言う。私は、かつては組織に生み出された存在だ。けれど、実際その組織に属している幹部達の情報は、過去は、背景は。
全く知らない。イコルが何を、どう思って、どう考えて行動していたのかなんて、私には読み取ることができない。
けれど、少なくとも私から見たイコルの顔は、とても、悲しそうな表情を浮かべているように思えた。
「湿島、僕はもう、止まれないんだ」
「イコル様……」
「僕はそういう性格なんだ。ずっとそう生きてきたし、この考えを変えるつもりもない。だから……」
そう言って、イコルはヒンナへと向き直る。覚悟の決まった瞳で、彼は言い放った。
「僕は、何度でもブラックルーイの命を狙う。彼女の命を狙い、刈り取る。そのために全力を尽くす。……今日はルーシアの死に免じて、これくらいにしておく。だが、次はないと思え」
「イコル様、それでは……」
「許せ湿島。これが僕のやり方だ。僕は優しくないし、善性の塊でもない。醜くて薄っぺらい、小悪党なんだ」
心の奥底から、そう思っていると言わんばかりの声色で、イコルは言う。
私は思う。それは紛れもない、イコルの本音だったのだろうと。
そうして、イコルと湿島はこの混沌とした戦場から立ち去って行った。その様子を見てか、イグニスは舌打ちをならし、私のことをにらみつけた。
やはり、どさくさに紛れて私を殺すつもりだったのだろう。イコルはイグニスが本気で私を殺そうとしているとまでは考えられなかったのか。それとも……。
分かった上で、イグニスのことを誘ったのか。
事の真相は、わからない。けれど、いくらイコルの行動が茶番であったとはいえ、彼が私の命を刈り取りに来る可能性は否定できない。
「安心してください。イグニスの手からは、私が守りますから」
混沌とした戦場の中で友情を紡いだ少女、魔法少女エンシェントカラミティこと西織妖愛が言う。彼女が守ってくれるというのなら、頼りになること間違いなしだ。なんせ私が怖がっていた相手でもあるのだから。
「……まあ、今日のところはどうやらその必要もないみたいですけど」
妖愛の言う通り、イコルや湿島同様、イグニスはこの混沌とした戦場から既に立ち去っていた。イコルや湿島の離脱に合わせたのだろう。感情的にふるまっているだけの男だと思っていたけど、案外冷静に逃げという選択をとることもできるらしい。私は感心した。それは赤ちゃんがハイハイができるようになったのと同じくらいすごいことだと思ったからだ。
ああそう。私はイグニスを赤ちゃんと同レベルとして置いている。いや、流石に赤ちゃんに失礼かもしれないが。
「お疲れエンシェント。なんか、すごいことになってたね」
戦闘が終わり、緊張の張りつめていた空気感から解放されたからか、魔法少女バーニングインテンスが変身を解除し、こちらへ寄り添ってくる。私は少しびくりと体を震わせた。
多分、敵として彼女と相対したことがあったからだろう。私の体は、無意識に反応していたのだ。しかも、私は力を失ってしまっている。そんな状態で”敵”として認識していた存在に近寄られてしまったら、私の身に沁みついた悪の組織のセンサーが勝手に反応してしまうのも無理はないんじゃないかと思う。
「お疲れさまでした。来てくれて助かりました」
「まあ、友達に助けを求められたら、迷わずまっすぐに助けに行く。それがヒーローってものでしょ? だから全然大丈夫! 私ヒーローみたいなことするの大好きだし」
二人はわいわいと会話を交わす。その間私は蚊帳の外だった。
なるほど。私はいわゆるコミュ障というやつだったらしい。二人の間にはられた結界に阻まれて、私の身動きは完全に停止してしまっていたのだ。
しばしの間、私はショックを受ける。
初対面の人とも気楽に話せるくらい、私は社交的だったはずだ。事実、ヒンナのことはヒンナと呼び捨てにできているし、ラフ君と一緒にゲームをすることもある。それに今日妖愛とも友達になった。普通じゃないルーイや千夜を除いても、私は友人関係の形成においてパーフェクトコミュニケーションを発揮し、たくさんの人々に囲まれるカリスマになるはずだったのに。
……まあ、魔法少女は普通の少女ではないし、例外なのかもしれない。案外、一般人の少女との対人関係においては、私は外交官も驚きの社交性を発揮し、完璧なコミュニケーションをこなしてみせることができるはずだ。
なら大丈夫。私は社会性を身に着けている。今後対人関係で困ることはない。まあ、もし仮に困ったとして、私はゲームして過ごせればそれでいいわけだし。気にしない、気にしない。
「ねえ、ちょっといい?」
と、そんな風に私は、自身のパーフェクトコミュニケーションパワーが発揮できないことを嘆きつつ、1人で黙りkぽくっていた。そんな時、私に声をかけてきた人物がいたのだ。
その人物は……。
「あ、ヒンナ」
希死念慮をもっている組織の幹部、ヒンナだった。
ヒンナはどこか、不安そうな目で私のことを見つめる。
「ねえ、キュヴァ。さっきから、千夜の姿が見当たらないんだけど…………」
そういって、ヒンナは不安そうに周囲をきょろきょろと見つめている。私もそれにつられて、周囲をよく見まわしてみるが…………。
「あれ?」
先ほどまでたくさんの少女たちが集っていたこの場には、既に私達しかいなかった。この場にいるのは、私とヒンナ。そして仲良く談笑を交わしている妖愛と、バーニングインテンスの変身者のみだ。
戦場にかけていたはずの千夜の姿は、どこにも見当たらなかった。
「まさ、か……」
千夜が私に何も告げずにこの場を去るとは、到底思えない。とすれば、考えられる可能性は…………。
「攫われた?」
光千夜が、戦場に訪れていた魔法少女に、拉致されてしまったという可能性。
それが私の頭に思い浮かんだものだった。
千夜が自分からついていった、もしくは馬鹿正直に敵の後を追った、という線もあるが、千夜もそこまで馬鹿ではないはず。だとすれば、私の考えた可能性は、現実のものだったとしてもなんらおかしくはないということになるだろう。
なら……。
「ヒンナ、千夜が危ないかもしれない」
助けに行かないと。手遅れになる前に。