私は、目の前の敵をまっすぐ見つめる。
幹部オクトロア。体が触手のようなもので構成されていて、おそらくそれを利用して他者を操ったり、記憶を操作したりすることのできる、厄介な存在だ。
仲間は皆、彼によって倒されてしまった。今この場で戦えるのは、私だけだ。
キュートが、再び契約して私を魔法少女に変身させることができるようになったので、一応遊美ちゃんも変身して戦うことができるんだけど、残念ながら彼女はこの場にいない。
「あなた一人で、何ができるというんですか? 仲間は皆やられてしまいましたよ」
「そうだね。確かに皆、貴方にやられてしまった。けど、それも無駄じゃなかったと思うよ」
皆が私につないでくれた。だから私は、彼に勝たないといけない。千夜ちゃんを助けるためにも。
「実力差が理解できていないようですね。今の私には、『模倣の魔』があります。ありとあらゆる魔法を模倣し、行使することのできるこの魔法に、貴方は対抗することができるとでも?」
「私ひとりじゃ、きっと無理だよ。けれど、皆がつないでくれたから。いくら『模倣の魔』といえど、一度使った魔法を再度行使する際に魔力量の消費が跳ね上がるのは変わらないし。そもそも、根本的に貴方の魔力はシャイニングシンガー達との戦いで消費しているはずだからね」
『オクトロア、お前の事は、キュー達が確実に追い詰めているっきゅ!!』
幹部オクトロアは、いつも悠然とふるまっていて、余裕の態度を崩す様子がない。底が知れないし、彼が何を考えているのかわからない。けど、私には、1つのある仮説があった。
「オクトロア、私には一つ、疑問があるの」
「疑問、ですか……?」
「うん。ずっと思ってたんだ。貴方は……」
私達が、千夜ちゃんのことを助けようと決意して。
これまでのことを振り返った時、どうにもオクトロアは、彼女に固執しているように見えた。
はじめは、違和感なんて感じていなかった。けれど、一度疑問に思えば、もう止まらない。
「貴方は、どうして光千夜にこだわっているの? 魔法少女ブラックルーイに、こだわりをもっているの?」
「こだわっている? 私が? どうしてそう思うんですかね……。こだわる理由がありません。ああ、しいて言うなら、彼女は組織の手駒ですからね。洗脳に成功した魔法少女を、ただの使い捨ての駒として消費するのはもったいないですからねえ……」
「……洗脳に成功した魔法少女は、貴重な戦力、駒だった。そういうことだよね?」
「ええ、そうですね。中々よく働いてくれましたよ。脳を破壊し、洗脳し、組織に忠実なしもべとして使いつぶしているというのに、彼女はそんな私を慕っていましたからね。大好きな姉と敵対しているとも知らずに、いいようにこき使われて。支配していたんですよ。私は、彼女を」
やっぱり、引っかかる。彼の物言い、態度、言動が。
「そんなに洗脳した魔法少女って駒が貴重だったなら、どうしてもっと積極的に魔法少女を拉致しなかったの? 貴方は、私達全員を倒しても、誰かを連れ去るなんて行動をとらなかった。それは、どうして?」
機会は、いくらでもあった。私がオクトロアに負けたこともあった。その時に、私を拉致して洗脳でもすれば、魔法少女の手駒は増やせたはずだ。
なのに、彼はしなかった。一体、それは。
「希望の象徴は必要ですからね。私達が必要とするのは負のエネルギー。人間の絶望や後悔、憎悪などの悪感情ですから。希望があればあるほど、絶望もまたより濃いものになりますからねぇ。魔法少女にいなくなられると困るんですよ」
「それなら言わせてもらうけど、貴方と同じ幹部のピュアは、スターチスのことを攫って洗脳しようとしていたよ。つまり、貴方の理屈で魔法少女を攫わない理由付けはできない」
「1人や2人くらいなら変わらないと思っただけですよ。実際、私は魔法少女ホワイトポイズナーに洗脳を施そうとしたわけですからね」
確かに、薬深ちゃんもオクトロアに狙われた被害者だ。けど、どうにも引っかかる。薬深ちゃんは、オクトロアに狙われ、触手を使われて記憶障害を起こされた。けど、私達と合流して以降、オクトロアは彼女に手を出すことがなかった。
薬深ちゃんは、オクトロアに深いトラウマを植え付けられていた。今はある程度克服しているとはいえ、オクトロアへのトラウマを完全に克服できていない時期に戦場にオクトロアが来ていれば、彼女に恐怖を与え、簡単に無力化して、攫うことだってできたかもしれない。だというのに、オクトロアは戦場に積極的に赴くことはなかった。
忙しかったとか、いくらでも可能性はある。けれど、魔法少女の戦力がそんなにも貴重だったというのなら、もっと積極的になるはず。
けど、オクトロアの態度を見るに、魔法少女の駒は、そんなに重要だったとは思えない。というのなら。
千夜ちゃんにこだわる理由、それがあるはずだ。
「オクトロア、やっぱり貴方の話は、おかしいと思う」
「ほう、そうですか」
「千夜ちゃんにこだわっている理由、きっとあるはずなんだ。私はそれが、貴方を突き崩す何かになると思ってる。違う?」
私の問いかけに対して、オクトロアは……。
「なんだ、そんなことですか。それが、私を突き崩す理由になると思った、そんなくだらない理由で、雑談を交わしていたのですね。これなら、時間稼ぎとして話していたと言われた方が、まだマシでしたよ」
心底呆れた声で、オクトロアは言う。そして、私達を馬鹿にするかのように。
聞いたこともないくらい、人を馬鹿にしたような声のトーンで、ゆっくりと話し始めた。
「単純な話ですよ。私の目的は、他者の支配です。世の中、無能ばかりですからね。仕事もできない、私に押し付ける無能しかいません。ですが、それで良いんですよ。私は、他者よりも優位に立ちたい。常に他者よりも高いところにいたい。他者に対して、精神的に優位でいたい。私の目的は、たったそれだけです」
「他者より、上に……?」
「ええ。くだらないでしょう? ですが、自己分析した際に気付いたんですよ。私の根源にあるものは何なのか。何が私の原動力になっているのか。突き詰めれば、至極単純で、つまらないものでしたよ」
「それじゃ……。貴方がブラックルーイに固執する理由は?」
「そんなものはありませんよ。私はただ、支配できればそれで満足ですからね。強いていうなれば、私の言いなりになるルーイさんの存在は、私の支配欲を満たしてくれた、といったところでしょうか」
支配することが、原動力。
その物言いに、嘘は混じっていなさそうだった。
彼は、心の奥底から、支配すること、それこそが彼の芯だったのだろう。
ともすれば。
薬深ちゃんに手出ししなくなったのは、支配する必要がなくなったから…?
彼女は、オクトロアにひどいトラウマを植え付けられていた。多分、内心オクトロアのことを憎悪しつつも、どこかで怯えていたし、対峙してオクトロアに敵意を向けていたものの、今思えば虚勢も入っていたような気もする。だとすれば。
すでに自分に屈した存在に、興味を失っていた、ということ?
「さて、そろそろ戦いましょうか。無駄話を続けて、増援でもきたら困りますからね」
私はオクトロアと向き合う。彼の本性は理解した。けれど、まだ、何か。
何かあるような気がする。
「キュート、いくよ」
『了解っキュ』
なら、それが何か理解できるまで。戦うだけだ。相棒と一緒に。