オクトロアの触手が、私達に向けて放たれる。魔法を使って迎撃しても良いが、相手は『模倣の魔』を持っている。手数の多さで言えば、『模倣の魔』を持つオクトロアの方が有利だ。だとすれば、私はできるだけ魔法を温存して戦った方が良い。オクトロアに魔法を使わせて、できるだけ相手の手数を減らす。それまでは耐久戦だ。
「キュート、二手にわかれるよ」
『了解っきゅ』
オクトロアによる触手攻撃の被弾をできるだけ避けるために、私とキュートは各々別の方向へと駆け出す。
妖精がいなければ、魔法少女に変身することはできない。勿論、ブラックルーイやシャイニングシンガーなどの例外はあるけど、私はその例外には当てはまらない。
オクトロアが妖精…キュートを狙う理由は十分に存在する。
つまり、魔法少女そのものである私を狙うか、魔法少女の力の源となる妖精を狙うか。オクトロアは2択を迫られることとなる。
キュートの方を狙えば、私はオクトロアに突撃する。私の方を狙ってくるのなら、全力で触手に対処するまで。そして、療法を狙う選択をしてくるのであれば。
「っよし…」
私はキュートとアイコンタクトを取りながら、触手から逃げるようにあちこちを走り回る。オクトロアの触手は、しつこく私達を追尾してきており、途切れる様子がない。
どれだけ逃げようと、しつこく追い掛け回してきて、絶対に逃がしてはくれないだろう。
逃げ続けても、ジリ貧になるだけ。そう考えれば、状況は絶望的に思える。
けれど、私にとっては好都合だった。
「キュート!」
『そろそろっきゅね!』
私は同じように触手に追われているキュートと距離を近づける。
そして、キュートとすれ違うようにして……。
「なるほど、そう来ましたか」
私のことを追ってきていたオクトロアの触手と、キュートのことを追っていたオクトロアの触手、それを交錯させ、絡み合わせた。オクトロアの触手は、互いに互いを結び付け合い、がんじがらめになって、身動きが取れない状態になっていた。
「まずは触手の無力化に成功したって感じかな。やったねキュート!」
『事前に作戦を考えておいてよかったっきゅね!』
私とキュートは、作戦の成功に思わずハイタッチをする。オクトロアを出し抜けた、その事実は確かに私達の自信へとつながっていく。だが……。
「それで私を出し抜いた、などと思われるのは、少し不愉快ですねえ。実際、この程度のことで私を追い詰められるわけがないのですから」
そう言って、オクトロアは自身の触手を切り捨てる。彼の切断された触手からは、大量の血があふれ出ていた。
血まみれの触手を抱えながらも、オクトロアは一切痛みに苦悶の表情を浮かべることはない。触手に覆われているので、彼の本当の表情が見えない、というのが正しいのだろうが。
「まあ、そうだよね。そう簡単に出し抜けるのなら、こんなことになってないもんね」
『キューティ、気を引き締めるっきゅ』
キュートに言われ、私は集中力を高めていく。
「本当に、私に勝てると思っているんですか? 愚かですね。手札を切ることを渋って、様子見でもしているつもりですか? あらかじめ言っておきますが、私が扱えるのは何も貴方達の魔法だけではないのですよ。同じ組織の幹部の魔法も扱えますし、貴方達とは別の地域で活動している魔法少女の魔法も扱えることができるんですよ。貴方がいくら少ない手札でやりくりしようと、こちらにはそれをはるかに上回る手札で、貴方を完封することすらできるわけです。勝ち目はありません。おとなしくあきらめてはどうですか?」
「悪いけど、諦めるつもりはないよ。それに、絶対に不可能なことなんてない。だって、洗脳によって、もう二度と元に戻らないと思っていた千夜ちゃんは、記憶を取り戻したんだから。奇跡は起こせる。諦めない限り、救いがあるって、私は信じてるから」
『そうっきゅね。オクトロアは常にこちらを出し抜くように立ち回っていたっきゅ。けど、それは常に完ぺきというわけではなかったっきゅ。必ず、どこかに穴があったっきゅ。千夜の事だって、完全には支配しきれていなかったんだっきゅ!』
私達の姿勢に、オクトロアから負の感情が漏れたような気がした。それはまるで、痛いところを突かれたとでも言いたげな……。
「愚かです。本当に愚かですよ。それで私を出し抜けるとでも? 貴方達は、大した人間ではない。わかりやすくて、脆い。貴方達のような単純な人間に、私の行動を評価されるのは不愉快なんですよ。評価なんて誰でもできます。自身で計画したこともないのに、さも当然のように上から評価する。愚かな支配者がよくやることです。いえ、貴方体はそれにすら当てはまらない、世間を知らない、鳥かごの中の鳥でしかない」
「不快にさせてしまったなら、ごめんなさい。でも、私達は貴方を許せない理由もある。だから、そこだけは譲れない。私は、千夜ちゃんをあんな目に合わせた貴方を許さない。キュヴァちゃんを、あんな風に、道具みたいに使いつぶした貴方達を、絶対に許さない。そこだけは、譲れないから」
私は、強い意志でオクトロアのことを睨みつける。そうだ。私は、キュヴァちゃんの死を無駄にしてはいけない。彼女は、あの子は訴えてきていた。私達を助けてほしいと。
私の手は、彼女に届くことはなかった。けど、彼女は、千夜ちゃんを救ってくれとも願っていた。なら、せめて千夜ちゃんの手だけは……。
そんな時、私の手に、何者かの手が触れる。
『いつの間に……』
一体だれが、と思い、私の手を握ってきた者の顔を見る。そこにいたのは……。
「ひぃ……! な、なんですかぁ? わ、私何も悪いことしてませんよぉ……? て、手をつないでみただけじゃないですかぁ……。な、なんでそんなに険しい顔してにらみつけてるんですかぁ? あぁ……やっぱりそうなんですね! 貴方みたいな、クラスで人気者みたいな明るい女の子って、実際は腹黒で、最低でぇ、周りに侍らせている女もぉ、不細工で固めて自分の引き立て役にするような屑ですもんね……! あ、そっかぁ。私が可愛いから、だからそんなに睨みつけているんですかぁ。自分よりも容姿が整っているからぁ、周りに侍らす女として不適切ですしぃ、なにより私といることで自分が引き立て役になっちゃうのが嫌なんですよねぇ? やっぱり腹黒ですぅ……。きっと裏で人の悪口とかいいまくってやがるんですよぉ。私にはわかりますぅ。だってそうでしょ? 光千夜のことを助けたいって言ってるのも、そうやって言い放つ自身のヒーロー性に酔ってるだけでぇ、そういう意味でぇ、光千夜のことも引き立て役にしようとしてるんですよぉ。他人の不幸を、自身の栄光に利用しようだなんて、とんだ偽善者ですぅ。あぁ、本当に気持ちが悪いですぅ。この世の邪悪を詰め込んだ、醜い人間なんですねぇ…。そう考えると、貴方の契約妖精もそうですよぉ。記憶を忘れただとか、そんな風に言い訳にしてぇ、光千夜のことを見捨ててたんですからぁ。それを今更、助けたいだなんてぇ。自分の中にある罪悪感を解消したいだけですよねぇ、自己満足でしかないですよねぇ? そもそも、キュヴァを助けられなかった時点で、貴方達のヒーロー性は否定されてるんですよぉ。助けを求めている少女を見捨てて、犠牲にして。のうのうと生き残ってる貴方達にぃ、光千夜を救いたいだなんてほざく資格はないんですよ~」
少女は、邪悪な笑みを浮かべながら、嬉々として言う。さも自分に正当性があるとでも言いたげに、悪意のこもった言葉を私達に投げかけてくる。その言葉に、オクトロアは何も言わない。
けど、意味のない言葉だと断じて、私は彼女の発言を無視する。そんなことよりも…。
「魔法が……」
私は、魔法を行使することができなかった。さっきまでも使っていなかった。けど、それは温存していただけであって…。
今は、使わないんじゃなくて、使えない。心当たりがあるのは、少女に手を掴まれた、という1点のみ。
もしかして、魔法の無効化…?
「よくやりましたねメェナさん。これで、魔法少女キューティバースは魔法を行使できなくなりました。さて、これでチェックメイトです。貴方はもう戦えない。他の仲間も、全員私に敗れました。さて、どう料理しましょうか」
『そんな…』
キュートが、絶望したようにつぶやく。
確かに、状況は詰みに近い。このまま私がオクトロアに殺されて全滅。順当に考えれば、そうなるだろう。
けど、私は。
オクトロアの行動から、彼の心理に、核心に。
なんとなく、気づいてきていた。
「オクトロア、貴方の原動力は、支配欲って言ってたよね?」
「…死の間際に、一言二言交わそうというわけですか。かまいませんが、あまり長く時間はとれませんよ。先ほども言いましたが、増援が来ては困りますからねぇ…。して、それがどうかしたのですか?」
多分、そこに偽りはない。確かにオクトロアは、支配することそのものが原動力になっているんだろう。
そして、そんなオクトロアにとって、許せないことといえば。
薬深ちゃんに固執せず、千夜ちゃんに執着していた理由。
以前はメェナという少女の発言を諫めていたのにもかかわらず、今回はメェナの言葉に肯定も否定もしなかった理由。
オクトロアが負の感情を漏れ出したように見えた理由。
それはきっと…。
「オクトロア、私はまだ、負けてないよ。だって私は、信じてるから」
「根拠なく、奇跡というやつに頼っているんですか? 夢を見るのはかまいませんが、いくらそれを想起したところで、貴方に待っているのは死のみですよ。まあ、これ以上無駄な戯言に付き合う必要もありません。さっさと終わらせましょうか」
オクトロアが唯一、敵わなかった相手。
常に余裕の態度を崩さずにいたオクトロアを、内心苦しめていた、オクトロアの天敵。それはきっと…。
「『ブラッドテンタクル』!!」
私の背後から、触手が襲い掛かる。
しかしそれは、私に向けられたものではない。
触手たちの攻撃はすべて、オクトロアに対して向けられていた。
「何を……」
「オクトロア、貴方は確かに支配欲が原動力なんだと思う。けど、貴方は支配できなかった。支配しきれなかった。たった一人の少女なのに、貴方は彼女のことを、完全に掌握することができてなかったんだよ。きっとそれが、貴方の弱点だったんだ」
オクトロアは、キュヴァちゃんの腹を貫いたとき、千夜ちゃんの反応を伺っていた。
キュヴァちゃんを千夜ちゃんの目の前で殺害したのも、きっと。
彼女を屈服させたかったから。
支配できなかった光千夜を、支配したかったから。
だとすれば…。
「幹部様。確かに私は、幹部様に好意を抱いてる。植え付けられたものなんだとしても、その感情に偽りはないよ。でも……」
そうだ。ヒントならあった。千夜ちゃんは、キュヴァちゃんに救いを与えていた。千夜ちゃんは、誰かを救う才能があった。千夜ちゃんには、悪の組織なんて向いていない、絶対的な素養があったんだ。
「幹部様、私は、私を曲げられない。だから、私は幹部様と戦う。私の信じるもののために」
きっと。
彼女の光は、どんな闇にも負けることはない。
幹部様「魔法少女支配したろ!」
ルーイ「光堕ちキャッキャ!」
幹部様「…………」