「えーと、愛結ちゃんの身を任せるっていうけど、それってどういうこと? 何か当てでもあるの?」
遊美だってまだ子供だ。愛結ちゃんを受け入れることができるだけの環境が用意できるとは到底思えない。できるとして、遊美ちゃんの両親を頼るとか、そういう話になってくるけど、流石にそれは申し訳ないし、それをするなら、私の家で事情を説明して一緒に済ませてもらった方が良いと思う。そう思って、私は遊美にたずねてみる。すると、遊美は私に対して、諭すような口調で話し始める。
「あるよ。だから大丈夫。あーちゃん…、広井愛結もまた、私の親友だから。千夜と同じように、大切にしてあげたいと思ってるよ」
遊美ちゃんの口調は優しくて、こちら側を最大限尊重したかのような声色で私に語る。確かに、遊美ちゃんは私や愛結ちゃんのことを大切に思ってくれているのは感じる。感じるんだけど、なんなんだろう、この違和感…。
「当ては、あるんだね。じゃあ、その当てについて教えてくれない? 遊美のことは信用してるけど、遊美が騙されてる可能性もあるから」
「……私ね、もう千夜の後ろについて回るだけの、弱い子じゃないんだ」
「…へ?」
「ねえ千夜、私さ、千夜がいなくなってから、どれくらい過ごしてきたと思う? ……3年だよ。私は、3年間、千夜の知らないところで過ごしてきたんだよ? 千夜が思うほど、私は幼くないし、千夜が思ってるより、私は成長してるんだよ。だから、大丈夫。私は、他人に騙されるほど愚かじゃないよ」
遊美の様子が、おかしい。私は別に、遊美の裏にいるであろう大人の人について知ろうと思っているだけなのに。どうしてこうものらりくらりと交わしてくるのだろうか。そんなにも知られたくないことなのだろうか、もしかして、やばい人? いや、でも、そんな人に私や愛結ちゃんを紹介するとは思えないし…。
もしかして、当てになる人はいないとか? でも、それじゃあ何で遊美は…。
「わかるよね。大丈夫だから。全部私に任せて」
「でも、心配だよ。私はその遊美の3年間を知らないし、愛結ちゃんだって元は私だよ? 元々私と同じ存在だったから、私そのものみたいなものだし、愛結ちゃんがどうなるか知りたいって思うのは、そんなに変なことじゃないよね? その、遊美にも事情があると思うけどさ、私もできれば事情を知りたいなーって……」
私は腰を低くしながら、遊美に頼み込むように言ってみる。そんな私のことを、遊美は冷たい視線で見つめてきていて…。
暗い顔をしながら、私にじりじりと近づいてきて。
ドンっと、壁を思いきりたたきつける。突然の遊美の行動に、私は思わず体をビクンと震わせてしまう。
「ねえ、千夜。千夜はね、何も知らないんだよ。千夜は私よりもずーっと幼いの。3年って月日は、私が大人になるのは十分な期間だった。千夜はここ3年、組織で過ごしてきたんでしょ? 組織はさ、千夜が大人として成長する環境を用意してこなかったんだよ。だって、千夜が精神的に成長して、反抗でもされたら困るから。だから、組織はとにかく千夜の知能や精神性が成長しないような環境作りを行ってきたんだよ」
物わかりの悪い子供に言い聞かせるように、いや、それよりももっと醜悪な…。
幼子をあやして、押さえつけて、自分の思い通りにしたいような、そんな圧を感じるような態度だった。
「あの、遊美…」
「千夜、大人は怖いよ。千夜は自分のこと賢いと思ってるのかもしれないけど、経験の差っていうのは大きいの。残念だけど、今の千夜は私よりもずっと子供で、幼稚なんだから。だから、私の言うことを聞いた方が良い。私の言う通りに動かないと、今の千夜じゃ、悪い大人に利用されるだけ利用されて、使い捨てにされちゃうよ」
遊美のことは信頼したい。信頼したいのに。
今の遊美は、なんだか怖い。昔の遊美と違う。私のことを親友として見ているのはわかる。わかるんだけど、でも、怖い。
どうしてこんなに恐怖を感じるんだろう。私がいない間、遊美の身に何があったんだろう。
「わかるかな? 千夜は、私の言うとおりにしていればいいんだよ。そうすれば、きっとうまくいくから。何もかも、私が丸く収めて見せるから。…ねえ千夜、怖い? でも、大人はもっと怖いんだよ。純粋で無垢な千夜を、利用しようとしてるやつらがわんさかいるの。だからね、きっと私の言うとおりにした方が、上手くいくから。わかって、千夜のためなの」
私が遊美に恐怖の感情を抱いていることに気が付いたのか、遊美の態度は物腰の柔らかいものへと変化していき、また、口調も優し気で、こちらを慮るようなものになっていく。
けど、私にとっては、その切り替えを行うことができる遊美が怖くて…。
私の中に芽生えた恐怖は、完全に払拭されることはなかった。
でも、恐怖に支配されているままでいるつもりはない。今の遊美は、明らかに様子がおかしい。どうしてそうなってしまったのか、私にはよくわからないけれど。
親友が道を踏み外しているのなら、私が正しく導いてあげないと。
「遊美、悪いけど、私は遊美の言う通りにはできない。だって、今の遊美は明らかに様子がおかしいもん。ねえ、遊美、何があったの? どうして、そんな風になっちゃったの…?」
私の言葉に、遊美はギリっと奥歯を噛み締める。私に対して攻めるような表情を見せながら、遊美は語る。
「そうだよ…。おかしくなっちゃったんだよ。どうしてこんな風になっちゃったんだろうね? ねえ、千夜。この3年間、私がどれだけつらかったと思ってる? 私がどんな思いで、この3年間過ごしてきたと思ってる?」
「へ…?」
「千夜がいなくなってから。ずっとずっとずーっとずーーーーっと。…苦しかった。私に初めて話しかけてくれた千夜が、私が他人と関われるように手を尽くしてくれた千夜が。ずっとそばにいてくれた千夜が、いなくなっちゃったんだから。…千夜はさ、きっと軽く見てるんだよね。周りの人にどれだけ好かれてたか、自覚してないんだ。ひどいよ、最低だよ。ねえ、千夜。千夜がいなくなって、それでおかしくなっちゃった人なんて、いくらでもいるんだよ? 私もそう。千夜のせいでおかしくなっちゃった。私の中の大切なもの、全部ぐちゃぐちゃになっちゃった」
「遊美…」
そっか。確かに、今まであまり重く受け止めていなかったけど、私がいなくなったことで悲しんでいる人はたくさんいるんだよね。遊美もそうだし、私のお姉ちゃんや、親だってそうだ。それに、キュートもきっと、私のことを心配してた。
その通りだ。私には、自覚が足りなかった。私がいなくなって悲しんでいる人がいるなんて、頭の片隅にはあったけど、私の頭はただ、光堕ちに支配されていて。
残された人たちのことは、見ないようにしていた。
だからこそ、私は遊美に言われた言葉に、言い返すことができないでいた。
「…千夜、わかるよね? 私だって、こんな風な接し方、千夜に対してしたくなかったよ。でも、安心して。私は私なりに、答えを見つけたから。……ね? だから、お願い。あーちゃんに関しては、広井愛結に関しては、私に任せて。不安なんだ。だから、私の手でなんとかしたい。ねえ、わかってくれるよね?」
そうだ。遊美の言葉は、正しかった。確かに、私は誰かに好かれているという自覚が足りていなかったし、そのせいで私を好いてくれている人のことをないがしろにしていた。
そうだ、その通り、なんだ。
私は確かに、最低なことをしていて。家族や友達の事、蔑ろにするような行動をとっていた。
その通りなんだ。その通りなんだけど。
「怖がらせたのはごめん。でも、私は千夜の事、大切に想ってるから」
でも、違う。
「ごめん、遊美。私は、遊美の手を取れない」
「っ!」
「私が置いて行ってしまった、残して悲しい思いをさせてしまった人たちのことは、ちゃんと責任をとるよ。でもね……」
愛結ちゃんはきっと、光堕ちのために全力を尽くしていたいと思う。
私と同じ存在のはずなのに、愛結ちゃんは、光堕ちができないと死んでしまうような、それくらい自分の軸に光堕ちを据えているように思える。
彼女はきっと、軽い気持ちで光堕ちしようとしているわけじゃない。
死んでも光堕ちしたいって思いで生きてるんだ。
だったら、私にその思いを邪魔する権利はない。
だから、私は……。
「遊美には協力できない」
私はきっぱりと。親友に対して、決別の言葉を告げる。
私の言葉に、遊美はひどく動揺した様子だったが、すぐにキリっとした表情を取り戻し、対面する私の顔を睨みつける。
「そっか。なら、千夜。私は、千夜の事、力ずくでも従わせてやるから。夜風、魅夜。協力して。私達の目的のために、戦って」
「りょーかーい。やっぱ力ずくが一番だよね。復讐、ってのはさぁ」
『ハトッポ―!』
「あの、なんで先輩と……? もしかして、誤解があったんですかね? 落ち着いてください先輩! 誤解です! 私達は先輩のために……!!!!」
私の前に、二人の少女が立ちふさがってくる。
彼女たちは変身し、魔法少女として、私と戦闘を行う準備を整えている。
「まあ、仕方ないか……。いいよ、かかってきなよ。この私、ナイトルーイが、まとめて相手してあげるからさ。二人まとめて、私がK.O.させてあげるよ」
私は、余裕綽々の笑みを浮かべながら、二人に高らかに宣言する。
さてさて、魔法少女ナイトルーイの力、とくと味合わさせてさしあげましょうか。
なんちゃって。