私達は、いつの間にか混沌と化していた戦場から消え失せてしまった千夜の存在に気付き、彼女が連れ去られてしまった可能性を危惧し、ヒンナにそのことを告げた。
ヒンナはその事実に、明らかに動揺したような表情を見せる。
私は、そんなヒンナに、千夜のことを助けに行くように提案する。
私がヒンナに千夜を助けに行こうと訴えるすぐその隣では、妖愛がイコルと会話を交えていた。妖愛が連れてきた魔法少女は、イグニスのことを警戒しているのか、彼に張り付いていた。
「大体の目的は聞きました。自殺願望のあるヒンナさんを、なんとか思いとどめようとして、彼女の”未練”を刺激しようとした。ただ、どうしても看過できないことがありまして」
妖愛は、キッと敵意を滲ませたかのような視線をイコルに向ける。
「そのために、千夜ちゃんやキュヴァちゃんが犠牲になろうと構わない、貴方はそう考えていましたよね?」
妖愛は攻めるようにイコルに問いかける。そんな妖愛に対して、イコルは悪びれる様子もなく、淡々と答える。
「僕は元々、ブラックルーイに肩入れしているわけでも何でもない。組織に利用された彼女がどうなろうと、ましてや元々組織が生み出したであろうキュヴァがどうなろうと、僕の知ったことじゃない」
ひどく冷たく、突き放すような声色でイコルは告げる。きっと、それは嘘偽りのない本心なのだろう。
イコルは、結構割り切った性格をしているんだと思う。組織に拉致され、利用されているブラックルーイを哀れに思い、可哀そうに思う心はあるし、痛める心もある。しかし、それはそれとして、自身の目的のためにそんな存在を切り捨てる。それだけの割り切り方を、イコルはできるのだ。
それは、私に対しても同様なのだろう。イコルは、私が死ぬことも許容している。それでヒンナが生きながらえるのなら、喜んで私の命を差し出すことだろう。
「幹部イグニスは、おそらくどさくさに紛れてキュヴァちゃんを本気で始末することすら考えていたはず。それを貴方が見抜けなかったはずはありません。貴方は最悪、キュヴァちゃんがイグニスによって殺されても構わないと考えていた。そこに間違いはありませんか?」
「最初から否定していないだろう。僕はヒンナのために、他を切り捨てるつもりでいたんだから。実際、命の価値が違うだろう。ヒンナは組織の幹部だ。組織のモルモットでしかないブラックルーイ達とは、明確に立場が違う」
「っ!」
妖愛が怒りを滲ませながら、イコルにつかみかかろうとする。けど、それを止めたのは、イコルの近くにいた湿島だった。
「申し訳ないのですが、イコル様に手出しはさせません」
私自身、イコルに対する恨みはなかった。
元々、組織の幹部のことはそこまで信用していなかったし、ルーイに助けられなければ、誰のことも信用していなかっただろう。だから、イコルの行動に対して、私はそこまでショックを受けているわけではなかった。
ただ、今後はもう少し警戒しながら接触する必要があるだろう。少なくとも、私1人で関わるべき相手ではない。
「今、ここで僕と争っている場合じゃないだろう。助けに行かないといけないんじゃないのか?」
「それは……」
「イコル様は、常に天秤にかけているだけです。そこに悪意はありません。ただ2択を並べて、どちらがより最良の選択か、それを考え、決定し、行動しているだけなのですから」
明確な敵、というわけではない。ただ、利害が一致しなければ敵対することもあるというだけの話だ。個人的に私に敵意を抱いているイグニスと違い、今すぐどうこうしないといけない相手ではない。
「妖愛、今は千夜のことを優先しよう。イコルの言う通り、今ここで彼と争っている場合じゃない」
『なあ妖愛、ここは冷静になれよ。数少ない友達に危害が加えられそうになって、不快な気持ちになってるのはわかるけどよ…』
「数少ない…?」
『あ、やべ。ち、違うぞ妖愛。別にお前が友達少ないって言ってるわけじゃなくてだな……。ほ、ほら、親友ってやつだよ! 友達はたくさんいるけど、親友ってそんないっぱいいるもんでもないだろ? だから、そんな数少ない親友が危害加えられそうになって不快だったんだなって思ったんだ!!』
「……。誤魔化そうとしているのが見え見えですね。私ってそんなに安っぽい女に見えますか? ったく最近私の扱い方を心得たかのようなつもりになっているのが腹立たしいですね。一旦おやつ抜きにしますか」
『ちっくしょー!! 今のだめなのかよ!! 結構頑張って回避した方だろ!!』
「その程度で私を欺けると思ったら大間違いです。まあ、せいぜい私がおやつを頬張る姿を羨ましそうに、涎を垂らしながら悔し涙を浮かべて眺めているといいんですよ」
『へ、へん! ぜんっぜん悔しくないぜ! おやつなんて太る原因にしかならねえからな! ま、オレの分まで十分に肥えてくれや。オレは健康的な食生活を楽しんでおくからよ!』
「くっ……!」
イコルと争うのは最良の選択ではないと、私とスマイルが妖愛に説得しようとしたところ、スマイルの発言が妖愛の何かしらに触れてしまったらしく、しばらく言い合う両者だったが、それはいつも見ていた光景でもあった。
イコルへの怒りは、ある程度収まった、ということだろうか。
「はぁ……。まあ、とりあえずわかりました。確かに、今彼と敵対しても何も良いことはありませんから。それで、千夜ちゃんを助けるうえで、まず彼女がどこへ連れ去られてしまったのか、というところから話していきましょうか」
どうやら妖愛は冷静になってくれたらしい。騒動を起こした元凶であるイコルに対する怒りは、一旦保留にすることにしたみたいだ。
『その件について、ぼくの考えがあるんだけど……』
ようやく千夜を助け出す算段について考え出すフェーズになってきたところ、これまで口を開かなかった妖精のラフ君が口を開く。
「どうしたの、ラフ君」
『まず、戦場には夕音の娘である、夏場夜風が来てたんだ。それで、ぼくが見たとき、千夜ちゃんが最後に戦ってたのは、彼女だったんだよ』
「夏場夜風というと?」
「魔法少女サマーハリケーン、ね。夕音の娘、それも、幹部マインドライフとなった後に生まれた娘よ」
疑問を漏らす妖愛に対して、補足するようにヒンナが言う。夏場夜風、私は彼女のことをそこまで知っているわけではないが、彼女がここに来ていた、というのは何となく認識していた。千夜が彼女と直接話していた場面も見ていたから。
「それで、その夏場夜風が来ていたということと、千夜ちゃんの行方に何の関係があるんですか? 仮に夏場夜風が千夜ちゃんを攫った張本人であったとして、千夜ちゃんの居場所がどこか特定できるものなんですか?」
妖愛はどこか期待したかのように問う。実際、ラフ君が千夜の居場所を知っているのではないかと、ラフ君の口ぶりから何となく私もそう感じていたため、妖愛に続いて、私もまた、期待の込めた眼をラフ君に向ける。が。
『ごめん。そこまではぼくもわからないんだ』
結局、ラフ君にも千夜の居場所は特定できていないようだった。けど、ただ特定できていない、というだけの話ではないらしく。
『でも、心当たりはあるんだ。本当にそこに逃げ込んでいるのかどうかはわからないけど、でも、可能性はあると思う』
ラフ君は続けて語る。
夏場夜風は、元々組織で生まれ、幼少期を組織で過ごしてきた子であると。
あるときに組織から抜け出したらしいが、しかし、子供が逃げ隠れできる場所など限られている。そして、彼女と共に組織を抜け出し、行動を共にしていたのは……。
「なるほど、ドーンとメェナね。要は、そいつらが隠れ家として利用していそうな場所。そこを探れば、もしかしたら……」
『候補は何か所かあると思うけど、多分、ここから一番近いのは……』
そう言いながら、ラフ君は地図を取り出し、ある1か所、1点にペンで丸をつける。
『ここ、じゃないかな』
こうして私達は、支度を終え、その場を後にする。
私自身は戦闘に参加できないとはいえ、イグニスがいる以上置いていくという選択はできなかったのか、妖愛に護衛してもらいながらついていくことになった。
「さて、それじゃあ助けに行くとしましょうか」
「うん。そうだね」
私にできることは少ない。けど、それでも思うことはできる。
救いたい、そう思ってくれるだけで、救いになることは、私自身が身をもって体験している。
だから私も、思う。
力がなくとも、千夜を助けたい。
かつてルーイが私にしてくれたように、私も。