「『ブラッドフィッシュ』」
手始めに自身の手をナイフで突き刺し、流れ出た血を利用して魚を作り出す。この魚は、一匹一匹が爆発する作用を持っている。当然、幹部様は『ブラッドフィッシュ』を正面から受けるつもりはないらしく、自身の触手を展開して、最小限の被害に留めようとする。
さて、手札においては、幹部様の方が上回っている。俺の方が一つ一つの魔法を大事に扱わなければならない。よって、今回はなった『ブラッドフィッシュ』もできるだけ幹部様に被弾させておきたかった。
「『
だからこそ俺は、魔法によって幹部様の視線を一点に集中させる。これによって、幹部様は迫りくる全ての『ブラッドフィッシュ』を認識することができない。触手を動かすことはできるが、それだけだ。がむしゃらに触手を振り回しても、周囲に視線を向けることができないため、『ブラッドフィッシュ』の攻撃を全回避するどころか、撃退することすら難しいだろう。
「その、魔法は……」
幹部様が驚いたような声を漏らす。当然だろう。この魔法は、本来俺が持っていたものではないのだから。
「ジェネちゃんの力、使わせてもらうよ」
「ジェネシスの仕業ですか……余計なことを」
幹部様が軽く舌打ちをする。ジェネちゃんの魔法が俺に譲渡されていたことを知らなかったのだろう。幹部様は俺の全てを把握していてもおかしくはないと思っていたけど、どうにもそういうわけではないらしい。
認識していることと、認識できていないことがあるのだろう。
あるいは、ジェネちゃんが俺に何か残してくれていたのかもしれない。幹部様にばれないように、幹部様が俺から入手できる情報に制限をかけていたのかもしれない。
「幹部様、ジェネちゃんのことを支配できるって言ってたけど、それはどうだろうね。私の存在関係なく、きっとジェネちゃんは幹部様にただ支配されるだけの存在ではなかったと思うよ」
「そう考えますか。いえ、間違いなく、貴方の影響ですよ、ルーイさん。貴方がいなければ、今頃幹部ジェネシステネーブルは私の支配下でしたから」
幹部様を説得できないか、”支配欲”にこだわらない道を示せないかと思って言葉を投げかけてみたが、幹部様は考えを曲げることはないらしい。あくまでも俺がいなければ組織を支配できた。支配できなかったのは俺の存在だけだと、そう考えているらしい。
俺がいなくても、幹部間の関係は、きっと支配だけの関係性で終わるわけじゃなかったと思う。けど、幹部様は支配で終わる関係性しか想像できていなかったのかもしれない。
幹部様の説得は厳しそうだ。
「視線を固定し、『ブラッドフィッシュ』を全弾私に命中させる。確かに、『模倣の魔』によって手数に困らない私に対して、数少ない魔法で対抗すると考えれば、有効な手段ではありますね。ですが……」
幹部様は余裕の態度を崩さない。『ブラッドフィッシュ』を全弾命中させられても困らないのか、全て回避する自信があるのか。それとも……。
「幹部様」
「ルーイさん、すみませんね。できれば、貴方とは正面から向き合って戦いたかったのですが。『インビジブルマスカレード』」
幹部様が呟いた瞬間、幹部様の体が透明になっていき、消えていく。
『インビジブルマスカレード』。これはおそらく、自身の正体を隠す魔法なんだろう。つまり、幹部様は今……。
「透明触手幹部ってことぉ!?」
幹部様の姿が見えなくなる。そのせいで、俺の『ブラッドフィッシュ』も、上手く狙いが定まらない。
幹部様は、『ブラッドフィッシュ』を自身に命中させるつもりも、すべて回避するつもりもなかったんだ。
透明化して、俺がすべての『ブラッドフィッシュ』が外れると、そう踏んでいたからなんだろう。
けど……。
「動かし続ければ、一発は被弾するはず。量を増やして、血をもっと出せば……」
『ブラッドフィッシュ』の量を増やせば、その分幹部様の逃げれる範囲は狭まるし、透明化しているとはいえ、実体がないわけではないはず。つまり、1つ2つくらい命中したっておかしくはないはず。
そう思い、俺は『ブラッドフィッシュ』を操作し続けていたが……。
「『グレート・デストロイヤ-』」
幹部様が唱える。瞬間、まばゆい光が辺りを包み込んで……。
「うわっ……!」
俺の用意した全ての『ブラッドフィッシュ』が、幹部様の使用した『グレート・デストロイヤー』によって破壊されつくし、1つも爆発することなく消滅した。
「ふぅ。『模倣の魔』があってもなお、完全再現が難しく、制御もままならないので、できれば使いたくはなかったのですが……。状況が状況ですので仕方ありませんね」
幹部様が今使ったのは、師匠の魔法だ。
師匠の『グレートデストロイヤ-』は、アジト1つを破壊するほどの威力だったが、幹部様のそれは周囲を破壊しつくすだけにとどまっていた。幹部様は今さっき、『模倣の魔』があってもなお、完全再現が難しいと言っていたし、キュヴァちゃんもそうだけど、師匠の魔法は規模感が違いすぎて完全模倣が難しいのかもしれない。
「師匠の支配も難しいんじゃないかな、幹部様」
「師匠、ああ、ヒンナさんのことですか。いえ、特に問題ありませんよ。ヒンナさんの火力は侮れませんが、まあ、言ってしまえばそれだけですので……。ふむ……。そうですね。せっかくですしヒンナさんシリーズで行きましょうか」
そう言って、幹部様は、今度はこちらの番だと言わんばかりに俺に向かって迫ってくる。
やっぱり幹部様のスタンスを崩すのは厳しそうだ。意地でも曲げそうにない。
残念だけど、幹部様と戦うことは避けられないみたいだ。
さて、『ブラッドフィッシュ』は無効化された。こちらの使える手段は限られている。
『ブラックハンド』は、一度ホワイトポイズナーを自分自身の触手から守るために使ってしまったし。
いくらジェネちゃんから貰った魔法があるとはいえ、依然不利な状況であることに変わりはない。
俺は、こちらに向かってくる幹部様の攻撃に備える。が……。
「『フロート・フルバースト』」
幹部様が唱えた途端、幹部様がこちらに迫ってくる勢いが加速していく……。見れば、足元から勢いよく炎が飛び出ていて、原理は不明だが、足元のそれで加速していることは間違いなさそうだった。
「はっや……!」
俺は幹部様の勢いに思わず動揺する。同時に、幹部様は触手を俺に向けて放ってきた。
流石に加速しながらの触手攻撃に対して魔法なしで対処するのは難しい。
俺は『闇の炎』で幹部様の触手を相殺する。が、幹部様がこちらに向かってくる勢いは殺されていなかった。
「『デストロイ・デストロイ・デストロイ』」
その勢いのまま、幹部様は何かを唱えながら、左手を俺に向けてくる。流石に食らってしまうとまずそうだ。そう思った俺は、全力で横合いに飛び込む。思いっきり床を転がり込むが、幹部様自身も勢いよくこちらに向かっていたために直進以外できなかったのか、そのまま後方にあった壁に激突した。
「うっ……!」
幹部様が壁にぶつかった瞬間、地面が大きく揺れる。
壁は大きくひび割れ崩れ去り、その亀裂は床にまで及んでいる。そのことから、当たればひとたまりもないということは明らかだった。
「……。やはり、ヒンナさんの魔法は脳みそ筋肉すぎますね。元々の魔法の威力がかなり高いので、『模倣の魔』によりある程度弱体化しても威力は申し分ないのですが……。制御が効きにくいのがネックですし、魔法が少し馬鹿らしい呼称なのがどうにも………ですねぇ……」
幹部様は少ししょんぼりしたかのような様子でポツリとつぶやく。その様子を見て、少しかわいいな、なんて思ってしまう時点で、幹部様に植え付けられた好意は完全に俺の中に定着してしまっているんだろうなと感じる。
ただ、別にその感情を否定するつもりもない。俺の中にある幹部様の好意に、嘘偽りはないから。
「師匠シリーズはもう終了?」
「ですね。ヒンナさんの魔法は、ヒンナさん自身でないと使いにくいのかもしれないですね」
師匠、なんだかんだで唯一無二の性能をしているのかもしれない。『模倣の魔』でも模倣しきることができないというのは、ある意味ミステリアスを自称する師匠に相応しいのかもしれない。
「さて、仕切り直しといきましょうか」
そう言って幹部様は俺に再び向き合う。幹部様の戦意はそがれていない。
でも。
幹部様はまるで、師匠の魔法を試すかのようにして戦っていた。『模倣の魔』は元々キュヴァちゃんが持っていたものだし、幹部様はまだ、十分に『模倣の魔』を使いこなせていないのかもしれない。
確かに、手数では不利だ。けど、絶対的に勝てないというわけではない。
「幹部様、いいよ。全力で相手するから」
俺の言葉を聞いたからか、幹部様は小手調べと言わんばかりに、一本の触手を差し向けてくる。当然、ただの一本の触手に貴重な魔法を消費するわけにはいかない。
俺は、自傷用のナイフを利用して、一本の触手を切り落とす。
「ほう、武器を用いるわけですか」
「元々、攻撃のために用意したわけじゃないんだけどね~」
自傷用のナイフではあるが、ある程度の切れ味はあるし、魔力もある程度込めてある。攻撃用に使えないこともないだろうと思って試しに使ってみたが、幹部様の触手を一本切断するくらいには使えるみたいだ。
なら、できるだけ魔法を節約するために、ナイフを活用して戦っていくことになるかもしれない。
「しかし、ナイフ一本で対処できるほど、私の触手は甘くありませんよ?」
言って、幹部様は複数の触手を用いてこちらに攻撃をしかけてくる。俺は一本一本、手に持ったナイフで触手を切り落としていく。が、先程の小手調べと違い、複数本の触手が相手だ。全ての触手をナイフで切り捨てることは不可能に等しい。
「わー大変だ―!」
「さあ、どうしますか?」
魔法はできるだけ使いたくない、かといって、ナイフだけで対処するには限界がある。だとすれば、俺がとる手段は…。
「いっけー! 触手達!!」
俺は幹部様に植え付けられていた自身の触手を利用する。先程までは暴走して制御の効かない状態だったが、今は自由自在に、自身の意思で操ることができるようになった。
「なるほど、そう来ましたか」
幹部様の方が操る触手の数は多い。が、それでも俺にはかなりの数の触手が植え付けられている。この触手を利用すれば、幹部様の触手攻撃に対抗することくらいはできる。
俺と幹部様の触手は、互いに互いを攻撃しあっている。幹部様の触手の方が本数は多いため、たまに俺の体に向かって触手が数本やってくることはあるが、手元にあるナイフで十分対処することのできるレベルのものだ。
つまり、戦況は拮抗している状態。若干幹部様の方が優勢なのかもしれないが、この状況を維持し続ければ、急激にこちらが不利になることはないし、触手だけで戦い合う以上、決定的な一撃は互いに入れることができないだろう。
とすれば、勝敗を決するのは魔法だ。触手同士での打ち合いを行いながら、相手に魔法攻撃を打ち込むことができた方が勝つ。
俺と幹部様とにらみ合いながら、魔法を打ち込むタイミングを伺う。向こうの触手の数の方が多い以上、こちらが若干不利ではある。だから、幹部様の方が余裕があるし、幹部様側から仕掛けてくるのを期待するのは難しいだろう。
とすれば、ベストなタイミングを伺って、こちらから魔法で攻撃を仕掛けるほかない。
といっても、幹部様はこちらの考えくらい理解している事だろう。
幹部様を上回ろうと思ったら、幹部様の意表を突くことが必要となってくる。
幹部様を出し抜く、そのためには…。
考えてみよう。
幹部様は、基本的に危ない橋を渡ろうとはしない。
賭け事やギャンブルだってすることはないだろう。幹部様は、誠実に、着実に業務を行うタイプの性格のはずだから。
賭けに乗るとしても、それはここ一番の大勝負という場面でだけのはず。
幹部様の基礎的な立ち回りは、安定行動。
なら。
「幹部様、仕掛けさせてもらうよ」
俺は、幹部様の触手と戦い合わせていた自身の触手を全て引っ込め、自身の周囲付近に結集させ、そのまま幹部様に向かって突撃する。
「なるほど。触手を全て防御に回し、特攻する作戦ですか。確かに、このままあの状況を継続させていた場合、勝つのは余裕のある私になるでしょうからね。仕掛けるならば、ルーイさんからだと思っていましたよ」
幹部様は俺の行動を読んでいたとばかりの口調で語る。余裕綽々の態度は、崩れる様子がない。
だが、俺はそんな幹部様の様子を見ても怯むことなく進み続ける。
「しかし、防御のために触手を結集させているということは、逆に、貴方の触手をまとめて私に破壊させる機会を提供するということでもありますからねぇ」
つまり、触手を攻撃に使っていれば、ある程度触手は分散するし、幹部様の魔法で一網打尽にされることはない。だが、防御のために自身の身に集めることによって、一か所に集中した触手を、幹部様の魔法で一気に潰されてしまうリスクが生じたということ。幹部様の安定思考からすれば、触手を一気に失うということは、それ以降の戦闘において、自身が不利に陥る状況を作り出すことに繋がる。幹部様にとっては、ギャンブルもいいところな選択だ。だから、これは賭けだ。これが決まらなければ、俺は幹部様の持つ無数の触手によって、簡単に敗北へと追い込まれることになってしまうだろう。
「
ここで決めなければ負けるのだ。出し惜しみはしない。俺は全力を尽くす。
「『ドラゴンバースト』」
幹部様の魔法により、巨大な炎の龍が登場する。炎でまとめて触手を焼き尽くすつもりなのだろう。
幹部様は、勝ちを確信している。このまま炎の龍で俺ごと触手を貫いて、それで終わらせるつもりなのだろうか。
なら、こちらも幹部様の想像を越えていかなければならない。
「!? 何を……」
俺は自身の身を守るために固めていた触手を、全て周囲へ分散させ、無防備な体をさらけ出す。
触手があれば、炎の龍による即死は避けられただろう。だが、触手を防御機能として運用しないと決めた今、炎の龍による即死の可能性は否定できない。
だから、これは賭けだ。幹部様を出し抜くための。
「幹部様……勝負だよ!」
恐怖心は捨てた。うまくいかなければ死ぬだけ。
大丈夫、光堕ちはまだ済んでない。
俺が死ぬための理由は、存在していない。
俺は、光堕ちを果たすまでは死なないのだから!
「愚かですよ、貴方は!」
幹部様は全ての触手を用いて、俺へと攻撃を加える。ああ、そうだ。俺は本気で、死すら覚悟する勢いで幹部様に挑んだ。
その意志に、偽りはない。
けど。
俺は何も、確率の低い賭けにベットしたわけではない。
そうだ。先程まで俺は、賭けるしかないと思っていた。
けど、そうじゃない。そう思い込んでいただけだったんだ。
幹部様を騙すために、俺は自身すら欺いていたのだから。
幹部様を倒すための決定打。それは。
「『
「まさか……」
『
元々、触手に使って幹部様と触手で争い合わせる形で使う予定だった。が、不確定要素が多かったのも事実。
ここで幹部様が炎の龍を呼び出してくれたのは、助かったかもしれない。
だって、確実に炎の龍は、『
俺の使った『
「くっ……」
幹部様は、『模倣の魔』を利用して、複数の魔法を繰り出す。が、炎の龍の勢いはとまらず、幹部様の魔法を殺しつくし…….。
幹部様はそのまま、炎の龍によって炎につつまれた。
幹部様との最後の戦い。
その決着のカギとなったのは。
幹部な叔母の残した、魔法だった。