「千夜ちゃん!!」
幹部様の触手に引きずられていく俺の姿を見て、キューティが手を差し伸ばしてくる。
幸い、幹部様も消耗しているのか、俺の体を掴みこんでいる触手以外は数本の触手しか存在していないため、先程までの脅威は失われていた。
つまり、消耗しているキューティでも、十分に戦うことはできる。だが……。
「『茨』」
幹部様には『模倣の魔』がある。多種多様な魔法を扱えるというのは、それだけでアドバンテージになるし、比較的手札の少ないこちら側が不利になるのは変わらないのだろう。
「くっ……」
『オクトロアの”模倣の魔”、厄介っきゅね……。けど、オクトロアもさっきまでの戦いでかなり消耗してるっきゅ! 勝てない相手ではないっきゅ!』
「うん。そうだね」
それでも全く絶望する気配のないキューティバースは、流石といったところか。まあ、それくらいの精神じゃないと魔法少女になって街を守ろうとは思わないか。
さて、キューティに任せているばかりじゃあれだし、俺も俺なりに抵抗しようかな。
といっても、魔力にはそんなに余裕ないから、できることといえば、自傷用のナイフで俺の体を拘束している触手をザクザクと刺し続けることくらいなんですけどね。
「っ……」
幹部様の方を見ると、なるほど、やっぱり、余裕はないわけだ。俺が触手にナイフを刺し込んでいるだけでも、幹部様にとっては不都合らしい。
「困りましたね……。もう少し早期で決着を付けに行くべきでしたか…」
幹部様には余裕がない。それは誰が見ても明らかだった。
今なら、声も届くかもしれない。
「幹部様! 私、幹部様と話がしたくて……!」
「話すことなどありませんよ。それはさっき結論付けたことでしょう。何を今更話すというのですか?」
「お互いに、いい道を探し合うことだってできるはずだよ!! 一旦お互いに冷静になって……」
「無理ですね。私は頑固ですから」
俺の言葉を、幹部様は一切聞き入れる様子がない。
どれだけピンチに陥ろうと、幹部様は己がこうと決めた道は曲げないタイプらしい。
仕事ができるイメージがあったから、もっと柔軟に対応してくれるのかと思ってたけど。
幹部様は、強い芯のある目的に基づいた行動の結果、それに関連する業務をそつなくこなすことができたというものであり、本質的には頑固者なのだろう。
だとすれば、いくら俺が説得しようとも、もう幹部様には届かないのかもしれない。
「っ……」
「……ルーイさん、貴方のそれは、私に対する慈悲でしょうか? なら、今すぐやめていただきたいですね。不愉快なんですよ。私にとって、貴方の行動すべてが。私は、ルーイさんに対して何の感情も抱いていません。強いていうなれば敵意、でしょうか。ですから……」
言いながら、幹部様は懐からリモコンのようなものを取り出し、それを操作する。すると、幹部様の背後の床が大きく動き出し、やがて巨大な穴が出来上がっていく……。
「これ、は……」
「組織のアジト、その入り口です。ですが、普通に入ることはできませんよ。この穴は深いですからねぇ。落ちれば、ひとたまりもないでしょう」
幹部様はそう俺に告げながら、一歩、また一歩と穴の方へと足を進めていく。それにつられるようにして、俺の体も幹部様と共に一歩、また一歩と穴の方へ足を進めてしまう。
まさか……。
「私は負けず嫌いなんですよ。ですから、貴方に勝ち逃げなんてことはさせませんよ」
幹部様は、俺ごと穴に落ちるつもりなんだ。俺に敗北する。その展開をさけるために、俺を道連れにするつもりなんだろう。
流石に道連れにされるわけにはいかない。俺はそう思って、ナイフで幹部様の触手を何度も刺す。が、幹部様の触手は中々俺の体から離れようとはしてくれない。それどころか、幹部様は残っていた数本の触手も俺の体に巻き付け始めた。
何が何でも俺を道連れにしたいらしい。
「やっば……」
触手の拘束は強固で、外れそうにない。このままじゃ、幹部様の狙い通り俺は奈落の底にまっさかさまに落ちてミンチになってしまう。光堕ちする前に地面に落っこちてしまうわけだ。
それはまずい。
俺は必死になって幹部様の触手をナイフで切り付ける。けど、切り付けても切り付けてもキリがない。
そんな時だった。
「千夜!!」
そう言って、俺の体に抱き着いてきたのは…。
「あ、お姉、ちゃん……」
魔法少女シャイニングシンガーこと、光聖歌。光千夜の、姉だった。
「今度は、見捨てない。もう二度と、手を離したりしないから」
お姉ちゃんはそう言って俺に抱き着いて離れようとしない。お姉ちゃんが俺の体に抱き着いても、幹部様が触手を引っ張る力は弱まる様子はなかった。
「なんで、お姉ちゃんも道連れになっちゃうよ? 引っ付いたって、なんの意味も」
「……だからって、私は二度も妹を見捨てるつもりはないわ。そんな選択をとるくらいなら、死んだ方がマシよ。私はもう、二度と千夜を手放したりはしない」
お姉ちゃんは、そう言って俺の体を抱きしめる力をさらに強めていく。
力強い抱擁に、お姉ちゃんの意思は、それほど強く硬いのだと思い知らされる。
そして。
「聖歌!!」
お姉ちゃんに続くようにして、魔法少女キューティバースもまた、俺の体を引き留めようと、お姉ちゃんの体に抱き着いて、引っ張り出す。
「苺……」
「聖歌、言ったでしょ。私は聖歌の親友なんだから。少しぐらい頼ってよ」
「……そう、ね。ありがとう、苺」
そんなキューティに続くようにまた、薬深ちゃんやリーベル、そしてスターチスも続いてくる。
「これ以上オクトロアの好きにはさせない」
「いい加減魔法少女も飽きたでしょ! 終わらせてあげるわ」
「あの時助けてもらった恩、まだ返せていないから」
幹部様の俺を引きずる力が、少しずつ弱まっていく。いや、弱まっているんじゃない。
魔法少女達が、お姉ちゃんたちが。俺から幹部様を引きはがそうとしている力が働いているんだ。
「なるほど、そう来ましたか、ですが、そう簡単に終わるわけにはいかないんですよ、こちらも」
そう言って幹部様は、こちらに向けて魔法を放ってこようとする。
だが、幹部様の魔法がこちらに届くことはなかった。
なぜなら……。
『これ以上お前の隙にはさせないっきゅ!!』
『私達には私達なりにやれることがありますの』
妖精のキュートとレディが、幹部様に向かって直接突撃をかましていたのだ。
幹部様はキュートとレディに翻弄され、魔法が出せないどころか、こちらを引っ張る力も弱まってきていた。
「こんな、ことで!」
珍しく幹部様が焦ったような声を出す。その様子を見て、薬深ちゃんが俺の方を見て、一言、言葉を発する。
「ナイフを貸して。私がトドメを刺す」
それは、提案のように見えて、ただの形式上の許可取りに過ぎなかった。薬深ちゃんは言葉にした後、すぐに俺の懐からナイフを取り出し、幹部様の方へと突撃していく。
もう、だれにも止められない。
そっか、これで、もう。
「オクトロア!!」
薬深ちゃんが手に持っているナイフが、幹部様に深く突き刺さる。
キュートとレディの協力もあって、幹部様は自身の身に深く突き刺さるナイフを跳ねのけることができない様子だった。
『これで…』
『終わりっきゅ!!』
最後の一押しとばかりに、キュートとレディが触手を引きちぎり、そして。
幹部様の体は、既に大穴の一歩手前まで進んでいたのだろう。
先程まで俺を引っ張ることに使っていた力は、そのまま幹部様が大穴へと落ちていくためのエネルギーとして使われ。
そのまま、幹部様は大穴の底へと落ちていった。
俺の体に引っ付いていた触手は、きれいに俺の体からするりと抜け落ちるようにして地面に落ちていて。
魔法少女達は、幹部オクトロアを倒すことができたと、どこかうれし気な様子だった。
「ようやく、終わったのね」
「うん、そうだね」
そっか。
俺の光堕ちは、たった今達成されたんだ。
光千夜を洗脳していた幹部は討伐され、光千夜の方も、洗脳は解けているし、姉との再会も果たしている。
これ以上ない、きっと、ここが俺の終着点なのだろう。
それはわかる。けど、まだ俺には心残りがあった。
「ねえ、魔法少女キューティバース。最後に一つだけ、わがままをきいてもらってもいい?」
俺は地面へと降り立つ。辺りは少し薄暗く、機械的で。
きっとここで、何かの研究でも行われていたのだろう。
そんな場所の、入り口付近。
扉のすぐ横に、寄りかかるようにして座り込んでいる男が、いた。
「……幹部様」
幹部オクトロア。先程大穴に落ち、死んでしまったかのように思えた、触手の人型幹部だ。
幹部様は、まだ生きていた。大穴の底で、ひっそりと息をひそめながら。
だから俺は、キューティに頼み込んでここまで下ろしてきてもらったのだ。正直、もう魔法少女に変身するだけの体力は残っていなかったから。
「ルーイさん、ですか。しつこいですね、こんな場所まで追ってくるなんて」
「幹部様は色男だからね。女の子のストーカーの1人や2人くらいいたっておかしくないんじゃないかな?」
俺は軽口をたたきながら、幹部様の傷の様子を見る。
「何をしているんですか?」
「………別に、なんでも」
「……貴方のその好意は、植え付けられたものです。私を助けようと思っているのなら、それは貴方に植え付けられた好意から来ているものなんですよ」
そうなのかもしれない。けど、でも。
「今幹部様のことが好きなのは本当だから。だから、それだけでいい」
俺は、自身に植え付けられていた触手を幹部様の方に移植する形で、幹部様の治療を行おうとする。けれど。
「みじめなのでやめてください」
幹部様は、そんな俺の治療を全力で拒む。
「でも……!」
「私はすでに死の準備を進めています。これ以上延命させられても困るんですよ。それに、私に最後まで恥をかかせるつもりですか?」
幹部様の死。それは受け入れられないし、できれば回避したい。けれど。
幹部様のプライドだって、尊重してあげたい。俺が幹部様を助けてあげたいと思うことで、幹部様の矜持を、生き様を否定することになるのだとしたら。
俺は、幹部様を助けることすら、許されないのかもしれない。
「幹部様…。なら、最後に少しだけ、話してくれませんか?」
幹部様は死を受け入れていて、それを助けることも許されないのなら。
せめて、最後に言葉を交わすくらいは許してほしい。だって、どれだけひどいことをされようと、俺は幹部様のことが好きなんだから。
「別に構いませんが、私は貴方に好意を抱いていませんよ。そんな相手と会話を交わして何になるというんです?」
「いい、それでもいいんですよ。私が幹部様のことが好きなのは、事実なんだから」
「それも私に植え付けられたものですよ。私が死ねば、なくなるものです。そうですね。私が死んだあと、貴方は私を嫌悪することでしょう。つまり、貴方は私に支配されていた、というわけです。そう考えれば、少しは貴方に勝てた気になって、気分がすっきりする気持ちがしますね」
「そうなのかもしれないね」
幹部様にとっては、俺に負けたくないって意識は確かにあるんだろう。
でも、正直俺にとってはどちらでも構わなかった。だって、今幹部様に好意を抱いているという事実には変わりようがないのだから。
「しかし、攫ってくる相手を間違えましたね。まさか、洗脳すら凌駕するほどの欲望が、貴方に備わっていたとは思いませんでした」
「それって光堕ちの事?」
「ええ。そうですよ。私にとっては至極理解のできない夢ではありましたが、同時に大いなる脅威として私に立ちはだかってきました。貴方の光堕ちへの想いは、私が貴方を支配する上での最後の障害になっていましたからね」
キュヴァちゃんに殺害未遂を行ってきたときに、俺に対して光堕ちできないと告げてきたのは、きっと、俺の光堕ちに対する思いを断ち切りたかったからなんだろう。そうして幹部様は、光千夜の完全な支配を達成しようとしていたのかもしれない。
「幹部様、でも、私は幹部様のこと好きだし、信頼もしてたよ。私は、最初っから幹部様に負けてるんだよ。幹部様の事頼りにして、幹部様の存在に安心を覚えて。幹部様は私に負けたって思ってるけど、全然そんなことなかったんだよ。幹部様は、ちゃんと私のことを支配できてたんだから」
「それは、慰めですか?」
「ううん、本心だよ」
結局、どこまで行っても俺は幹部様のことが嫌いになれなかったし、きっとその時点で、俺は幹部様に”支配”されてしまっていたんだと思う。そうなんだとしたら、俺はもう、とっくに幹部様に負けていた。
「なら、その言葉は素直に受け取っておくことにしましょうか」
幹部様は頑固者だった。けど、俺のその言葉は、素直に受け取ってくれたみたいだった。
その証拠に、幹部様からは、悔しさも、敵意も、もう感じなかったのだから。
「幹部様、最後に、抱きしめてもらってもいいですか?」
「………はい?」
「もうお別れだってわかったら、寂しくなってきちゃって。だから、さいごに。お願いできませんか?」
俺の言葉に、少し幹部様は戸惑った様子だった。けど、案外素直なのか、少なくなってしまった触手を広げ、俺を受け入れる準備をしてくれていた。
「私が死ねば、その好意もなかったことになるんですよ。寂しいとか、そういう感情すらなかったことになります。あまり気に病まなくてもよいのではと思うのですが」
「私、せっかちなんだ。たと今幹部様に抱いている好意が消えてしまうんだとしても、私は今、寂しいから。だから、今すぐ、この寂しさを紛らわせる何かがほしいんだ」
「……別に構いませんが」
幹部様は少し困ったようにしながら、懐に飛び込んでいく俺を受け止める。
俺は、精一杯幹部様に抱き着いた。
その時間は、しばらく続いていたように思う。
これで幹部様とお別れなんだと考えると、物凄く寂しい気持ちになって、離れたくなくなってしまったから。
だから、俺はいつまでも幹部様に引っ付いて離れなかった。
けど、いつまでもそうしているわけにもいかない。しびれを切らした幹部様が、残っている数本の触手を使って、俺を引きはがす。
「そろそろ、時間みたいですね」
幹部様の体から、血がどろどろと流れ出している。たくさんあった触手も今や数本程度に収まっていて。
きっと、もうすぐ命が尽きるのだろうということは容易に想像できた。
「幹部様……」
「……やはり、私はルーイさんには負けていますよ。これだけ好意を向けられていながら、結局貴方の光堕ちへの熱意を削ぐことすらできなかったんですから」
「そんなこと……」
「フォローは必要ありませんよ。私は私なりに、この敗北を噛み締めるつもりですから。そして……」
幹部様は、ナイフを手に取り、その刃先を自身の方へと向ける。
自分で自分を終わらせるつもりなのだろう。それは、潔く逝きたいという意思の表れなのか、それとも、死に支配されることすらも嫌悪して、死すらも自身でコントロールしたいと思っているからなのか。
そんなことは、俺にはわからなかった。
「私を敗北に導いた光堕ち。それが何をもたらすのか、この世界とは別の世で、貴方を見守ることにします」
そう最後に告げて、幹部様は自身の胸にナイフを突き刺し。
そして、絶命した。
幹部様はもう、二度と動くことはない。
彼の命は尽きて、失われてしまったのだ。
もう、戻ってくることはない。
「は、はは……」
俺は、膝から崩れ落ちる。
悲しいという感情も、寂しいという感情も、いつまでたっても消えることはなかった。
それはきっと、もはや幹部様に植え付けられた好意とか、そんなものは関係なく、俺が幹部様に好意を抱いていたということで……。
「はは……幹部様の、バカ。ぜんぜん、なくならないじゃないか……」
誰もいない、誰も見ていない、大穴の底で。
俺は静かに涙を流す。
寂しさと喪失感に苛まれながら。
俺は幹部様に、別れを告げた。