……僕の家系は、誠実な家系だった。
規律を重んじ、他者を思いやり、慈悲を与える。
所謂、貴族という奴だった。
領民の声に耳を傾け、自身が所有する領を統治し、発展させる。
生まれながらにして、僕はそう定められていた。
だから、僕はずっと、他者を思いやってきた。
他者の奉仕のために、その身を捧げ。
そのことに幸福すら覚えていた。
幼馴染のヒンナには、よく馬鹿にされていた。
ヒンナも貴族の生まれではあった。が、生まれた時から自由奔放で。
気付けば貴族をやめて、何をしているのかよくわからない、触手の男とつるみ出していた。
後に、それは僕達にとって、非常に意義のある任務のためだったということが判明するのだけど、当時の僕には、触手の男にヒンナが取られたような気がして。気が気じゃなかった。
やがて僕も、その男に協力することになる。
大多数の利益のために。大多数を幸福に導くために。
けど、それは同時に。
大多数の幸福を、僕達が奪うことでもあった。
人間界の人々を絶望に陥れ、僕達の世界を幸福に染め上げる。
誰かを犠牲に、誰かを幸福にする。
僕のやっていることは、誰かの幸福を、別の誰かに移し替える。いや、そんな綺麗なもんじゃない。
誰かの幸福を奪って、その幸福を他者に無責任に押し付ける。そんな最低の行為でしかなかった。
けど、僕には引けない理由があった。
僕は、領民を幸福にしなければならないと、そういう責任感があった。
貴族としての重圧、とも言えるかもしれない。
ある日。
僕らと同じく、人々の“絶望“を目的として活動している、別の団体、組織と遭遇した。
名を、”絶望狂“。
絶望に魅入られ、絶望を愛し、絶望に狂った者達。
彼らは嬉々として、他者を蹂躙し、嬲り痛ぶり、果てには殺しまで…。
凶悪な集団だった。
僕は組織の設立時に、クロマックやオクトロアと約束した。
……殺しだけは行うな、と。
だから、僕は……。他者の幸福を奪いつつも、心のどこかで。
命があればやり直せる。だから大丈夫だと、そう言い聞かせていたんだ。
けど、違った。側から見れば、きっと。
”絶望狂“と僕らに、大した違いなどなかったのだろう。
実際、夏場夕音という魔法少女を、僕らは死に追いやった。ヒンナは彼女のことをライバルとして大層気に入っていたから、僕としても大変ショッキングな事件ではあった。
死の直接の原因となった幹部マインドライフは追放した。
後に、夏場夕音が幹部として組織に入ってきた時には、生きていたのかと驚いたものだが……まさか、幹部マインドライフが彼女の遺体を乗っ取っていて、それも夏場夕音の意識も残っている状態だったとは。
だが、本質的には、僕も彼とそう違いはなかったのかもしれない。
何かが間違えば。
きっと僕も、誰かを……。
だから……。
『ふざけるな……! 私の孫を……! 孫を返せ……!!』
僕を前にして、怒りを露わにするこの老人の罵倒も。
僕は甘んじて受け入れなければならない。
たとえ僕がやった行為などではなくても。
”絶望狂“と僕らは、本質的には変わりないのだから。
だから僕は、彼の怒りを甘んじて受け入れた。
彼に力を与え、側に置き、いつでも僕を殺すことができるように。
いつでも暗殺できるように。
僕の側に置き続けた。
だが、長く一緒にいれば、ボロも出るというもので。
『………イコル様が、”絶望狂“から私を救ってくださったんですね……』
『………何のことだ?』
『冷静に状況を考えてみれば、そうでした。あの時、なぜ私だけ生き残っていたのか。なぜ、“絶望狂”の者が皆、全滅していたのか。………あれは、イコル様が、“絶望狂”の者を全て始末したから、だったのですね。………私は、イコル様によって命を救われていた。……そんなことにも気付けず、私は………』
『………たまたまだ。“絶望狂”の者とソリが合わなかった。だから始末した。ただそれだけだ』
『そうなのだとしても。……私は、十分に救われましたよ』
『…………』
『イコル様』
『なんだ?』
『ありがとうございます』
結局僕は、男の復讐対象にすらなれなかった。故郷を襲われ、家族を奪われ。
彼に残されたのは、“絶望狂”に復讐するという、ただそれだけだったのに。
“絶望狂”を壊滅させた僕が、彼の復讐を請け負わなければならなかったのに。
僕には、そんな簡単なことさえできなかった。
彼から、何もかも奪ってしまった。
だというのに、彼は、湿島は……僕に感謝すらしていて。
この時に僕は、思ったのだ。
大義のために、僕は他者を犠牲にしている。
それと同時に、大勢を幸福にした。それで釣り合っていると思っていた。けど。
そんなことはない。僕の罪は、一生消えることがない。
僕は、償い続けなければならない。
湿島のような不幸を、2度と起こさないために。
湿島と同じ境遇を、2度と作り出さないために。
僕は、“絶望狂“のような、狂った連中を始末しなければならない。
そう思い、僕は……。
他者を抹殺する、過激な同僚達を。
殺し続けた。
血に塗れ、泥に塗れ。僕はずっと、殺し続けて。
それが湿島への、償いになると信じて。
ずっと、ずっと……。僕は……。
『こ、殺さないでくださいぃ……!』
『黙れ。お前も人を殺そうとしていただろ。自業自得だ。僕に殺されても文句は言えない』
『ち、違うんですぅ! 私、組織内での立場が弱くてぇ……。それで、脅されて無理やりぃ……。本当はこんなことしたくなかったんですぅ……! でも……でもぉ……やらないと私が殺されちゃうからぁ……仕方なくてぇ……』
『……だが、お前は人を殺したんだろう!? だったら、僕も生かしては……!!』
『こ、殺してないですぅ…! 未遂なんですぅ……! ほ、ほら見てくださいよぉ……! 相手は子供なんですぅ……。私より弱っちいんですぅ……。でも、私人を殺したことがないからぁ……うまくできなくて、それで苦戦してたんですよぅ……。もう、殺さなくていいなら殺さないですからぁ……だから許してくださいぃ……』
逆に、悪辣な集団の中にいて、虐げられている者もいた。
そういうものに関しては、他者を殺めたことがないか確認し、他者に危害を加えたことがなく、無害であると判断できれば、僕が引き取り、殺しをしないこと、心を入れ替えること。それらを告げて、『ワ・ルーイ』に迎え入れた。だが……。
『ち、違くてぇ……。違うんですぅ……! ちょっと手が滑りそうになっただけでぇ……』
『はぁ……あんたねぇ、一歩間違えれば、夕音死んでたかもしれないのよ? 分かってるの?』
『うぅ……いいじゃないですか別にぃ……! あいつしょっちゅう邪魔してくるしぃ、正直邪魔でしかないしぃ……死んでくれた方がよくないですかぁ? 死んでくれた方が、組織のためになりますよねぇ?』
弱者だと思い、保護したはずの少女は。
他者を虐げることを何とも思わない、外道でしかなかった。
僕は、彼女に失望し、しかし、まだ他者を殺めていない彼女を殺める覚悟は僕にはなく……。結局、追放という形を取るしかなくて……。
『……ヒンナ、ありがとう。ヒンナがいなければ、きっと今頃、夏場夕音は……』
『別にいいわよ。それに、メェナはそんなに悪くないと思うし』
『……どういう……』
『だって実際、夕音の存在って組織にとって邪魔でしょ? だったら、殺されても仕方ないと思うわ。私も、夕音じゃなかったら多分殺してたっておかしくはないし』
『……ヒンナ……お前……何を言って……』
『別に私、殺しは行わないって規則を守ろうって意識はそんなにないわ。必要に駆られれば、殺しを行うことも厭わない。それが私のスタンスよ』
僕が想いを寄せている女性も、考え方は根本的に、僕が殺してきた連中と同じで。
……僕はもう、何が正しくて、何が間違っているのか、それすらも分からなくなって。
ある日、光千夜という少女が、組織にやってきた。
組織が拉致し、洗脳した魔法少女。
確かに、クロマックやオクトロアと約束した、”殺さない“という縛りには抵触していない。けども、その行為は、少女の尊厳を踏み躙るような行為であり……。
道具として少女を酷使する。
それは、場合によっては、死よりも酷いもので。
僕にはもう、どこまでがセーフで、どこまでがアウトなのか、それすらも分からなくなっていった。
本当に、僕は何がしたかったんだろうか。
そう、思い悩み続ける日々だった。
だが……。
ただ一つ、僕に曲げられないことがあるとするならば……。
「湿島、コーヒーを入れてくれ」
「はい。承知しました。ブラックですね」
「砂糖とミルク甘めだ」
「…………わかりました。………しかしイコル様、別に無理にコーヒーと言わずとも、ミルクティーをくれと、そう素直に仰ってもいいのではないですか? 本当はコーヒーが飲めないんでしょう?」
「違う! 僕だって最初はブラックを飲もうと思っていて……けど途中でやっぱり気分じゃないなってなったからミルクと砂糖を入れようかと思っただけで……別にミルクティーが飲みたいだなんて断じて…!」
「ヒンナ様の前でならまだしも、私の前では大人ぶろうとしなくてもいいのですよ?」
「ばっ! だから違うと言っているだろう。あのな、僕にも日によって気分というものがあるんだ。別に、苦いものが飲めないとか、そういうわけでは……」
……きっと、彼に誇れる自分でいること、なのだろう。
彼に……湿島に失望されるようなことがあれば、今度こそ僕は、壊れてしまうだろう。
湿島を保護して、救われていたのは。
湿島ではなく、僕の方だったのだ。
だから、僕は誓う。
たとえ、誰に嫌われようと、誰に批判されようと。
湿島にだけは、胸を張れる自分でいようと。
そう、誓ったんだ。
なお茶番