「あーちゃん。私も、あーちゃんには話したいことがあったんだ。魅夜、夜風。いいよ、大丈夫。一時停戦で」
遊美がそう言うと、魔法少女の二人は変身を解除し、その場に立ち尽くす。
「つまんないなぁ……」
「わぁ……。先輩が2人……!」
夜風は不満を垂らしながらも素直に遊美の言うことを聞いている。魅夜と呼ばれた少女の方は、突然現れた愛結ちゃんの存在に困惑している様子だった。
「えーと。それでゆーちゃんはどこまで知ってるの?」
「大体の事情は把握してるよ。あーちゃんが千夜で、ブラックルーイだってこと。それと、分身魔法のことも。ま、こっちは半分推測だったけど」
何故かはわからないけど、どうにも遊美は私達の事情を大方把握しているらしい。
「ちなみにそれっていつから?」
「全部察したのは最近だよ。というか、組織の洗脳は大丈夫なの?」
遊美は首を傾げながら、心の底から心配しているように言う。
そこに嘘偽りはなさそうだった。そんな遊美の姿を見て、私はますます遊美のことがわからなくなる。
「魔法少女達に助けてもらったから、もう大丈夫。ただ、分身魔法のことでちょっと相談したくて…」
やっぱり、遊美をどこまで信用していいのか、私にはわからない。念のために、私は愛結ちゃんに警告をしておく。
「愛結ちゃん、今の遊美はちょっと様子がおかしくて、だから……」
「…………」
「そのことなんだけど。私、千夜のために居場所を用意したんだ。だって、二人も千夜がいたら、きっと皆困っちゃうでしょ? だから、私があーちゃんの居場所を用意してあげてるんだ」
まただ。遊美の表情が、得体のしれないものへと変化している。先程、遊美から感じられた心配の色は、もう感じられなかった。
「別に、分身魔法を解除すること自体はできるんだ。元々同じ存在だからね。だからまあ、元に戻りさえすれば、特に問題はないと思うよ」
「……そんなの分からないよ。だって分身魔法なんて他に例がないんだから。元に戻るのも危険かもしれないでしょ? ね、あーちゃん、私は、あーちゃんのためを思ってるんだよ? 私があーちゃんに相応しい場所を用意してあるからさ」
「あーと。確かに、分身魔法は私達特有のものだし、前例はないからそう考えるのもわかるんだけど。でもね、逆に危険なんだよ。分身魔法の行使には、代償が伴ってる。だから、分身魔法を解除しないと、私達の命はない。だから、元に戻るしかないんだよ。ゆーちゃんの気持ちはありがたいけど、ごめんね」
分身魔法の、代償。命の危険。代償がどうとか、そういう話はチラリと聞いたことがあるような気はするけど、命の危険が伴うとか、そこまでのモノとは思っていなかった。じゃあ、私達は、元に戻らないと生きていられないってこと?
「…………」
命がかかっているという事実に、流石の遊美も黙らざるを得なかったらしい。
暫くの間、場を静寂が支配する。
夜風も魅夜も、そんな様子を黙って見つめることしかしない。
「まあ、そういうわけだからさ。私達は行くよ。じゃあ、千夜ちゃん、行こっか」
沈黙に耐えきれなかったのか、愛結ちゃんが私に対して手を差し伸べながら言う。
遊美も夜風も魅夜も、私のことを追う意思を見せることはなかった。ただ、その場を去ろうとする私達に、遊美は一言、ポツリと、まるで捨て台詞を吐くかのように呟く。
「あーちゃん、あーちゃんに居場所なんてないよ。あーちゃんは日常に帰れない。分身魔法のことは、確かに解決するべきだけど。でも、あーちゃん。あーちゃんの居場所を作ることができるのは、私だけなんだよ。そのことは、忘れないでね」
まるで負け惜しみのようだった。絞り出した言葉。沈黙の時間で、どうにか考え出したものだったのかもしれない。私からすれば、そうとしか感じられなかった。けど、そんな遊美の言葉を、愛結ちゃんは真正面から受け止めたのか。
「そうかもしれないね」
至極真面目なトーンで、遊美ちゃんに背を向けながら返答した。
「んーで、どうすんの? 逃げられちゃったけど」
「私にとって一番喜ばしい展開はもう潰えちゃったかな。正直、分身魔法のことを知ったときは、いけると思ったんだけど。…………こうなったら、仕方ないよ。私は私の欲望を通す。あーちゃんには、責任を取ってもらわないといけないんだから。勝ち逃げなんて許さない。夜風、魅夜。協力してくれるよね?」
「おーこわ。まあ、目的が一致している限りはね~」
「えーと、なんだかよくわからないですけど。それが先輩のためになるなら…………」
立ち去る私達を見ながら、遊美達は何かを会話している。けど、既に遠くまで移動していた私達に、彼女たちの声が届くことはなかった。
遊美達の元を去って、私達は二人だけでゆっくり言葉を交わせそうな場所へと移動する。
「愛結ちゃん、あの…………」
「混乱してると思うけど、とりあえず端的に状況を教えるね、まずは……」
愛結ちゃんは、淡々と私に状況を告げていく。
幹部オクトロア様の元へ行ったときに、なんやかんやあってvsオクトロアになって、魔法少女達と協力したこと。
オクトロア様と別れを告げて、光堕ちしたこと。
そして……。
「さっき私とゆーちゃんの会話で聞いてたと思うけど、私達はこのまま分身しているままだと、命の危険が生じてしまうんだ。だから、私達は元に戻らないといけない」
「そっか」
私と愛結ちゃんは、双子みたいなものだったし、正直、元の1人に戻ることなんて一切考えてなかった。けど、命がかかっているのなら仕方ないよね。それに、元に戻るのなら、別に死ぬわけじゃない。私の中で愛結ちゃんは生きていることになるし、私自身も、愛結ちゃんと同じになるってだけなんだから、消えてなくなってしまうわけじゃない。
大丈夫、あるべき姿に戻るだけなんだ。何も問題はない。
はずだった。
「でも、同時にさ。私達が元に戻るのにも、危険が生じるんだよ」
「……へ?」
「私と千夜ちゃんは、同じ存在でありながら、違う経験と記憶を積み重ねすぎてしまった。こんな状態で私達が元に戻れば、自我の崩壊が起きてしまったり、何かしらで脳に障害が生じる可能性があるんだよね~」
「そ、そんな……」
じゃあ、遊美の懸念もあながち間違いではなかったってこと?
分身を解除しなければ、命はない。かといって、分身を解除すれば、それはそれでリスクが生じてしまう。
それじゃあ、一体どうすれば……。
「ま、1つだけ方法があると言えばあるんだけどね」
「! そうなの!?」
愛結ちゃんは人差し指を1本立てながら、少し気まずそうにしながら言葉を紡いでいく。
「私の心臓と魔力を、全部千夜ちゃんに移植しちゃいまーす。そうすれば、分身魔法を解除することなく、代償を踏み倒すことができるってわけね」
「え……」
愛結ちゃんの提案に、私は一瞬戸惑ってしまう。心臓と魔力を移植って、どういうこと?
そんなことしたら、愛結ちゃんは……。
「いやー我ながら名案だよね。これをすれば、分身の代償を踏み倒しつつ、分身解除のリスクも生じなくて済むから。あ、心臓をどこに移植するかって話だよね? それについては大丈夫。心臓そのものを移植することが大事なわけじゃなくて、心臓という器官が私から千夜ちゃんの方へ移るってことが重要なわけであって、例えば、私の心臓をミキサーにでもかけて千夜ちゃんの一部にしてしまうだとか。まあ、そこまでいくとやりすぎだけど、でも……」
「ま、待ってよ。それじゃ何の解決にもなってないよ。だって愛結ちゃんは…………」
「ん? あー死ぬね。でも、それでいいんだよ。私は、光堕ちができて満足してるんだ。私が生きる理由は、光堕ちにあったから。それを達成できた時点で、私の目標は達成されてる。もう満足なんだよ」
「で、でも!」
「この策は師匠のためでもあるんだよ。一丁前に師匠って自殺しようとしてるでしょ? だからさ、私の死を見せつけてやるわけ。なんだかんだで、師匠は私の事好いているだろうし、そんな私が死ねば、師匠はショックを受けるだろうし、そうなれば、師匠はきっと自殺なんてしなくなるだろうからさ」
愛結ちゃんは、本当に何でもないことのように、へらへらとしながら言う。本当に、死ぬ気なんだ。そして、そのことに対して、悲しいとも、辛いとも感じていない。
愛結ちゃんの意思は、完全に固まってしまっている。もはや私がいくら説得しようと、それを曲げることはなさそうだった。
「愛結ちゃん、そんなのって…………」
「大丈夫だよ。私は、千夜ちゃんの中でずっと生き続けるだけだから。分身を解除するのと変わらないよ。私が死ねば分身魔法の効果も自然消滅するだろうからさ」
愛結ちゃんの意思は、曲げられない。でも、本当にいいの?
それで生き延びて、私は満足なの?
そうだよ。そんなのだめだ。
だったら、分身も解除せず、愛結ちゃんも犠牲にせずに、どうにかできる方法を探るんだ。そうすれば。
「愛結ちゃん。悪いけど、私は愛結ちゃんのその考えには乗れない。だって、おかしいよ。私達はこれまでうまくやってきたじゃん。なのになんで今更。私は、受け入れないから。愛結ちゃんの死の上に成り立つ日常なんて、私は……」
「ごめん」
必死に訴える私のお腹に、重い拳が炸裂する。その衝撃に、私の意識はだんだんと遠のいていって。
「ま、気にしないでよ。私自身は死ぬことなんてなーんとも思ってないし、むしろ満足してるから。本当に身勝手で申し訳ないんだけどさ。できれば、私の死は引きずらないでいただけるとありがたいかなぁって。あとキュヴァちゃんとか、師匠によろしくね。本当に引きずらないでね!」
「あ……ゆ…ちゃ……」
私の意識は遠のいていく。もう、満足に声を出すことすらままならない。
「ま、あとは魔法少女達にてきとーに合流してもらって、日常を謳歌してよ。それじゃ、さよなら!!」
その言葉を最後に。
私の意識は、完全に闇に包まれていった。