私は目を覚ます。周囲を見渡すと、そこにいたのは私だけではなかった。
「千夜、大丈夫?」
キュヴァちゃんに、妖愛ちゃん、そして、ヒンナさんにラフ君が、その場にはいた。どうやら先程まで愛結ちゃんと共にいた場所ではないようだ。
「愛結ちゃんは……?」
私は周りにいたキュヴァちゃん達に、愛結ちゃんの安否を尋ねる。けど、皆顔を伏せて、言いづらそうにするばかりで……。
「……現場には、手紙が残されていました。彼女の姿はどこにも見えませんでしたが、それもおそらく……」
言いながら、手紙を手渡してきたのは、妖愛ちゃんだった。愛結ちゃんは、遺書でも残していたのだろうか。
私は妖愛ちゃんから手紙を受け取り、静かに手紙に書き記された文章にすらすらと目を通していく。
そこには、分身の解除に伴うリスクを避けるため、自身の命を利用して、分身による代償も、リスクも、何もかも帳消しにすること。それに伴って、自身の肉体は塵1つも残らずに私の体へ統合されてしまうこと。そして、愛結ちゃんの記憶は、私には受け継がれないこと。
「ルーイ達を探しに行って……。私達が…見つけたのは。その場に倒れる千夜と、周囲に大量にこびりついた血痕だった。……多分、ルーイはあそこで、千夜への移植を…全部済ませたんだと、思う」
キュヴァちゃんは、心底辛そうにしながら、ぽつぽつと告げる。
「な、何かの間違いじゃ、ないの? 愛結ちゃんは、今もどこかで生きてたりは……」
「あの量の出血をして、生き残っていられるとは到底思えません。私も生きている可能性は考えたいところですが、状況が状況ですから。千夜ちゃんの体を調べて、分身による代償の存在が感じられたりしない限りは、死亡したものとみなすのが自然な流れだと思います」
妖愛ちゃんは、はっきりとそう言う。多分、私に無駄に希望を抱かせる必要はないと、そう思っているからこそ、現実を見ようとしているのかもしれない。
「……」
ヒンナさんはずっと黙り込んでいる。愛結ちゃんの死に、どう感じているのだろうか。
愛結ちゃんは言ってた。これは、ヒンナさんのためでもあるって。
愛結ちゃんの死で、ヒンナさんから自殺願望がなくなってるといいんだけど。
「そっか。愛結ちゃんは、逝ってしまったんだね」
正直に言うと、悲しい。文字通り半身がいなくなってしまったんだから。でも、愛結ちゃんは言ってた。
引きずらないでほしいって。
だったら、きっと私も、前に進まないとダメなんだ。愛結ちゃんの死を無駄にしないためにも、私は、日常に戻らないといけない。
愛結ちゃんが用意してくれた、光堕ちへの道を、私は進まなければいけないんだから。
「ルーイ……」
目に見えて愛結ちゃんの死にショックを受けているのは、キュヴァちゃんだった。ずっと暗い表情をしていて、ヘアピンすらも外して、髪で顔を隠してしまっている。
「キュヴァちゃん、大丈夫?」
「…………。大丈夫じゃ、ない。ごめん。しばらく、休む」
そう言って、キュヴァちゃんはトボトボとその場から立ち去っていく。私は、立ち去っていくキュヴァちゃんに、何も声をかけることができなかった。
『やっぱり、血は抗えない、のか』
ラフ君もラフ君で、何か思うところがあるみたいだ。
誰もかれも、普段の明るさを取り戻せそうにはない。
その場の空気は、まるでお通夜のようだった。
「私、ちょっと外の空気吸ってくるね」
その場の雰囲気に耐えられなかった私は、そう告げてその場から立ち去る。ヒンナさんも妖愛ちゃんも、立ち去る私のことを止めようとすることはしなかった。
外に出ると、辺りはすっかり夜だった。
周囲は静まり返っていて、周りには誰もいない。
騒がしさを感じさせられず、ただ冷たい空気に充てられるだけの空間は、私の心を落ち着かせる。ざわついていた心は、周囲の静けさに合わせて鎮まり、私に冷静な思考を取り戻させてくれる。
「愛結ちゃん……」
私を生かそうとして、自らの命を投げうつなんて。
確かに、愛結ちゃんは、光堕ちさえできれば、己の生死について一切気にしてなさそうな雰囲気があった。
だったら、目的を達成した後、私のために命を投げうつという選択を取ったっておかしくはない。
理解はできるし、説明もできる。愛結ちゃんならそんなこと絶対にしないなんて、そんな風には言えない。
それに、私は無意識ながら、愛結ちゃんとの繋がりをなんとなく、感じていた。
言葉を交わさずとも、互いに顔を見合わせれば、ある程度何となく言いたいことが伝わるくらいに、私と愛結ちゃんは不思議な力で繋がっていた。
でも、今は、そんな不思議な繋がりは一切感じていない。
それはきっと、私が記憶以外の愛結ちゃんのすべてを受け継いでしまったからで…。
「リスクがあったんだとしても、私は愛結ちゃんと二人で生きていく日常の方が、ずっとよかった……」
残される側の気持ちも、考えてほしい。
そんな風に考えてしまって、初めて気づく。
「そっか、きっと私も…………」
私は、組織に拉致されて、お姉ちゃんのことを置き去りにした。
それなのに、私は光堕ちを楽しもうだなんて、ウキウキしてて……。
「じゃあ、これはきっと、私への罰だね」
お姉ちゃんや、遊美。きっとたくさんの人を、私は悲しませてしまったんだろう。そういう人たちの気持ちを、私はもっと考えてあげるべきだったんだと思う。
【千夜がいなくなってから。ずっとずっとずーっとずーーーーっと。…苦しかった。私に初めて話しかけてくれた千夜が、私が他人と関われるように手を尽くしてくれた千夜が。ずっとそばにいてくれた千夜が、いなくなっちゃったんだから。…千夜はさ、きっと軽く見てるんだよね。周りの人にどれだけ好かれてたか、自覚してないんだ。ひどいよ、最低だよ。ねえ、千夜。千夜がいなくなって、それでおかしくなっちゃった人なんて、いくらでもいるんだよ? 私もそう。千夜のせいでおかしくなっちゃった。私の中の大切なもの、全部ぐちゃぐちゃになっちゃった】
あの時の遊美の言葉は、きっと真実だ。色々と変わってしまった親友だけど、間違いなく、この時の遊美は、私の知っている遊美だった。
私は、たくさんの人を残して、行ってしまったんだ。だからきっと、愛結ちゃんにも置いて行かれることになってしまうんだろう。
「……。ちゃんと、お姉ちゃん達と向き合わないと。愛結ちゃんはきっと、それに気づかせてくれたんだよ。だから…………」
私は無理矢理にも自分を納得させようとする。けど、やっぱり愛結ちゃんの死は受け入れられなくて…………。
「……千夜」
そんな風に、1人で愛結ちゃんのことを想っていた私に、1人の少女が声をかけてくる。
聞き覚えのある声。私の知っている声。
彼女は、私の親友で……。
「……遊美?」
「分身の件は、片がついたみたいだね。……記憶は共有されてないの?」
「……されてないよ。愛結ちゃんは、分身解除のリスクも考えて、自らの命を使って、私の分身魔法についての問題を解決してくれたんだから」
私の言葉に、遊美は驚いたかのように顔をあげる。心底驚いたかのような表情だった。
「なに、それ…。それじゃあ、そんなの……!」
ひどく動揺したかのように頭を抱える遊美。夜風や魅夜は、来ていないのだろうか?
そもそも、遊美の目的って一体……。
「おかしい、でしょ。私にあんなこと言っておいて、死んで逃げようっていうの? そんなの、そんなの……。許さない。私をおかしくして置いて、その責任を取らないなんて、そんなの通らないでしょ。ふざけてる。こんなの、全部間違ってる……。ねえ、千夜もそう思うでしょ?」
「え……」
「私、本当は千夜と純粋な親友として接したかったんだよ。歪な関係でいたくなかった。誰にも恥じなく、自慢できるくらいの関係でいたかった。なのに、なのに、全部おかしくなって……。ねえ、千夜ちゃん、責任、とってよ。ねえ……!」
遊美は錯乱したかのように私の胸倉を掴んでくる。何が遊美を狂わせたのか、私には何もわからない。わからないけど。
遊美がそうなった原因に、少なくとも私が関係しているのであろうことだけは、確かだった。
「遊美、あの……」
「千夜、私、もう止まれないから」
遊美は私の腹を蹴りつける。愛結ちゃんに殴られた箇所と同じところを蹴り上げられたためか、二重の痛みによって私はその場に蹲ってしまう。
「痛っ……!」
「倒れこむ姿も…………。ああ、ごめん千夜。どうしてこうなっちゃったんだろう。もう止まれない。ごめんね。本当は、こんなつもりじゃなかったのに、でも、どうしようもないの、もう止まれないの。だから、ごめんね」
言いながら、遊美は2度、3度と私を蹴りつける。散々私を痛めつけておきながら、同時に謝罪も行う様子は、まるでDV彼氏のようだった。
「遊……み……」
「夜風、魅夜。お待たせ。今度こそ、成功させようか」
「やーーっとかー。これで失敗したら、私もう協力しないからね?」
「先輩! あの! これはやりすぎじゃないですか? 先輩痛がってますし、ダメですよ。大事な先輩の体に傷がついたら大変じゃないですか」
夜風と魅夜も、どこからか現れてくる。
もう、私を助けてくれる愛結ちゃんはいない。
「だ……れか……」
ヒンナさんもラフ君も、きっと愛結ちゃんの死にショックを受けているからか。
連れ去られていく私の姿に気付くことはなく。
「千夜、本当に、ごめん。でも、もう戻れないんだ」
私は遊美達に再び攫われることになってしまった。