遊美達に攫われる最中、私は特に抵抗することもなく、ただじっと大人しく待っていた。痛めつけられたことで、抵抗力が弱まっているから、というのも理由としてある。『浮遊の魔』によって、空中を移動しているから、下手な抵抗はできないというのもある。けど、それ以上に。
これは、私への罰なんだと、そういう意識がどこかにあった。
愛結ちゃんが死んでしまうのも、今ここでこうして遊美に攫われてしまっているのも。きっと、私が光堕ちという目的のために、身近な人の想いを無視してきた、その代償なのだろうと。
事実、遊美がおかしくなってしまったのは私が組織に拉致されてしまったからなんだろうから。
遊美は言っていた。責任を取ってほしいって。私のせいでおかしくなってしまったのなら、確かにその責任は私がとるべきだろう。
だから、私は…………。
そんな風に、ただ遊美達にされるがままに、身を委ねようとしたその時だった。
「千夜ちゃん!!」
私の耳に、1人の少女の声が届く。
「どうして……」
その少女の方を見て、遊美は動揺しているようだった。私も、遊美に続いて、少女の顔を見る。
そこにいたのは……。
「魔法少女キューティバースか。厄介なのに見つかったね~。どうする遊美?」
「倒して。私達の邪魔をするなら、容赦しない」
「りょうかーい」
「先輩を光の道へと進めようったってそうはいきませんよー。先輩はダークサイドで生きていくんですから」
魔法少女、キューティバースだった。妖精のキュートの姿は見当たらないけど、どこかに潜んでいるのだろうか。
とにかく、キューティが私の身を案じて助けに来てくれた、ということでよさそうだ。やっぱり、遊美の目的は私にとって不利益なものなのだろう。でなければ、キューティが止めに来るはずがないから。
「させないから! 『ストロベリーアロー』!!」
キューティは『ストロベリーアロー』で夜風の方を攻撃する。遊美に戦う能力はないし、まずは魔法少女に変身できて戦闘能力のある夜風や魅夜を戦闘不能に陥らせることから始めたいのだろう。が、そう簡単にはいかない。
「『グレーシャット』」
キューティの放った『ストロベリーアロー』は、魅夜……魔法少女フィルバーグレーネの『グレーシャット』によって遮断されてしまった。
「そんな……!」
キューティは少し動揺しているみたいだった。けど、すぐに切り替えて次の魔法の行使へと移る。
「『ストロベリークラッシュ』」
キューティが次に放ったのは、苺型の魔法弾だ。
が、相手は二人。当然、キューティの魔法への対処は容易に行われ……。
「『濃縮飛風』」
「『エラーボム』!」
空気を圧縮して一つの塊として噴出された魔法である『濃縮飛風』と、魔法で作られた爆弾、『エラーボム』が、反撃としてキューティの体に打ち込まれる。
「キャー!!」
キューティは二つの魔法を真正面からくらい、そのまま夜の暗闇の中へと落ちていく。
「苺先輩……」
遊美はぽつりとそうつぶやきながら、地面へと落下していくキューティのことを静かに見つめていた。
「よし、これで邪魔者は消えたし、行こうか」
「そう……だね……」
遊美の言葉は、どこまでも暗く、澱んでいる。
本当に、遊美は…………。
「行かせないわよ」
深い闇の中、再出発しようとした私達の前に次に立ちはだかってきたのは、魔法少女シャイニングシンガーだった。
遊美はシャイニングを忌々し気に見つめながら、先程と同じように傍らにいる二人の魔法少女に始末を要求する。
「……なんで今更……。こんな時に助けに来るんですか、先輩……!」
「……。こんな時だからこそ、よ」
「っ……! 3年前のあの日、先輩が、千夜のことを見捨てていなければ……。こんな風にならずに済んだのに……。遅いんですよ、何もかも!」
シャイニングと遊美がどういう関係なのかは、私にはわからなかった。けど、遊美からは、どうにも本気でシャイニングのことを恨んでいるというよりも。
どうしようもない、行き当たりのない感情を、ただシャイニングに八つ当たり気味にぶつけているだけのように思えた。
「千夜、今助けるわ」
そんな遊美の感情を知ってか知らずか、シャイニングは彼女の方を見ずに、私をまっすぐと見据える。
遊美よりもまず、私を助けることを優先したみたいだった。
「『❘氷結詠唱《フリーズシンフォニー》』」
シャイニングはまずフィルバーの口を封じることにしたらしい。魔法によって彼女の口元を凍らせ、フィルバーが魔法を行使できない状況へと持ち込む。
「1対1にしたいのかな?」
フィルバーの口が封じられてもなお、夜風は余裕の態度を崩さない。
当然と言えば当然か。いくら魔法の行使が封じられたとはいえ、人数的に有利なことには変わりはないのだから。
シャイニングもそれは理解しているのか、魔法の行使を封じてもなお、フィルバーの動向に注意を逸らすことはなかった。
「『リズライド』」
そして、シャイニングは『リズライド』によって、譜面のレールを作り出す。
『リズライド』はどんどん空中へ広がっていく。シャイニングは、『リズライド』の譜面を足場として、空中を自由に移動しだす。
その移動速度は、『浮遊の魔』によって浮いている魔法少女サマーハリケーンやフィルバーよりも素早かった。
「なるほど。速さでこちらの上を取ろうってわけ? いい考えかもしれないけど、そうはさせないよ。『風の導き』」
「『氷の牢獄』」
夜風は『風の導き』という魔法を発動する。そのすぐ近くでは、シャイニングが『氷の牢獄』によってフィルバーの動きを封じているところだった。
フィルバーの動きを封じた以上、状況は1対1。先程よりもシャイニングに有利な戦況になっていた。
シャイニングは、それを好機と見たのか、移動速度をさらに上げ、夜風が視認できないよう複雑な経路を『リズライド』によって作り出す。
空一面に展開された『リズライド』は、まるで迷路のようになっていて、視界を奪い、夜風の目をかく乱する。
「目で追うのは無理そうだね~」
シャイニングは、譜面の上を自由に動き回る。夜風にはその動きを追い切れていない。そもそも、シャイニングがどこにいるのかすらもわからない。
シャイニングが圧倒的に有利で、このままいけばシャイニングが順当に勝利するだろう。
シャイニングもそう思ったのか、一気に勝負を仕掛けるために、夜風の背後に移動し、彼女の背中へと飛び掛かる。
が。
「引っかかった♪」
シャイニングが飛び掛かった瞬間、物凄い速度で夜風が振り向き、シャイニングに強烈な一撃を叩きこむ。
「くっ……」
「見えなくても問題ないんだよね。だって、そのための『風の導き』だからさ」
シャイニングは、『リズライド』に任せて『浮遊の魔』を解除していたのか、そのまま空中から地面へと大きく落下していく。
フィルバーは封じられていたが、それも夜風が外部から刺激を何度か加えたことで、解放される。
「んー、意外と大したことなかったんだね。彼女らならもう少しやれると思ってたんだけど」
「……。先輩に勝てない魔法少女に興味はないのでどうでもいいです。勝たれたらそれはそれで癪ですけど」
「どうかな。私には、彼女らはまるで……。いや、気のせいかもね」
キューティもシャイニングも、結局二人には勝てなかったみたいだった。
でも、どうして二人とも一気に来なかったんだろうか。シャイニングとキューティが戦いを挑んできた地点は、そこまで遠く離れていない。すぐに合流できる距離のはずだ。なぜ、こうも単独で…………。
「彼女をはなしてください」
「またかぁ。うっざいなぁ」
「先輩人気者ですね……」
考える暇もなく、次の刺客がやってくる。キューティ、シャイニングと続き、次に私達の前に立ちはだかってきたのは……。
「ムーンノウシーカー?」
手に本を持った黄色い魔法少女、ムーンノウシーカーだった。
「は……? な、なに?」
彼女の姿を見て、遊美は明らかに動揺したような表情を見せる。
「なんで、私が…………? どういう、意味が分からない。なんで、どうして?」
遊美は、信じられないようなものを見るような目でムーンノウシーカーを見つめる。
「まだ私には仲間がいます。大人しく降伏して……」
「そんなはずない!! お前は誰だ!? 私に化けて、一体何がしたいの!? 『ワ・ルーイ』の手先!?」
遊美は大きな声で、目の前の魔法少女へと語りかける。その様子に、ムーンノウシーカーもぽかんとした表情を見せていて……。
「遊美が、ムーンノウシーカー…。なるほど……。あー。そういう……」
ムーンノウシーカー、否、ムーンノウシーカーの姿をした”何者か”は、うんうんと唸って、独り言を漏らす。
私もまた、目の前の状況に混乱せざるを得なかった。
だって、遊美の言っていることが本当なら、遊美は魔法少女ってことになる。
でも、同時に納得もある。どうして、遊美が私の事情を把握していたのか。どうして遊美が魔法少女と関わりをもっていたのか。それは全部、遊美が魔法少女だったから。魔法少女ムーンノウシーカーだったからなんだ。
それは、わかった。衝撃だったけど、飲み込めはした。遊美がどうしてこうなっているのか、その一端を掴めた気もする。けど、それじゃあ一体眼の前の魔法少女は……?
「変装失敗ですね。ばれてしまっては仕方がありません」
目の前の魔法少女は、しぶしぶといった態度で、その正体を現す。
少女の体が光に包まれ、次の瞬間、光から現れてきたのは……。
「妖愛ちゃん?」
「はい。そうですよ。私は西織妖愛です。千夜ちゃんが攫われてしまったので、助けに来ました」
私の友人の少女、西織妖愛こと、魔法少女エンシェントカラミティだった。