妖愛ちゃん……エンシェントは、遊美の方をまっすぐと見つめている。遊美もまた、エンシェントの方を見つめている。遊美の指示がないからか、夜風も魅夜は特にエンシェントに対してアクションを起こす様子はなく、ただ静観を決め込んでいる。
その様子を見て、対話の余地があると見たのか、エンシェントは遊美との会話を試みる。
「大人しく千夜ちゃんを放してくれませんか? あまり手荒な真似はしたくないので…」
「…返してほしかったら、そこの二人を倒したらいいよ。私は穏便に済ませるつもりはない。もうそういう段階の話じゃないから」
「構いませんが、はっきり言って私が負けることはないですよ? けがをしたくないのなら、降参した方が賢明です」
「どんなけがをしようと構わない、もう私は本気だから」
「……。はぁ。いいですか? 先程の魔法少女キューティバースもシャイニングシンガーも、全部私が演じていただけなんです。つまり、私はキューティバースやシャイニングシンガーの魔法も扱うことができるんですよ。つまり、手数が無限にあるわけです。そんな私に、たった2人分の手札で勝てるとお思いですか?」
エンシェントはやれやれといった仕草をしながら、そう告げる。
なるほど、私が抱いた違和感の正体は、これだったのだ。キューティやシャイニングが立ちはだかってきた箇所は、それぞれそこまで遠く離れた場所ではなかった。にも関わらず、キューティやシャイニングが一緒に立ち向かってこないのはおかしいと思ってた。でも、もし私の前に現れたキューティやシャイニングがエンシェントが変装した姿だったのだとすれば、理解できる。
『妖の魔』。他者の姿を模倣して、完全に変身することができる魔法だ。エンシェントは、その『妖の魔』を持っている。
ということは知っていたんだけど。
まさか、他者の魔法までコピーできるなんて、そんなのまるで…。
「それに、私には妖怪を召喚する魔法もあります。つまり、数的有利もこちらにあるということです。わかりましたか? 私と戦うということが、どれほど無謀な選択であるのかということが」
「…厄介な…」
遊美はギリギリと奥歯を噛み締めている。目の前の圧倒的な強者の存在に、どう対処すればいいのか頭を悩ませているのだろう。そうまでして私を攫って、遊美は何がしたいんだろう。
遊美の目的は、何なんだろう。
「さて、それでも私と戦う選択を取りますか?」
煽るように、エンシェントが言う。その表情からは、己の強さに対する絶対的な自身が見て取れた。
「どうする遊美? 相手、結構やばそうだけど」
余裕綽々なエンシェントの態度を見てか、夜風の額から冷や汗が流れ出ている。夜風自体も飄々としていて、割と余裕の態度を崩さないようなタイプの性格をしているイメージだったけど、流石に、エンシェントの手数の多さ、態度のでかさに、臆してしまっているようだった。
でも、それでも遊美は怯む様子はなくて。
「言ったでしょ。もう今更引けない。私はもう、止まれないんだから」
「そうですか。なら、致し方ありませんね。さて、次は誰の魔法で遊んであげましょうか」
遊美とエンシェントの視線が交錯する。お互いに、引くつもりはなさそうだった。
「ま、そうこなくちゃね。見下されたままみじめに敗走なんて、そんなつまらない展開、私は嫌だし」
「先輩がどこで一番輝けるのか、それをちゃんと理解していれば、そんな風に助けてあげようなんて烏滸がましい思想を抱くはずがないんですけどね。先輩は本音を隠しがちですから、周囲から誤解されてしまうのかもしれませんけど、私は理解していますから。先輩の目的も、本質も!」
夜風も魅夜も、遊美の態度を見て、やる気満々の様子を見せ始めていた。
加えて、遊美はどうやらエンシェントを観察していて、何かに気付いたらしく……。
ぽつぽつと、独り言のような呟きから言葉を紡ぎ始めた。
「…聞いたことがあるんだよね。他人の姿を模倣できる魔法について」
「あら。もしかして、私がさっきまで使っていた魔法の事ですかね?」
「『妖の魔』っていうらしいんだけど、それが貴方の魔法であってる?」
「そうですね。私が使っていたのは『妖の魔』ですよ」
「そう。ならやっぱりおかしいね。だって……」
遊美は不敵な笑みを浮かべる。エンシェントの秘密を見つけ出したからか、それで精神的優位に立った気になったからか。
遊美の思考を読めない私には、わからない。けど、遊美が何に気付いたのか、その答えはすぐに得ることができた。
「『妖の魔』は、他者の魔法まではコピーできないんだから」
「……そうですか? 現に私は魔法をコピーできていますけど」
「私の『妖の魔』に関する情報は、妖精から得たものだよ。その内容に、嘘偽りがあるとは考えにくい。本当は、他者の魔法の模倣は、『妖の魔』による効果じゃないんでしょ? だったら、どうしてそれを隠してるの? 暴かれると、何かまずいことでもあるの?」
「……あー」
エンシェントは困ったように頭をポリポリとかく。その光景に、私は少しの違和感を抱いてしまう。
妖愛ちゃんの普段の仕草からは、考えられない行動をとっていたからだ。
「それを暴いたところで、何になるんですか? 仮に私が他者の魔法を扱える理由が『妖の魔』によるものではないとして、私が他者の魔法を扱えるということに変わりはありません。どうあがこうと、私の方が魔法の手数が多いというのは事実なんですから」
確かに、それはそうなんだけど。
じゃあ、どうしてエンシェントは、他者の魔法を扱えるその仕組みを秘匿しようとしているんだろうか?
知れば遊美達にも扱えるから? だから教えないのだろうか。それとも、そもそも『妖の魔』そのものが嘘で、私の前に立ちはだかってきたキューティやシャイニングは彼女ら本人で、エンシェントが化けたのはムーンノウシーカーだけだったとか?
仮にそうだったとしても、それをする理由は何? 『妖の魔』の効果を誤認させることに、何の意味があるのだろう。
キューティとシャイニングが本物だったと仮定するのなら、ブラフとして『妖の魔』の効果を偽装したと考えることはできる。『妖の魔』に他者の魔法を模倣することのできる効果があると誤認させることができれば、それだけで相手への牽制になる。理屈は通るはずだ。
けど、私にはどうにも、私の前に立ちはだかってきたキューティやシャイニングが本物の彼女らだったとは思えなくて。
じゃあ、だとしたら、何故?
「確かに、『妖の魔』の効果を誤認させたところで、私達の方が手数において負けているのは事実だよ。だから、戦闘においては、貴方の嘘は何の意味も持たないのかもしれない。けど、1つ思ったんだ」
「?」
遊美は何かに気付いているのか、エンシェントに淡々と話しかけ続ける。
「もしも、貴方が魔法少女エンシェントカラミティではないのだとしたら?」
「っ……」
遊美の言葉に、エンシェントは明らかに動揺した声を出す。
エンシェントが、エンシェントではない? でも、おかしい。だって、『妖の魔』は確かにエンシェントの魔法だ。他の誰にも、他者の魔法を模倣できるような魔法を持つものは存在していない。
エンシェントではないなんて、あり得ないはず、なのに……。
「貴方の目的が、正体を隠して私に……いや、千夜に接触することだったら、納得できる。貴方は、魔法少女エンシェントカラミティじゃない。一体何者?」
エンシェントは静かに黙り込む。
正体を明かすつもりはない、とでも言いたげに。そんな彼女の姿を見て、遊美はさらに言葉を投げかけていく。
「貴方は私の姿を見たときに、遊美と、そう呼んでいた。私はエンシェントと仲良くなった覚えはないし、そもそも言葉を交わしたことすらなかった。だというのに、私の名前を知っていて、なおかつ苗字ではなく名前呼び、それも呼び捨てでなんて、どう考えても私の知り合いとしか思えない」
思えば。
妖愛ちゃんは、常に敬語で話していて、決してそれを崩すことがない子だった。
けど、目の前にいるエンシェントの姿を偽っているであろう何者かは、独り言を話すときに敬語が崩れてしまっていた。妖愛ちゃんは、私の前ですら敬語で話すことをやめなかったのにもかかわらず、だ。
一度違和感を覚え始めれば、止まらない。
目の前の少女は、もはやエンシェントカラミティではない。
私達の目は、もうそうとしか認識できなくなっていた。
「はぁーあ。ばれちゃったならしょうがない」
エンシェントの見た目をした謎の少女は、少し残念そうにそう漏らす。
そして、彼女の姿が光に包まれ……。
「愛……結、ちゃん……?」
「死んだふり作戦、失敗しちゃった。うまくいけると思ったんだけどなぁ」
魔法少女エンシェントカラミティの姿を装っていたのは。
私の半身である少女、広井愛結こと。
魔法少女ブラックルーイだった。