「……。正直、私は納得してないよ。愛結ちゃんのそれは、自己中なんだよ。光堕ちしたいのはわかるよ。私もその気持ちはわかる。でも、それをすることで、周りの人にどれだけ迷惑をかけるのか、それに関してはちゃんと認識しておかないといけないと思う」
やっぱり、千夜ちゃんは俺の光堕ちについては納得していないらしい。周りの人への迷惑、か。まあ、確かに、実際それはあるんだろうけど。でも、それでも、俺は俺の夢をあきらめることはできない。それに、さっきゆーちゃんと約束したばかりだからね。千夜ちゃんには悪いが、俺の目的については納得してもらうしかない。
「迷惑をかけるのはわかるけど、でも幸い、私達は2人いる。片方いなくなっても、あまり周りに迷惑をかけることはないんじゃないかなって思うんだよね」
「本気で言ってるの? 愛結ちゃんがいなくなって、悲しんでた人はいるんだよ。ヒンナさんも、キュヴァちゃんも、私も……。愛結ちゃんがいなくなって、悲しい気持ちにさせられたんだよ? いなくなっても迷惑かけないなんて、そんなの嘘だよ。私はともかく、ヒンナさんやキュヴァちゃんの気持ちも考えてあげてよ!」
千夜ちゃんは、本気で怒ったように俺に言う。確かに、師匠やキュヴァちゃんとは仲良くやってきたし、死んだふり作戦で悲しませてしまったのは申し訳なかったかもしれない。そこに関しては反省だ。でも。
「死んだふりはやめて、好きなように生きちゃダメかな? キュヴァちゃんと師匠には事情を説明して、納得してもらってさ」
「それは、良いかもしれないけど。でも、愛結ちゃんには誠意が足りないよ。愛結ちゃんは、キュヴァちゃんが死にかけていた時、どう思ったの? きっと、とてもつらかったと思う。愛結ちゃんは、その時感じた感情を、そのままキュヴァちゃんやヒンナさんにも感じさせてたんだよ。そんな軽い感じで、事情を説明して納得してもらおうなんて、都合がよすぎるんじゃないかな」
キュヴァちゃんが死にかけた時……。幹部様に、キュヴァちゃんの”魔核”を奪われた時の話か。確かに、その時の話を出されると、俺も何も言えなくなってしまう。
キュヴァちゃん達に悲しい思いをさせてしまったこと、それについては、誠心誠意謝罪をしなければならないかもしれない。
「……。わかったよ。確かに、師匠やキュヴァちゃんにはとても悪いことをしちゃったなって思う。だからちゃんと、後で自分で事情を説明して、誠心誠意謝るよ」
「それなら……別にいいんだけど」
キュヴァちゃんの件に関しては、とりあえず千夜ちゃんも納得してくれたらしい。
けど、だからと言って光堕ちの件についてまで納得してくれた、というわけではない。
当然、そっちの説得もしないといけないわけで……。
「えーと、それで……。光堕ちについてなんですけどぉ……」
「……どうしても、したいの?」
「まあ、ええ、はい」
「……正直、私はさ、愛結ちゃんが遊美と交わした約束にも、正直納得できてないんだよ。話を聞く限り、遊美は歪んでる。あの状態を肯定するなんて、遊美にとってもよくないと思う。だけど、愛結ちゃんはもう止まれないんだね」
千夜ちゃんの声は、心底呆れが混じっていて。同時に、そこには俺に対する深い理解があった。
「じゃあ……」
「勘違いしないでほしいんだけど、私は別に、愛結ちゃんの光堕ちを認めたわけじゃないからね」
「へ?」
「今は見逃すけど、でも、そのうち絶対、愛結ちゃんも遊美も、私が真っ当な道に導いてあげるから。だから、それまでの間だけだよ。それまでの間だけ、許す。ただそれだけ」
そっか。
俺と千夜ちゃんの大きな違い。それは。
自分自身を光堕ちさせるか、他人を光堕ちさせるか。そこなのだろう。
俺はどこまでも、自分自身の光堕ちにしか興味がない。別に他者の光堕ちも好きだけどね。ただ、千夜ちゃんは自分自身の光堕ち以上に、他人を光堕ち、更生させることの方がずっと好きだったんだろう。
「そっか。なら、期待して待ってるよ。私を満足させてくれるような光堕ちを、提供してくれることをさ」
「そうだね。私は愛結ちゃんが用意してくれたレールに従って、一足先に光堕ちしておくことにするよ」
言質は得た。千夜ちゃんは、俺が光堕ちのために、好きに生きることを許してくれるみたいだ。
「変にお姉ちゃんに心配をかけたくはないから、愛結ちゃんのことは隠しておくけど。光堕ちするなら、いつでも事情は説明しとくから。まあ、光堕ち先については心配しないでよ」
「そっか。ありがとう」
「それと、夜風についてなんだけど……」
「夜風? ジェネちゃんの娘の? 何かあるの?」
「あの子もあの子で、色々あるみたいだから。多分、遊美についてくる形になるし、愛結ちゃんも行動を共にすることになると思う。だから、気にかけてあげてほしいなって」
なるほど。詳しいことは知らないけど、でも、夜風はジェネちゃんの忘れ形見みたいなものだ。一緒に行動することになるなら、ちゃんと彼女とは向き合っていかないといけないのかもしれない。
「わかった。まあ、遊美のことも夜風のことも、私に任せておいてよ」
「少なくとも、私が愛結ちゃん達を光堕ちさせるまでは、ね」
「あーね。ま、ほどほどに期待しておくよ」
さて、これで、千夜ちゃん誘拐事件は解決、かな。あとはキュヴァちゃんと師匠に謝って、晴れて俺は自由の身ってわけだ。
「それと、あのフィルバーグレーネについてなんだけど……」
千夜ちゃんは少し困惑した表情でフィルバーを見つめる。ああ、あの子か。
正直、どういう目的で動いてるのかはよくわからないし、なんか変になつかれてて奇妙だとは思うけど。
「ま、放っておいていいんじゃない? 本人の好きなようにやるでしょ」
「そっかぁ。まぁ、いっか。あの子のことも、私が責任もって光堕ちさせてあげるからね」
どうだろうか。あの子、光堕ちとかそういう感じとは無縁なようにも思えるんだけどなぁ。まぁ、別にいいか。
俺自身はあの子がどうしようと気にしないし。千夜ちゃんがあの子を光堕ちさせようッていうのなら、わざわざそれを止める必要もない。
とにかく、これで一旦は丸く収まった。あとは……。
「ルーイ……」
千夜ちゃんとの対話を終え、光堕ちへの道を進もうとした俺に声をかけたのは。
「キュヴァちゃん……」
キュヴァちゃんだった。キュヴァちゃんは『模倣の魔』を失っているにもかかわらず、背中に黒い翼を生やして、空中をぷかぷかと浮いていた。
今の彼女には、魔力なんてものもないはずだ。おそらく、あの黒い翼は彼女に元々備わっている、体の器官のようなものなのだろう。思い返してみれば、幹部集合会議を行うときは毎回翼を生やしていた気がするし、戦闘の際にも翼で空を飛んでいたりした気がする。
逆に翼がない時もあったから、あの翼は自由に出したり、しまったりできるみたいだ。便利だなぁ。
「事情は、何となく知ってる。光堕ちのために、突き進もうとしてることも、わかってる。でも……」
「でも?」
「ちゃんと話してほしかった。何も言わずに、死んだふりをしてそのままなんて、そんなことしてほしくなかった」
「……キュヴァちゃん……。ごめん…」
「いいよ。別にわかってる。ルーイにそういうところがあるってことは理解してる。その性質のおかげで、私が救われたのも確かだし。だからまあ、別にいい。けど、これだけは約束して」
キュヴァちゃんは、俺に向けて小指を差し出してくる。
「私達は、友達。だから、どんな立場でも、お互いにいつでも、一緒にゲームをしよう!!」
俺が死んだふりをした時、きっとキュヴァちゃんは、とても悲しんだんだろう。生きていると知って、ふざけるなとも思っただろう。けど、それでも。
彼女は俺を許してくれた。
友達としての関係を、続けようとしてくれていた。
だったら、俺もそれに応えないと。
「うん。そうだよ。私達はずっと友達」
「指切りげんまん。今度こそ、私に隠し事はなしだから」
「う、うん、わかった」
そう言ったキュヴァちゃんの声は、今までに聞いたことのないくらい低いものだった。
あ、これは相当怒ってらっしゃる? ま、まあそうですよね。はい、ごめんなさい。私が悪かったです。
「もう行っていいよ。次死んだふりとかしたら、その時はどうなるか。わかるよねー?」
キュヴァちゃんは煽るように言う。明るめの口調を装ってはいるが、どうにも怒りを隠せていない様子だった。
……本当に気を付けよう。
「さて、それじゃあ、始めようか」
俺はキュヴァちゃん、千夜ちゃんに別れを告げて、遊美の手を取った。