「………甘ちゃんベルめ。仕方ない。ベルにやれないのなら、私がやるしかない」
昔からそうだった。
ベルは感情的で、私は合理的。ベルは不合理であっても、感情を優先するし、私は感情が嫌悪したとしても、合理性を優先する。
馬が合わない、と思ったことはある。けれど、私とベルは、互いに互いの欠点を補い合って今まで長く付き合ってきた。
だから、ベルを責めるつもりはない。
彼女には向いていなかった。ただそれだけの話だ。
向いていないことをやらせても仕方がない。こういうことは、私の方が手慣れているのだから。
私は逃げ出した広井愛結、ブラックルーイの背中を追う。
このままアジトの場所を突き止めてもいいが、ベルの『インビジブルマスカレード』がない状態でそれをするのは危険。何なら、ホワイトポイズナーの正体がバレていることを考慮すれば、『インビジブルマスカレード』ありきでもアジトまで追跡するのはリスキーだろう。
事前に場所がわかった上で、計画を練って襲撃するのなら、何も問題はないだろうけども。勿論『インビジブルマスカレード』がある前提での話だが。
とにかく現状の最善策は、広井愛結、ブラックルーイを拘束し、尋問して情報を吐かせることだ。
それが1番安全で、私達の存在を知らせずに情報を得れる、実に合理的な手段だと言える。
「しかし、路地裏に誘えないのは厄介。いかにして広井愛結を民衆から孤立させ、拉致できる環境に追い込むか……」
……そこだけがネックだ。これのせいで、尾行してアジトの場所を探るという手段を取る選択肢が、私の脳内から消えてくれない。
リスキーだし、不合理であるその手段を取りたくはない。けれど、現状維持をするのも危険である可能性があるのだ。
……ベルのように、道に迷った外国人のふりをして誘い出す、というのは、できない。だって私は日本人だから。
というかそれ以前に、一度それで騙されているのだから、当然警戒するだろう。
ただ……彼女が全く人気のない場所に行く瞬間は、絶対に生じる。
ブラックルーイは、悪の組織に協力している魔法少女だ。
絶対に『ワ・ルーイ』とコンタクトを取る瞬間はあるだろう。
だとすれば、『ワ・ルーイ』と接触する際、人目につくような場所に行くとは考えにくい。
その瞬間を、狙う。
彼女が、『ワ・ルーイ』に接触するために、人気のない場所へと足を運んだ瞬間。それが勝負だ。
『……順調ですわね』
「レディ、お疲れ様。やっぱりベルには無理だったね」
『ええ、そのようですわね。……とりあえず、彼女が路地等、人目の付かない場所に行った瞬間に、変身して彼女を襲う、という流れで構いませんわね?』
「うん。それでいいよ」
私は羽の生えた猫のような見た目をした妖精、レディと共に、広井愛結の後をつけ続ける。
ここでバレては、全てが水の泡だ。
レディには、他の人に姿が見えないように隠れてもらっている。
彼女が、人目の付かない場所へ移動する。その瞬間を狙う。
はやく………はやく……はやく……。
心臓の鼓動が、ドクンドクンと鳴り響く度に、次に鳴り響く音までのスパンが、短くなっていく。
私の鼓動は、緊張に伴って、その速度を増しているのだ。
ここでバレれば、全てが水の泡だ。
ベルが、私が、隠密して行動してきたこと、その全てに意味がなくなってしまう。
だから、バレる前に。はやく……。はやく彼女が、人気の少ないところに入る瞬間を……。
「ふー、つかれた。さて、今日は師匠、どんな料理を作って……」
今だ!
「レディ!」
『ええ、わかりましたわ!』
私は即座に変身し、広井愛結の背後から襲いかかる。
「『リジェクトクロー』」
「えっ?」
広井愛結は、私の攻撃に反応し、すぐさま振り返った。が、突然の襲撃に対応しきれず、肩あたりを私が魔法少女に変身したことによって手に入れた爪により、引き裂かれる。
「いっ………つ……」
肩のあたりを抑え、私の存在を認識した瞬間。
広井愛結の体を、真っ黒い闇の粒子のようなものが取り囲む。
何の力も持たない少女が、そんな現象を引き起こせるはずがない。
つまり……。
「ビンゴ」
私の推測は、正しかった。
広井愛結は、魔法少女ブラックルーイだったのだ。
ベルの気持ちもわかる。もし、彼女がブラックルーイでなければどうなるか?
その懸念は、ごもっともだ。
だが、状況証拠的に、彼女がブラックルーイであることはほぼ確信していた。
その、かもしれないという限りなく低い可能性を考慮するのは、やはり合理性に欠けていた。事実彼女は、魔法少女ブラックルーイだったのだから。
「……一体どういう風の吹き回し? いった……」
「単純な話。貴方が魔法少女ブラックルーイであると見破った。だから襲撃した。ただ、それだけ!」
「っ! 『ブラックハンド』」
「レディ、身代わり」
『了解しましたわ』
私は、魔法少女ブラックルーイの『ブラックハンド』に、レディを生贄として差し出す。これは、初めてブラックルーイの戦闘を見た時から、決めていた作戦だった。
レディはどうせ戦えない。それに、『ブラックハンド』に拘束されたところで死ぬわけではない。だから、合理的に考えて、レディが生贄になるのが最適だと判断した。
「…『ブラッドテンタクル』」
ブラックルーイは、私によって付けられた傷から出た血を利用して、触手を生み出す魔法、『ブラッドテンタクル』を発動する。だが、これも既に一度見た魔法。対処は容易い。
「『リリースサイクロン』」
「………『ブラッドフィッシュ・爆』」
「!?」
『リリースサイクロン』によって、完全にブラックルーイの『ブラッドテンタクル』を対処して慢心していた私だったが、続けてブラックルーイが使用した魔法に、少し動揺する。
『ブラッドフィッシュ』自体は、以前にも見た魔法ではある。だが、彼女は今、『ブラッドフィッシュ・爆』と、そう発言していた。
それが表すものとは…すなわち。
「派生魔法! 厄介な!」
「その反応ぶりからして、どうやら私の戦闘を観察してきたようだけれど、残念ながら、私は今まで本気を出してきていないの。貴方の知らない手札は、まだあるわ」
『ブラッドフィッシュ』は、キューティバースの『ストロベリーアロー』を相殺する形で出していた魔法だった。キューティバースの矢に、血で生み出した魚を被弾させて、自身に矢が届かないようにする。そんな使い方しかしていなかったものだから、てっきり対症療法的な魔法としか思っておらず、まさか攻撃手段として使えるとは思ってもいなかった。
だから、私は『ブラッドフィッシュ』に対する対処法を、特別用意しているわけではない。
「……準備不足だった……不覚…」
『ブラッドフィッシュ』は、永遠に私を追い続ける。逃げても逃げても、その追尾は止まらない。
“爆”とついている魔法だ。きっと接触すれば爆発するのだろう。被弾するわけにはいかない。が、『ブラッドフィッシュ』から逃げ続けていれば、ブラックルーイに逃げられてしまう。
「厄介な……!」
「……ふう。貴方には、お魚さんの相手がお似合いよ。それじゃあ、精々足掻くがいいわ」
「ま、待て!」
ブラックルーイが逃げる。が、私はそれを追うことができない。
……仕方がない。最善とはいかなかったが、まあいい。
とにかく、『ブラッドフィッシュ』の対処をしないと……。
うわあああああバレたああああああ!?
何で何で何で? 魔法少女って『夢幻の魔』っていう認識阻害の魔法かかるんだよね?
俺も魔法少女だから、その魔法かかってるはずだよね?
何でバレたん? え、どうしよう、もうゆーちゃんに会いに行けなくなる……。
そ、それは困る……。本当にどうしよう…。
「し、師匠〜!」
「何ルーイ。今日の晩御飯はハンバーグよ」
「わーいやったー! じゃなくて! 師匠、大変なんです! 変身前の状態でブラックルーイであるとバレてしまいました!」
一応ミステリアスロープレはしておいたんだけどさ……。でもバレてはいるんだよね。
とにかく、師匠に情報を共有しておかないと。
もうお外出歩けなくなる〜!
「何を今更。そりゃバレるわよ。だってルーイって、変身前と変身後で姿が変わらないもの」
「いや、だとしてもですよ。『夢幻の魔』があれば、認識阻害がかかって私がブラックルーイであるとバレないはずなんです! なのに何故かバレちゃったんですよぅ」
「あのね、ルーイの『夢幻の魔』は、悪いけど不完全なのよ。普通の魔法少女のそれとは違う。一般人には認識阻害がかかっても、魔法少女を欺くにはちょっと精度が足りないというか」
「そ、そうなんですか? というか、分かってたならはやく言ってくださいよ!」
師匠、俺の『夢幻の魔』が弱いってこと知ってたならさあ。一言でも伝えて欲しかったよ。だったら何かしら変装なり何なりしていくのにさぁ。
というか、精度が低いって、魔法少女の才能なかった系? いやでも変身できてるしな…。
「聞かれてないもの。というか、そんなに困るの? あーそっか。私みたいに仮面を付けてるわけじゃないから、魔法少女達には顔バレしてるのね」
「仮面……その手があったああああああ!!」
「ま、バレたならもう遅いわね。今更だけど付けとく? 私のミステリアス仮面」
「うわあああ!!」
もっとはやく師匠とミステリアスに取り掛かっていたら。多分最初から仮面を付けて登場することを選んでいたはずだ。
運命の悪戯か、俺が師匠と出会ったのは既に魔法少女達に姿を晒した後だったわけだが。
……本当にどうしようか。
でも、ゆーちゃんとは結構交流してるしな……。多分、『あの悪役娘も実は可愛いところあるんだぜ』作戦は有効に発動できるとは思う…。
けどゆーちゃんに俺がブラックルーイだとバレると……。
俺が街を破壊する悪い奴だって知られたら……。
もう仲良くしてくれないかもしれない…。
それはやだ。ゆーちゃんとは遊びたいし一緒にいたい。
光堕ちも大事だけど、友達と遊ぶのだって大事なのだ。
「ま、安心しなさい。私と一緒に外に出かけるときは、私が強力な認識阻害魔法をかけてあげてるから。仮に魔法少女に出くわしたとしても、貴方がブラックルーイであるということはバレはしないわ」
それは非常に助かるんだが…。
「師匠、それじゃあ意味ないんですよー! 私単体でもなんとか認識阻害通用しませんかね? 今からでも入れる保険ないですかね?」
「ないわ」
「あばばばばばばば!!」
「ま、そんなどうでもいいことはさておき。今日はルーイの好きなハンバーグよ。余分に作ってあるから、好きなだけ食べなさい」
……く、仕方がない。ゆーちゃんと遊ぶのは、光堕ちしてからにしよう。
光堕ちして、ゆーちゃんに土下座して頼み込んで、もう一回友達になってもらうんだ。それでいい。
とりあえず今は、師匠特製ハンバーグを美味しくいただくことだけに脳を使おう。
「召し上がれ」
「いただきまーす!」
うんまあああああああああ!!
『逃げられましたわね』
「だね」
ブラックルーイは、私よりも一枚上手だった。
まさか、今までの戦闘で手札を全て出し切っていなかったとは。
こちらの手札もある程度晒してしまったし、当初の予定と照らし合わせて、あまり上手く事を運ばせることができなかった、というのが、今回の尾行の評価になるだろう。
けど、収穫がなかったわけじゃない。
「とりあえず、発信機を付けることには成功した。これで、アジトの位置は判明する」
『やりましたわね。これでようやく、奴らを根本から……と思いましたが、奴らはアジトを複数もっていますわ。今回発見できたアジトも、あくまでその内の一つでしかないと思いますわ』
「それでも、今まで一つとして見つけることのできなかったアジトを、ようやく一つ発見することができた。これだけでも、大きな成果になると思う。多分私の存在は、奴らに知られてしまっただろうけど」
まあ、私の存在がバレる分には問題ない。
……いや、ベルの存在も、既にブラックルーイに見せてしまっているんだったか。
…しくじった。最初から私だけが動いて、ベルは潜伏させておくべきだった。ベルが感情を優先して、広井愛結を拘束しない可能性は、十分に予測できたことだったから。
「とりあえず、ベルも連れてアジトを襲撃する。今回見つけたアジトは、完膚なきまでに叩き潰す」
『……それは構わないのですけれど、ベルは本当に大丈夫だと思いますの? 彼女、広井愛結のことを見逃しましたのよ? ブラックルーイに肩入れする可能性も、否定はできませんわ』
確かに、ベルならブラックルーイに加担する可能性も考えられる。
……。そうだな…。
「広井愛結がブラックルーイであること、これは伝えないでおこう。ベルは広井愛結が友人とかばい合う姿を見て、彼女を拉致することを諦めた。だから、ブラックルーイが広井愛結だと知れば、ベルは動揺して使い物にならないどころか、最悪裏切る。けど、ブラックルーイの正体を伝えなければ、アジトを潰すこと自体は協力してくれるだろうから」
ブラックルーイを叩く時に、ベルが協力してくれるかどうかはまた別の話になってくるが、少なくともアジトの破壊には協力的になってくれるだろう。
それに、アジトを襲撃する上で、ベルの『インビジブルマスカレード』は必須だ。あれがなければ、私達の襲撃はすぐに勘付かれ、逆にこちらが捕縛される羽目になるだろう。
『了解しましたわ。あくまでベルには、広井愛結がブラックルーイであったことを伝えない、という方向性で行きますのね。しかし、アジトを発見した経緯はどう説明しますの?』
「私の方でブラックルーイを発見したことにすればいい。広井愛結については、ブラックルーイが彼女の姿を利用していた。彼女の姿に変身して陽動として使っていた、私が間違っていた、とでも言えば、納得すると思う」
『いいんですの? 貴方が悪いということになってしまいますわよ?』
「うん。これでいい。変にベルからの信頼を失うよりよっぽど」
『了解しましたわ。では、その方向性で話を進めることにいたしますわね』
ようやく掴んだ組織の尻尾。これを逃すわけにはいかない。
ベルは、私のやり方に納得してくれはしないだろう。けれど、これでいい。
今までだってそうだった。
ベルにできないことは私が、私にできないことはベルがやってきた。
そして、これはベルにできないけれど、私にはできることだ。
ここで、少しでも組織の戦力を潰す。
「レディ……絶対に潰すよ。奴らのアジトを」
『ええ、粒子レベルで消し炭にしてやりますわ』
やめて! 今アジトに襲撃されちゃったら、ヒンナちゃんが全く整理してない資料が全部明らかになっちゃう!
洗脳動画が今見られたら、ミステリアスムーブや光堕ちはどうなっちゃうの?
ミステリアスさはまだ残ってる。ここを耐えれば、まだミステリアスできるんだから!
次回! 『アジト死す』デュエルスタンバイ!