魔法少女ブラックルーイの情報…。
私は以前、魔法少女ムーンノウシーカーとして活動している、山吹遊美という少女と接触し、ブラックルーイの正体……彼女の親友についてを、教えてもらった。
名を、光千夜。
どこにでもいる、優しくて明るい、元気な少女だったそうだ。
誰かを傷つけるような、そんな真似はせず。
誰かが困っていたら、迷わず手を差し伸べる。そんな子だったと、私は山吹遊美から聞いていた。
そして、とある日、ショッピングモールで被害に遭って、行方不明になったとも。
山吹遊美は、ブラックルーイを一目見て、すぐに光千夜のことを思い浮かべたらしい。が、言動や思想、そのどれもが、本来の光千夜とはかけ離れていて……。
組織に何かしらされているのは間違いないと、そう確信していた。
……その原因を一緒に探って欲しいと、私は誘われてもいた。
だから、私はブラックルーイの情報を確認する必要がある。
「……まずは基本の資料。魔法少女ブラックルーイ。組織が対魔法少女の戦力として、妖魔では足りないと判断し、戦力補強のために加えた手駒」
『……この辺は、大した情報が載っていませんわね。もう少し先の方を読むことをオススメしますの』
「光千夜、ね……。姉がいるそうだけど、姉の方は拉致していないんだね。血縁関係者を残しておくと、それだけ光千夜を捜索しようとする人が増えると思うんだけど、どうしてわざわざ残してるのか……絶望させるためか」
「……拉致して……悲しませて負の感情を得ようとしてるってこと…? そんなのって………」
「いや、そうとは限らない。これが事実だとすれば、もっと拉致被害者が増えていてもおかしくはない。『ワ・ルーイ』が負の感情をエネルギーにするためには、何か条件があるのかも?」
私達は、ブラックルーイについての資料を読み進める。
光千夜という少女を拉致し、無理矢理魔法少女へと覚醒させたこと。
洗脳装置によって、組織に忠実になるように脳を弄くり回したこと。
彼女に人体実験を行うことによって、魔法少女についての研究を進め、さらに“怪人”を生み出したということ。
「魔法少女ジェネシステネーブル…? ……これに関しては情報が少ない…。組織は他にも魔法少女を保持している…? いや、けど洗脳装置はあのアジトに設置していたはず……。とするならば、私達が洗脳記録を見つけられないわけがない…。これも、要検討、かな」
ブラックルーイ………いや、光千夜は、組織の被害者だった。
そして、山吹遊美が予想していた通り、組織によって手を加えられたことで、『ワ・ルーイ』の悪事に加担するように、変えられてしまったのだ。
私は、今までのブラックルーイの言動を思い出す。
とても心優しい少女が放つとは思えない言動ばかりだった。
人のことを煽るような態度に、街を破壊すると豪語する姿。
けど、それが本来の姿ではないのだとしたら。
歪められた結果、あんな悪辣な人格に捻じ曲げられてしまったのだとしたら。
「………最低な組織だわ……。胸糞が悪い」
文字を見るだけでも、嫌悪が止まらない。
『ワ・ルーイ』が悪の組織だと認識こそしていたが、ここまでとは思わなかった。
「……一通り資料は読み終えた? ……なら、これで終わりだね。さて、今後の方針だけど……」
もう終わり?
……いや、まだ残っている。
資料は読み終えた。けど、あのアジトで入手できたのは、あの資料だけではない。
「ビデオ……」
「……何?」
「ビデオ、あったでしょ? あれの内容も、確認しておかないと」
私の言葉に、鳴は目を細め、私に見せるつもりはなかったと言外に語っているようだった。
「………見ないの?」
「………ベル、鏡で自分の顔を見てみるといいよ。……そんな状態の人に、このビデオを見ようなんて誘うのは、非合理的」
鳴がそう言うと、彼女の傍にいたレディが、私の部屋の中にあった手鏡を取って、私の顔の前へと持ってくる。
……私の顔色は、少し悪くなっていた。
ブラックルーイの情報を読んで、胸糞悪くなったからかもしれない。
彼女の情報は、まさしく悲劇の記録であったから。
私は、そんな不幸を見て、心が痛んで仕方がなかったのだ。
文字情報だけで、そんな状態に陥っているのだ。当然、映像を見せようなんて気は、起こりはしないだろう。
私は、鳴が何故ビデオを見ずに切り上げようとしていたのか、鏡を見てようやく理解した。
けど…。
「……鳴、見せて。お願い。私は……逃げたくないの」
それに、私は山吹遊美に………彼女に約束したのだ。
ブラックルーイを………光千夜を助けるために、協力するって。
なら、こんなところで逃げてなんていられない。
私は、真正面から向き合う。
この、醜い現実に。
「………わかった。けど、ベルの体調が悪くなりそうだったら、言って。途中で切り上げるから」
映像は、少女が装置に拘束されている様子から始まっていた。
身動きが取れず、困惑し、不安そうな表情を見せる少女。そんな彼女の元に、全身が触手でできた、人型の何かと、1人の男がやってくる。
“さて、これから実験を始めるわけですが……どうして貴方も付いてきてるんですか? ピュアさん”
“……ちょっと気になっただけですよ、先輩”
男の方……触手ではない方が、拘束された少女に近づいていき、頭をひと撫でしてから、赤子をあやすかのように、優しく話しかける。
“千夜ちゃん、怖いと思うけど、大丈夫だからね。すぐに終わるから”
“…な、なんなんですか、これ…。私はこれから……何……されるんですか…?”
拘束された少女……千夜は、怯えながら男に話しかける。
当然だ。気付いたら拘束されていて、目の前に見知らぬ男と、触手の化け物がいるのだ。怖がらずにいろという方が無理がある話だろう。
“先輩、それじゃあはじめましょうか。千夜ちゃん、大丈夫。俺がそばに付いててあげるからね”
男の言葉を皮切りに、触手の化け物が、おそらく洗脳装置であろうと思われるそれを、起動する。
瞬間、少女の体は震え出した。
“な……。に………ご………れ……”
“千夜ちゃんの記憶を消してるんだよ。今まで過ごしてきた記憶ぜーんぶ消えちゃうんだ。千夜ちゃんの今までは、全部無駄だったってこと”
触手のようなものが、彼女の耳へ……脳へと侵入していく。あれを利用して、彼女の記憶を…。
「そんな………。そんな惨いこと…!」
“や……だ……! 助けて……おねえ………ちゃ…………遊…美……!……あ、あああ!!”
少女が助けを叫ぶ。姉に、親友に。
けど、その声は2人には届かない。
少女に許されているのは、ただ自身の脳を蹂躙されることだけ。
組織の都合の良い駒になること以外求められず、そして、組織の駒になることしかできない。
誰も、助ける事はできなかった。
……それは、私も同じで。
“辛いね、苦しいね。けど、大丈夫だよ。辛いのも苦しいのも、全部忘れるから。これからは俺達のために生きていくんだからね。大丈夫。これまでの無意味な人生の記憶を消すだけだからさ。だって君は、俺達に使い潰されるために生まれてきたんだから”
男の……少女のことを道具としか見ていないような発言に、心の底から怒りが湧いてくる。
叫ぶ少女の姿を見るたびに、心臓が張り裂けそうになる。
もう見たくない。こんなショッキングな映像を、記憶に残したくないと、私の本能が拒絶を示している。
けど、見なきゃいけない。
私は、この現実を受け止めなきゃいけない。
“あ………があああ!! ………ひが………………り…………お………”
少女の四肢は、拘束から抜け出そうと必死に抵抗したために赤く腫れ上がった跡がついていた。けど、拘束器具はびくともしていない。
彼女の瞳からは大量の涙が溢れ出ていて、それがまた私の胸を締め付ける。
“遊美ちゃんのことも、お姉ちゃんのことも、綺麗さっぱり忘れちゃおうね。楽しかった思い出とか、全部無駄だからさ”
彼女の鼻からは、赤色の液体が垂れるように流れ出ている。脳にダメージが入って、それによって鼻血が出てしまったのだろう。
……それはまるで、体が拒絶反応を示しているようにも思えた。
“ぢ……………じ…………だ…………いぃぃぃぃ……!”
四肢に残った抵抗の跡、彼女の涙の跡や鼻血、もう既に何を喋ろうとしているのかもわからないほどに、支離滅裂になってしまった言葉、その全てが痛々しくて…。
「もう……やめて……。やめてあげて……」
私には、何もできない。ただ懇願することしか。
けれど、これは既に終わった出来事なのだ。今更変えようがない事実なのだ。
それが現実であることに、私はひどく絶望してしまう。
“あはは。もうまともに喋れもしてないね。何言いたいか全然分かんないや。無様で可哀想。でもそういうところがいいね。洗脳が終わったら、俺と仲良くしようね。遊美ちゃんとの思い出も、お姉ちゃんとの思い出も、ぜーんぶ俺との思い出に上書きしてあげるからさ”
不快感しか湧かない気持ちの悪い男の声を最後に、やがて少女の洗脳は終わりを告げ、映像もここで終了していく。
……記録なのだから当たり前なのだが、私には、指を咥えて見ていることしかできなかった。
少女が苦しんでいる時、私は彼女に何もしてあげることができなかった。
山吹遊美が、この映像を見ればどうなるか……。
赤の他人の私でさえ、こんなにも心苦しい気持ちにさせられているのだ。
親友の彼女が見れば……とても正気ではいられないかもしれない。
………映像を見せるのは、やめておこう。けど、光千夜を助け出すためには、彼女にも情報は共有しておいた方がいいことは確かだ。記憶を消されてしまったこと、そして、洗脳されてしまったこと。この情報は、彼女にも渡しておいた方がいい。
……光千夜は、今も苦しみの中にいるのかもしれない。
大切な記憶を消され、大事な人達のことを思い出せず、やりたくもない悪事に、洗脳で無理矢理加担させられているのだから。
………彼女は、絶対にあの暗闇から助け出してあげないといけない。
私は、映像を見て強くそう誓ったのだった。
「どうだった?」
「……正直、気分は物凄く悪いわ。でも……。ブラックルーイのことは、深く知れた。私は………彼女を助けたい。あんな組織から連れ出して……もう一度遊美やお姉さんに会わせてあげたい……。そう思ったわ」
感情的なベルのことだ。きっとそう言うだろうと思っていた。
そして、ベルがその選択を取ると言うのなら、私は……。
「ベル、少し気分が悪いから、外で涼んでくるね」
「……あんな映像を見た後だし、仕方がないわ。…………私も、少し顔を洗って頭を冷やしてくるわ…。ちょっと今、冷静でいられそうにないから」
私はベルの部屋から出ていき、そのまま玄関から外へ出る。
外に出てすぐ空を見る。
青く澄んでいて、汚れがない。少し落ち着くような気がした。
『鳴、大丈夫ですの?』
いつの間にか私の隣までついてきていたレディが、私を心配して、そう問いかけてくる。
……顔に出してしまっていただろうか? ベルが取り乱すから、できるだけ冷静でいようと思っていたのに。
「……うん。大丈夫だよ。私は、ベルほど感情的じゃないから」
『…………』
「……でも、あの映像は…………少し……」
情報だけ見た時は、なんとも思わなかった。
拉致されて、洗脳されて、まあ、可哀想な少女がいたものだなと、他人事みたいにそう思っていた。
けれど、実際に被害に遭っている彼女の姿を見ていると、私は……。
『……ブラックルーイ……彼女を、どうしますの?』
被害者である彼女を……あの組織から救い出してあげたい。
そう思う気持ちは、私にもある。
けれど。
私は、感情を優先してはいけない。
私とベルは、一心同体。
二人三脚で、今までやってきた。
ベルが感情で動き、私が理屈で動く。
そうして私達は上手く生きてきたのだ。
ベルが感情で、ブラックルーイの事を助けたいと願うのなら。
私は理屈に従い、ブラックルーイを……彼女を……。
「……殺すよ。……私は、そうしなければいけないから」
『…………』
私がそう話す姿を見て、レディは物悲しそうな表情を私に見せる。
そんな表情を見せられても、私は感情に動かされてはいけない。私が理屈で動かなければ、ベルが感情のままに振る舞うことができなくなってしまうのだから。
だから、私は……。
『…………ベルから聞いた情報ですが、同じ魔法少女に、ブラックルーイの……光千夜の姉がいますわ』
「へ?」
『ブラックルーイを殺せば、彼女の反感を買いますわ。……ですから、私が彼女の契約している妖精と相談して、ブラックルーイの洗脳を解く手段について話し合いますわ。その後に、天秤にかけてくださいな。ブラックルーイを殺して彼女の姉の反感を買うか、多少手間が掛かってもブラックルーイの洗脳を解くか……。また改めて、私が問いますわ。その時に、貴方が合理的だと思う選択を取るといいですわ』
「それ、は……」
『……合理的に動きたい。それは結構ですわ。けれど、それを優先しすぎて自身の感情を押し殺してしまう、それが貴方の悪い癖ですの。……きっと、その癖はすぐには直らない。ですから、私は、貴方が合理的な判断を選択しつつも、必要以上に心をすり減らす必要のない、そんな選択を、提示できたらと、そう思っていますわ』
レディは、私の本心に気付いていたんだろう。私が合理的な選択を取ろうとして……感情を押し殺し、ブラックルーイを殺すという選択をしたことも、全てお見通しだったわけだ。
………確かに、レディの言う通り、私は、感情を優先するということは、きっとできないと思う。
それは、ベルのためでもあるし、今までそうして生きてきたから、というのもある。
そんな私を見て、レディは私のために……私が、ブラックルーイを殺すという、その選択を選ばなくて済むような、そんな未来を提示してくれた。
私も、ブラックルーイの……彼女の事は助けてやりたいと思っている。
だから……。
「ありがとう、レディ」
感情だけじゃない。
感情以外で、彼女を助ける理由を作ってくれたレディに、私は感謝する。
私の気持ちは、もう既に組織の被害者である少女を助けたいという思いで一杯になっていた。
まあ、洗脳といってもこいつ途中で脳内で「光堕ちしたいー!」とか考えだしてるんで、残酷な描写でもなんでもないでしょ()
一応表現緩和ver(文量減らしただけ)も用意けど、多分大丈夫でしょ。