話数合わせるの大変なんで章分けはしませんけども。
……既に私達の存在は、『ワ・ルーイ』に知られてしまった。これはつまり、これ以上潜伏して組織の情報を探ったとしても、前ほど情報を収集する事はできないだろうということを意味する。
ならば、キューティバース達と合流し、情報を共有する。これが1番合理的だと、私達は判断した。
とは言っても、向こうの事情も事情だ。
ブラックルーイ……光千夜の姉に情報を共有する際は最大限配慮しなければならない。
が、私は感情面は全てベルに任せてしまっているため、たまにノンデリになってしまう部分がある。
だから、彼女のことをよく知るであろう、キューティバース達の契約妖精であるキュートに、まずは話を通すことにした。
『なるほどっきゅ。つまり、ブラックルーイは、聖歌の妹である光千夜が、組織に洗脳されて変身した姿というわけっきゅね』
『そういうわけですの。単刀直入に言いますと、洗脳を解く手段、これについて、貴方と模索していきたいと考えていますわ』
『……………まず、ビデオはキューが預かっててもいいっきゅ?』
「……それは、どうして? キューティバース達に、このビデオを見せると? 精神に異常をきたす可能性がある映像を彼女達に見せるのは、合理的な判断とは言えないと思うけど」
ベルも私も、あのショッキングな映像を見て少なからず心にダメージを負った。
それを、光千夜の姉に見せつけるのは、酷だろう。とすれば、彼女達に見せたいから映像が欲しい、とは到底思えないのだが。
『必要なんだっきゅ。聖歌や苺の幸せのためには、その映像が』
「……それだけじゃ分からない。何故必要なのか、それを具体的に教えてくれないと」
『そうですわね。隠したい情報があるのかもしれませんが、こちらにもはっきり伝えてくださいませんと、納得できませんわ』
『……なら、言うっきゅ』
キュートは真剣な表情を見せつつも、心苦しそうに話す。
『……ブラックルーイは、もう……助けられないっきゅ』
「………どういう、こと?」
……助けられない?
拉致されて、洗脳されて。
親友や姉に、必死に助けを求めていた、あの被害者の少女が?
……分からない。まだ、話は終わってない。
『……組織に洗脳された時点で、詰みなんだっきゅ。あの……触手の男……オクトロアの触手は、対象の脳を直接刺激して、対象の倫理観や記憶を、完全に破壊してしまうんだっきゅ』
「……そ、んな……」
『もし映像でオクトロアの触手の餌食になっていたのなら、もうブラックルーイは助からないっきゅ。……ブラックルーイは、二度と、元の人格には戻らないんだっきゅ』
……そんな酷い話があるだろうか。
拉致され、洗脳され、組織に使い潰されて……。
それでいて、もう二度と元には戻れないなんて。
そんな酷な話……。
「不合理だ……」
……あの少女を、助ける事は不可能だというのだろうか?
私には、彼女を……ブラックルーイを殺す道しか、残されていないの…?
『……仮に、そうなのだとして、何故貴方が映像を保持しておくことになりますの?』
『……ブラックルーイの姉……光聖歌は………母親の記憶を消しているんだっきゅ』
『母親の記憶を…?』
『そうだっきゅ。母親も、聖歌のように妹を亡くした経験があるんだっきゅ。……それで、聖歌の母親は、自身の子供の、それも妹の千夜が失われたことで、精神に異常を来したんだっきゅ…』
『まさか……』
『聖歌は、母親の精神を安定させるために、母親から、光千夜に関する記憶を、全て消去したんだっきゅ』
『そ、んな………聖歌さんがそんな選択を強いられていたなんて……辛い話ですわね……』
『………仮に千夜が戻ってきたら、きっと聖歌の母親は、元の精神異常状態に戻ることになるっきゅ。いくら千夜が帰って来たといっても、一度壊れた精神は、修復するのに時間がかかるんだっきゅ』
合理的に考えるのなら。
もう、洗脳が済んでいるブラックルーイを生かしておくわけにはいかない。
これ以上被害を増やさせないためにも、彼女を討つ必要がある。
けど……。
本当に、そうなのだろうか?
キュートという妖精の言っていることが、本当に正しいと、何故断言できるのか?
レディは信頼できる。私やベルのことを考えてくれているし、尊重してくれる。
それに、レディも、あの映像を見ていた時悲痛な表情をしていて、心を痛めていることが分かった。
けど、私は、このキュートという妖精の事をよく知らない。
そうだ。合理的に考えて、信頼できない相手の言う事を魔に受けるのは、間違っている。
まだ、ブラックルーイを助けることが、非合理的であると決まったわけじゃない。
「信頼、できない。貴方の言う事、全て。映像は渡せない。何故欲しがるのかもよくわからない」
『……必要なんだっきゅ。聖歌や遊美に、現実を分からせるんだっきゅ。もう二度と、ブラックルーイは……光千夜は帰ってこないと、はっきりと現実を見せるんだっきゅ。諦めをつけてもらうためにも、その映像は必要なんだっきゅ』
「……わざわざ見せつける必要がどこにあるの? 事情を説明して、もう二度と戻らない、だから諦めよう。それでいいはず。わざわざ、あのショッキングな映像を見せつける意味が分からない!」
『それは今、君自身が証明しているっきゅ。映像を見せないと、聖歌達はもう1ミリも残っていない希望に縋ろうとするっきゅ。今の君も、実際ブラックルーイを救う手段がないと知っているのに、それを認めたくなくて、ありもしない希望に縋るために、キューを悪者にでも仕立て上げようとしているのが見え見えっきゅ』
「それ、は……私は……合理的に考えて……」
『……鳴…。……キュートさんは、本当に聖歌達の幸せを願っているんだと思いますわ。私も、映像を見せる必要があるのかについては疑わしいと思っていますわ。けれど、キュートさんはキュートさんなりに、彼女達の幸せを願っていますのよ』
きっと、図星だ。
感情で動かないと、感情的な事はベルに任せると、そう誓っていたのに。
柄にもなく、私は今、合理性よりも感情を優先してしまった。
……分かっている。分かっているのだ。
それが正しいのだと。
「……分かった。私も、覚悟を決める」
『分かってくれたならいいんだっきゅ』
……今までだってそうだった。
私は、常に合理的に判断してきた。
ブラックルーイは、もう助けられない。
なら、私が一思いに殺してあげるのが、せめてもの情けではないか。
『……鳴、力及ばず、申し訳ないですわ……』
「いい。レディは、何も悪くないから……」
悪いのは全部、あんな事をしでかした組織『ワ・ルーイ』だ。
あいつらを、生かしておくわけにはいかない。
特に、あの時現場にいた、あの触手の化け物と、言動の気持ち悪いあの男。
あいつらだけは、絶対に……。
仕留めないといけない。
これは、感情じゃない。あいつらを生かしておけば、それだけ被害は多くなる。
合理的な判断だ。
私が感情に左右されてしまったら、その皺寄せはベルに来る。
だから私は覚悟を決める。
合理的でいる。
それこそが、私に与えられた役目なのだから。
『……それで、映像をわたすつもりにはなったっきゅ?』
『それは………』
「………わかった。渡すよ。ただ、聖歌さんに見せるかどうかは、じっくり考えて判断して欲しい。私は彼女のことを知らないから、見せるべきか見せないでいるべきかは分からない。貴方の判断に委ねるしかない。けど、良い結果になることを望んでる。だから……」
『大丈夫っきゅ。絶対に聖歌が不幸にならないように、ちゃんと考えてるっきゅ』
千夜を、取り戻せるかもしれない。
そう思った私の心は、以前よりも軽くなっていて。
一時期は、私が千夜のことで頭を悩ませている様子で、苺に心配をかけてしまっていたが、今は苺から心配の目を向けられることはなくなった。
きっと、私はもう大丈夫だと、そう思ったのだろう。
……私はもう決めた。
千夜を組織から取り返し、もう一度姉妹に戻る。
『聖歌、今時間はあるっきゅ?』
「? 急にどうしたの? もしかして、怪人?」
『いや、怪人は出ていないっきゅ。ただ、聖歌に見て欲しいものがあるんだっきゅ』
そう言って、キュートはビデオを取り出して、私の目の前に見せつける。
「これは?」
『ブラックルーイについての記録っきゅ』
「え! 千夜の?」
千夜についての情報……。それが得られるのなら、私としては時間に余裕がなくとも是非見たい代物だ。
千夜を救い出すためには、私が千夜に全力で謝って、あの日のことを許してもらう必要がある。
同時に、私の強さを千夜に示して、千夜を守れるだけの力があることを証明する。そうすればきっと、千夜はもう二度と、私の元から離れようとは思わないだろう。
そして、それを行う上での条件。それは、千夜を捕まえることだ。
肝心の千夜がいなければ、説得も、私の実力の証明もできやしない。
だから、少しでも情報を集めて、千夜がいる位置、滞在場所等を洗い出しておけば、私が千夜と元の姉妹に戻れる確率は、数倍に跳ね上がるだろう。
そう思い、私は勇んでキュートにビデオを視聴することを申し出る。
「時間ならあるわ。いくらでも。だから、私にその映像を見せて頂戴。千夜の情報は、少しでも多く集めておきたいの」
『わかったっきゅ。聖歌、許して欲しいんだっきゅ。これも聖歌のためっきゅ』
「? 何の話?」
『再生するっきゅね』
キュートがビデオを再生する。画面が付き、最初に目に入った光景は…。
私のよく知る妹が、何か大掛かりな機械に拘束されている様子だった。
四肢は念入りに拘束されていて、とても身動きが取れるようには思えない。
“ど、ど……こ……?”
千夜は困惑していて、不安そうな表情を見せている。
「……キュート、これはどういうこと? 千夜が拘束されている映像を見せて、何を……」
もしかして、私へのサプライズだったり?
もう千夜は捕えたから、今から説得しに行けるよと、そう言いたいのだろうか。
だとすれば、すぐに行かないと。
そう思い、私がキュートに真偽を確かめようとした、その時だった。
“さて、これから実験を始めるわけですが……どうして貴方も付いてきてるんですか? ピュアさん”
“……ちょっと気になっただけですよ、先輩”
2人の男……片方は、組織の幹部として対峙したこともある触手の男で……。もう片方は、顔は整っているのに、薄気味悪い笑みを浮かべているせいで気持ちの悪い顔になっている知らない男だった。
「実験……? どういう…」
実験。その単語を聞いて、考えたくない可能性が頭に浮上してくる。
考えてみれば、映像の千夜の見た目は、今の千夜ではない。私が見捨てた時……3年前の時の千夜の見た目だった。
なら、この、映像は……。
“千夜ちゃん、怖いと思うけど、大丈夫だからね。すぐに終わるから”
“…な、なんなんですか、これ…。私はこれから……何……されるんですか…?”
「やめ…ろ…触るな……」
男が千夜に触れる。気持ちの悪い笑みを浮かべて、我が物顔で私の妹に、不躾に触れている。……気持ちが悪い。そんな男に、抵抗もできずに触られているしかない千夜がまた、可哀想で……。
“先輩、それじゃあはじめましょうか。千夜ちゃん、大丈夫。俺がそばに付いててあげるからね”
「なにを……はじめるの? 千夜に何を……」
『洗脳っきゅ。ここで、光千夜は、この男達に…………脳を……』
せん………のう……?
“な……。に………ご………れ……”
“千夜ちゃんの記憶を消してるんだよ。今まで過ごしてきた記憶ぜーんぶ消えちゃうんだ。千夜ちゃんの今までは、全部無駄だったってこと”
『あの触手は、記憶を完全に消去するっきゅ。一度失われた記憶は、破壊され尽くしているから、二度と戻ることはないっきゅ。もう二度と』
記憶を、消す……?
私と過ごして来た、思い出も?
私が千夜と一緒に、遊園地へ行ったあの日も。
学校への登下校を一緒にした、平和な日常も。
お姉ちゃん、お姉ちゃんと、私によく懐いて、今日学校であったことを明るく話してくれたあの日々も。
全部?
「駄目……それは……駄目………」
いやだ。いやだ…………。
いやだいやだいやだいやだいやだ!!
千夜に忘れてほしくない。私と過ごした日々を、日常を。
千夜の記憶を消してほしくない。
私の……私の大事な妹の……記憶を…。
私の、そんな願いは叶うこともなく。
無慈悲にも、千夜の耳から、記憶を消すための触手が、千夜の脳を貪らんとして侵入していく。
「あ……う……そ………」
千夜の脳に、触手の魔の手が及ぶ。
もう、二度と千夜は思い出せなくなる。私のことも。私と過ごした日々のことも。
『記憶“消去”とは違う、記憶“破壊”っきゅ。聖歌の母親と違って、どう抗っても、もう記憶が元に戻ることはないっきゅ』
“や……だ……! 助けて……おねえ………ちゃ…………遊…美……!……あ、あああ!!”
千夜が叫ぶ。私のことを呼んで、全力で……。
私は……何も分かってなかった。
千夜のことを、一度私は見捨てた。にもかかわらず、千夜は連れ去られた後も、私の助けを必死に待っていたんだ。
私のことを信じて。最愛の私が、見捨てるはずはないって、そう思って……。
「あ……千夜………ごめん、なさい…………ごめん………ね………」
助けてあげられなかった。見捨ててしまった。
千夜は、あんなにも私の助けを求めていたのに。
千夜は、全力で抵抗して、必死に拘束から抜け出そうと、手足をじたばたさせようとする。けど、結局それは千夜の綺麗な肌を傷つけることしかできず、拘束している器具には一切の傷が付かなかった。
強いていうならば、千夜が抵抗したことによって、四肢にできた傷から出た血が、拘束器具を赤黒く染め上げたことくらいだろう。
千夜の抵抗は、その程度の虚しい結果に終わっていた。
“辛いね、苦しいね。けど、大丈夫だよ。辛いのも苦しいのも、全部忘れるから。これからは俺達のために生きていくんだからね。大丈夫。これまでの無意味な人生の記憶を消すだけだからさ。だって君は、俺達に使い潰されるために生まれてきたんだから”
違う……。千夜は、そんなことのために生まれた子じゃない!
千夜は、明るくて、元気で……誰にでも優しくて……。
「どうして……どうして、千夜なの……。なんで……なんでお前達みたいなのの食い物にされなきゃいけないのよ…!」
“あ………があああ!! ………ひが………………り…………お………“
“遊美ちゃんのことも、お姉ちゃんのことも、綺麗さっぱり忘れちゃおうね。楽しかった思い出とか、全部無駄だからさ”
「無駄なんかじゃない! 千夜が私と過ごした日々は、無駄なんかじゃ……」
お願い、耐えて千夜…。私との思い出は、無駄なものじゃないから……だから………お願い……。
“ぢ……………じ…………だ…………いぃぃぃぃ……!”
“あはは。もうまともに喋れもしてないね。何言いたいか全然分かんないや。無様で可哀想。でもそういうところがいいね。洗脳が終わったら、俺と仲良くしようね。遊美ちゃんとの思い出も、お姉ちゃんとの思い出も、ぜーんぶ俺との思い出に上書きしてあげるからさ”
やめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!!
「あ“あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」
私は、この映像を直視することができない。
……何が、説得すれば姉妹に戻れるだ。
何が、あの日のことを許してもらえればだ。
そんなもの、もうとっくに……。
「千夜……」
失われてたのに…。
映像には、虚な瞳をした千夜の姿が映し出されている。
触手に脳を貪られながら、不自然に何故か笑みを浮かべている千夜の姿を見て…。
「う”っ“……ゔぉ“ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”え“ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”え”え“え”!!!」
私は、吐いた。
あまりにも、気持ちが悪くて。
千夜が、千夜じゃない何かになったような気がして。
それでいて、私達の今までの思い出が、すべて土足で踏み荒らされたような気がして。
もう、何もかもがぐちゃぐちゃで。
おかしくなってしまいそうだった。
『聖歌、千夜はもう、手遅れだっきゅ。あの触手の効果で、記憶は破壊され、倫理観も壊れて、ただの悪人になり下がったんだっきゅ。だから、千夜のことは諦めるんだっきゅ』
記憶も壊されて。
私との思い出なにもかもぜーんぶ消えて……。
優しかった千夜は、倫理観が破壊されたからもういなくて。
組織に洗脳されて、街を破壊し尽くして。
人体実験で、怪人なんてものまで生み出すことになってしまって。
千夜の人生は、組織に完全に使い潰され尽くしてた。
あーあ。もう手遅れだったんだ。
見捨てたからだよ、馬鹿。
私が、あの時見捨てた時点で、もう。
終わっちゃってたんだ。
全部。
千夜の大事なところ、思い出も何もかも全部壊されて。
何で、何で、私はあの時見捨てちゃったんだろう。
あの時、私が助けに行ってれば。
千夜があんな風にならなくて、済んだのかなぁ?
元通りになれるなんて。
もう一度姉妹になれるなんて。
そんな甘い話、どこにもなかった。
「あ……あはは……あひゃひゃ……ひひ……」
『せ、聖歌…?』
そっかぁ……。
もう、無理なんだ。
私、もう、二度と。
千夜の姉になんて、なれないんだ。
「あは……あはは……きゃははははは!!?」
あーあ。
もう、生きてる意味なんてないや。
……千夜、ごめんね。
私もう……。
何にも、わかんないや…。
年末の曇らせはこれで足りますかね。良い年越しを!