現場に向かう前に、もし万が一キュートが戦場へ向かっていなかった時のことを考えて、私は一度、光家に立ち寄ることにした。
流石に、薬深ちゃんを1人で行かせるわけにはいかないと、そう思った私は、彼女にもついてきてもらっていたのだが……。
「うーん……インターホン押しても、誰も出てこないなぁ……」
聖歌の家のインターホンを何度か押してみたのだが、誰も光家の玄関を開けることはなく……。
普段なら、聖歌のお母さんあたりが出迎えてくれるはずなのだが、それすらもなかった。
「どうしよう……このまま待ってたら、怪人に街が……。仕方ない。キュートが来ていることを祈って行くしか……」
「……苺ちゃん、あ、危ないからさ、私だけが行くよ」
「へ…?」
薬深ちゃんが、1人で…?
確かに、戦う力もないまま戦場へと向かえば、人質にされたりするかもしれないし、いても邪魔なだけだろう。
……それに、『夢幻の魔』がない状態で戦場へ姿を現してしまえば、私の正体がバレてしまう危険性が生じてしまう。
向かわない方がいい。それは分かってる。けど…。
「薬深ちゃんは、大丈夫なの?」
彼女は、ブラックルーイに一度破れ、トラウマに近いものを植え付けられている。そんな状態で、ブラックルーイがいるかもしれない戦場に、向かわせてしまってもいいものなのか。
「……怖い、けど……。でも……。私は、皆と同じように、街を守りたいから…。……組織の被害者を、これ以上出したくはないし……奴らの好きには、絶対にさせたくないから」
『……薬深、別に無理しなくてもいいクル。やりたくなきゃやらなくてもいいクル。自分の知らない人間が、どうなろうと知ったことじゃないクル。それでも、やるクルか?』
「クール、心配してくれて、ありがとう。けど、これが私のやりたいことだと思うから。………ここで逃げたら、多分私、一生笑えない気がするから」
『……了解クル』
薬深ちゃんの決意に、彼女の契約妖精であるクールは理解を示す。
クールは、特段『ワ・ルーイ』の悪行を止めようだとか、そういう感じの考えはしていないみたいだった。
自分の知らない人間が、不幸になろうが知ったことじゃないってスタンスで…。
それは、私や聖歌に対しても同じだった。
けど、薬深ちゃんのことだけは、ちゃんと考えている。そんな妖精だっていうのは、薬深ちゃんを通して少なからず関わってきた私にも、分かってきた。
クールは、薬深ちゃんのことを第一に考えてる。
この世界の皆が不幸になろうと、薬深ちゃんが不幸になるような選択は、しないはずだ。だから…。
「クール、薬深ちゃんのこと、お願い」
『言われなくても、薬深が傷付くようなことはさせないクル』
「……苺ちゃん、私、がんばるね」
「うん……。万が一のことがあっても困るし、一応遊美ちゃんにも連絡入れてみるけど。でも、信じてるから。私も、キュートが見つかり次第、すぐ向かうから」
「うん。わかった。それじゃ……」
そう言って、薬深ちゃんは戦場へと足を運んでいった。
……今は信じよう。
キュートのいない私じゃ、どこまで行っても無力で、邪魔にしかならない。
とにかく、私にできることは…。
「……もしもし? 遊美ちゃん、今大丈夫…?」
『……苺……先輩…。はい、大丈夫です、けど………』
「……ごめんね。遊美ちゃんが、学校優先したいっていうのは分かってるんだけど。……でも、怪人が出てて。聖歌はここ最近学校も休んでるし、私はキュートが見当たらなくて……」
『そうなんですね……』
「うん。今薬深ちゃんが向かってくれてるんだけど…。ブラックルーイが来ることも考えたら、どうしても、遊美ちゃんの力も借りたくて。だから…キュートを一緒に探してくれない?」
遊美ちゃんは、基本的に魔法少女として街を守るのは、自身の学校生活に支障が出ない範囲で、という風に決めているらしくて。だから私や聖歌みたく、授業中にもお構いなしで戦場に飛んでいけ、とは言いにくいんだけど。
でも、薬深ちゃんを1人で行かせて、私はのうのうと待っているだけなんて、そんなの出来ない。
遊美ちゃんには申し訳ないが、今回だけ、力を貸して欲しい。
今日の戦闘が終われば、聖歌の様子を見に行って、なんとかして、また、私と聖歌の2人で街を守れるようにする。
だから…。
『キュートなら、丁度私の隣にいますよ……。……怪人が出ているなら、そちらへ向かわせます。現場に行けば、合流できるようにしておきますよ』
「本当? ……遊美ちゃんに連絡して良かった! ありがとう! それじゃ私、すぐに向かうよ」
偶然、遊美ちゃんの元にキュートは来ていたらしく、彼女に手配してもらうことにした。
遊美ちゃんは、怪人が出ていたことを知らないようだったが、おそらく今はまだ学校にいるだろうし、休憩時間中とはいえ、次も授業がある。だから、怪人と戦う時間なんてないだろう。そこを配慮したキュートが、きっと遊美ちゃんにあえて何も言わなかったのだ。
『気をつけてくださいね…。申し訳ないんですが……。私は今、行けそうにないので……』
「気にしなくていいよ! 私は、街を守るのが好きだからやってるだけだもん。…勉強、頑張ってね!」
その言葉を最後に、私は電話を切り、駆け足で現場へと向かう。
「待ってて薬深ちゃん、すぐに向かうから…!」
「『ブラッドテンタクル』」
「『リリースサイクロン』!」
俺とメイド服姿の魔法少女の戦闘は、互角に進んでいた。
彼女とは2度ほど顔を合わせているのだが、1回目は不意打ちからの戦闘だったし、2回目は師匠がとち狂ってアジトごと破壊してしまったので、碌に戦えなかった。
正真正銘、正々堂々と戦ったのは、これが初めてだろう。
それで、戦ってみた感想だけど…。
「焦ってるみたいね? 余裕ないの?」
「うる……さい…」
彼女の様子は、以前までと異なり、悲痛な表情を浮かべながら、無理に自分を奮い立たせているようだった。
そのせいか、魔法の精度も前回より下がっている。
加えて、俺と同時に怪人の相手もしなくてはならないので、実際彼女には余裕がないのだろう。
「『ブラッドフィッシュ・爆』」
俺はそんな彼女に追い討ちをかけるように、1度目に彼女から逃げるために使った魔法を使用する。これの対処法、1度目の時は持っていなかったはずだ。そして、もし、前回から学びを得ていないのであれば……。
「ちっ………くそ!」
彼女にとって、最も厄介な魔法となるはずだ。
実際、彼女は『ブラッドフィッシュ』を見て、逃げ回ることしかできていない。
「……このままじゃ…」
逃げ続ける彼女。しかし、逃げ続けていても状況は好転しない。どころか、段々と『ブラッドフィッシュ』とそれに追われる彼女の距離は縮まってきている。
怪人も、あれに追撃する必要はない、もはや時間の問題だと、そう判断したからか、魔法少女との戦闘は中断し、街の破壊を再開していた。
俺も俺で、キュヴァちゃんの力を借りることなく、メイド魔法少女のことは倒せそうだなと、そう呑気に考えていたのだが……。
「『マジックネット』」
メイド服の魔法少女を追いかけていた、爆発機能付きの魚が、蜘蛛の糸のようなもので全て拘束され、封じられてしまう。
『マジックネット』、その魔法を放ったのは、メイド服の魔法少女ではない。
その魔法を行使したのは……。
「………へぇ……」
「ブラックルーイ……、私は………お前のような“魔女”を、許しはしない」
以前俺がボコボコにして“絶望”させたはずの少女。
純白の服を纏った魔法少女の姿だった。