千夜が洗脳される映像。
それを私達は、視聴することになった。
私は、隣にいる苺先輩に目を向ける。
……もし、苺先輩まで壊れてしまったら、もう、私は……。
私なら、まだ、本の世界で残酷な物語を読むことだってあった。
私はもともと、バッドエンドな話が好みだったし、どうしようもない最後というのも、味があって良いものだと思う傾向があった。そのため、悲しい物語にたくさん触れてきた過去がある。
けど、苺先輩は…?
本をそこまで読むわけでもない。人並みにテレビを見たりはするのかもしれない。けど、人並み以上ではないだろう。
普通の学生生活に加えて、魔法少女の活動もしているわけだから。
それでいて、苺先輩は人の悪意にあまり触れてきていないはずだ。
苺先輩が、良い子だから。周りに集まってくる子も、どことなく良い子ばかりなんだと思う。
私の場合は、もともと根暗だったから、そういう捻くれた人と触れ合う機会もあった。けど…。
苺先輩は、本当に大丈夫なんだろうか…?
“ど、ど……こ……?”
“さて、これから実験を始めるわけですが……どうして貴方も付いてきてるんですか? ピュアさん”
“……ちょっと気になっただけですよ、先輩”
「触手の……。ねえ、キュート、この人達は…?」
『オクトロアとピュア。組織の幹部っきゅ』
苺先輩は真剣な眼差しで映像を見る。
……手を見ると、少し震えていた。強がってはいる、けど、苺先輩だって怖いんだろう。
親友が壊れてしまうほどの映像、それを今から見せられるのだから。
“千夜ちゃん、怖いと思うけど、大丈夫だからね。すぐに終わるから”
“…な、なんなんですか、これ…。私はこれから……何……されるんですか…?”
“先輩、それじゃあはじめましょうか。千夜ちゃん、大丈夫。俺がそばに付いててあげるからね”
男は……ピュアは、変態がするような、恍惚な表情を浮かべながら、千夜に触る。
まるで、舐め回すように……。
「千夜……!」
拘束されて、身動きのできない状態で、好きでもない男に、執拗に撫で回されて……。
嫌がる千夜の姿を見て、私は……。
「? なに、この感覚……」
「…………ピュア、顔は覚えた。この男が……」
苺先輩は、映像に真剣に向き合い続けている。
幹部の顔と名前を覚えて、一体何を考えてるんだろうか。私にはわからない。
“な……。に………ご………れ……”
“千夜ちゃんの記憶を消してるんだよ。今まで過ごしてきた記憶ぜーんぶ消えちゃうんだ。千夜ちゃんの今までは、全部無駄だったってこと”
千夜の耳に、オクトロアの持つ触手と同じような見た目をした異物が入り込む。
………気持ちの悪い見た目をした、あんなものを入れられて……。
千夜は、必死に堪えるような表情をしていて……。
「っ……」
それが……何だか。
「……気持ち悪い……。こんな酷い目にあった子のことを……私は……敵だって……」
苺先輩は苺先輩なりに、千夜の現状を見て表情を曇らせているみたいだった。
『記憶を完全に消去する触手っきゅ。一度失われた記憶は、破壊され尽くしているっきゅ。もう二度と元には戻らないっきゅ。苺、改めて見て、現実を受け入れるんだっきゅ』
「……ちゃんと受け止めるよ。私は、逃げないから」
それでも、苺先輩は逃げようとはしなかった。ちゃんと現実と向き合うと、そう決意していた。
『記憶“消去”とは違う、記憶“破壊”っきゅ。どう抗っても、もう二度と記憶が戻ることはないっきゅ』
“や……だ……! 助けて……おねえ………ちゃ…………遊…美……!……あ、あああ!!”
千夜が叫ぶ。私の名前を……。
千夜が私のことを求めてる。親友である私に、信頼を寄せて……。
クラスの中心にいて、誰にでも頼られて、いつも周りに人がいた千夜が。
今は誰にも助けられることなく、孤独に、蹂躙され続けている。
そんな中で、千夜は私のことを求めて……。
「……私……助ける……絶対千夜ちゃんのこと、助けるから…! だから…!」
『苺……どうしてそこまで……! もう、もう諦めるしかないんだっきゅ! どうしようもないんだっきゅ!!』
“辛いね、苦しいね。けど、大丈夫だよ。辛いのも苦しいのも、全部忘れるから。これからは俺達のために生きていくんだからね。大丈夫。これまでの無意味な人生の記憶を消すだけだからさ。だって君は、俺達に使い潰されるために生まれてきたんだから”
千夜はもがく。拘束から逃れようと。私や先輩の元へ帰ろうと、必死に。
どうあがいても、もう逃げられはしないのに、その光景は、無様としか言いようがなかった。
手足は傷つき、あの何でもできたはずの千夜は、映像の中で、完全に無力な存在になっていた。
“あ………があああ!! ………ひが………………り…………お………“
“遊美ちゃんのことも、お姉ちゃんのことも、綺麗さっぱり忘れちゃおうね。楽しかった思い出とか、全部無駄だからさ”
『見るっきゅ。もう、まともに喋れてもいないっきゅ。光千夜は、一度完全に壊されたんだっきゅ。もう、光千夜なんて存在は、この世にいないっきゅ。光千夜は、ここで死んで、代わりにブラックルーイが生まれた。それが現実なんだっきゅ』
「そんなこと、ない! 千夜ちゃんはまだ生きてる! こんな酷い目に遭って、それで終わりなんて……そんな悲しい結末で終わらせたくない!!」
苺先輩の方を見る。
手の震えは止まっていた。
けど、その代わりに……苺先輩の手は、真っ赤に染まっていた。
強く握りしめたことで、血が出てしまったのだろう。映像を見たことで、それほどになるまで苺先輩が強い感情を抱いたのであろうことが伝わってくる。
“ぢ……………じ…………だ…………いぃぃぃぃ……!”
もう呂律も回っていない。意味のない単語を並び立てて、ああ、もう人の言葉すらも話せないなんて……。
あんなに勉強ができた千夜が、国語の点数がすこぶる高かったあの千夜が……。
まともな会話もできないくらいに、みっともない姿を晒している……。
もう、取り返しがつかなくて、それで……。
“あはは。もうまともに喋れもしてないね。何言いたいか全然分かんないや。無様で可哀想。でもそういうところがいいね。洗脳が終わったら、俺と仲良くしようね。遊美ちゃんとの思い出も、お姉ちゃんとの思い出も、ぜーんぶ俺との思い出に上書きしてあげるからさ”
映像が終わる。苺先輩は、最後まで壊れることなく、千夜のことを助けると、その思いをしっかりと胸に抱いたままだった。
『苺、どうしてそこまで………』
「……キュート、私は、向き合ったよ。ちゃんと、この現実に。だから……」
苺先輩と、キュートが話を続ける。
私は、苺先輩が壊れなかったことに安堵した。
安堵は、したんだけど……。
「はぁ………はぁ……」
私は胸を抑える。
動悸が激しくなっている。映像を見る前は、普通だったのに。
体が、熱い。どうして、私はこんな……。
ビデオの方を見る。
画面に映るのは、虚な目をした親友の姿だ。
作り物のように不自然に、歪んだ笑みを浮かべて無気力に装置に座り込む、千夜の姿だ。
私は、それを見て………。
ドクンと、心臓が高鳴る音がした。
………うそだ。
そんな………まさか。
千夜は、私の親友だ。その親友が、あんな目に遭っているというのに、私は……。
う、うそでしょ、そんなわけない、私は…。
もう一度、止まった映像の中にいる千夜を見る。
さっきよりも動悸が激しくなっている気がする。
おかしい、これじゃ……これじゃまるで、私……。
……そうか、私は……。
………先輩の記憶を、尊厳を守ると言っておきながら。
千夜が尊厳を失うその様に……………。
……最低だ……。
私って……最低だ。
光堕ちしたいとかいうふざけたこと言ってる子の親友なんだから、まあこういう一面があってもおかしくないよねっていう。