聖歌の妹。
千夜ちゃんが洗脳される様子を記録した映像を、私は見た。
その内容は、酷いもので。思わず目を瞑りたくなってしまうような光景が映し出されていた。
けど、私は最後まで、目を背けなかった。
最後まで、千夜ちゃんがどんなことをされたのか、この目で見てきた。
だから、今度は……。
「お願いキュート。私に協力して」
『…………苺……』
キュートの言動には、違和感も多い。
そもそも、キュート自体に不可解な部分が多かった。
私達は、キュートの本当の目的を知らない。最初にキュートと契約した時、キュートは、この街を守りたい、人々の笑顔を守りたいのだと、そう言っていたけど、実際のところ、何を目的として私達に魔法少女の力を与えたのかは不明だ。
「………黙ってちゃ、わかんないよ…。ねえ、キュートはどうして、ブラックルーイを……千夜ちゃんを助けることを拒絶するの?」
私は、知らなきゃいけない。
どうしてブラックルーイを拒絶するのか。なぜ最初から諦めてしまっているのか。
そして、キュートが何を目的としていて、どこまで情報を持っているのか。
『……言ったとおり、もう手遅れなんだっきゅ。苺も、映像で見たはずだっきゅ。オクトロア触手によって洗脳される光千夜の様子を。あれを喰らってしまった時点で、もう……』
そんなはずはない。私は、確かに見た。
聖歌の名前を聞いて、動揺するブラックルーイの様子を。
洗脳されて、記憶もなくなって、取り返しがつかなくなっている。そんな状態には、思えなかった。
「キュートは何でそうやって断言できるの? どうして、そんな幹部の情報を持ってるの? ……ちゃんと、私にも教えて欲しい」
『それは……』
「私、キュートと喧嘩したいわけじゃない。ちゃんと話し合おうよ。私に全部説明して、何でキュートがそういう結論に至ったのか、ちゃんと教えてよ……じゃないと……」
私は、キュートがいないと魔法少女に変身できない。
だから、魔法少女として戦うためには、キュートの協力が必要になってくるし、ブラックルーイの救出も、キュートに認めてもらわないとできない。
だから……。
『い、いえないっきゅ……』
「キュート!」
『い、言っても仕方がないんだっきゅ!』
キュートはぶるぶると震え出す。まるで何かに怯えるように。
……何に怯えているのか、そんなのわからない。けど……。
私は、曖昧なままで終わらせたくはない。
お互いに秘密を抱えたまま、背中を預けるなんて真似、私にはできない。
だから、何があっても秘密は吐かせる。
聖歌があんな風に変わってしまったのだから、私にだってどうしてそんな状況を作ってしまうような行動をしたのか、問い詰める権利くらいはあるはずだ。
「……キュート。私は、キュートとは仲間でありたいって、友達でいたいって思ってる……。けど、キュートが隠し事をし続けるなら……私はキュートの仲間にはなれない。友達にもなれない。だから……もしこのままキュートが何も話さないって言うんなら……私は魔法少女をやめる」
『!? ちょ、ちょっと待つっきゅ! それは…!!』
「これが私なりの決意だよ。……お願いキュート、全部話して」
私の発言に、実際に流しているわけではないが、私には、キュートが大量に汗を流して焦っているように見えた。
……キュートが困ってる。普段なら、私も踏み込もうなんて考えなかったと思う。
けど、ここは譲っちゃダメなんだ。
踏み込まないと。
じゃないと、私の大事なもの、全部失っちゃう気がするから。
『わかったっきゅ………全部………全部話すっきゅ』
「キュート……それじゃあ……」
私の決意は、キュートにも伝わったようだ。キュートは少し目に涙を溜めながら、ポツポツと話をしだす。
『…何から話せばいいのか…。とりあえず、苺に質問して欲しいっきゅ……』
キュートはオロオロとしながらそう言う。本当に、何を話せばいいのか、困惑してしまっているのだろう。
「………わかった。それじゃ、キュートの目的を教えてよ。短期的なものじゃなくて、長期的なもの。そもそも、どうして私達に魔法少女の力を与えることになったのか、とか」
『それは……』
私はキュートの言葉を待つ。
街を守るため。それが私が戦う理由だ。けれど、キュートは?
どうして、人ではないのに、人が暮らすために必要な社会を守ろうとするのか。
そこには、何か別の目的があるのではないか。
私はそう思って、キュートに問いを投げかけた。
その、返事は……。
『わ、わかんないっきゅ……』
「……へ?」
『だ、だからわかんないだっきゅ……キューは、何を目的に戦っているのか、全然………』
「な、何で……じゃあ何で私と契約して……!」
本当に、街を守りたいから、それで私達と契約したの…?
そんな、本当にただの善意で…? けど、それじゃあ何で千夜ちゃんのことを…。
『……妖精の目的は、キューにはわかんないっきゅ。だってキューには……記憶がないっきゅから』
「……どういうこと?」
『……キューは昔、契約していた魔法少女がいたんだっきゅ……。彼女は、もう会えない人になってしまったけど、その時にも、幹部オクトロアと戦闘したことがあるんだっきゅ』
「まさか……」
幹部オクトロア。
私達が何度か戦った、全身が触手でできた、少し気持ちの悪い見た目の幹部の男。
そして、彼の持つその触手の能力は、キュートの言葉が正しいのなら…。
『そうっきゅ。キューはそこで、オクトロアの触手によって、記憶と…………倫理観を失ったんだっきゅ。キューは、そこで一度、空っぽになってしまったんだっきゅ』
だから、幹部について詳しかったんだ。
実際に、その能力を身をもって体験していたから。
でも……。
「記憶が失ったのは分かるけど、どうして倫理観を失ったって、そんなことがわかるの? 記憶を失ったなら、以前の自分がどんな妖精だったかなんて覚えてないと思うんだけど……」
『……記憶を失ったといっても、全てを失ったわけじゃないっきゅ。さっきも言ったとおり、以前契約していた魔法少女のことは覚えているっきゅ。けど……妖精の目的とか、何でキューが魔法少女と契約しなきゃいけないのかとかは、全然覚えてないっきゅ。ただ、以前のキューの考え方と、明らかに違う思考になっていて……自己分析してみたところ、倫理観を喪失しているということに気づいたんだっきゅ』
「そうだったんだ……」
嘘をついているようには見えない。本当に、触手によって記憶と倫理観を失ってしまったんだろう。
倫理観を失ったから、千夜ちゃんを見捨てることにも抵抗がなかった…?
……妖精の目的を知れなかったのは残念だけど、それはまた別の機会、薬深ちゃんが契約しているクールや、リーベル達が契約しているレディにでも聞けばいい話だし、まあ大丈夫かな。
今はそれよりも……。
「とりあえず、キュートが幹部の情報を持ってる理由は分かった。けど、それじゃあどうしてブラックルーイを拒絶するの? 聖歌の妹を……千夜ちゃんを……どうしてそこまで頑なに拒否するの?」
倫理観を失っていたとしても、別にブラックルーイをそこまで拒絶しなくたっていいはずだ。目的も特にないのなら、私達に好きにやらせてくれたっていいんじゃないだろうか。
それとも、何か別の……記憶を失った後に、新しい目的でもできたのだろうか。
『…………キューは……………確かに、記憶を失って、どうして魔法少女と契約しているのかもわからない状況なんだっきゅ。………でも、少しだけ……覚えていることもあって……それが、“ワ・ルーイ”という組織を壊滅させること、そして……光家を……幸福な家庭にすること、なんだっきゅ』
『ワ・ルーイ』を壊滅させること。これはまだ、理解できる。
けど、光家を幸福にさせる…?
今のキュートのやっていることは、聖歌も、聖歌の母親も不幸にしている。
「おかしいよ、キュート。なら、どうして千夜ちゃんのことを諦めるの? キュートも幹部オクトロアの被害者なのかもしれない。けど、だからって記憶がもう二度と戻らないとか、そんなの分からないでしょ? 戻る可能性がないわけじゃない。本当に光家を幸せにしたいなら、何で……」
『そんなことわかってるっきゅ!!!! けど、けど!! こうしないと、もうダメなんだっきゅ!!! 救おうとしたって、無理なんだっきゅ。どうせすぐにこの手から零れ落ちるんだっきゅ!! 贅沢は、身を滅ぼすんだっきゅ!! 全部救おうなんて、そんなの甘い考えなんだっきゅ!! だから……だからキューは……』
キュートは、取り乱したように言う。
………そこでようやく、私は気づいた。
キュートは、今までずっと、私を説得させようとしているんだと、そう思ってた。
けれど、それは違う。
キュートは多分…。
自分自身に、言い聞かせてたんだ。
もう無駄だ。こうしないとダメなんだ。そうやって、自分に暗示をかけて……。
でも、どうして?
どうして、キュートはそんなことを?
「キュート、落ち着いて。どうして、キュートはそう思うの? ……私にも、ちゃんと共有して欲しい。何も説明せずに喚かれても、私には理解できないから。ね?」
私は、キュートに優しく声を投げかける。
こうでもしないと、キュートは落ち着いてくれないだろうから。
『……ご、ごめんっきゅ。ちゃんと説明するっきゅ』
「うん。分かった。ちゃんと聞くから」
キュートは少し深呼吸して、落ち着きを取り戻していく。
冷静になった状態で、少しずつ、キュートは言葉を紡いでいく。
『……さっきも言った通り、キューには、昔に契約していた魔法少女がいたんだっきゅ』
「うん、そうだったね」
『……その魔法少女は、キューが記憶を失った後も、キューに寄り添ってくれて……キューのことを考えてくれたんだっきゅ』
「優しい人なんだね」
『……そうっきゅね…。その子は……夕音は……優しかったから、困ってる人がいたらすぐに助けて……それで……』
「それで…?」
『キューも、夕音みたいに、困ってる人を助けたいって、そう思ったんだっきゅ……。だから、その日から、色んな人に手を貸すようになって……けど、そのせいで……』
キュートは、心底辛そうな顔をしながら話す。私は、キュートの背中をさすりながら、ゆっくりで良いよと、そう言葉を投げかけて、キュートの次の言葉を待つ。
『キューが……人助けなんかにかまけている間に……怪人に襲われて……』
「もしかして……」
『……死んだんだっきゅ。契約が切れて、現場に駆けつけた時には、もう……遺体すら……残ってなかったんだっきゅ』
「そんな……」
私達よりも前に魔法少女をやっていた、聖歌や私の先輩にあたる存在。
その人の存在は、今日初めて知ったし、面識もない。
けど……優しい人が、そんな悲しい終わり方をしたなんて……何だかすごく……胸が苦しくなった。
『だからキューは、余計なものを削ぎ落とすことにしたんだっきゅ。そもそも、人助けをし始めたのも、夕音の真似事でしかなかったんだっきゅ。だから、やめてもなにも……感じなかったっきゅ。けど……』
「けど?」
『……夕音としていた約束が、あったんだっきゅ…。姉さんのことを、お願いって。もし、魔法少女として活動している中で、自分が死ぬようなことがあったら、キューだけでも逃げて、姉さんを守って……幸せにしてくれって、そう言われたんだっきゅ』
「その、お姉さんというのは……」
『光
……つまり、聖歌のお母さんの妹が、キュートが以前契約していた魔法少女、ということなのだろうか。
じゃあ、キュートは、その聖歌の…叔母さんが、聖歌のお母さんを幸せにして欲しいと、そう言ったから、だから聖歌と契約を……でも…。
「じゃあ、何で尚更千夜ちゃんを見捨てる選択をしたの? 聖歌のお母さんは…千夜ちゃんがいなくなって悲しんで……」
『歌朝から、千夜の記憶は消しているっきゅ。だから、千夜を助けることは、かえって歌朝を不幸にすることに……』
千夜ちゃんの記憶を、消している…?
聖歌にやろうとしていたことは、既に聖歌の母親に行っていた…?
「キュート!! 何で!」
『歌朝は、あの時点で精神が壊れていたんだっきゅ。今の聖歌と、同じように。ああなってしまったらもう……千夜の記憶を、消すしかないんだっきゅ』
「何で……何でそんなこと……。壊れてしまうくらい……娘のことが大事だったんだよ……? それを………それを勝手に……!」
『……分かってるっきゅ。キュー自身も、千夜のことは大切に思っていたっきゅ』
「……なら!」
『だから、キューはキュー自身の、千夜との思い出を、キューから削除したんだっきゅ』
「へ……?」
『キューはきっと、千夜のことが大好きだったと思うっきゅ。そして、聖歌のことも…。けど、そんな思いは、夕音の思いを尊重する上で、邪魔になると思ったっきゅ。だから、全部自分の手で、キューはキューの記憶を削除して……歌朝が幸福に暮らせるように、ただそれだけを目指すことにしたんだっきゅ』
つまり、千夜ちゃんを切り捨てても、聖歌のお母さんも、キュートも、そして聖歌も。誰も悲しませないようにする。
記憶を消せば、千夜ちゃんのことを誰も気にしないから。
それで、“光家の幸福”という約束は果たされると、キュートはそう言っているということになる。
『キュー自身の記憶の消去は、キューの存在を大切な人の記憶から消すことによって成立するっきゅ。だから、協力者は必要ないっきゅ。キューとの記憶はもう、聖歌も、千夜も、そして歌朝も……きっと覚えていないっきゅ』
そんなの……。
「おかしいよ……。キュート、キュートだって、本当は千夜ちゃんのこと、助けたかったんじゃないの…? 本当は、千夜ちゃんがいて、聖歌がいて……お母さんがいて……それが、理想だったんじゃないの? どうして……どうしてそんなことに…!」
『過去のキューは、そうだったかもしれないっきゅ。けど、夕音の時に思ったんだっきゅ。欲張りはよくない。誰かに手を差し伸べるということは、誰かを殺すということなんだっきゅ。だからキューは、千夜を見捨てて、聖歌を残すことにしたんだっきゅ。……子供が1人いれば、歌朝の幸福は……光家の幸福は存続させれるっきゅ』
ああ、そっか。
壊れているのは、聖歌だけじゃなくて。
……キュートも、とうの昔に、壊れちゃってたんだ。
昔に契約していた子が亡くなって、千夜ちゃんも攫われて……。
倫理観が欠如したキュートは、自分の心を守る手段として、自身の記憶を、思い出を消すという選択を思いついた。
光家を幸福にするという目的と、『ワ・ルーイ』を壊滅させるという目的。
それをこなす為だけの、ただの機械と化すことで……余計な感情を削ぎ落として、システムとして生きようと、そんな壊れ方を選択してしまったのかもしれない。
「キュートの……馬鹿!」
私はキュートにビンタをする。
愚かな選択をしてしまったキュートを、糾弾するために。
「何で……何でそんなに馬鹿なの? どうして……どうしてそんな手段を選んでしまったの……? ……キュートって、聖歌達と昔から関わってきたんでしょ? だったら……もっと、相談したらよかったのに……。聖歌や、聖歌のお母さんとお父さんと、話し合って……それで…!」
てっきり、聖歌とキュートは、千夜ちゃんの件があった後に知り合ったんだと思ってた。
けど、違った。昔から、家族のように育ってきてて……。
私がそのことを知らなかったのも、きっと、聖歌がキュートの存在を隠していたからなんだろう。
親友の私よりも、聖歌と関わってきてる。
間違いなく、キュートだって光家の一員なのに…。
……こんな、狂った状態の家は、幸福なんて呼べない。
本当に、光家を幸福にしたいなら……。
「キュート、やっぱり、千夜ちゃんを助けるよ、私は…。聖歌や、聖歌のお母さんを、本当の意味で救うには、きっと、千夜ちゃんを救わないといけないから」
『その必要はないっきゅ。聖歌の記憶さえ消せば、もう2人は幸せに生きていけるんだっきゅ。だから……』
私はもう一度、分からず屋なキュートにビンタをする。
ねえ、キュート。
私はね。
キュートにも、幸せになって欲しいって、そう思うんだ。
キュートは、きっととんでもないことをやらかしてるんだと思う。
人の記憶を、簡単に扱ってしまって、普通なら、許されないことだと思う。
けど、キュートは、間違いなく、聖歌達と一緒に過ごしてきて、家族として……光家を支えようと、頑張ってたんだよね。
自分の存在についての記憶を消してもなお、また聖歌と関わって、魔法少女の契約を交わしているくらいだ。
本当のキュートは、光家を案じている妖精だったんだろう。
だから……だから……。
「キュート、怖がらなくて良いよ。……私が、私達で、何とかしよう。だから、お願いキュート、力を貸して」
私が、キュートを救う。
『苺…?』
私は、キュートの小さな体を抱きしめて、赤ん坊をあやすように、包み込む。
「馬鹿キュート!……許さないから。記憶を消して、千夜ちゃんを見捨てて、それでハッピーなんていうのは、私が許さないから!」
『……苺……駄目だっきゅ……全部は、救えないんだっきゅ……そんなことをしたら、次は苺が……』
「全部救うよ。理想論かもしれない。けど、理想を追い求めずに、最初から諦めて後悔したくなんかない。だから私は、全力で千夜ちゃんを助けにいく。皆がハッピーになれるように。遊美ちゃんにも、薬深ちゃんにも、クールやレディ、リーベルや鳴ちゃんにも協力してもらう。だから……キュート、皆が幸福になれるように、私に協力して?」
ここまで壊れちゃった光家を、再生するのは難しいかもしれない。
けど、私にはまだ、仲間がいる。
遊美ちゃんや薬深ちゃん、それに、新しく知り合ったリーベル達も。
皆で力を合わせれば、きっと……。
だから……。
『苺……でも……でも……』
「何とかするよ。だから、もう怖がらなくても良いんだよ、キュート。もう、苦しまなくても良いから。だから……」
『う……だ……めだ……キューは……! キューは!』
「………キュート、改めて、契約しよう。私は、契約に従って誓う。……必ず千夜ちゃんを取り戻して、光家を幸福にするって。だから、キュート。私に、力を貸して。皆を救えるような、魔法少女の力を!」
『苺…』
キュートは、私の差し伸べた手を掴む。
私の契約に、乗ってくれると、そういうことでいいのだろうか。
『キューには、もうわからないっきゅ。けど、苺は………覚悟を見せてくれたっきゅ。だから……契約に従って、キューは苺に力を貸すっきゅ』
不安そうな表情をしながらも、私を信頼して、力を貸してくれると約束してくれたキュート。
ようやく、キュートと本当の意味で、一緒に歩んでいけそうな気がする。
……そうだ、ここからだ。私達は、ここから歩み出すんだ。
今日が魔法少女キューティバースの、本当の意味での
でもキュートは畜生だよ