「千夜、おはよう」
「おはよう、遊美」
私と千夜は、並びたって、歩く。ところどころで、街には破壊された跡が残っていて……。それを見る度に、千夜は顔を曇らせる。
「酷い光景だよね、本当」
「……うん、そうだね……」
「たくさんの人が亡くなって、たくさんの人が傷ついて……。これをしでかした犯人は、今、何を考えて生きてるんだろうね?」
私の言葉に、千夜はぷるぷると震えて、涙を堪えながら、私にバレないようにと、必死に笑顔で取り繕おうとする。
けど、外から見れば、ただの強がりであることは明らかで。
「最低な奴だよね。今何をしてるのかは知らないけど。街を好きなだけ破壊し尽くして、好きなように暴れ回った奴が、今ものうのうと生きてるなんて、信じられないな」
「そう……だね……」
千夜はスカートをぎゅっと握りしめて、私に表情を見せないように俯く。
傷付いてるんだろう。私の言葉に。
「ねえ、千夜、今まで何考えて生きてきたの? よくのうのうと外を出歩けるよね」
「遊……美……?」
「千夜って、本当に最低だよね。本当は、一生償って生きていかなくちゃいけない。皆千夜のこと憎んでるよ。こいつのせいで、あいつさえいなければって」
「あ……い…や………」
何でもできたはずの千夜は、もう何もできない。
私の言葉一つで傷付き、再起不能になってしまうほどに精神は脆く、壊れやすい。
「みーんな、千夜のことが大嫌い」
「……や……」
「千夜のお姉さんも、千夜のせいで壊れちゃったし、お母さんも、千夜のことを思い出したせいで、狂っちゃった」
「ちが……わたし……は……」
あーあ。可哀想な千夜。
いろんな人から憎まれて、嫌われて。
味方になってくれるはずの肉親は、自分のせいで壊れちゃってて。
本当に、可哀想で哀れで。
もう、どうしようもないほどに救いようがなくて。
あーあ。終わっちゃったね、千夜の人生。
「一生償って生きていかないとね。ごめんなさいって。色んな人に地面に頭を擦り付けながら謝罪して…。踏まれてもみっともなく、謝罪をし続けなきゃね」
「ごめん……なさい……わたしの……せいで……」
「私だって、千夜のせいで……千夜のせいで、おかしくなっちゃったんだから。責任取ってもらわないと、ね?」
私は千夜の体を抱きしめる。
小さくて、無力で、簡単に潰れてしまいそうなほど、弱っちくて頼りない体を。
「大丈夫だよ、千夜。私もいるから。どうしようもないほど救いようがない千夜のこと、私は見捨てないから。ほら、だから…」
千夜の洗脳映像を見てから解散した翌日。
私は、ネットでいろいろな……千夜と似たようなシチュエーションの映像や漫画作品を見漁っては、どうしても満たされきれずに、悶々とした日を送っていた。
脳内にあの千夜の映像が焼き付いて離れない。
勉強にも一切集中できなくて、体調が悪いと嘘をついて学校や塾を休むまでしてしまった。
親は普段の私が良い子にしていたからか、疑うこともなく私が休むことを快く許可してくれていた。
体調を心配してくれる親に、罪悪感を覚えながらも、私はこの悶々とした感情を発散するために、収めるための行動をする。
けど、どれだけ探しても、私の中のそれは満たされない。
今日の夢の中には、千夜のことを徹底的に責め立てて、それに悦びを感じてしまうような、醜い私が、いた。
わかってる。わかってるんだ
「やっぱり…あの映像が……千夜じゃないと……って、違う! 私は、そんなこと……」
頭の中では、わかっている。
千夜が……千夜があんな目に遭っているのを見て、私は……。
けど、それを否定したくて、別の何かで満たそうとして、けれど満たされなくて……。
やっぱり、あの千夜の映像じゃないと、私は……。
「駄目だ………違うの、私は……千夜のこと……友達だって……」
友達が、親友が酷い目に遭っているのを見て、それで喜ぶなんて、狂ってる。おかしい。
そんな価値観があるから、私は、自分の中にある醜いものを否定したくなる。
私の中にある悪魔が、囁く。
キュートと協力して、先輩の記憶を消してしまえば、もう、千夜の身を案じる者はいない。苺先輩だって、同じように千夜のことを忘れさせてしまえば……。後は千夜を、私の好きなようにできる。
あの映像と同じように、好きなだけ千夜の脳を弄って、好きなだけ千夜の尊厳を破壊できる。
そんな、醜い囁きが。
「違う違う……私はそんなこと思ってない。千夜のこと、大事な友達だって、だから…」
あの映像を、見なければよかった。そうすれば私は、こんなことには……。
千夜の身を案じる、ただ1人の親友でいられたはずなのに。
私は、自分で自分が嫌になる。
どうして、こんな醜い欲望を持ってしまったのか。
私はただ、千夜のこと、親友として、大切に思っていただけのはずだったのに……。
「あーちゃん…」
私は、千夜以外のもう1人の親友、あーちゃんに助けを求める。
ここ最近連絡がなくて、どうしているのだろうと思っていたが…。
ふと、メッセージアプリを開いてみると……。
そこには、既読の文字。
……既読の文字は、私のメッセージを読んでいるということを証明している。
昨日までは、既読なんてついていなかった。けど、今日はついている、ということは……。
「電話したら、出てくれるかも」
私は、あーちゃんに電話をかけてみる。
『……もしもし?』
繋がった。
暫く連絡が取れなかった、あーちゃんに。
ドイツ人の魔法少女、リーベル=ローゼンベルクに出会ったあの時以降、一切私の目の前に姿を現すことのなかった、彼女に。
「あーちゃん、暫く連絡取れなかったけど、どうしてたの?」
『あーごめん。ちょっとゴタゴタしてて…。私の方から連絡の話してたのに、何も返事できなくてごめんね』
よかったと、心の底からそう思う。
少し、心配してたから。
先輩や千夜のことで頭がいっぱいで、あまりあーちゃんのことに頭を割く余裕はなかったけど。
それでも、あーちゃんのことは、大事な親友だと思ってるから。
……大丈夫だ。
私はあーちゃんのこと、ちゃんと心配できてる。
あーちゃんが不幸な目に遭うことを、望んでない。
あーちゃんの幸福を、心の底から願えてる。
私はまだ、狂ってない。
私はまだ、大丈夫だ。
だから……。
「ううん。全然大丈夫。それで………あの、また今度、遊びに誘ってもらえないかな?」
『え? うん! 勿論良いけど。何する?』
「カラオケとか行こうかなって。あーちゃんどんな歌声してるのか気になるし」
『カラオケ、いいね! いつ行こっか?』
「うん、ちょっと今私の方もゴタゴタしてるから、ある程度落ち着いたらまた連絡しようかなって。それでもいいかな?」
『全然大丈夫! それじゃあ、都合が良くなったらまた連絡して! ゆーちゃんからの連絡は、いつでも出れるようにしとくから!』
私はあーちゃんと、遊びの約束を取り付ける。
今は、千夜のことを頭から追い出さないと。
じゃないと私は、本当に千夜のこと……。
「大丈夫、まだ、間に合う……私は、千夜のことを、そんな目で見たりなんかしない。千夜の不幸を、望んだりなんかしないから…」
あーちゃんと交流して、親友としての感覚を……純粋に親友を想う気持ちを、取り戻す。
思い出すんだ、映像を見る前の……ただの親友でいられたはずの私のことを。
そうすれば、私はまだ、千夜の親友でいられるんだから。
苺先輩と一緒に千夜を助けて、それで……千夜におかえりって、心の底から、そう言うために。
私は、ちゃんとしないと。
おかしくなっちゃ、いけないから……。