巨大な……人……? ところどころ機械的で、ロボットのようにも思えるけど…。
……キュートが怪人が出たと、そう言って私達に向かわせた現場には、ブラックルーイと、最近知り合った、魔法少女スターチススクラッチがいた。
そして、私達が戦場に着いた後、ブラックルーイの後ろから、どしんどしんと、全体重をかけて地面を踏みしめながらやってきたのは……、一軒家3つ分くらいの大きさをした、巨大な人だった。
目は大きくギョロギョロとしていて、お腹はたぷんとして弛んでいる。それに反して、腕は筋肉がモリモリで、足は大きなダボダボのズボンとも言いづらい布のようなもので覆われていて、よく見えない。
胸には装甲が当てられていて、毛も一切生えていないが、顔立ちからして男性のように見える。
あれは、一体……。
それに、あの巨人の肩に乗っている、あの男……。あいつは……。
「ピュア……」
「……キューティ、知っているの?」
スターチスは、私の呟きを拾って、そう問いかけてきた。その質問に、私は素直に答える。
「うん。あいつは……千夜ちゃんを洗脳する映像の中で見た記憶があるから」
「……あの映像、結局見たんだ……」
しっかり覚えてる。
千夜ちゃんの記憶を奪うこと、それを嬉々として本人に伝えて、悦に浸っていた、最低な男。
千夜ちゃんの体に、気持ちの悪い触れ方をしていた男。
「ホワイト……あいつは……」
「多分幹部……だよね。それに………キューティ、映像って?」
『ブラックルーイが、ブラックルーイになってしまった原因を記録した映像っきゅ。……つまり、ブラックルーイが……光千夜が洗脳される光景を映し出した映像っきゅ』
千夜ちゃんが洗脳されている光景を映し出した映像。それを見たのは、私と聖歌、そして遊美…。スターチススクラッチ達も見たのだろう。だとすれば、あの映像を見ていないのは、ホワイトポイズナー…薬深ちゃんだけということになる。
薬深ちゃんなら、見せても壊れたりはしないだろうけど……。多分、見せない方がいいかもしれない。薬深ちゃんは、本質的には臆病で繊細な子で、あんな悲惨な光景を見せたら、少なからず心に傷を負いそうだから。
「見ない方がいいよ。悪趣味な映像だから。……ホワイトがどうしても見たいって言うなら、それでもいいけど…」
「そんなものが……。分かった。キューティがそう言うなら、私は見ないようにしとく」
私はホッとする。あの映像は、誰にでも気軽に見せていいようなものじゃなかったから。あの映像を見て、聖歌は壊れてしまった。そんな代物、大切な友達に簡単に見せるわけにはいかない。
それに、千夜ちゃんが洗脳される映像なんだ。きっと、千夜ちゃんからすれば、見てほしくない映像だろう。聖歌の話では、千夜ちゃんは明るくて良い子だったそうだから。
「ピュアは、映像に映ってた男。千夜ちゃんに、酷いことをした奴だよ」
「……触手の奴と同じ? ……そうか、なら、容赦はしない」
ホワイトの…薬深ちゃんの纏う雰囲気が変わる。
目はキリッとしていて、初めてホワイトと出会ったときのような、気迫のあるものへ。
「……怖いね。俺に殺気飛ばしてくる奴がいるなんて。熱烈な視線にありがとうとでも言えば良いかな? ねえ、幹部トーレスト君」
「う……おれ………ううう………」
幹部トーレスト…?
まさか、今私たちの目の前にいる大男は、幹部……。
確かに、怪人でないのなら、自然と相手は幹部、ということになるんだろうけど…。
「ああ、言葉が話せていないね。……まだ少し調整が上手くいってないのかな? 悪いね、彼、今理性がない状態なんだ。リミッターを外しているからね。ま、首輪を付けてはいるから、俺の指示がないと動けないようにはしてあるけど」
同じ幹部であるはずなのに、ピュアはトーレストのことを、まるで道具のように扱って……。
「……仲間なんじゃ、ないの…? どうして、奴隷みたいな扱いを…」
「仲間? 違うよ。俺達はただ利害の一致でつるんでただけさ。で、“こいつ”が使えそうだと思ったからさ。同じ幹部だけど、理性を壊してやって、それで手駒にしてやったんだ」
……仲間のはずの存在を、そんな……そんな扱いをするなんて……。
「やはり組織は外道の集まりだ。ブラックルーイは、”魔女“ではなく被害者だった。けど、貴様らは………間違いなく外道! ”悪魔“だ!」
ホワイトがヒートアップする。まずい、このままだと感情のままに突っ込んでしまいかねない。冷静さを欠くのは、戦場では命取りだ。ましてや相手は幹部。慎重にいかないと。
「ホワイト、落ち着いて。相手のペースに乗せられちゃダメ。感情のままに力を振るっちゃったら、相手の思うツボだから」
「っ……。わかった。キューティがそう言うなら」
私の言葉を聞いて、ホワイトは怒りの矛を収めてくれた。
彼女は冷静に、敵を見据えるように、深呼吸をし始める。
そんな彼女の隣で、今度はスターチススクラッチがピュアに問いを投げかけた。
「理性を壊した、というのは? どういうこと?」
「ん? 気になる? 簡単だよ。脳を取ったんだ。それで、破壊と静止の命令が出せる擬似的な脳を彼に植え付けたってわけだ。まあ、この辺は脳に詳しいあの人……いや、なんでもないよ。とにかく、魔法こそ扱えなくなるけど、”こいつ“力は強いし、擬似的な脳を植え付けて手駒にするのは、合理的な判断ってやつだよ」
仲間を、道具として……手駒としてしか考えていないその残虐さに、私は思わず、目を背けたくなる。
けど、これが『ワ・ルーイ』の本質なんだ。
千夜ちゃんは、こんな非道な奴らに脳を、体を、弄られ続けて…。
「……脳を取ったなら、もう……」
『死んだも同然っきゅね。苺なら、あの幹部の大男のことも、きっと助けたいと思っていたと思うっきゅ。けど、それは無理っきゅ』
「…でも……」
『クーからすれば、どうでも良い話クル。けど、一つ言うことがあるとすれば………二兎を追うもの一兎も得ず。君は、目的を見失うべきじゃないクル。君が助けたいのは、あの幹部の大男と、ブラックルーイ、どっちクル?』
「そうだ。私、千夜ちゃんを助けないと……けど……」
『キューティバース、申し訳ありませんが、彼はもう助けられませんわ。既に、死んでいますの。ですから、これ以上彼の尊厳を踏み躙らせないためにも……私達で、引導を渡して差し上げるのが、優しさというものではありませんの?』
……そんなこと、分かってる。
分かってるけど……。
こんなの……酷いよ……。
「命、なんだよ? 皆、平等にあって……笑ったり、泣いたり、悲しんだり、楽しんだりできるのも、全部、命があるからで……それを、奪っちゃうなんて、そんなの……」
悪人だからとか、そんなの関係ない。
この世界に生まれた時点で、皆平等に持っていて、それが許されるべきものなのに。どうして…。
「? 俺は命なんて取っちゃいないよ。だって、幹部トーレストはここで”生きている“じゃないか」
「は……」
「不思議なことを言うなぁ。トーレストはちゃんと生きてる。ちょっと変わっただけだよ、今までと」
何でもないことのように、幹部ピュアは言う。
そうだ、千夜ちゃんの洗脳映像の時からそうだった。
こいつは……人の命を……尊厳を……何とも思わない……。
千夜ちゃんに酷いことをして、それでも一切心を痛めない、そんな奴なんだ。
……。
……ここで、倒さなきゃ。
あいつを倒して、捕まえなきゃ。
じゃないと、幹部トーレストのような……ブラックルーイのような被害者が、また増えてしまう。
私は、ピュアを討伐する決意を固めていく。そんな時だった。
「ぴゅ、ピュア様、あの…………幹部トーレスト様は、強いんですか?」
今までだんまりを決め込んでいたブラックルーイが、ピュアに対して口を開いたのだ。
その口調からは、”怯え“のようなものが見て取れた。
もしかして……ブラックルーイは……千代ちゃんは、あの男に怯えている?
「ルーイちゃん、良い質問だね。……よっと。うん、勿論、強いよ。本人は暴走することを恐れて、力を解放して来なかったようだけど………まあ、本気出せばこの街を地図から消すくらいのことはできるだろうね」
ピュアはトーレストの肩から飛び降り、ルーイちゃんの肩に手を回しながら、言う。
街を、地図から消す……。その言葉だけでも、トーレストのヤバさが私達にもひしひしと伝わってきた。
「にしても、嬉しいなぁ。ルーイちゃんと一緒に戦えるなんて。幸せだよ。ね、ルーイちゃんも嬉しいよね。わっ、ほっぺぷにぷにで可愛いね〜」
「そ、そうですね……ははは……」
ブラックルーイは、死んだ魚のような目をしながら、ピュアと接している。
一体、幹部ピュアにどんな仕打ちを……。
『……独りよがりっきゅね。ブラックルーイが嫌がっているのがわからないっきゅか…?』
「はぁ……。何を言ってるんだ。俺とルーイちゃんは仲がいいに決まってるんだから。俺はルーイちゃんのありとあらゆるところに触れてるし、この前なんて、ルーイちゃんが他の幹部から迫害されているのを見て、助け舟まで出して…」
「ぴゅ、ピュア様、お喋りはやめて戦闘に入りませんか?」
「銭湯か、いいね。でも、一緒に入るならお風呂の方がいいんじゃないかな? だって、銭湯は男湯と女湯に分かれて……」
ふざけたことを言うピュアに、私はだんだんと怒りが募ってくる。
人の命を何とも思ってない、何なら、馬鹿にしてすらいて。
尊厳を踏み躙ることに、何の抵抗も持たない、悪意のない真の悪意。それに、寒気を覚えるほど、私はこの男のことを心底受け付けられないと、そう痛感している。
「……初めて見たかも…。ここまで……酷い人は……」
「酷い人だって? 冗談がきついね。俺がルーイちゃんにした仕打ちって、他の幹部に比べたらまだマシだよ? 他の幹部は、ルーイちゃんのこと薬漬けにして実験しまくってたけど、俺はルーイちゃんに”愛“を与えているだけなんだから」
『く、薬漬け……ですって……』
スターチススクラッチの契約妖精、レディが、思わず言葉を漏らす。
私も、口にこそ出さなかったけれど、ピュアの発言には頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
拉致されて、洗脳されて……。
本人の意に反して、無理矢理街を破壊させられて……。
さらには、薬漬けで実験…?
本当に、『ワ・ルーイ』は、千夜ちゃんのことを、何だと……。
「キュート、ホワイト、ごめん………私、もう我慢できない……」
「キューティ、私も同じ気持ち。あいつらを、生かしてはおけない…!」
私もホワイトも、冷静さを欠きつつある。相手の…ピュアのペースに乗せられているのかもしれない。けど、この怒りをおさめることは、なかなかに困難だった。
「何でそんなに敵意を向けられないといけないのかな。俺は本当に、ルーイちゃんを”愛“を与えてあげただけなのに。記憶を失って、何も知らない無垢なルーイちゃんに、”愛“を、ね」
『記憶を知らない? 無垢…? 愛? ま、まさか……!』
「レディ、どうしたの?」
ピュアの言葉を聞いて、スターチススクラッチとレディは、ひそひそと内緒話を行う。私達にも聞こえてきているが、ピュアやブラックルーイには聞こえていないだろう。
『……あまり、年端の行かない少女にこのような事を伝えるのもいかがなものかと思いますが……彼は恐らく、ブラックルーイを……光千夜の事を……己の醜い欲望の捌け口として、使っていると思われますわ』
「なっ………!」
映像を思い返せば、そうだった。
ピュアは、最初から、千夜ちゃんの体を、舐め回すような、気持ちの悪い触り方をしていて……。
「もう……我慢できない!!」
その情報を聞いた途端、冷静でいようとした私の体は、ピュアの方目掛けて一直線へと走り出していて……。
「キューティ!!」
「っ! 仕方がない! 私達も援護を!!」
ピュアの手のひらの上で踊らされたまま。私達は、戦闘を開始した。
ピュアの愛(好意を伝えるだけ)